手探りで明かりのスイッチを探す。長年住んでいるアパートだが、一発でスイッチに手が触れたことは無い。さらに今は気持ちが急いている。……早く明かりを点けなければ! ああ、こんな時に限って、いつもより手間取ってしまうんだよなぁ。いつまでも暗いままだと、うんざりして帰ってしまうかもしれないじゃないか! がんばれ、オレ! 負けるな、オレ!
突然、部屋全体が明るくなった。……よかった、スイッチが入ってくれた。がんばったな、右手! コーイチは右手を顔の前に持って来て、にた~っと笑った。……いけない! こんなことやってる場合じゃない!
コーイチは靴を脱ぎ、部屋へ上がる。しゃがみ込んで、崩れている新聞と雑誌を直し始めた。直すと言っても、一列にバランス良く積み上げるだけだ。慎重に最後の雑誌を乗せ終えた。崩れるな、崩れるなよ。コーイチはゆっくりと手を離す。少し左右に揺れてはいるが、崩れなかった。
揺れている新聞雑誌の山を見ながら、そぉーっと台所へ向かった。鍋と丼が洗ってもらうのを今か今かと待っていた。コーイチはスーツを脱いで床に置き、ワイシャツの両袖を捲り上げ、蛇口をひねり水を出し、洗い始めた。……しまった! ガビガビになっている! コーイチは冷や汗をかきながら、鍋と丼を力任せにスポンジで擦り始めた。何とか洗い終え、水切りトレーに伏せ置いた。洗う際に勢いが付き過ぎて、水があちこちに跳ねかかったが、コーイチは気付いていないようだった。
水だらけの台所を後にして、部屋の真ん中にごちゃっと置いてある洗濯物に向かう。とりあえず適当に畳み、押入れの中に置かれた小タンスの一番上の引き出しに仕舞う。
昨夜悪夢を見た布団は、掛け布団とシーツがぐちゃぐちゃになっていた。……スミ子がここで暴れたのかなぁ? 自分の寝相の悪さを棚に上げるコーイチだった。……とりあえず畳んでしまっておこう。コーイチは枕を拾い上げ、押入れに放り込んだ。
「ねえ、コーイチ君!」
背後で声がした。コーイチが振り返ると、真ん中から左右に分けた髪を耳元でくるくると丸めて白いピンで留めた白いチャイナ服の京子が、右手にスミ子を持って、閉めてあるドアからすり抜けて入って来た。白いハイヒールを脱ぎ、部屋へ上がって来る。
「あら、落し物よ」
京子は左手でコーイチのスーツを拾い上げ、ひらひらと振って見せた。
「あ…… それは、どうも…… ありがとう」
コーイチはスーツを受け取りながら言った。……ドアを開けずに、しかも服も元に戻して…… ま、いいか。魔女なんだし、可愛いし。
「へ~え、ここがコーイチ君のお部屋なんだ……」
京子は興味深そうに、あちこちをきょろきょろと見回していた。
「ま、まあね……」
コーイチはそわそわし始めた。……見られて困るものは無いと思うけれど、こんなにきょろきょろされると、何か出て来そうな気になってしまう。話題を変えなければ……
「その布団でコーイチ君は寝てるんだ……」
京子はいきなり言い出し、しゃがみ込んで布団を何度か撫でた。
「コーイチ君…… お願いがあるの……」
しゃがみ込んだまま、京子がコーイチを甘えるような瞳で見上げ、小声で言った。コーイチの胸がまたドキンと高鳴った。喉もゴクリと鳴る。
「な、何だい……」
視線を合わせながら、コーイチは京子の横にゆっくりとしゃがみ込んだ。
京子はふっと視線を布団の上に落として、ささやいた。
「思い出が欲しいの……」
つづく
突然、部屋全体が明るくなった。……よかった、スイッチが入ってくれた。がんばったな、右手! コーイチは右手を顔の前に持って来て、にた~っと笑った。……いけない! こんなことやってる場合じゃない!
コーイチは靴を脱ぎ、部屋へ上がる。しゃがみ込んで、崩れている新聞と雑誌を直し始めた。直すと言っても、一列にバランス良く積み上げるだけだ。慎重に最後の雑誌を乗せ終えた。崩れるな、崩れるなよ。コーイチはゆっくりと手を離す。少し左右に揺れてはいるが、崩れなかった。
揺れている新聞雑誌の山を見ながら、そぉーっと台所へ向かった。鍋と丼が洗ってもらうのを今か今かと待っていた。コーイチはスーツを脱いで床に置き、ワイシャツの両袖を捲り上げ、蛇口をひねり水を出し、洗い始めた。……しまった! ガビガビになっている! コーイチは冷や汗をかきながら、鍋と丼を力任せにスポンジで擦り始めた。何とか洗い終え、水切りトレーに伏せ置いた。洗う際に勢いが付き過ぎて、水があちこちに跳ねかかったが、コーイチは気付いていないようだった。
水だらけの台所を後にして、部屋の真ん中にごちゃっと置いてある洗濯物に向かう。とりあえず適当に畳み、押入れの中に置かれた小タンスの一番上の引き出しに仕舞う。
昨夜悪夢を見た布団は、掛け布団とシーツがぐちゃぐちゃになっていた。……スミ子がここで暴れたのかなぁ? 自分の寝相の悪さを棚に上げるコーイチだった。……とりあえず畳んでしまっておこう。コーイチは枕を拾い上げ、押入れに放り込んだ。
「ねえ、コーイチ君!」
背後で声がした。コーイチが振り返ると、真ん中から左右に分けた髪を耳元でくるくると丸めて白いピンで留めた白いチャイナ服の京子が、右手にスミ子を持って、閉めてあるドアからすり抜けて入って来た。白いハイヒールを脱ぎ、部屋へ上がって来る。
「あら、落し物よ」
京子は左手でコーイチのスーツを拾い上げ、ひらひらと振って見せた。
「あ…… それは、どうも…… ありがとう」
コーイチはスーツを受け取りながら言った。……ドアを開けずに、しかも服も元に戻して…… ま、いいか。魔女なんだし、可愛いし。
「へ~え、ここがコーイチ君のお部屋なんだ……」
京子は興味深そうに、あちこちをきょろきょろと見回していた。
「ま、まあね……」
コーイチはそわそわし始めた。……見られて困るものは無いと思うけれど、こんなにきょろきょろされると、何か出て来そうな気になってしまう。話題を変えなければ……
「その布団でコーイチ君は寝てるんだ……」
京子はいきなり言い出し、しゃがみ込んで布団を何度か撫でた。
「コーイチ君…… お願いがあるの……」
しゃがみ込んだまま、京子がコーイチを甘えるような瞳で見上げ、小声で言った。コーイチの胸がまたドキンと高鳴った。喉もゴクリと鳴る。
「な、何だい……」
視線を合わせながら、コーイチは京子の横にゆっくりとしゃがみ込んだ。
京子はふっと視線を布団の上に落として、ささやいた。
「思い出が欲しいの……」
つづく
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