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ジェシル、ボディガードになる 148

2021年06月22日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「……ハービィ、今はそれどころでは無いのだよ……」オーランド・ゼムは力の無い声で言う。「アーセルが殺されたのだ……」
「そうですか……」ハービィは答えると、そのまま動かなくなった。何かを考えているようだ。しばらくすると、ぎぎぎと油切れの音を立てた。「では、コックピットに持って行きますです」
 ハービィは言うとトレイを持ったままがちゃがちゃと歩き出した。
「ちょっと待って!」ジェシルがハービィを止めた。ハービィは立ち止まり、音を立てながら頭をジェシルに向ける。「食事って、何を作ったの?」
「見ての通り、サンドイッチだよ、ハニー」ハービィはトレイをジェシルに差し出す。「右の三列はベルザの実のジャムを挟んであるのだよ。ハニーの好みに合わせてみたのだ」
「嬉しいわ」ジェシルの目はトレイのサンドイッチに向いた。「じゃあ、折角だから頂くわ」
 ジェシルは右手を伸ばし、ベルザの実のジャムを挟んだサンドイッチを一切れ摘まみ、口に運ぶ。ジェシルの表情がぱっと明るくなる。左手も伸ばしてもう一切れ摘まんだ。両手に持ったサンドイッチを、あっと言う間に平らげた。
「とっても美味しわ、ハービィ。このジャム、最高級品のようね。残りはコックピットへ運んでおいて」
「そうするよ、ハニー」
 ハービィは答えると、がちゃがちゃと音を立てながら行ってしまった。
「……こんな時に、良く物が食べられるな!」ムハンマイドが嫌悪感に溢れた表情でジェシルに言う。「目の前でこんな事があったばかりだと言うのに……」
「何を言っているのよ!」ジェシルはムハンマイドを睨む。「あなただって、リタが死んだ後、しっかりと食べていたじゃない!」
「……あれは宇宙船の修理をするためだ!」
「そう? まあ、直接、死んだところを見たわけじゃないものね。でも、アーセルはこうして目の前で死んだからね」ジェシルは平然と言う。「でもね、こんな事で食欲がどうのこうのって事は、わたしには無いわ。これが仕事だから。少しはお腹に入れておかないと、動けなくなっちゃうわ」
「だからって……」
「ムハンマイド君……」オーランド・ゼムはアーセルを通路に横たえてから立ち上がった。「ジェシルは宇宙パトロールの捜査官だ。こう言った状況には慣れているのさ。君が宇宙船修理のために食事をしたのと同様、ジェシルは犯人を捕らえるために食事をしたのだよ」
「そう言う事よ、ムハンマイド。あなたがどう思おうとね」ジェシルはうなずく。「ボディガード役としちゃ、二連敗だからね。これ以上はさせないわ」
「ありがとう、ジェシル……」オーランド・ゼムが力無く笑む。「でもな、この二連敗は、決して君のせいではない。卑怯なシンジケートのせいさ」
「だとしても、悔しいわよ!」ジェシルは口を尖らせる。「全員が揃って、もうすぐこのミッションが終わると思って油断していた自分にも腹が立つわ!」
「ははは、勇ましいな……」オーランド・ゼムは弱々しく笑うと、横たえられているアーセルを見る。「……アーセルがこうなってしまうと、辺境地域のシンジケートの情報が得られなくなるな。アーセルはアナログなヤツでね、データを残すと言う事に疎かった。全部を自分の頭の中に入れていたのだよ……」
「酔っ払いの頭の中じゃ、どれだけ残っているのか心配ね」ジェシルが皮肉っぽく言い、横たわっているアーセルを見る。「……でも、今では残っている分も聞けないわ……」
「そう言う事だ。……リタもアナログだったから、アーセルと同じようなものだ。情報を持っていた者が二人も消されてしまった。残りはわたし一人となったわけだ……」
 ジェシルは怪訝な顔をオーランド・ゼムに向けた。オーランド・ゼムはジェシルに目配せをした。
 ……そうか、女シンジケートの情報は、実際はリタじゃなくてミュウミュウが持っているはずね。シンジケートの連中はそれを知らないってわけね。連中に大きな情報源を二つ潰したと思わせるわけね。そうすればミュウミュウの安全もいくらか保てるし。それに、まだ近くに連中がいて、聞き耳を立てている可能性もあるから、迂闊な事も言えないしね。ジェシルはオーランド・ゼムに軽くうなずいて見せた。オーランド・ゼムも軽くうなずく。
「……それじゃ、あなただけガードすれば良いと言う事ね、オーランド・ゼム?」ジェシルが言う。「まあ、連中にしてみれば、あなたの情報が一番大きいでしょうからね」
「そんな所だな」オーランド・ゼムは言うと、にやりと笑う。ジェシルと疎通が取れた事を理解したようだ。「最後に大物を残すと言うのは、ヤツらの常套手段だ」
「あら、あなただって、そのヤツらの一味だったのよ?」
「ははは、そうだったねぇ」オーランド・ゼムは笑う。それから、真顔になってムハンマイドを見る。「……ムハンマイド君、悪いが、アーセルをすぐそこの部屋へ移したいのだが、手伝ってくれないかね?」
「え? ……ああ、良いよ」ムハンマイドは言うと、銃をオーランド・ゼムに差し出した。「これを持っていては、何も出来ない……」
「君は大ボスの息子だろう? 持っていてくれたまえ」
「ボクはそう言うのがイヤで、父から離れたんだ」
「だがね……」オーランド・ゼムは目を細め、ムハンマイドを見つめる。「わたしと知り合うまでは多かれ少なかれ父上の庇護があったかもしれないが、自分の身は自分で守らねばならないのだよ。君はわたしと一緒に居るのだよ。と言う事は、すでに父上の敵なのだ。先程の殺し屋が、君を狙わないと言う保証はない」
 ムハンマイドはイヤそうな顔をしたが、銃をズボンのベルトの背に挟んだ。それから、オーランド・ゼムとムハンマイドで近くの部屋へとアーセルを運んだ。ミュウミュウは、ジェシルが乗せた酒のボトルが落ちないようにと押さえていた。ジェシルは熱線銃を手にし、周囲を見回す。
「さあて、決戦の時は近いわね…… わたしをコケにして、ただで済むとは思わない事ね……」
 ジェシルはつぶやく。残忍な笑みがその顔に浮かぶ。


つづく

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