「印旛沼さん……」コーイチは驚いたようだ。「どうしてこんな時間に……?」
真面目な印旛沼が遅刻の時間に駅にいると言う事が信じられないコーイチだった。……さては来る途中で大きな事故にでも遭ったのだろうか? まさか、オチラが本当に現われたとか、国籍不明の飛行物体が国会議事堂の上に出現したとか、それとも、未来人が……
「どうして、コーイチ君」印旛沼が心配そうな顔をしているコーイチに笑顔で言う。「ま、これで元気を出してくれ」
印旛沼は一回強く右手を握ってから、ゆっくりと開いた。手の平に透明な袋に入った飴玉が一個あった。印旛沼は手品をやるので、こんな芸当は朝飯前だった。コーイチはその手際にすっかり感心して魅入っている。
「おや、足りないのかな?」
ぼうっとしているコーイチの様子を勘違いした印旛沼は、数回右手を握ったり開いたりした。その度に飴玉が増えた。
「あ、もう充分です!」コーイチは我に返って、印旛沼の手からこぼれ落ちそうな飴玉を受け取った。「それにしても、どうしてこんな時間に、ここにいるんですか? 遅刻間違いなしじゃないですか」
「いや、いつも通り出勤したんだがね、逸子からメールが来たんだよ」
印旛沼は言うと、再び右手を握って開いた。手には携帯電話があった。印旛沼はそれを操作して(これは手品じゃ出来ないんだな、コーイチは思った)、逸子からのメールをコーイチに見せた。
「え~と……」コーイチが読み上げる。「『お父さん、わたしはこれから帰るけど、コーイチさんが遅刻しそうなの、だから一緒に遅刻してあげて』……それでわざと遅刻を?」
「まあね。かわいい娘の頼みだからね」印旛沼は笑顔で言う。「昨日は逸子とデートだったんだろう? それが朝帰りって事は、ずっとコーイチ君と一緒だったって事かい?」
「まあ、コーイチ君ったら!」清水が目だけ笑っていない笑顔で言う。「いけない子ねぇ…… でも、知っていたら、色々と応援してあげたのに……」
「いや、いいです」コーイチは即答した。「清水さんは絶対黒魔術を駆使するに決まっていますから、絶対大変な事になってしまいます」
「まあ、つまんないわねぇ……」
「でもさ」印旛沼が言う。「昨日は逸子とずっと一緒だったんだろう?」
「ええ、そうです」
「なるほど」印旛沼はうなずく。「それで?」
「それでって…… 特に何もありませんでした」
「なんだ、つまらない……」印旛沼はつぶやいた。「コーイチ君もコーイチ君なら、逸子も逸子だな……」
「そうだ!」コーイチは思い出した。「昨日は朝から出かけるつもりだったんですけど、いきなり兄が来ちゃって……」
「ほう、コーイチ君には兄いさんが居たのかい」印旛沼は驚いたように言う。「それは初耳だね」
「はい、ぼくも数年ぶりに会ったんで、忘れていました。今もすっかり忘れていましたし……」
「まあ、一度は会ってみたいねぇ」印旛沼がしみじみと言う。「わたしは子供が娘だから、息子って言うのに憧れがあってねぇ……」
「コーイチ君のお兄さん……」
清水はつぶやくと、持っていたバッグを床に置いて、ぱちんと口金を開ける。そしてバッグの口を大きく開いてその中に右手を突っ込んだ。小さいバッグだったが、清水は腕の付け根付近まで入れて、がさごそと音を立てながら探し物をしている。……このバッグきっと異次元に通じているに違いないぞ。コーイチは思った。
しばらくすると清水は水晶玉を取り出した。それを手の平に収めると、何やら呪文を唱え始めた。唱えながらじっと水晶玉を見つめている。何かが映し出されているようだ。
「……お兄さん、ケーイチさんっておっしゃるのね」清水が言う。酔所y玉には兄のケーイチが映し出されているようだ。「へぇ~っ、お兄さんは大学の教授なんだ。……あらあら、身なりにはこだわらない方のようね。それに、ずいぶんと変わった研究をなさっていらっしゃるのねぇ……」
清水はにやりと笑ってコーイチを見た。相変わらず眼だけは笑っていない。
「意外とわたしの好みかも…… うふふふふ……」
「訳の分からないことを言わないで下さいよ」コーイチが文句を言う。「兄弟そろって清水さんの娯楽提供者にはなりたくありませんよ」
「……あら?」清水は水晶玉に顔を向けた。「青いつなぎのようなものを着ている、ボクちゃんたちとお嬢ちゃんたちは何かしら……?」
「ああ、それですか……」コーイチは言う。「実は彼らは……」
「いよう! 皆の衆!」
コーイチの言葉を遮って呼びかけて来たのは、先輩で同僚の林谷晋吾だった。
つづく
「
真面目な印旛沼が遅刻の時間に駅にいると言う事が信じられないコーイチだった。……さては来る途中で大きな事故にでも遭ったのだろうか? まさか、オチラが本当に現われたとか、国籍不明の飛行物体が国会議事堂の上に出現したとか、それとも、未来人が……
「どうして、コーイチ君」印旛沼が心配そうな顔をしているコーイチに笑顔で言う。「ま、これで元気を出してくれ」
印旛沼は一回強く右手を握ってから、ゆっくりと開いた。手の平に透明な袋に入った飴玉が一個あった。印旛沼は手品をやるので、こんな芸当は朝飯前だった。コーイチはその手際にすっかり感心して魅入っている。
「おや、足りないのかな?」
ぼうっとしているコーイチの様子を勘違いした印旛沼は、数回右手を握ったり開いたりした。その度に飴玉が増えた。
「あ、もう充分です!」コーイチは我に返って、印旛沼の手からこぼれ落ちそうな飴玉を受け取った。「それにしても、どうしてこんな時間に、ここにいるんですか? 遅刻間違いなしじゃないですか」
「いや、いつも通り出勤したんだがね、逸子からメールが来たんだよ」
印旛沼は言うと、再び右手を握って開いた。手には携帯電話があった。印旛沼はそれを操作して(これは手品じゃ出来ないんだな、コーイチは思った)、逸子からのメールをコーイチに見せた。
「え~と……」コーイチが読み上げる。「『お父さん、わたしはこれから帰るけど、コーイチさんが遅刻しそうなの、だから一緒に遅刻してあげて』……それでわざと遅刻を?」
「まあね。かわいい娘の頼みだからね」印旛沼は笑顔で言う。「昨日は逸子とデートだったんだろう? それが朝帰りって事は、ずっとコーイチ君と一緒だったって事かい?」
「まあ、コーイチ君ったら!」清水が目だけ笑っていない笑顔で言う。「いけない子ねぇ…… でも、知っていたら、色々と応援してあげたのに……」
「いや、いいです」コーイチは即答した。「清水さんは絶対黒魔術を駆使するに決まっていますから、絶対大変な事になってしまいます」
「まあ、つまんないわねぇ……」
「でもさ」印旛沼が言う。「昨日は逸子とずっと一緒だったんだろう?」
「ええ、そうです」
「なるほど」印旛沼はうなずく。「それで?」
「それでって…… 特に何もありませんでした」
「なんだ、つまらない……」印旛沼はつぶやいた。「コーイチ君もコーイチ君なら、逸子も逸子だな……」
「そうだ!」コーイチは思い出した。「昨日は朝から出かけるつもりだったんですけど、いきなり兄が来ちゃって……」
「ほう、コーイチ君には兄いさんが居たのかい」印旛沼は驚いたように言う。「それは初耳だね」
「はい、ぼくも数年ぶりに会ったんで、忘れていました。今もすっかり忘れていましたし……」
「まあ、一度は会ってみたいねぇ」印旛沼がしみじみと言う。「わたしは子供が娘だから、息子って言うのに憧れがあってねぇ……」
「コーイチ君のお兄さん……」
清水はつぶやくと、持っていたバッグを床に置いて、ぱちんと口金を開ける。そしてバッグの口を大きく開いてその中に右手を突っ込んだ。小さいバッグだったが、清水は腕の付け根付近まで入れて、がさごそと音を立てながら探し物をしている。……このバッグきっと異次元に通じているに違いないぞ。コーイチは思った。
しばらくすると清水は水晶玉を取り出した。それを手の平に収めると、何やら呪文を唱え始めた。唱えながらじっと水晶玉を見つめている。何かが映し出されているようだ。
「……お兄さん、ケーイチさんっておっしゃるのね」清水が言う。酔所y玉には兄のケーイチが映し出されているようだ。「へぇ~っ、お兄さんは大学の教授なんだ。……あらあら、身なりにはこだわらない方のようね。それに、ずいぶんと変わった研究をなさっていらっしゃるのねぇ……」
清水はにやりと笑ってコーイチを見た。相変わらず眼だけは笑っていない。
「意外とわたしの好みかも…… うふふふふ……」
「訳の分からないことを言わないで下さいよ」コーイチが文句を言う。「兄弟そろって清水さんの娯楽提供者にはなりたくありませんよ」
「……あら?」清水は水晶玉に顔を向けた。「青いつなぎのようなものを着ている、ボクちゃんたちとお嬢ちゃんたちは何かしら……?」
「ああ、それですか……」コーイチは言う。「実は彼らは……」
「いよう! 皆の衆!」
コーイチの言葉を遮って呼びかけて来たのは、先輩で同僚の林谷晋吾だった。
つづく
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