みつはさとみの部屋の扉の前に立った。
勉強しているのなら、気がつかないかもしれない。もし気がついたら、情の厚いさとみのことだから、勉強の手を休めてでも相手をしてくれるだろう。こっちは、単に姿が見えていることを確認したいだけなのだから、そんなことになっては、さとみに迷惑がかかってしまう。
そこで、扉の前で待ち、勉強が一区切りした頃合いに現れることにした。みつの研ぎ澄まされた神経を持ってすれば、雰囲気の変わり目などは容易に判断できる。
みつは目を閉じ、さとみの動きに精神を統一した。
「……ふむ、何やら本をめくっているな。……今度は何やら書きつけている。……おや、別の本を取り出したぞ……」
みつは、さとみの様子を適中させて行く。さとみは、教科書の問題をノートに書きながら解き、わからないものを参考書で調べていた。
「……なんだ? 『あああああ、わかんないいいい』…… さとみ殿、情無いですぞ! 全てにおいて修業あるのみ! しっかり致しませい!」
みつの叱咤激励がしばらく続いたが、やがて勉強の気配が消えた。
「ふむ、そろそろお休みの頃合いか。今なら問題はないだろう……」
みつは、すっと扉を通り抜けた。
さとみはすでに机には居なかった。みつがぐるりと見回すと、ベッドの上で横になっていた。パジャマは上だけ着ていた。下はイチゴ柄の下着のままだった。
「さとみ殿! なんとはしたない!」
みつは顔を真っ赤にして大声を出した。生身のさとみには自分の声は聞こえないとわかっていても、こんなかっこうをしていては怒りたくもなる。
しかし、さとみは全く気にしていないようだ。
枕を両手で顔の前に持ち上げ「でへ、でへ、でへへ……」と妙な笑い方をしている。続いて「きゃあきゃあきゃあ!」と妙な雄たけびを上げ、両足をばたばたさせ始めた。
「さとみ殿!」たまらず、みつはさとみの顔をのぞき込んだ。「はしたない真似は、お止めなさい!」
さとみと視線が合った。そう思ったみつだった。だが、さとみは妙な笑い方と妙な雄たけびと足のばたばたを繰り返した。
「おふざけが過ぎますぞ!」
みつは言うと、さとみが持ち上げている枕よりも手前に顔を出した。ほとんど顔がくっつくくらいの近さだった。
「さとみ殿!」
さとみの視線は、たしかにみつに向いていた。しかし、向いているだけだった。
さとみが見ているのは、みつではなく、持ち上げている枕だった。
「……さとみ殿……」
みつは、あまりの衝撃に、ふらふらと床に座り込んでしまった。
「たしかに、竜二さんの言う通りだ。見えていない……」
相変わらず、枕を見ながら「でへでへ」と「きゃあきゃあ」と「ばたばた」を繰り返しているさとみを、みつは呆然と見つめていた。
つづく
勉強しているのなら、気がつかないかもしれない。もし気がついたら、情の厚いさとみのことだから、勉強の手を休めてでも相手をしてくれるだろう。こっちは、単に姿が見えていることを確認したいだけなのだから、そんなことになっては、さとみに迷惑がかかってしまう。
そこで、扉の前で待ち、勉強が一区切りした頃合いに現れることにした。みつの研ぎ澄まされた神経を持ってすれば、雰囲気の変わり目などは容易に判断できる。
みつは目を閉じ、さとみの動きに精神を統一した。
「……ふむ、何やら本をめくっているな。……今度は何やら書きつけている。……おや、別の本を取り出したぞ……」
みつは、さとみの様子を適中させて行く。さとみは、教科書の問題をノートに書きながら解き、わからないものを参考書で調べていた。
「……なんだ? 『あああああ、わかんないいいい』…… さとみ殿、情無いですぞ! 全てにおいて修業あるのみ! しっかり致しませい!」
みつの叱咤激励がしばらく続いたが、やがて勉強の気配が消えた。
「ふむ、そろそろお休みの頃合いか。今なら問題はないだろう……」
みつは、すっと扉を通り抜けた。
さとみはすでに机には居なかった。みつがぐるりと見回すと、ベッドの上で横になっていた。パジャマは上だけ着ていた。下はイチゴ柄の下着のままだった。
「さとみ殿! なんとはしたない!」
みつは顔を真っ赤にして大声を出した。生身のさとみには自分の声は聞こえないとわかっていても、こんなかっこうをしていては怒りたくもなる。
しかし、さとみは全く気にしていないようだ。
枕を両手で顔の前に持ち上げ「でへ、でへ、でへへ……」と妙な笑い方をしている。続いて「きゃあきゃあきゃあ!」と妙な雄たけびを上げ、両足をばたばたさせ始めた。
「さとみ殿!」たまらず、みつはさとみの顔をのぞき込んだ。「はしたない真似は、お止めなさい!」
さとみと視線が合った。そう思ったみつだった。だが、さとみは妙な笑い方と妙な雄たけびと足のばたばたを繰り返した。
「おふざけが過ぎますぞ!」
みつは言うと、さとみが持ち上げている枕よりも手前に顔を出した。ほとんど顔がくっつくくらいの近さだった。
「さとみ殿!」
さとみの視線は、たしかにみつに向いていた。しかし、向いているだけだった。
さとみが見ているのは、みつではなく、持ち上げている枕だった。
「……さとみ殿……」
みつは、あまりの衝撃に、ふらふらと床に座り込んでしまった。
「たしかに、竜二さんの言う通りだ。見えていない……」
相変わらず、枕を見ながら「でへでへ」と「きゃあきゃあ」と「ばたばた」を繰り返しているさとみを、みつは呆然と見つめていた。
つづく
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