ペヌエルの都市を出た時、囚われのミディアンの王ゼバハが、ギデオンに向かって言った。
「ギデオンよ。過去において、お前たちは幾度もお前たちの神を離れ、その度に別の民に支配されていたそうだな」
「何が言いたいんだ?」
「この度も、お前たちがお前たちの神から離れたせいで、わしらが攻めることになったのではないか?」
「たしかにな。だが民は悔い改めた! オレたちの神は生きている! 力を及ぼすのだ!」
「神が手を貸さねばどうなっていたことか。……まあ、それを言っても仕方がないだろう」
「その通りだ。神はオレと共にあり、オレと共に戦って下さったのだ。偉大な神なのだ!」
「では聞くが、その神が、食い物を渡さなかったと言うだけで、腹を立て、仲間を鞭打ち、さらには殺すのか? わしにはとても偉大な神とは思えんな。器量の狭い、恨み深い神にしか思われん」
「何だとぉ!」
「ギデオンよ、スコトとペヌエルへの仕打ちは、神ではなく、お前の私怨ではないのか?」
ギデオンはゼバハの横面を張った。
オレの私怨だと! 馬鹿を言うな! 神がオレと共にいるんだぞ! オレの行動はすべて神の行動なのだぞ! ギデオンは怒りに震える。
「……改めて聞くが……」しばしの間を開けて怒りを抑えると、ギデオンはゼバハとツァルムナに聞いた。「お前たちがタボルで殺したのは、どんな者たちだったんだ?」
「どんな者たちだったか、だと?」
ゼバハは笑った。ツァルムナもつられた。そして、皮肉な口調でゼバハは続けた。
「お前と同じような、王の子らのようだったぞ!」
ギデオンは怒りに燃えた。
「それはオレの兄弟たち、オレの母の子らだ! それを貴様らは!」
ギデオンの様子を見て、ツァルムナが笑いながら言った。
「ほほう…… 道理で、お前そっくりな傲慢で思い上がった顔だったぞ。神と共にいるって顔しておったな。いや、神そのものって顔をしておったかな」
二人の王はさらに声を上げて笑った。
「黙れ! 神は生きておられるが、お前たちがその者たちを生かしておいたなら、オレもお前たちを殺さなかった!」
王たちは、いきり立つギデオンを冷めた目で見つめた。
「ギデオンよ。神の生き死には関係なかろう」ゼバハは言った。「神を引き合いに出してはいるが、それこそが私怨だよ」
「エテル!」ギデオンは同行していた長男を呼んだ。「立って、こいつらを殺せ!」
しかし、エテルは剣を抜かなかった。まだ若く怖気づいていた。
「ギデオン、お前が立って、我々に襲いかかるがよい」ゼバハは言った。「人は各々力量が違っているのだ。お前の息子にはそんな力量もなさそうだな……」
ギデオンは立ってゼバハとツァルムナを殺し、そのらくだの首にあった月形の飾りを取った。
戦いが終わって、イスラエルの人々はギデオンにこう言った。
「わたしたちを治めてください。あなたとあなたの子、また孫たちが。あなたはわたしたちをミディアンの手から救い出したからです」
これはオレに王になってくれと言っているのだ! このオレが王に! まあ、当然だな。オレはイスラエルを救ったのだからな! ギデオンは得意気だった。
ギデオンは満足げに頷いて口を開いた。
「……わたしはあなた方を治めたりはしません。わたしの子もあなた方を治めたりはしないでしょう。神があなた方を治められるのです」
何を言っているのだ! オレは王になることを承諾すると言うつもりだったのだ! どうしてだ! 自分の思いと裏腹な事を言う自分の口にギデオンは驚いている。
不意に敵陣に斥候として向かった時のことが思い出された。一人の兵の夢が解き明かされた場面だった。
あれはオレに聞かせるために、兵の口を使って、神による解き明かしが語られたんだった。語った兵は自分が喋ったんじゃないとか言ってたな。と言う事は、今のオレの言葉も神が語らせたのか? ならば逆らうと命がないかもしれない…… 仕方ない、王は諦めよう…… ギデオンは思った。
改めてギデオンは口を開いた。
「ひとつだけ願いをさせてもらいたい。あなた方各自の戦利品の中から耳輪や鼻輪をわたしに与えてほしい」
すると彼らは言った。
「もちろん差し上げます」
そうして彼らは一枚のマントを広げ、それぞれ自分の戦利品の中から耳輪や鼻輪をそこに投げ入れていった。耳輪や鼻輪は金でできていた。そして,集まった耳輪や鼻輪の重さはは千七百金シェケル(約19.4キログラムの金)となった。その他にミディアンの王たちが着けていた月形の飾り、耳の垂れ飾り、赤紫に染めた羊毛の衣、さらにらくだの首に付いていた首飾りがあった。
ギデオンは、集めた金で、豪華な仕立てで、より高価な宝石を用いたエフォドを造った。エフォドは大祭司が身に着けるものだ。しかし、それを自分の都市オフラに展示した。
王にはなれなかったが、オレがイスラエルの大祭司に値するって事を知らしめてやろう。オレの都市に飾れば、見に来るヤツらはオレの事を思い出すだろう。神と共に戦った、この偉大なオレの事を!
しかし、全イスラエルはオフラに来てエフォドを見て、姦淫を行なうようになった。神と共に戦ったギデオンの造ったエフォド! このエフォドには神の力が宿っている! バアルでもアシュトレテでもなく我らの神に仕える大祭司の用いるものだから偶像ではない! ギデオンのエフォドは人々を甘い狂気へと誘うには十分なものだった。いつしかギデオンとその家の者たちも、そのような民の狂気に毒されていった。
ミディアンはイスラエルの子らの前に従えられた。彼らはもはやその頭をもたげなかった。
その地には、その後四十年のあいだ何の騒乱もなかった。
ギデオンはその後もずっと自分の家に住んでいた。その間、民は途絶えることなくオフラにあるギデオンのエフォドを詣で、甘い狂気の浸った。
またギデオンは七十人の息子を持つようになった。多くの妻を持つようになったためだ。妻とはいえ、ギデオンに取り入ろうとした女たちやギデオンが見初めた女たちだった。
シェケムにいた彼のそばめもまた彼に男の子を産んだ。それで彼はこれをアビメレクと名づけた。
やがてヨアシュの子ギデオンは良い齢に達し、死を迎える時が近づいていた。
床に伏していると部屋の出入り口に人がいるのに気が付いた。会ったことがある、とギデオンは思った。
「……あなたは……」ギデオンが思いを巡らせる。「そうだ。あの時の、オレが麦打ちをしている時に出会った、テレビンの大木の下に座っていた……」
「ギデオンよ……」その人が寄ってきて、床のギデオンを見下ろした。「お前は神と共に戦った故に、お前の命ある間は騒乱は起こらない」
「では、オレの死後にまた……」ギデオンは自嘲気味に笑った。「イスラエルの民の愚かな繰り返しは、今に始まったことではありません……」
「愚かは、ギデオン、お前もだ。神の命から逸れたこと甚だしい」
「オレが、何をしたと……」
「スコトとペヌエルへの仕打ち、エフォドを造った事、その後の民やお前の行状……」
「待ってくれ!」
ギデオンは床から起き上がろうとした。その人がギデオンの肩を押さえた。軽く押さえているようだったが、ギデオンは起き上がれなかった。
「……しかし、その時に神はオレを止めなかったじゃないか! だから、オレは神のご意志を行なったはずだ!」
「止めねば、わからなかったのか」
「……」私怨と罵ったゼバハの言葉が浮かぶ。傲慢で思い上がった顔と笑ったツァルムナの顔が浮かぶ。「オレは…… オレは……」
「お前には悔い改める時が最早無い……」その人は静かに出入り口に戻った。「お前の愚かさ故、災いがお前の子らに、イスラエルに及ぶ。それはアビメレクから起こる」
「待ってくれ! 災いは、他の民からではないと言うのか」
「お前の子、アビメレクから起こる」
その人は出て行った。
ギデオンは死を迎えた。アビ・エゼル人のオフラにあった、父ヨアシュの埋葬所に葬られた。
(士師記 8章18節から32節までをご参照ください)
「ギデオンよ。過去において、お前たちは幾度もお前たちの神を離れ、その度に別の民に支配されていたそうだな」
「何が言いたいんだ?」
「この度も、お前たちがお前たちの神から離れたせいで、わしらが攻めることになったのではないか?」
「たしかにな。だが民は悔い改めた! オレたちの神は生きている! 力を及ぼすのだ!」
「神が手を貸さねばどうなっていたことか。……まあ、それを言っても仕方がないだろう」
「その通りだ。神はオレと共にあり、オレと共に戦って下さったのだ。偉大な神なのだ!」
「では聞くが、その神が、食い物を渡さなかったと言うだけで、腹を立て、仲間を鞭打ち、さらには殺すのか? わしにはとても偉大な神とは思えんな。器量の狭い、恨み深い神にしか思われん」
「何だとぉ!」
「ギデオンよ、スコトとペヌエルへの仕打ちは、神ではなく、お前の私怨ではないのか?」
ギデオンはゼバハの横面を張った。
オレの私怨だと! 馬鹿を言うな! 神がオレと共にいるんだぞ! オレの行動はすべて神の行動なのだぞ! ギデオンは怒りに震える。
「……改めて聞くが……」しばしの間を開けて怒りを抑えると、ギデオンはゼバハとツァルムナに聞いた。「お前たちがタボルで殺したのは、どんな者たちだったんだ?」
「どんな者たちだったか、だと?」
ゼバハは笑った。ツァルムナもつられた。そして、皮肉な口調でゼバハは続けた。
「お前と同じような、王の子らのようだったぞ!」
ギデオンは怒りに燃えた。
「それはオレの兄弟たち、オレの母の子らだ! それを貴様らは!」
ギデオンの様子を見て、ツァルムナが笑いながら言った。
「ほほう…… 道理で、お前そっくりな傲慢で思い上がった顔だったぞ。神と共にいるって顔しておったな。いや、神そのものって顔をしておったかな」
二人の王はさらに声を上げて笑った。
「黙れ! 神は生きておられるが、お前たちがその者たちを生かしておいたなら、オレもお前たちを殺さなかった!」
王たちは、いきり立つギデオンを冷めた目で見つめた。
「ギデオンよ。神の生き死には関係なかろう」ゼバハは言った。「神を引き合いに出してはいるが、それこそが私怨だよ」
「エテル!」ギデオンは同行していた長男を呼んだ。「立って、こいつらを殺せ!」
しかし、エテルは剣を抜かなかった。まだ若く怖気づいていた。
「ギデオン、お前が立って、我々に襲いかかるがよい」ゼバハは言った。「人は各々力量が違っているのだ。お前の息子にはそんな力量もなさそうだな……」
ギデオンは立ってゼバハとツァルムナを殺し、そのらくだの首にあった月形の飾りを取った。
戦いが終わって、イスラエルの人々はギデオンにこう言った。
「わたしたちを治めてください。あなたとあなたの子、また孫たちが。あなたはわたしたちをミディアンの手から救い出したからです」
これはオレに王になってくれと言っているのだ! このオレが王に! まあ、当然だな。オレはイスラエルを救ったのだからな! ギデオンは得意気だった。
ギデオンは満足げに頷いて口を開いた。
「……わたしはあなた方を治めたりはしません。わたしの子もあなた方を治めたりはしないでしょう。神があなた方を治められるのです」
何を言っているのだ! オレは王になることを承諾すると言うつもりだったのだ! どうしてだ! 自分の思いと裏腹な事を言う自分の口にギデオンは驚いている。
不意に敵陣に斥候として向かった時のことが思い出された。一人の兵の夢が解き明かされた場面だった。
あれはオレに聞かせるために、兵の口を使って、神による解き明かしが語られたんだった。語った兵は自分が喋ったんじゃないとか言ってたな。と言う事は、今のオレの言葉も神が語らせたのか? ならば逆らうと命がないかもしれない…… 仕方ない、王は諦めよう…… ギデオンは思った。
改めてギデオンは口を開いた。
「ひとつだけ願いをさせてもらいたい。あなた方各自の戦利品の中から耳輪や鼻輪をわたしに与えてほしい」
すると彼らは言った。
「もちろん差し上げます」
そうして彼らは一枚のマントを広げ、それぞれ自分の戦利品の中から耳輪や鼻輪をそこに投げ入れていった。耳輪や鼻輪は金でできていた。そして,集まった耳輪や鼻輪の重さはは千七百金シェケル(約19.4キログラムの金)となった。その他にミディアンの王たちが着けていた月形の飾り、耳の垂れ飾り、赤紫に染めた羊毛の衣、さらにらくだの首に付いていた首飾りがあった。
ギデオンは、集めた金で、豪華な仕立てで、より高価な宝石を用いたエフォドを造った。エフォドは大祭司が身に着けるものだ。しかし、それを自分の都市オフラに展示した。
王にはなれなかったが、オレがイスラエルの大祭司に値するって事を知らしめてやろう。オレの都市に飾れば、見に来るヤツらはオレの事を思い出すだろう。神と共に戦った、この偉大なオレの事を!
しかし、全イスラエルはオフラに来てエフォドを見て、姦淫を行なうようになった。神と共に戦ったギデオンの造ったエフォド! このエフォドには神の力が宿っている! バアルでもアシュトレテでもなく我らの神に仕える大祭司の用いるものだから偶像ではない! ギデオンのエフォドは人々を甘い狂気へと誘うには十分なものだった。いつしかギデオンとその家の者たちも、そのような民の狂気に毒されていった。
ミディアンはイスラエルの子らの前に従えられた。彼らはもはやその頭をもたげなかった。
その地には、その後四十年のあいだ何の騒乱もなかった。
ギデオンはその後もずっと自分の家に住んでいた。その間、民は途絶えることなくオフラにあるギデオンのエフォドを詣で、甘い狂気の浸った。
またギデオンは七十人の息子を持つようになった。多くの妻を持つようになったためだ。妻とはいえ、ギデオンに取り入ろうとした女たちやギデオンが見初めた女たちだった。
シェケムにいた彼のそばめもまた彼に男の子を産んだ。それで彼はこれをアビメレクと名づけた。
やがてヨアシュの子ギデオンは良い齢に達し、死を迎える時が近づいていた。
床に伏していると部屋の出入り口に人がいるのに気が付いた。会ったことがある、とギデオンは思った。
「……あなたは……」ギデオンが思いを巡らせる。「そうだ。あの時の、オレが麦打ちをしている時に出会った、テレビンの大木の下に座っていた……」
「ギデオンよ……」その人が寄ってきて、床のギデオンを見下ろした。「お前は神と共に戦った故に、お前の命ある間は騒乱は起こらない」
「では、オレの死後にまた……」ギデオンは自嘲気味に笑った。「イスラエルの民の愚かな繰り返しは、今に始まったことではありません……」
「愚かは、ギデオン、お前もだ。神の命から逸れたこと甚だしい」
「オレが、何をしたと……」
「スコトとペヌエルへの仕打ち、エフォドを造った事、その後の民やお前の行状……」
「待ってくれ!」
ギデオンは床から起き上がろうとした。その人がギデオンの肩を押さえた。軽く押さえているようだったが、ギデオンは起き上がれなかった。
「……しかし、その時に神はオレを止めなかったじゃないか! だから、オレは神のご意志を行なったはずだ!」
「止めねば、わからなかったのか」
「……」私怨と罵ったゼバハの言葉が浮かぶ。傲慢で思い上がった顔と笑ったツァルムナの顔が浮かぶ。「オレは…… オレは……」
「お前には悔い改める時が最早無い……」その人は静かに出入り口に戻った。「お前の愚かさ故、災いがお前の子らに、イスラエルに及ぶ。それはアビメレクから起こる」
「待ってくれ! 災いは、他の民からではないと言うのか」
「お前の子、アビメレクから起こる」
その人は出て行った。
ギデオンは死を迎えた。アビ・エゼル人のオフラにあった、父ヨアシュの埋葬所に葬られた。
(士師記 8章18節から32節までをご参照ください)
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