お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

妖魔始末人 朧 妖介  42

2009年10月07日 | 朧 妖介(全87話完結)
 ドアチャイムが何度か鳴った。ゆるゆると戻ってきた意識の片隅でそれを捉えた気がしていた。しかし、それを無視して眠り続けたい、起き出したくない欲求の方が勝った。寝返りを打つと、葉子は再び深い眠りへと落ちて行った。
 しばらくすると、部屋の電話が鳴り出した。眠りを妨げるには充分の音量だった。うつ伏せた頭に枕を被せた。しかし、無駄だった。葉子は不機嫌な顔でベッドから起き出した。
 闇だった。
 心臓が一度大きく高鳴り、背筋に冷たいものが走った。・・・イヤな臭いはしなかった。靄も見えなかった。葉子は深呼吸をするとベッドを離れ、部屋中の灯りを点け、鳴り続ける電話に向かった。
「もしもし・・・」
 自分でも驚くくらい声が嗄れている。疲れ切ってしまって、大鼾でも掻いていたのかも知れない。
『葉子!』由紀の声だった。怒っている。『何度もチャイム押したのに、いったい何をやってるのよ!』
「あ・・・ ゴメンなさい。疲れちゃって、寝ていたの・・・」
『・・・まったく、あんたって人は・・・ こっちはあの課長を説得してたって言うのに。・・・あっ!』
 がさごそ音がして、声が変わった。敦子だった。
『由紀は説得なんて言ってるけど、あれはどう見ても脅迫だったわ』敦子は由紀の真似をして続けた。『課長、葉子自身じゃなくてお兄さんの早とちりだったんですよ。それを取り上げて大騒ぎするんなら、わたしも課長の女のお友だちの事で大騒ぎしますけど?』
 また話し手が変わった。真弓だ。
『今日の事は無かった事になったのよ。だからそれを知らせに来たの。手土産持ってね。だから早く玄関開けてよ!』
 葉子は受話器を戻し、玄関へ向かう。外に気配がある。楽しくて懐かしい気配。
 いつもの三人がいつもの顔でいつもの手土産(主に缶ビールとこってりしたおつまみ)ぶら下げてニコニコした顔で立っている。その気配だ。
 葉子は笑顔でドアを開けた。
「ばあーっ!」
 いつもの三人がいつもの挨拶をかけてきた。・・・ああ、帰ってきた、戻ってきたんだわ! 葉子の瞳から涙が溢れた。もう、あんな変な世界とは、本当に切れたんだわ! 嬉し涙が止まらない。
「ばっかねえ・・・」由紀が優しく葉子を抱きしめる。姐御肌の由紀は、背中に回した手で葉子の背中をとんとんと叩く。「熱血お兄さんだって、葉子の事を心配して言ってくれたのよ」
「うん、そうね・・・」・・・そうだ、あいつは兄と言う事にしてあるんだった。でも、もう終わったんだ。これで関わりが無くなったんだ。いつもの生活に戻るんだ。葉子は由紀から身を放した。「もう済んだ事なのね」
「そうよ、明日からはまたいつもの葉子よ」真弓が微笑む。・・・この可愛い笑顔に、何度気持ちが安らいだ事だろう。葉子は涙を拭った。「そうそう、葉子に涙は似合わないわ」
「いつまで玄関に立たせておく気なの?」コンビニの袋を三つ、葉子の目の前に持ち上げて、振って見せながら恰幅の良い敦子が言った。「温まっちゃうわよ」
 葉子はあわてて三人を招じ入れた。どやどやと入って来た三人は、勝手知ったる様子で準備を進めた。
 あらかた準備が整った時、
「あれっ? 葉子、ソファに座らないの?」
 真弓が不思議そうに首を傾げながら尋ねた。葉子は大きく頷いて見せた。
「兄が・・・」葉子の脳裏にまたあいつが映し出される。自然と表情が強張った。「兄がどっかり座っていたから・・・」
「そんなに嫌うもんじゃないわ」由紀が並べられたグラスにビールを注ぎながら言った。「一度会った事あるけど、好い男だったじゃない! これから次第じゃ、わたしは葉子の義姉さんになるかもよぉ・・・」
「ば、馬鹿なこと言わないでよう!」
 兄とあいつが葉子の中で重なった。まったく似てはいないのに、なぜかあいつが兄となって由紀と肩を並べてこのソファに座り、葉子は微笑みながら『お似合いよねえ』などと言っている。・・・なんでこんな事考えるのよう! まさか、あの娘が何かしているんじゃ・・・ 葉子は窓を見た。カーテンが引かれていた。ほっと溜め息をつく。
「どうかした?」真弓が心配そうに聞く。「カーテン見ながら溜め息ついちゃったりして・・・」
「ううん、なんでもないわ」無理に笑顔を作る。「・・・もう済んだ事だもの」
「あ、そうだ!」敦子がコンビニの袋を探り始めた。「忘れる所だったわ!」
「なあに?」
 ・・・何か励ましのプレゼントでも・・・ 葉子も落ち込んでいる三人にそうしていた事を思い出した。また涙腺が弛み出す。
「買い物してたら、すっごく綺麗で可愛い女の子が寄って来たのよ」敦子が探しながら言う。「それでね、『葉子お姉さんの所へ行くんでしょ? これ渡してちょうだい』って預かりものをしたのよ。『自分で渡せば?』って言ったんだけど、すぐ行かなくちゃならないからって。・・・でも、どうしてわたしが葉子の所へ行くって分かったのかしらね?」
「えっ?」葉子の体温が一気に下がった。動悸が耳元で鳴り始めた。「・・・その娘、黒いワンピースだった?」
「ええ、そうよ。妹さん? それとも、知り合い?」
 やっと見つけたらしい敦子は袋からつかみ出して、葉子の前のテーブルに置いた。
 ナイフの柄ぐらいの長さの、黒っぽくて枯れ木のような外見の木の棒――『斬鬼丸』だった。


      つづく


     著者自註 

 勝手に「妖魔始末人 朧 妖介」主題歌にした堂本光一さんですが、F1観戦途中で帰らされるなんて、ひどい話ですね。鈴鹿のVIPですよ。いくらずっと昔からF1を放映している局とは言え、鈴鹿自体を、F1自体を軽く見ているとしか思えませんね。それで夜の生放送。無理に生にする必要なんてあったんでしょうかね? ずっと生だと思ったら、生は最初だけ、ほとんどが収録のVTRでした。全部がVTRでも何の違和感もなかったんじゃないでしょうかね? そんな内容でした。なんだか悪意を感じてしまった出来事でした。でも負けないで頑張ってください。応援しています。近いうちのソロコンも期待しています。



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