「あ、おみっちゃん! さとみちゃん、どうだった?」
竜二は戻って来たみつに声をかけた。
戻って来たみつは、背を丸め、両腕を肩から力無く垂れ、髪を所々ほつらせ、目を虚ろにしていた。そのまま肘を曲げて「うらめしや~」と言えば、立派な幽霊になりそうだ。
「おみっちゃん……」さすがの竜二も、みつの異変に気がついた。心配そうに、そばに寄った。「おみっちゃん、大丈夫かい?」
「……竜二……さん……」みつの声が低く暗いものになっていた。その虚ろな眼差しが竜二の背筋をぞっとさせた。「さとみ殿……」
「さとみちゃん、やっぱり見えていないのかい? そうなのかい?」
みつは無言でうなずいた。そして、そのまま崩れるように座り込んでしまった。
「おい、おみっちゃん! しっかりしろよお!」竜二はしゃがみ込んで、みつの肩を揺さぶる。「ちゃんと話してくれよお!」
みつは、すっと顔を上げた。虚ろだった眼差しに沸々と怒りの色が濃くなって行く。
「……さとみ殿! なんなのだ、あのはしたない姿は! あの呆けたような愚かしい態度は!」
みつはいきなり竜二の胸ぐらをつかむと、前後にがくがくと激しく揺さぶりはじめた。
「あんなに近くに顔を出したのに、何なのだ!(がくがく) な~にが『でへでへ』か!(がくがく) な~にが『きゃあきゃあ』か!(がくがく) 全くもって情無い!(がくがく) え? わかりますか、竜二さん!(がくがくがく) あれがさとみ殿の本性なのですか?(がくがくがくがく) どうなんですか?(がくがくがくがく) 何を黙っているんですか!(がくがくがくがくがく) 答えて下さいよ、竜二さん!(がくがくがくがくがくがくがく) ……あっ!」
竜二はみつに激しく揺さぶられて、口から泡を噴いている。気を失ったようだ。
「竜二さん! 気を失っている場合ではありません!」みつは竜二のほほを右に左にと張り飛ばした。「起きて下さい! 起きないともっと叩きますよ!」
「冗談じゃないや!」竜二が飛び起きた。「おみっちゃんにかかっちゃあ、命が幾つあっても足りねぇぜ! ……おっと、オレは死んでいるんだった、へへへ……」
竜二のジョークに、場が一瞬凍りつく。ひゅうと北風が二人の間を吹き抜けた。
みつは、咳払いを一つすると、何事も無かったように立ち上がった。
「……とにかく、さとみ殿には見えていないようですね」
「やっぱりそうなんだ……」竜二も立ち上がる。「こりゃあ、さとみちゃんに何かあったんじゃないかなぁ……」
「いえ、そうとも言えません」
「でもさ、昨日までは、いつもと変わらなかったんだぜ」
「わたしが言っているのは、何かあったのは、さとみ殿の方では無いのではと言うことなのです」
「どう言うことだい? おみっちゃん?」
「何かの力が働いて、わたしたち霊体自体が生身の人たちに見えなくなっているのではないかと……」
「じゃあ、オレたちが見えなくなったのは、さとみちゃんだけじゃないってことかい?」
「そうかもしれませんね。わたしも豆蔵さんも竜二さんも見えないとなれば、その可能性が強いでしょうね」
「え~っ! じゃ、金輪際、さとみちゃんと話が出来ないってことかい? もう、わざと知らん顔をしてもらえないってことかい? もう、さとみちゃんにいじめてもらえないってことかい? イヤだ! イヤだよう!」
竜二は下を向いて泣き出した。
「……竜二さん、あなた、少々屈折しているようですね……」
みつは呆れ顔で、泣いている竜二を見ていた。
「そうだ!」竜二はがばと顔を上げた。涙と鼻水で汚れたその顔を、ぐいっとみつに近づけた。みつは思わずのけぞった。「確かめてみようぜ!」
「確かめる……とは?」
「百合江さんのところに行ってみるんだよ!」
つづく
竜二は戻って来たみつに声をかけた。
戻って来たみつは、背を丸め、両腕を肩から力無く垂れ、髪を所々ほつらせ、目を虚ろにしていた。そのまま肘を曲げて「うらめしや~」と言えば、立派な幽霊になりそうだ。
「おみっちゃん……」さすがの竜二も、みつの異変に気がついた。心配そうに、そばに寄った。「おみっちゃん、大丈夫かい?」
「……竜二……さん……」みつの声が低く暗いものになっていた。その虚ろな眼差しが竜二の背筋をぞっとさせた。「さとみ殿……」
「さとみちゃん、やっぱり見えていないのかい? そうなのかい?」
みつは無言でうなずいた。そして、そのまま崩れるように座り込んでしまった。
「おい、おみっちゃん! しっかりしろよお!」竜二はしゃがみ込んで、みつの肩を揺さぶる。「ちゃんと話してくれよお!」
みつは、すっと顔を上げた。虚ろだった眼差しに沸々と怒りの色が濃くなって行く。
「……さとみ殿! なんなのだ、あのはしたない姿は! あの呆けたような愚かしい態度は!」
みつはいきなり竜二の胸ぐらをつかむと、前後にがくがくと激しく揺さぶりはじめた。
「あんなに近くに顔を出したのに、何なのだ!(がくがく) な~にが『でへでへ』か!(がくがく) な~にが『きゃあきゃあ』か!(がくがく) 全くもって情無い!(がくがく) え? わかりますか、竜二さん!(がくがくがく) あれがさとみ殿の本性なのですか?(がくがくがくがく) どうなんですか?(がくがくがくがく) 何を黙っているんですか!(がくがくがくがくがく) 答えて下さいよ、竜二さん!(がくがくがくがくがくがくがく) ……あっ!」
竜二はみつに激しく揺さぶられて、口から泡を噴いている。気を失ったようだ。
「竜二さん! 気を失っている場合ではありません!」みつは竜二のほほを右に左にと張り飛ばした。「起きて下さい! 起きないともっと叩きますよ!」
「冗談じゃないや!」竜二が飛び起きた。「おみっちゃんにかかっちゃあ、命が幾つあっても足りねぇぜ! ……おっと、オレは死んでいるんだった、へへへ……」
竜二のジョークに、場が一瞬凍りつく。ひゅうと北風が二人の間を吹き抜けた。
みつは、咳払いを一つすると、何事も無かったように立ち上がった。
「……とにかく、さとみ殿には見えていないようですね」
「やっぱりそうなんだ……」竜二も立ち上がる。「こりゃあ、さとみちゃんに何かあったんじゃないかなぁ……」
「いえ、そうとも言えません」
「でもさ、昨日までは、いつもと変わらなかったんだぜ」
「わたしが言っているのは、何かあったのは、さとみ殿の方では無いのではと言うことなのです」
「どう言うことだい? おみっちゃん?」
「何かの力が働いて、わたしたち霊体自体が生身の人たちに見えなくなっているのではないかと……」
「じゃあ、オレたちが見えなくなったのは、さとみちゃんだけじゃないってことかい?」
「そうかもしれませんね。わたしも豆蔵さんも竜二さんも見えないとなれば、その可能性が強いでしょうね」
「え~っ! じゃ、金輪際、さとみちゃんと話が出来ないってことかい? もう、わざと知らん顔をしてもらえないってことかい? もう、さとみちゃんにいじめてもらえないってことかい? イヤだ! イヤだよう!」
竜二は下を向いて泣き出した。
「……竜二さん、あなた、少々屈折しているようですね……」
みつは呆れ顔で、泣いている竜二を見ていた。
「そうだ!」竜二はがばと顔を上げた。涙と鼻水で汚れたその顔を、ぐいっとみつに近づけた。みつは思わずのけぞった。「確かめてみようぜ!」
「確かめる……とは?」
「百合江さんのところに行ってみるんだよ!」
つづく
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