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怪談 化猫寺 15

2019年10月16日 | 怪談 化猫寺(全18話完結)
 荒れ寺へ着いた頃、夕焼け空の赤が全てを包んでいる。仁吉には血で全てが染まっているように思えた。
「……坊様、怖くはないのか?」仁吉は寺の門を前にして言う。「ここに巣食う猫は皆、化け猫だぞ……」
「そうだのう……」坊様は寺を見上げながらつぶやいた。「そりゃ、怖いわなあ……」
「じゃあ、どうして……」
「わしは諸国でこんな事ばかりしてきておっての。まあこれも定めってやつだろうな」
 夕焼けに染まった坊様は仁吉に笑顔を見せる。その様子に、坊様の姿をした赤鬼だ、仁吉はそう思った。
 坊様は錫杖を門の前の地に突き立て、松次の時とは違う念仏を唱え始めた。左の袂から数珠を取り出した。それを錫杖の鐶の部分にがつんがつんと音を立てさせながら打ちつけ続けた。その音が、寺の門に吸い込まれて行くようだった。
 陽が落ち、夜闇が静かに広がる。坊様の数珠を打ちつける音は続いていた。
「あっ!」仁吉が声を上げた。「……あれは……」
 門の所に黄色く光る丸い球が、後から後から集まってきた。それらは猫の目だった。
「ほう、集まったものだな……」坊様は数珠を打ちつける手を止めた。「猫ども、皆出揃ったようだ」
 坊様は数珠を左手に持ち、錫杖を右手で引き抜き、両方をぶらりと提げたまま、無造作に門へ向かった。威嚇する猫の声が幾つも坊様に浴びせられる。しかし、坊様は知らぬ顔で門をくぐった。
「お前さんも来てみるかい?」坊様は仁吉に振り返って声をかける。「こいつら、怖がっている者には強いが、そうでない者には手も足も出せんよ」
 仁吉はごくりと喉を鳴らした。怖い…… でも、あのお坊様と一緒だと平気だ。仁吉は大きくうなずくと、門へ一歩踏み出した。坊様を見ていた猫たちの目が、一斉に仁吉に向いた。威嚇する声が仁吉に放たれた。
「無理はするなよ。わしが戻って来るまでそこに居ても良いのだぞ」
「いや! 行く!」
 仁吉は駈け出した。そのまま門を抜け、坊様の隣に立った。あっという間の事だったが、仁吉は大汗をかき、呼吸が乱れた。それでも、仁吉はじっと坊様を見上げている。
「ほう、肝の座った子よのう……」坊様は笑いながら言うと、数珠を仁吉に差し出した。「これを持ちなさい」
 半ば押し付けられるようにされて、仁吉は両手で数珠を受け取った。所々珠は抜け落ちているものの、やけに重かった。
「その数珠を持っておれば、何も起こらんよ。心配するな」
「でも、そうなると、坊様が……」
「わしは、こう見えても修行は積んでおる。気にするな」
 坊様は笑いながら、さらに先へと進む。すっかりと夜になった。月明かりが時々流れる雲に遮られる。
 仁吉は坊様の後に付いて行く。猫たちは二人を遠巻きにしながら唸り声を上げている。敷地に出た。人の姿のような淡い影が、あちこちに漂い揺れている。
「お前さんにも見えるかい?」坊様は揺れている人の影を指差す。仁吉はうなずく。「あれは、ここいらに投げ捨てられた者たちの霊のようだな。成仏出来んのだ」
 仁吉は揺れている霊を見た。どれもが骨のようになっていて、目のない眼窩に赤い鬼火が灯り、歯の無くなった口は大きく広げられ、あーあーと言葉にならない声を上げている。
 不意に本堂が明るくなった。仁吉はそちらを見た。崩れた本堂の床に、白い猫が行儀良く座っていた。
「……しろ……」
 仁吉はつぶやいた。


つづく


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