メイン通りの車道を、時たま配達の軽トラックが走る。歩道にはごみが散乱している。軒を並べている店は眠っている。しかし、その戸口ごとに霊体が何体も蹲っている。いやらしい笑みを浮かべ、百合恵とさとみを見ていた。
「……あの、百合恵……さん」
しばらくして、息も絶え絶えに、さとみが声をかけてきた。
百合恵は立ち止まり、手を離して振り返る。
額に汗を光らせ、腰を曲げて、肩ではあはあと大きく息をしているさとみが、懇願するような表情で見上げている。百合恵は手を離し、タバコを取り出し、赤い唇の間に差し込むと、火をつけた。
「どうしたの?」百合恵はしらっとした顔で煙を吐き出す。「疲れちゃったの?」
「それもあるんですけど……」さとみは言いながら右手を振って見せた。「そんなにぎゅって握られていたら、痛くって……」
「あら、それならそうと、早く言ってくれればいいのに……」
つい力が入ってしまっていたらしい。きびきびした性格の百合恵には、とろとろしたさとみの扱いが難しいようだ。
「はい……」
さとみは言って、ぽうっとした表情に戻る。
「……ま、いいわ」百合恵はタバコを捨て、踏みつける。「少し休めたでしょうし、行くわよ」
百合恵はすっと手を伸ばす。さとみは右手を差し出した。しかし、思い返したのか、手を引っ込めた。
「大丈夫です」さとみは言った。「ちゃんと付いて行けますから……」
「あら、そうなの?」百合恵は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。「……ま、もう子供じゃないし、女の人と手をつなぐなんて、なんだか変な感じだし、手を握られて痛いのはこりごりだし、転びそうになるし、転んだら笑われそうだし、それから……」
「もう、やめてください!」さとみがむっとした顔で、少し声を荒げた。「そこまで言わなくても良いじゃないですか!」
「そうそう、それよ」百合恵は楽しそうにうなずいた。「少しは感情表現ができてきたじゃない! ぽうっとしている霊体の抜け殻よりは、はるかに良いわよ。ずっと人間らしいし、かわいいわよ」
百合恵は言うと、歩き出した。……わざと言ったんだ。わたしのことを心配して…… さとみは思った。すたすた歩く百合恵の後を小走りしながら追った。
つづく
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「……あの、百合恵……さん」
しばらくして、息も絶え絶えに、さとみが声をかけてきた。
百合恵は立ち止まり、手を離して振り返る。
額に汗を光らせ、腰を曲げて、肩ではあはあと大きく息をしているさとみが、懇願するような表情で見上げている。百合恵は手を離し、タバコを取り出し、赤い唇の間に差し込むと、火をつけた。
「どうしたの?」百合恵はしらっとした顔で煙を吐き出す。「疲れちゃったの?」
「それもあるんですけど……」さとみは言いながら右手を振って見せた。「そんなにぎゅって握られていたら、痛くって……」
「あら、それならそうと、早く言ってくれればいいのに……」
つい力が入ってしまっていたらしい。きびきびした性格の百合恵には、とろとろしたさとみの扱いが難しいようだ。
「はい……」
さとみは言って、ぽうっとした表情に戻る。
「……ま、いいわ」百合恵はタバコを捨て、踏みつける。「少し休めたでしょうし、行くわよ」
百合恵はすっと手を伸ばす。さとみは右手を差し出した。しかし、思い返したのか、手を引っ込めた。
「大丈夫です」さとみは言った。「ちゃんと付いて行けますから……」
「あら、そうなの?」百合恵は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。「……ま、もう子供じゃないし、女の人と手をつなぐなんて、なんだか変な感じだし、手を握られて痛いのはこりごりだし、転びそうになるし、転んだら笑われそうだし、それから……」
「もう、やめてください!」さとみがむっとした顔で、少し声を荒げた。「そこまで言わなくても良いじゃないですか!」
「そうそう、それよ」百合恵は楽しそうにうなずいた。「少しは感情表現ができてきたじゃない! ぽうっとしている霊体の抜け殻よりは、はるかに良いわよ。ずっと人間らしいし、かわいいわよ」
百合恵は言うと、歩き出した。……わざと言ったんだ。わたしのことを心配して…… さとみは思った。すたすた歩く百合恵の後を小走りしながら追った。
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