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ジェシル、ボディガードになる 70

2021年03月24日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ジェシルは与えられた部屋のドアの横に、掌紋認証のパネルがあるのを見た。そこに右手を当ててみる。ドアのロックの外れる音がした。
「……いつの間にわたしの掌紋を調べたのかしらね……」
 設備は旧式だが、その辺のシステムは最新のようだ。ジェシルは苦笑する。
 ドアを開けて室内へと足を踏み入れる。程よい空調が心地よい。ほっとした所で照明が自動で灯った。まず、目に飛び込んできたのはピンク色だった。床の絨毯も壁紙もベッドの一式も、室内はピンク色で統一されている。ジェシルはまた苦笑する。部屋の中央部は広かった。部屋に入ってすぐ脇にカーテンの付いたクロークとバスルームが並んでいる。奥の壁際にベッドがあった。
「……ま、思ったより広い部屋だわ。室内でトレーニングが出来るようにしてあるようね」
 ジェシルはクロールのカーテンを引き開けた。ピンク色のガウンが一着、ハンガーから吊り下がっていた。
「うわっ、趣味が悪いわ……」ジェシルは眉をひそめる。「でも、仕方ないかぁ……」
 ジェシルは溜め息をつきながら、着ている宇宙パトロールの制服の前ジッパーを胸の下辺りまで下げる。ほっと深い息をつく。
「さあて、お風呂にしようかな……」
 バスルームのドアを開ける。照明が自動で灯る。予想通り、ピンク色になっていた。浴槽にお湯を張る。もうっとした湯気が立ち上る。ジェシルはクロークの前に戻り、太腿に巻いたホルスターの紐を解き、ベルトを外す。ハンガーの一つにぶら下げた。それから、制服のジッパーの残りを引き下げる。制服を脱ぐと、これもハンガーに掛けた。
「随分と、くたくたになったわねぇ……」下着姿になったジェシルは制服をしげしげと見ながらつぶやく。「申請して、新しいのをもらわなきゃね」
 振り返ると、そちらの壁に大きな姿見があった。ジェシルは自身の姿を映す。腰に手を当て、じっとその姿を見つめる。滑らかできめの細かい肌、豊かな胸、引き締まった腰、程よい太腿、引き上がったお尻……
「ボンキュッボーン……」ジェシルはアーセルの言葉を思い出して口にする。それから、口を尖らせた。「ふん! 鑑賞向きですってぇ? ケレスのヤツ、言ってくれるじゃないの……」
 ジェシルは姿見に向かって右脚を蹴り出した。風を切る音が鋭い。次いで右拳を繰り出す。これも鋭く風を切る。
「軍隊野郎になんかに負けないわ!」ジェシルはドアを睨む。「対戦するのを楽しみにさせてもらうわね!」
 ジェシルは吐き捨てると、バスルームに入って行った。

 バスルームを出て、イヤイヤながらピンクのガウンを羽織る。意外と着心地が良い事にジェシルは驚いた。
「まあ、色の件は勘弁してあげても良さそうね……」
 ジェシルは、クロークのホルスターベルトから熱線銃を取り出すと、それを待ったままベッドに行き、ごろりと寝転がる。銃は枕の下にしまう。膝を曲げ、右脚を左脚の上に組む。ガウンの裾がはだけ、太腿が剥き出しになった。しかし、ジェシルは気にすることなく天井を見つめている。
「……さて、わたしが優勝したら、ジョウンズは素直に二人を渡してくれるかしらねぇ……」ジェシルは右脚の爪先をぷらぷらと揺らしながらつぶやく。「……まあ、無理よねぇ。わたしがボスだったら、絶対にそんな事はしないもの」
 と、ドアがノックされた。控えめなものだったが、ジェシルは素早く上半身を起き上がらせると、枕に下から熱線銃を取り出し、ドアに銃口を向ける。
「どなた?」ジェシルは言う。声は穏やかだったが、指は銃の引き金に掛かっていて、いつでも撃てる状態にしている。「今は休憩中よ」
「……あの……」ドア越しに聞こえる声に聞き覚えがある。「わたしです、……ノラです……」
 ガイダンス・スタッフで、ジェシルに「ノラ」の名前をもらった少女だ。
「あら!」
 ジェシルはドアまで行き、開けた。照れくさそうな顔をしたノラが立っていた。
「どうしたの?」
「はい…… 実は、この宿泊エリアの世話係になったんです……」
「ガイダンス・スタッフはどうなったの? これから客がぞろぞろと来るんじゃないの?」
「そうなんですけど、わたし、新人だから、大した役には立たないだろうって言われて…… そこで、ここに回されたんです」
「そう……」
「仕事は、食事の用意やお部屋の掃除や洗濯なんかです」ノラは言う。「それで、ごあいさつを兼ねて一部屋ずつ訪ねて回っていたんです」
「まあ、大変ねぇ」
「……はい、大変です……」ノラの表情がちょっと曇る。「食事は自分で用意するからいらないとか、部屋を片付けられると負けるジンクスがあるから手を付けるなとか、同じ理由で洗濯はするなとか、夜にこっそり遊びにおいでとか…… なんだか、まともな人がいないんです。見た目もごっつかったり、何となく危険そうに見える人ばかりで……」
「ははは、そうなんだ!」ジェシルは笑う。「でも、少しは仕事の手間が省けて、良いんじゃない?」
「そう思う事にします」ノラもつられて笑顔になる。が、ふと心配そうな表情になった。「……それで、ジェシルさんも、そんな感じなんですか?」
「わたし?」ジェシルは言うと、にっこりと笑む。「わたしはそんな事は無いわよ。食事も掃除も洗濯もお任せするわ」
「はい!」ノラは元気に答えた。「じゃあ、もう少ししたら食事を持ってきます!」
「ええ、分かったわ。頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
 ノラは言うと頭を下げた。  


つづく


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