お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 58

2024年08月02日 | マスケード博士

「おや、話し合いは終わったのかい?」
 ジャンセンはジェシルとマーベラの殺気を無視し、座ったまま顔だけ上げて、呑気そうな声で訊く。トランは慌てて立ち上がる。
「ジャンセン、あなた、わたしたちの事を馬鹿にしてたわね!」マーベラが凄む。トランはそんな姉の様子にはらはらしている。「しかもマスケード博士の事まで!」
「ジャン! こんな女を馬鹿にするのは一向に構わないけど、わたしを含めるのは許せないわ!」
 ジェシルはマーベラを指差しながら口を挟む。マーベラが明らかな殺意の籠った視線をジェシルに向ける。
「なによ!」
「なによって、なによ!」
 マーベラの言葉にジェシルが言い返す。そして、二人はまた睨み合う。
「……二人とも落ち着いてください」トランがおろおろしながらも割って入る。「特に姉さん、ジェシルさんとジャンセンさんは、ぼくたちを助けてくれたんだから感謝すべきだよ」
「トラン、姉さんに逆らう気なの?」マーベラが目を細める。「……そうか、あなたジェシルの色香に惑わされたのね。こんなからだだけの女なんかに負けちゃダメよ!」
「そんなんじゃないよ!」トランはむきになって否定する。「時間とともにデスゴンになって行く姉さんを見て、どうにかしなきゃって思っていた。でも、ぼくには何もできなかった。デスゴンとして暴れようとする姉さんをなだめるだけで精一杯だったんだ!」
「ふふふ……」ジェシルが小馬鹿にしたように笑う。「ジャンの話だと、この衣装自体が神で、着た者に憑依するって事らしいわ。つまり、衣装が憑依する相手を選んでいるって事だわ。わたしは慈愛の神アーロンテイシア。あなたは……ふふふ……邪神デスゴン。元々あなたの中に邪な心があったのよ!」
「ジェシルさん、それは言い過ぎです!」トランが抗議する。「姉さんはそれはそれは仕事熱心なんです。自分の危険すら顧みないんです。ジャンセンさんの説が正しかったとしても、それは偶々デスゴンの衣装があったからだと思います。アーロンテイシアの物だったら、姉さんはそれを着ていたと思います」
「……」ジェシルは真剣な眼差しのトランを見る。ふっと優しい笑みを浮かべる。「……そうね、言い過ぎたわ。ごめんなさい」
 ジェシルは言うと、マーベラとトランに頭を下げた。マーベラは驚き、トランは安心したような笑みを浮かべる。
「まあ、確かに……」ジャンセンはうなずく。「ぼくたちの時も、あれがアーロンテイシアじゃなくてデスゴンだったとしても、ジェシルは着ていたと思うな。ジェシル、どう思う?」
「そうね。良く見ると、この黒い衣装も迫力があって素敵よね」
「そんな事無いわ……」マーベラが言う。気持ちが落ち着いたようだ。「金色の方が素敵だわ。いかにも神って感じだわ」
「今思うと、衣装がわたしを呼んだ感じだったわ……」
「わたしもそうなの。着なくちゃいけないくらいに迫って来たわ……」
「そうそう」ジェシルはうなずく。「吸い寄せられる感じだった……」
「着た時は別に感じなかったんだけど、そのうち、段々と……」
「分かるぅ! 段々と意識が変わって行ったのよね。元に戻る時もあったけど、みんなに話す時は、自分の意識はすっかり裏側に隠れていたって感じ!」
「そうだったわぁ! 話している時に、わたしってなんて事を言っているんだろうって呆れたり怖かったりしたわ!」
「一緒ね!」
「そうね!」
 ジェシルとマーベラは向かい合って両手を握り合い、きゃあきゃあ言いながら、その場で飛び跳ねている。
「……まあ、仲良くなって良かった良かったってところかな?」ジャンセンが呆れた顔で、飛び跳ねる二人を見ている。「これでやっとアーロンテイシアとデスゴンの闘いは終わりだな……」
「そうですね……」トランも呆れているようだ。「……でも、姉さんとジェシルさんって、何だか似たような感じですね」
「そうだね、性格はそっくりだね」
「なんですってえ!」ジェシルとマーベラは飛び跳ねるのをやめて、ジャンセンを睨む。それから、二人は顔を向きあう。互いににこりと微笑む。「そうね、わたしたちってそっくりね!」
 ジェシルとマーベラは、またきゃあきゃあと言いながら飛び跳ねる。
「ここの神同士だから、似ているとは言えますね……」トランが言う。「いがみ合っているよりは良いですけど……」
「多分、神としての思念が残っているんだろうね」ジャンセンが言う。「……何度も話の腰が折られたけど、地下宮殿……じゃなかった、貯蔵庫の話の続きを聞かせてくれるかい?」

 

つづく



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