「タケル……」
ナナはびくともしないタケルを見つめている。
「わたし、タケルさんが支持者だって思えないわ」逸子が言う。「さっき側近の人と話をしていたんだけど、きっと、怪しい結社や宗教団体にそそのかされたのよ。絶対、タケルさんの意思じゃないわ!」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど……」ナナは逸子を見る。今にも泣き出しそうだ。「わたしの時代には、そのような集団は禁止になっているのよ。……もちろん、違法な集団はあると思うけど少数だわ。お調子者のタケルだけど、そんな連中の危険性は充分に知っているから、決して近づかないわ」
「そうなんだ……」逸子は倒れているタケルを見る。「じゃあ、どうして…… 本当に、タケルさんが支持者だって事?」
「それは、タケルが目を覚ましてから聞いてみるわ……」ナナは涙声で言う。「目を覚ませばだけど……」
「ごめんなさい……」アツコは言って頭を下げた。「支持者への憎しみが抑えきれなくて……」
「良いのよ、気にしないで…… わたしも言い過ぎたわ」ナナは微笑む。しかし、それは弱々しい。「……タケルに聞かなきゃ、本当の所は分からないし」
「やっぱり、タケルさんが支持者だなんて、考えられないよ」タロウが言う。「支持者じゃないって思いたいからなのかもしれないけど…… それにさ、支持者だって言って姿を現わしたら、こんな目に遭うのは分かっていたはずだ」
「そうなのよね」逸子が言う。「側近の人たちとも話したんだけど、分かっていて出て来るなんて、まともな神経じゃないわ。だから、誰かに言い含められたか、操られているって思うのよ」
「それが誰かって話になるのか……」タロウは言ってタケルを見た。「……ボクが見た中では、一番のダメージだね。回復に時間がかかるかもしれないぞ…… ボクがアツコにやられて気を失った時、正気に戻るまでの最長記録が一週間だった。今回はアツコだけじゃなくて逸子さんも加わっていたから、はたして、何日かかるのか……」
「タロウ! もう言わないで!」アツコが語気鋭く言う。「わたしだって深く反省しているんだから!」
「そうよ!」逸子もアツコの肩を持つ。「相手がタケルさんだって分からなかったんだから、それはもう仕方がないわよ!」
タロウは二人の剣幕に身を縮めた。しかし、「……でも、本当の事だし……」と、タロウはぶつぶつ言っている。
「原因はともかく、タケルがやったと言う事は曲げられないわ」ナナは言う。落ち着きを取り戻したようだ。「それに、タケルが本物の支持者だと言う可能性が全くないわけではないわ……」
皆は沈黙してしまった。明るく暖かく照りつける太陽が全く届かないくらい、皆の心は冷えていた。
「とにかく、タケルの意識が戻らないと、真相は分からないわね……」ナナはぽつんと言う。「永遠にこのままって事はないんだろうけど……」
「……仕方ないわね……」逸子は言うと深呼吸を二、三度繰り返した。「……これをやると、お肌が少し荒れるからイヤなんだけど……」
「何をするの?」ナナが不安そうだ。「逸子さんにまで何かあったらイヤよ」
「大丈夫よ」逸子は言うと、アツコを見た。「アツコの流派にはないかしら? 『真風会館空手究極奥義・天動復命』みたいなヤツ」
「……無いわ。そう言うのは初めて聞いた」
「じゃあ、見ていてね。上手くアレンジして技に加えると良いわ」逸子はタロウを見た。「タロウさん、倒れているタケルさんを、あの木に背もたれさせてもらえないかしら?」
「……ああ、分かった」
タロウはタケルを抱え上げて、示された木に背もたれさせた。結構乱暴に扱われたが、タケルは為すがままでびくともしない。
「あ、頭は上げた状態にして」
「ああ、分かった……」
タロウはタケルが斜め上を見上げるような形にタケルの頭を調整する。逸子は満足気にうなずく。タロウは一仕事終えたかのように額の汗をぬぐう。
逸子は目を閉じ、大きく深呼吸をする。周囲の空気が動く。逸子に向かって四方から風が吹き始める。逸子の髪がふわっと浮き上がる。そして、両腕を左右に拡げた。と、全身からオーラが噴き上がった。逸子に向かっていた風が、今度は四方に散る。周りのナナとアツコの髪が舞うように流され、側近たちの着ている青いつなぎが音を立ててはためく。タロウは吹き飛ばされそうなのを両脚を踏ん張って耐えていた。ナナは風に目を細めているが、アツコは見逃すまいと目を凝らしている。
逸子の噴き上がったオーラが徐々に消え始めた。それに呼応するように逸子のからだが赤く輝き始めた。噴き上がったオーラを全身に浸透させているのだ。
「来るわ……」噴き上がったオーラが消え、逸子が寄り赤く輝き出したのを見て、アツコがつぶやいた。「『真風会館空手究極奥義・天動復命』……」
「え?」タロウが驚いた顔でアツコを見る。「……分かるのか?」
「ええ……」アツコはからだを震わせている。興奮しているのかもしれない。「……共に免許皆伝同士だから、分かるのよ」
閉じていた眼をかっと見開いた逸子は、タケルの前に片膝を付き、右手を高々と振り上げた。
「『真風会館空手究極奥義・天動復命』!」逸子は地から響くような強い声を発した。「はあぁぁぁぁぁ!」
振り上げた右手がタケルの額にめがけて振り下ろされた。そして、ぺちんと言う軽い音がした。
「……凄い技だわ……」アツコはごくりと喉を鳴らし、つつと流れる額の汗を手の甲で拭う。「まさに、究極奥義……」
「……あれが、究極奥義……?」タロウは呆気にとられている。「あの軽いデコペンが……?」
逸子はタケルの額から手を離し、すっと立ち上がった。ふうっと深く息を吐く。
「……う、ああぁぁ…… ああ……」
妙な声がした。タケルだった。うっすらと目を開けた。
「タケル!」
ナナが駈け寄る。
つづく
ナナはびくともしないタケルを見つめている。
「わたし、タケルさんが支持者だって思えないわ」逸子が言う。「さっき側近の人と話をしていたんだけど、きっと、怪しい結社や宗教団体にそそのかされたのよ。絶対、タケルさんの意思じゃないわ!」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど……」ナナは逸子を見る。今にも泣き出しそうだ。「わたしの時代には、そのような集団は禁止になっているのよ。……もちろん、違法な集団はあると思うけど少数だわ。お調子者のタケルだけど、そんな連中の危険性は充分に知っているから、決して近づかないわ」
「そうなんだ……」逸子は倒れているタケルを見る。「じゃあ、どうして…… 本当に、タケルさんが支持者だって事?」
「それは、タケルが目を覚ましてから聞いてみるわ……」ナナは涙声で言う。「目を覚ませばだけど……」
「ごめんなさい……」アツコは言って頭を下げた。「支持者への憎しみが抑えきれなくて……」
「良いのよ、気にしないで…… わたしも言い過ぎたわ」ナナは微笑む。しかし、それは弱々しい。「……タケルに聞かなきゃ、本当の所は分からないし」
「やっぱり、タケルさんが支持者だなんて、考えられないよ」タロウが言う。「支持者じゃないって思いたいからなのかもしれないけど…… それにさ、支持者だって言って姿を現わしたら、こんな目に遭うのは分かっていたはずだ」
「そうなのよね」逸子が言う。「側近の人たちとも話したんだけど、分かっていて出て来るなんて、まともな神経じゃないわ。だから、誰かに言い含められたか、操られているって思うのよ」
「それが誰かって話になるのか……」タロウは言ってタケルを見た。「……ボクが見た中では、一番のダメージだね。回復に時間がかかるかもしれないぞ…… ボクがアツコにやられて気を失った時、正気に戻るまでの最長記録が一週間だった。今回はアツコだけじゃなくて逸子さんも加わっていたから、はたして、何日かかるのか……」
「タロウ! もう言わないで!」アツコが語気鋭く言う。「わたしだって深く反省しているんだから!」
「そうよ!」逸子もアツコの肩を持つ。「相手がタケルさんだって分からなかったんだから、それはもう仕方がないわよ!」
タロウは二人の剣幕に身を縮めた。しかし、「……でも、本当の事だし……」と、タロウはぶつぶつ言っている。
「原因はともかく、タケルがやったと言う事は曲げられないわ」ナナは言う。落ち着きを取り戻したようだ。「それに、タケルが本物の支持者だと言う可能性が全くないわけではないわ……」
皆は沈黙してしまった。明るく暖かく照りつける太陽が全く届かないくらい、皆の心は冷えていた。
「とにかく、タケルの意識が戻らないと、真相は分からないわね……」ナナはぽつんと言う。「永遠にこのままって事はないんだろうけど……」
「……仕方ないわね……」逸子は言うと深呼吸を二、三度繰り返した。「……これをやると、お肌が少し荒れるからイヤなんだけど……」
「何をするの?」ナナが不安そうだ。「逸子さんにまで何かあったらイヤよ」
「大丈夫よ」逸子は言うと、アツコを見た。「アツコの流派にはないかしら? 『真風会館空手究極奥義・天動復命』みたいなヤツ」
「……無いわ。そう言うのは初めて聞いた」
「じゃあ、見ていてね。上手くアレンジして技に加えると良いわ」逸子はタロウを見た。「タロウさん、倒れているタケルさんを、あの木に背もたれさせてもらえないかしら?」
「……ああ、分かった」
タロウはタケルを抱え上げて、示された木に背もたれさせた。結構乱暴に扱われたが、タケルは為すがままでびくともしない。
「あ、頭は上げた状態にして」
「ああ、分かった……」
タロウはタケルが斜め上を見上げるような形にタケルの頭を調整する。逸子は満足気にうなずく。タロウは一仕事終えたかのように額の汗をぬぐう。
逸子は目を閉じ、大きく深呼吸をする。周囲の空気が動く。逸子に向かって四方から風が吹き始める。逸子の髪がふわっと浮き上がる。そして、両腕を左右に拡げた。と、全身からオーラが噴き上がった。逸子に向かっていた風が、今度は四方に散る。周りのナナとアツコの髪が舞うように流され、側近たちの着ている青いつなぎが音を立ててはためく。タロウは吹き飛ばされそうなのを両脚を踏ん張って耐えていた。ナナは風に目を細めているが、アツコは見逃すまいと目を凝らしている。
逸子の噴き上がったオーラが徐々に消え始めた。それに呼応するように逸子のからだが赤く輝き始めた。噴き上がったオーラを全身に浸透させているのだ。
「来るわ……」噴き上がったオーラが消え、逸子が寄り赤く輝き出したのを見て、アツコがつぶやいた。「『真風会館空手究極奥義・天動復命』……」
「え?」タロウが驚いた顔でアツコを見る。「……分かるのか?」
「ええ……」アツコはからだを震わせている。興奮しているのかもしれない。「……共に免許皆伝同士だから、分かるのよ」
閉じていた眼をかっと見開いた逸子は、タケルの前に片膝を付き、右手を高々と振り上げた。
「『真風会館空手究極奥義・天動復命』!」逸子は地から響くような強い声を発した。「はあぁぁぁぁぁ!」
振り上げた右手がタケルの額にめがけて振り下ろされた。そして、ぺちんと言う軽い音がした。
「……凄い技だわ……」アツコはごくりと喉を鳴らし、つつと流れる額の汗を手の甲で拭う。「まさに、究極奥義……」
「……あれが、究極奥義……?」タロウは呆気にとられている。「あの軽いデコペンが……?」
逸子はタケルの額から手を離し、すっと立ち上がった。ふうっと深く息を吐く。
「……う、ああぁぁ…… ああ……」
妙な声がした。タケルだった。うっすらと目を開けた。
「タケル!」
ナナが駈け寄る。
つづく
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