お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ブラック・メルヒェン その5  「北風と南風」

2007年10月21日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
 北風と南風はとても仲が悪く、顔を会わせるたびに、
「おお寒い寒い、こんなに寒いんじゃあ、身も心も冷たい嫌なやつだろうさ!」
「なんて暑いんだ。これじゃあ身も心もだれちまってまともな事は何一つ出来やしないな!」
 こんな調子でいつもいがみ合っていました。
 そんなある日、北風と南風はばったりと出くわしてしまいました。
「おやおや、寒いやつが歩き回って迷惑を振りまいてるよ!」
「おやおや、暑いやつが歩き回って疲れの元を撒いてるよ!」
 二人はにらみ合いました。
 南風がふと地上を見下ろすと、コートを羽織った一人の男が大きな木の下に立っていました。南風に妙案が浮かびました。 南風が北風に言いました。
「どうだい、ちょいと勝負してみないか?」
「なにをするんだ? お前に都合のいい勝負じゃないだろうな!」
「それはお前の腕次第だ。・・・あそこに立っている男が見えるか?」
「あの木の下のコートの男か? それがどうした!」
「どっちの風であの男のコートを脱がす事ができるかを競おうってわけだ」
「いいだろう。俺の強風で吹き飛ばしてやるさ!」
 息巻いている北風を見ながら、南風は作戦通りだとほくそ笑みました。
 コートは暑ければ脱いでしまうものです。これではどう見ても南風の勝ちです。
「じゃあ、言いだしっぺの俺から始めよう」
 南風は腹を膨らませ、飛び切り暑い風を男に吹きかけました。
 男はたちまち大汗をかき出しました。しかし、コートの前をしっかりと合わせ、脱ごうとはしません。
「どうした? 吹き飛ばす事もできないのか?」
 首をかしげている南風をあざ笑い、北風も腹を大きく膨らませ、一番強い風を男に吹き付けました。
 男は足元がふらつき倒れそうになりました。しかし、木の幹で身体を支え、コートの前をさらにしっかりと合わせました。
「そんな大汗をかいて南風にでもなるのかい?」
 南風は北風がハアハア言いながら額の汗を拭っているのを見て笑いました。
「やかましい、じゃあもう一辺お前がやってみろよ!」
「ああ、今度こそ、見てろよ!」
 南風はさらに強く暑い風を吹き付けました。
 男は風に足元をすくわれ二三度くるくると回り、辺りに汗を撒き散らしましたが、コートの前は合わせたままでした。
「だめだな! 今度は俺がやる! 俺の最強の風を食らわせてやるぜ!」
 北風は身体の倍ぐらいに腹を膨らまし、少し溜めてから、ものすごい勢いで風を吹き付けました。
 土ぼこりと共に地面にあるものが一斉に舞い上がりましたが、男のコートはそのままでした。
「今度は俺だ!」
 南風もさらに強く吹き付けますが、やはり変わりません。
「どけどけ、次は俺だ!」
 北風も負けじと強く吹き付けますが、これも変わりがありません。
 二人は交代に風を吹き付けましたが、男のコートは合わさったままでした。
 そのうち、めりめりめりと木が折れる大きな音がしたと思ったら、どしんと地響きを立てて倒れてしまいました。
 男は倒れた木に頭を挟まれ、コートの前をはだけた身体を、幹から生えている様にして地面に横たえていました。
「おいおい、こりゃあ風を当てすぎたみたいだな・・・」
「いいや、単なる事故だ! もう帰るぞ!」
 北風はさっさとどこかへ行ってしまいました。
「そうだな。こんなガンコな人間が悪いんだ!」
 南風もそ知らぬ顔で行ってしまいました。
 
 そこへ一人の女が通りかかり、倒れている男を見て悲鳴を上げました。悲鳴を上げたのは事故の様子にではありませんでした。男はコートの下には何も着ていなかったからでした。
 この男は、女が通りかかるとコートの前を広げて見せるこの界隈で問題になっている変質者でした。
 人々は、木を倒したのはきっと風の神が下した罰だろうと思い、感謝をささげるのでした。


コメントを投稿