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ジェシル、ボディガードになる 55

2021年03月04日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 壁の奥に現われた通路は暗い。オレンジ色の明かりで薄暗いと思っていたこちら側の通路が明るいと感じる。
「何であんなに真っ暗なのよ?」ノラがアーセルに文句を言う。「それにどこをどう曲がって行くのかも見えないんじゃ、危なっかしくって歩けないわよ!」
「心配ぇするんじゃねぇよ」アーセルは自信たっぷりだ。「なんたってなぁ、ここからはひたすら真っ直ぐ行きゃあ良いんだ。万が一の脱出用だ。つまらねぇ小細工はしちゃいねぇ」
「でも、真っ暗よ!」
「なあに、ひたすら行けばな、出口付近に明かりが見えてくるはずだ」
「ここのテンキーパネルみたいに壊れてたらどうするの?」
「いや、それは無ぇ。ヤツに限ってな」アーセルは自分の言葉にうなずく。「絶対ぇに大丈夫だ」
「そんだけ言うんなら、おじいちゃんが先に言ってよ」ノラが一歩下がってアーセルに先を譲る。「わたしたちはその後に続くから」
「何でぇ、信用が無ぇんだなぁ……」
「あると思っている方が、おかしいでしょ!」
「いいえ、わたしは信じるわ!」エリスがきっぱりと言いながら、割って入る。「早くここから出たいから、アーセルさんを信じるわ!」
「わたしもよ!」ダーラも言う。「もう少しなんでしょ? だったら、早く!」
「ふあっふあっふあっ! どうだ、見たか、娘っ子! これがな、素直でけなげな娘っ子の反応なんでぇ! おかしいのはお前ぇだよ!」勝ち誇ったようにアーセルは言うと、エリスとダーラに顔を向け、優しい口調で言う。「さあ、二人とも、オレから、はぐれるんじゃねぇぜ。って言っても、一本道だがな!」
 アーセルは笑いながら通路へと入って行く。エリスとダーラが続く。「足元に気を付けるんだぜ」とアーセルの優しい声がする。「はい」とエリスとダーラの素直な返事が返る。ノラはぶんむくれたまま通路に入って行く。倒れた壁の瓦礫を踏み越える。幾度か足と取られそうになった。
 饐えた臭いはしなかったが、ずっと使っていなかったせいで黴臭い。アーセルが言っていたように真っ直ぐな通路なので歩くのに支障はなかった。
「どうでぇ、娘っ子どもよう!」アーセルはエリスとダーラに話しかけている。先程の通路より幅も高さもあるのか、声の響き具合が大きい。「オレと一緒だと、ちっとも怖かぁ無ぇだろうが?」
「ええ、本当に!」エリスの声が弾んでいる。「ガルベスさんには、機嫌を損ねないようにって気を遣っていて、とっても疲れたわ」
「そうね」ダーラの声も弾んでいる。「毎日が冷や冷やだったわ。追い出された娘を見る度に、明日は我が身かもって震えたわ」
「ふあっふあっふあっ!」アーセルの笑い声がうるさくこだまする。「そんな腐れ野郎になっちまっていたのか、ガルベスの野郎はよう! でももう安心だ。野郎はおしめぇだ!」
「それだったら、アーセルさんがまたボスをやったら良いんじゃない?」エリスの声だ。「ガルベスさんよりもずっと良くなるわ。ねぇ、ダーラもそう思うでしょ?」
「いいや、オレはやらねぇよ……」アーセルの声が低くなる。「あのでっかい街は、オレが作ったんだがな、生涯唯一の失敗作だ」
「どうして?」ダーラの声だ。「何でも揃う、理想の街だわ」
「そうかも知れねぇ。オレもな、各シンジケートのボスやらその手下やらの憩いの場にしようと思ったのさ。でもな、ボスどもが勝手にあれこれやり始めやがってな。まあ、上納金は収めてきたから文句は言えなかったがよ。……それにしても、でかくなり過ぎだ。この街には、心が無ぇんだよ」
「そうね」ノラが口を挟む。「あの街って、金と力が支配していたわね」
「そうだな。オレはそいつがイヤになっちまってな。そんな時に、オーランド・ゼムから話があった。オレはその話に乗った。しかし、どこでどうバレたのか、ある朝突然、オレの寝こみをガルベスとその手下どもの襲われてな、あの部屋へと放り込まれた。脱出用の通路なんぞを野郎に教えたのもまずかったな」
「その時に命を取られなくって残念…… じゃなくって良かったわね」
「娘っ子…… 本当にお前ぇは口が悪いな」
「おじいちゃんが、わたしにだけ優しくないからよ!」
「お前ぇが労わらねぇからだろうが!」アーセルは怒鳴るが、すぐに声を落とす。「……野郎がオレを殺せなかったのは、お宝のおかげさ。在りかを知っているのはオレだけだったからな」
「ガルベスは大金だと思っていたわ」
「そう思わせておいたのさ。野郎は単純だからな。エネルギー結晶体なんて言っても分かりゃあしねぇ」
 くすくすとエリスとダーラの笑い声が聞こえる。
「ほう、面白ぇかい? あの生意気な娘っ子と比べるとお前ぇたちゃ天使だな」
「ふん!」ノラは鼻を鳴らし、口を尖らせる。「ほら、さっさと行ってよ!」
 しばらく皆は黙ったままで進んだ。……長いわねぇ。内心のジェシルはつぶやく。……一体どこに出るのかしら? 
「ほうら、見えて来たぜ! やっぱりヤツに手抜かりはねぇ!」
 アーセルが言う。ノラは前方をじっと見る。ずっと奥の方にだが、天井からスポットライトのように明かりが射しているのが見えた。
「あれね!」エリスの声が弾む。「まさに希望の光だわ!」
「おっと、走っちゃいけねぇよ」アーセルの声は優しい。「慌てなくても、すぐに着くさ」
 そうは言うものの、先を歩く三人の速度が増している事にノラは気が付いた。靴音の間隔が短くなっているからだ。ノラもそれに合わせる。明かりがはっきりとしてくる。
 高い天井から照明が一つ照っている。照明は天井に向かって伸びている黒塗りの金属製のハシゴを浮かび上がらせている。
「あれを上れば出られるぜ」アーセルが言う。「さあ、もう少しだ」
 駈け出さんばかりの勢いで通路を進む。そして、ハシゴに辿り着いた。上からの照明に浮かび上がるエリスとダーラの表情は嬉しそうだった。
「さあ、上りな。天辺に丸い蓋みたいなのがある。それを二、三度叩きゃあ開けてくれるはずだ」アーセルはハシゴを叩きながら言う。「さあ、娘っ子どもよう、オレは最後で良いからよう」
 エリスがハシゴに手を掛けた。
「ちょっと待って!」ノラは言って、エリスの手に自分の手を重ねる。「先におじいちゃんが行ってよ」
「何でだ?」アーセルはむっとする。「一刻も早くお前ぇたちを助けたいって一心から、オレは言ってんだぜ!」
「でもさ、上った所に何があるのか心配じゃない? だから、おじいちゃんが安全を確かめてくれないと」ノラが言ってアーセルを見る。「でも、一番の心配は、わたしたちがハシゴを上がる所を下から見ているって事よ。丸見えになっちゃうじゃない! それが本心なんでしょ? え? スケベじじい!」
「ふあっふあっふあっ! バレちまったか……」アーセルは頭を掻く。エリスとダーラは呆れた顔をする。尊敬の念がいっぺんに吹き飛んだようだ。「分かった分かった、オレが先に上るぜ」
 アーセルはハシゴを上り始める。


つづく

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