お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 3

2023年01月11日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジェシルは壁に掛かっている柱時計を見た(これも年代物だそうだが、ジェシルには全く興味も関心もない)。
「ジャンのヤツ、昼前には来るだなんて言っていたわね。聞いてもいないのに、弁当を持ってくるから昼食はいらないなんて言っていたわ……」ジェシルはにやりと笑う。「だったら、思い切り豪華なランチを目の前で食べてやろうかしら」
 と、玄関の呼び鈴が鳴った。
 ジェシルは壁に備え付けたモニター画面を操作し、玄関に佇んでいる人物を映しだした。画面には右斜め上から見下ろした映像が映っている。柔らかそうな長い金髪の男性だ。右肩から大きなカバンをたすき掛けにしている。ラフな普段着姿だ。
「人の家を訪ねるって言うのに、何よあの格好!」
 ジェシルは文句を言う。
 男性は呼び鈴の反応が無い事に戸惑ったのか、きょろきょろと周囲を見回している。その際、一瞬カメラに向かって顔を上げた姿が映った。大人の顔になってはいたが、間違いなくジャンセンだった。タルメリック叔父が言っていたように「会っても損はない」容姿だ。しかし、ジェシルには忌々しいだけの存在だった。
 ジェシルはきょろきょろしながら手持無沙汰にしているジャンセンを、モニター越しに悪意剥き出しの笑みで見つめていた。全く反応の無い様子に大きなため息をついたジャンセンは、もう一度呼び鈴を押そうとした。
「何度も押さないで、ジャン!」ジェシルはモニターのマイクをオンにして言う。その声に驚いた様に、ジャンセンはさらにきょろきょろする。その何となく不格好な様にジェシルは声を上げて笑う。「ここは高級住宅街なのよ。ご近所にも配慮してもらわなくちゃ困るわ」
 これは嘘だ。ジェシルは近隣への配慮などした試しがない。逆に、近隣がジェシルに配慮しているのだ。
「……ああ、それは失礼した」ジャンセンは扉に向かって小さな声で言う。モニターで見ていると何ともおかしな様子に見え、ジェシルはさらに笑う。「この前言ったように、調査に来たんだ。開けてくれないかな?」
「あなたって、挨拶も出来ないの?」ジェシルは、幼い頃と全く変わっていないジャンセンの不躾な態度が気に食わない。「それとも、学者先生は挨拶なんて不要なのかしら?」
「え? いや、そんな事はないよ」ジャンセンは軽く咳払いをする。「ええと…… まだ午前中だから、おはよう、ジェシル…… で良いのかな?」
「……あなたって、最低ね!」
 ジェシルは言うと、前のはだけているフリソデを合わせ、赤い帯を腰に巻いた。そして玄関まで出向く。
 扉を勿体つけて、ゆっくりと開く。しかし、まだ半分ほどしか開かない。
 幼い頃はジェシルの方が背が高かったのに、目の前のジャンセンはジェシルよりも背が高く、しかも、幼い頃よりずっと良い男前になっている。
「やあ、ジェシル」ジャンセンが笑みを浮かべるでもなく、真っ直ぐにジェシルを見て言う。「で、早速なんだけどさ……」
「あなたねぇ……」ジェシルは声を荒げる。相変わらず不躾なジャンセンに、さらには一瞬ジャンセンに見惚れた自分にも腹を立てからだ。「十数年振りで会ったって言うのに、もう調査の話?」
「だって、タルメリックおじさんの話だと、ジェシルはあまり機嫌が良くないようだから、さっさと用を済ませた方が良いだろうって言われていたからさ」ジャンセンはじっとジェシルの顔を見る。「それは間違いなさそうだ」
「機嫌が悪いのは、あなたのせいじゃない!」ジェシルは爆発する。「わざわざ休みに居てあげているって言うのに!」
「だから、さっさと用件を済ませようってしているんじゃないか!」ジャンセンが大きな声を出した。「ずっと我慢していたけどさ、いくら直系だからって、横暴すぎないか? ぼくは純粋に学術調査がしたいだけなんだ! それなのにさ、なぜか一族みんな揃って君に気を使う。ぼくにはそこが分からない。貴重な宝をずっと足の下に置いて行く、そんな君の無神経さにもいらいらするよ!」
「何よ! もう帰ってよ! 調査は取り消しだわ!」
「ふざけるなよ! 今日の調査は、歴史学界にとっても重要なものなんだぞ!」
「知ったこっちゃないわ!」
「知ってもらわなきゃ困る。それに……」
 ジャンセンは言うと、提げている黒い肩掛け鞄を前に回し、かぶせを捲り上げて鞄の中に手を入れた。探し物をしているようだが見つからないので、顔の傍まで持ち上げて覗き込みながら探し始めた。やっと見つけたと言った顔で封筒を取り出した。それをジェシルに突き出す。評議院の刻印のある封筒だった。
「これはタルメリックおじさんから預かったものだ。今回の調査の迷惑料とか言っていた。ここまで一族に気を遣わせるなんて、どうかとは思うけどさ」
 ジェシルはむっとした顔のまま封筒を受け取る。封筒を開ける。途端にジェシルの顔に笑みが浮かぶ。
「何だよ、ジェシル? いきなりにこにこなんて、薄気味悪いぞ」
 ジャンセンが言うが。ジェシルには聞こえていない。封筒には、毎月違った産地で採れるベルザの実が一年間届けられるように手配した旨がタルメリック叔父の直筆で認められた書簡が入っていた。
「……良いわ。入って」ジェシルは扉を大きく開けた。「ただし、他の物には一切手を触れないでね」 


つづく

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