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ジェシル、ボディガードになる 56

2021年03月05日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 アーセルはハシゴを上り、天井に頭が付いた。丸い切り口のある部分を右手で叩く。すると、その部分が抜き取られ、穴が開いた。眩しい光が注ぎ込んだ。アーセルはそのままハシゴを上って姿を消した。アーセルのはしゃぐ声と、それに答えているぼそぼそとした声が聞こえる。
「おう、娘っ子ども!」アーセルが穴から顔を覗かせて言う。相変わらずの大きな声で通路中に響き渡っている。「早く上がってきな!」
「……誰から行く?」エリスがダーラとノラを見て言う。「どうやって決めようか……」
「良いわよ、エリスからで」ダーラが言ってノラを見る。「ね? 良いわよね?」
「ええ、それで良いわ」ノラはうなずく。「そして、次がダーラが上って。わたしは最後で良いわ。もし何かあったら、わたしが何とかするから」
「何かって?」エリスは不安そうだ。「もうガルベスさんはいないんでしょ?」
「そうだけど、念には念を入れてって事よ」
「……うん、お願いね」
「おう、話はまとまったか?」アーセルが呼びかける。エリスが見上げてうなずいた。「そうかい、じゃあ、早くしな!」
「……じゃあ、行くわね。二人ともすぐに来てね」
 エリスはそう言うと、ハシゴをしっかりと一つ一つ握りしめながら上って行く。上りきったエリスを、アーセルが引き上げる。
「ノラ、上で待っているわね」
 ダーラは言うと、ハシゴを上る。アーセルが引き上げる。
「ほうら、ぺったんこの娘っ子! さっさとしやがれ!」
 アーセルが急に怒鳴る。声にいらいら感が詰まっている。
「何よ! わたしには優しくないのね!」
「馬鹿野郎! これでも精一杯優しく言ってやってんだぜ!」
「ふん!」
 ノラは鼻を鳴らし、ハシゴに手を掛けた。ふと通路の奥に何か気配を感じた。ノラはハシゴから手を離し、歩いてきた通路に一歩踏み出して、目を凝らす。しかし、真っ暗なので何も見えない。
「どうしたんでぇ、娘っ子? 忘れ物でも思い出しやがったのか?」アーセルが声をかけてくる。「オーランド・ゼムが待ってんだろう? ちゃちゃっと上ってきやがれってんだ!」
「うん……」ノラは答えるが、目は闇を見つめている。「……いや、ちょっと…… 違和感、みたいな……」
 と、闇の中から何かがノラに向かって飛んできた。ノラは咄嗟に頭を下げた。大きな金属音がノラの後ろで起こった。振り返るとハシゴが天井辺りで千切れていた。床から立ち上がっていた部分が大きくひしゃげている。その上に大きな塊があった。天井からの灯りで確認すると、それはこの通路を隠していた壁の瓦礫だと分かった。……こんな大きくて重たいものを放り投げて来るなんて。内心のジェシルは困惑する。……まさか……
「小娘がぁぁぁ!」
 ガルベスの怒声が通路に響く。……生きていたんだわ! なんてタフなヤツ! 内心のジェシルは呆れる。
「何でぇ、今の音はよう!」
 天井からアーセルが怒鳴る。
「ハシゴが壊されちゃったわ!」ノラが答える。「ガルベスよ! あいつ、生きていて、ここまで追いかけてきやがったのよう!」
「何だとぉぉぉ!」
「壁の瓦礫を投げつけて来たのよ!」
「相変わらず力だけはありやがるぜ!」
「呑気な事を言わないでよ!」
「それじゃあよ、お前ぇの銃で撃っちまえ! あの図体だ。どこに向けて撃っても大当たりだ!」
「言われなくったって、そのつもりよ!」
 ノラは言うと、ポシェットから熱線銃を取り出す。どたどたと走り寄ってくる音が響く。
「大人しくポンコツになっていれば良かったのにねぇ……」ノラは銃口を闇に向ける。ノラの口元が緩む。「さようなら、ガルベスちゃん!」
 ノラは引き金を引いた。しかし、熱線は発射されない。
「え? 何よ、これぇ!」ノラは慌てる。「ちょっと、待ってよう!」
 ノラはもう一度引き金を引く。やはり熱線は発射されない。
 ガルベスの怒声が響き渡る。
「きゃっ!」
 不意にノラは小さく悲鳴を上げる。また瓦礫が投げつけられ、ノラの頬をかすめたのだ。転がった瓦礫が大きな音を立てる。ひりつく頬を押さえる。
 向こうは闇の中だが、照明に照らされているノラはガルベスからは丸見えだ。
「どうしたんでぇ?」
 アーセルの声がする。
「また瓦礫が投げられたわ! それと、熱線が出ないのよ! 錠前だの壁だのを壊すのにエネルギーを使い過ぎたんだわ!」
「そりゃあ、絶体絶命だな、おい!」
「もう! 心配してくれてるの? 楽しんでいるの?」ノラは怒鳴る。「もう良いわ!」
 ノラは銃を床に捨て、履いていたハイヒールを脱いだ。右脚を一歩前に出して腰を落とす。両肘を曲げて握り拳を作り、ガルベスを待つ。
「こうなったら、直接対決ね……」ノラは溜め息をつく。「勝てるかなぁ……」
「小娘ぇぇぇ!」
 ガルベスの雄叫びが大きく響く。相変わらずガルベスの姿は見えない。ひっきりなしのガルベスの雄叫びが響きすぎて距離感が分からなくなった。
「やれやれ…… でもエリスとダーラを助けられただけでも良しとするか……」ノラはつぶやく。不思議と口元が緩む。「あ~あ、ベルザの実をもっと食べたかったなぁ」
 ノラは覚悟決めたかのように、前方の闇を見つめ、意識を集中させる。
 不意にガルベスの怒声が止んだ。と、同時に足音も止む。しんとなった。ガルベスがどこまで近付いているのか、ますます分からなくなった。……単純なくせにこう言う所は知恵が回るのね。内心のジェシルは小馬鹿にする。
 ノラは鼻をひくつかせてみたが、ガルベスの口から上っていた煙の臭いはしない。まだ遠いのか、煙が止まったのか、それとも息を詰めているのか…… ……こうなったら、わたしも闇に紛れてやろうかしら。内心のジェシルは思う。そして、ゆっくりと歩を進め、照明の範囲から離れようとする。
「おい、娘っ子!」突然、天井からアーセルの声がした。「こいつを使え!」
 アーセルは穴から何かを落としてきた。ノラは素早く動いて受け取る。それは銃だった。
「小娘ぇぇぇ!」
 闇からガルベスが雄叫びを上げながら飛び出してきた。ノラは銃口をガルベスに向けると引き金を引いた。
 まばゆく白い光線が撃ち出された。


つづく

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