コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 119

　逸子とアツコは山を駈け降りようとした。
「ちょっと待って……」
　タロウが声をかける。気勢をそがれた二人は不満気な顔で振り返る。
「何よ！　あんなヤツら、大した事無いわ！」
「そうよ、タロウさん。あなたはここで見ていると良いわ」
「……そうかもしれないけど、彼らだって歴戦の強者だ。そう簡単にやられるとは思えないんだよ。あの敷地の周囲には罠が張られているかもしれない」
「そんな時代劇みたいな……」アツコは笑いかけて、気がついた。「そうか、ここは時代劇そのものだもんね」
「そうだよ……」タロウは深刻な顔だ。「とにかく、勢いで突っ込んで行くのは危険だと思う」
「でもね、あそこにコーイチさんがいるのよ！」逸子はやきもきしている。「わたしを待っているのよ！」
「何よ！」アツコがむっとする。「コーイチさんが待っているのは、わたしよ！」
「何ですってぇぇぇ……！」
　二人はにらみ合う。風が吹き始める。タロウはため息をついた。
「誰を待っているとしても、ここは今少し慎重に行かないと……」タロウが言う。「二人の無謀無計画無遠慮な攻撃で、コーイチさんに何かあったらイヤだろう？」
　二人は不満そうだが、黙ってうなずく。
「だから、相手の様子をうかがいながら、ゆっくりと近付こう。状況が許せば、幾らでも突撃できるんだからさ」
　タロウは言うと歩き出した。藪の中に姿が消えた。
「何よ、タロウなのに……」アツコはつぶやく。「何よ、張り切っちゃって」
「まあ、良いじゃない？　張り切ってくれた方が、足手まといにはならないわ」逸子が言う。「それよりも、コーイチさんよ！　あんな近くにいるって言うのに！」
「そうね、コーイチさんが最優先ね」
　二人はタロウの後を追った。タロウは藪の中でからだを低くして隠れていた。二人に気付いたタロウは、両手で二人に身を伏せるように合図する。アツコが文句を言おうとすると、すぐ前から男が大きな声で話しているのが聞こえて来た。
「でな、今夜その新しく出来ている宿場を襲うんだってよ」
「そうかい。あんまり金になりそうもねぇけどなぁ」
「お頭の話じゃ、逃げ出した大工どもが気に入らねぇんだってよ」
「ああ、何だか変なヤツをとっ捕まえたら、恐がって逃げやがったあいつらか？」
「そう言うこった。逃げっぷりが気にくわねぇんだとよ」
「そうかい。まあ、盗むだけ盗んで、殺すだけ殺したら、後は火をかけりゃあ良いものな」
「そう言うこった」
「でもよ、いつもいつも同じでよ、飽きちまったぜぇ」
　二人は大声で笑う。山賊の一味だろう。小屋からは離れた場所だがうろついているのだ。逸子は少し頭を上げ、男たちの様子を見た。大柄で薄汚く、一人は弓矢を背負い、もう一人は鉄砲を肩にかけていた。逸子は拳を強く握った。男たちは去って行った。
「……ふう……」アツコが大きく息を吐いた。「やっぱり本物の山賊って、迫力があるわねぇ」
「それよりも、今夜、棟梁たちが襲われるわ……」逸子は言ってにやりと笑う。「その前にさっさと片付けなきゃあ……」
「そうね……」アツコもにやりと笑う。「どう片付けてやるか、楽しみね……」
「よくそんな事が言えるなぁ……」タロウは額の汗をぬぐう。「ボクなんか、見つかるんじゃないかって冷や冷やだったよ……」
「それはあなたがタロウだからよ」アツコは謎の結論を下す。逸子も同調してうなずく。「とにかく、先へ行きましょう」
　アツコは言うと先に行った。後を逸子が続く。先頭を任せると言われたタロウだったが、最後尾になった。
　この藪を抜けて少し行くと、もうすぐ小屋と言う所まで来た。
「ちょっと待って……」
　タロウが二人を止める。
「また止めるのぉ？」アツコは不満気に口を尖らせる。「もう目と鼻の先じゃない」
「もう山賊たちのテリトリーだ。気を付けなくちゃ……」
「逆に奇襲をかけた方が手っ取り早くない？」アツコが言う。逸子もうなずく。「それに、わたしたちは、コーイチさんを取り返してからが本番なんだから」
「そうだろうけど、慎重になるに越したことはないよ」
「ふん！　弱虫タロウね！」
　アツコは馬鹿にしたように言うと、先を進んだ。
「あっ……」
　アツコの足に何かが引っかかったようだ。と同時に、からからからからと木を打ちつけ合う音が辺りに響いた。
「しまった！」タロウが叫んだ。「罠だ！　鳴子だ！」



つづく