ムハンマイドが駈け付けると、ジェシルとアーセルが通路に倒れているのを見つけた。アーセルはうつ伏せに、ジェシルは仰向けだった。ジェシルの制服の腹のあたりから、うっすらと煙が立ち上っている。熱線銃で撃たれたもののようだ。
「おい! ジェシル! アーセル!」ムハンマイドが大きな声を出す。「どうしたんだ? 出たのか?」
通路の二人は動かない。ムハンマイド自身も声は掛けるが動けなかった。
「落ち着きたまえ、ムハンマイド君」
オーランド・ゼムの声だ。ムハンマイドは振り返る。オーランド・ゼムが右手に銃を持っていた。その後ろに不安そうなミュウミュウが立っている。
「良いかね、ムハンマイド君。これがベスタの一味の仕業だとしたら、まだどこかで我々の様子を窺っているかもしれない」
「じゃあ、こうしているのも危険じゃないか……」
ムハンマイドは言うと周囲を見回す。
「見回して分かるものではないぞ、ムハンマイド君」オーランド・ゼムが笑う。「……だが、危険は去ったと見て良いかもしれない」
「何故、そう言えるんだ?」ムハンマイドはむきになっている。「あんた、どこかでボクたちの様子を窺っているかもって言ったばかりじゃないか!」
「恐怖を与えているのだよ……」オーランド・ゼムが真顔で言う。「これ以上余計な事をするなと言う警告も兼ねているのさ。シンジケートが良くやる手だ。わたしにも覚えがある」
「……本当、シンジケートって卑怯で姑息だわ!」
ジェシルの声だ。皆がジェシルを見た。ジェシルはのろのろと上半身を起き上がらせた。脚を伸ばしたまま座っている姿になると、ふうと大きく息をつき、まだ煙の出ている腹部を見た。
「派手にやってくれたわねぇ……」ジェシルは口を尖らせる。「着替えが無いのよ」
「ジェシル……」ムハンマイドが驚いている。「……君ってサイボーグかアンドロイドだったのか?」
「え?」ジェシルがムハンマイドに負けないくらい驚いた顔をする。「何を言い出しているのよ?」
「だって、それだけの攻撃をされたのに、平気そうじゃないか」
「ああ、そう言う事か……」ジェシルは笑む。「宇宙パトロールの制服って結構丈夫に出来ているのよね。だから何とか助かったってわけ」
「……ところで、ジェシル、何があったのだ?」オーランド・ゼムが倒れているアーセルを見ながら言う。「話してくれないか?」
「わたしがアーセルを追いかけていたら、いきなり黒づくめの男が現れて、銃を撃って来たのよ。咄嗟にアーセルの前に飛び出してガードしたんだけど、撃たれちゃって…… 少し気を失っていたわ。ムハンマイドの大声で気が付いたけど」
「やはり、異次元を行き来できるベスタの仕業だな……」オーランド・ゼムがつぶやく。「ずっと見張っていて、最善の時を狙っていたのだろう」
「アーセルが勝手過ぎるから、こんな事になったのよ!」ジェシルはうつ伏せているアーセルを睨む。「いつまで倒れているのよ! 全然当たっていないくせに!」
「……へへへ……」アーセルはやおら起き上がり、正座の格好をすると笑ってみせた。「びっくりしたのは確かだぜ。……でもよ、こうして無事だったんだ。酒の神様がオレを守ってくれたのよ」
そう言うとアーセルは立ち上がった。ジェシルもやれやれと言った呆れ顔で立ち上がる。アーセルはコックピットに向かって歩き出した。
と、アーセルの前に突然、黒づくめの男が現れた。右手に熱線銃を持っている。アーセルのにやけた顔が強張った。男の熱線銃の引き金が引かれた。今度はジェシルはガード出来なかった。アーセルは銃の衝撃で後方へ飛ばされた。仰向けになってジェシルの前に転がった。アーセルの腹が赤く染まり始めた。ジェシルは素早く熱線銃を抜き、男に向けて撃った。が、一足早く男は消えた。ジェシルの放った熱線は通路の壁を少し溶解させた。
一瞬の出来事だった。アーセルは動かない。ムハンマイドは呆けたように立っている。ミュウミュウは悲鳴を上げた。オーランド・ゼムはアーセルに駈け寄る。
ジェシルは周囲を見回す。どこからか攻めてくるかもしれない。
「アーセル! おい、アーセル!」オーランド・ゼムがアーセルを揺する。「おい、しっかりしろ! ジェシル! 医療キットがコックピットのキャビネットにある! 持って来てくれ!」
「でも、その間に何かあったら……」
「その時はその時だ!」オーランド・ゼムは持っていた銃をムハンマイドに差し出す。「ムハンマイド君、銃の使い方は分かるね? ジェシルが戻って来るまで、警護をしてくれたまえ。ミュウミュウ、こっちへ!」
ジェシルはコックピットへ走った。
銃を手にしたムハンマイドがぼうっと立っている。オーランド・ゼムの隣でしゃがんでいるミュウミュウが、アーセルの傷口を、オーランド・ゼムと共に押さえている。
「何故だ? オーランド・ゼム!」ムハンマイドが声を荒げる。「もう危険は去ったと言ったじゃないか!」
「ジェシルもアーセルも無事だった。それがいけなかったのだ……」ムハンマイドを見上げるオーランド・ゼムの表情と声は弱々しい。「我々を見張っていると言っただろう? 狙撃が失敗だと知り、再び現われたのだよ……」
「あっ、アーセルさん!」
ミュウミュウが叫ぶ。オーランド・ゼムがアーセルを見ると、アーセルはうっすらと目を開けた。
「アーセル! しっかりしろ!」オーランド・ゼムがアーセルを揺する。「もうすぐ酒とのご対面だぞ!」
「……酒?」アーセルが目をぱっちりと開けて反応する。しかし、声は弱々しく掠れている。「へっ…… オーランド・ゼムよう…… 仕方ねぇなぁ…… お前ぇの所の、安酒で、勘弁してやらぁ……」
アーセルは口に端を軽く上げて笑みを作った。そのまま目を閉じた。
「おい! アーセル! アーセル!」
アーセルはオーランド・ゼムに揺すられるままだった。
そこにジェシルは医療キットの入ったケースと酒のボトルとを持って戻って来た。オーランド・ゼムに抱えられたアーセルを見て、泣き出したミュウミュウを見て、ジェシルは医療キットの箱を床に起き、ボトルをアーセルのからだの上に置いた。
「もしも助からなきゃ、酒の一杯でもと思って持って来たんだけど……」ジェシルは言う。それから、周囲を見回す。「まだ、あの男は潜んでいるのかしら……」
「……アーセルの命を奪った。一応の目的は果たした。だから、去って行っただろう」オーランド・ゼムはジェシルを見る。「あれはプロの殺し屋だ。一言も発さなかっただろう?」
「わたしを撃った時もそうだったわ」ジェシルはうなずく。「シンジケートってイヤな団体ね……」
「まあ、恐怖は充分に植え込まれたようだな……」オーランド・ゼムはムハンマイドとミュウミュウを見てつぶやく。「これからが、厄介だ……」
そこへ、がちゃがちゃと音を立てながらハービィが来た。両手に大きなトレイを持っている。
「食事が出来ましたです。どこで食べますですか?」
つづく
「おい! ジェシル! アーセル!」ムハンマイドが大きな声を出す。「どうしたんだ? 出たのか?」
通路の二人は動かない。ムハンマイド自身も声は掛けるが動けなかった。
「落ち着きたまえ、ムハンマイド君」
オーランド・ゼムの声だ。ムハンマイドは振り返る。オーランド・ゼムが右手に銃を持っていた。その後ろに不安そうなミュウミュウが立っている。
「良いかね、ムハンマイド君。これがベスタの一味の仕業だとしたら、まだどこかで我々の様子を窺っているかもしれない」
「じゃあ、こうしているのも危険じゃないか……」
ムハンマイドは言うと周囲を見回す。
「見回して分かるものではないぞ、ムハンマイド君」オーランド・ゼムが笑う。「……だが、危険は去ったと見て良いかもしれない」
「何故、そう言えるんだ?」ムハンマイドはむきになっている。「あんた、どこかでボクたちの様子を窺っているかもって言ったばかりじゃないか!」
「恐怖を与えているのだよ……」オーランド・ゼムが真顔で言う。「これ以上余計な事をするなと言う警告も兼ねているのさ。シンジケートが良くやる手だ。わたしにも覚えがある」
「……本当、シンジケートって卑怯で姑息だわ!」
ジェシルの声だ。皆がジェシルを見た。ジェシルはのろのろと上半身を起き上がらせた。脚を伸ばしたまま座っている姿になると、ふうと大きく息をつき、まだ煙の出ている腹部を見た。
「派手にやってくれたわねぇ……」ジェシルは口を尖らせる。「着替えが無いのよ」
「ジェシル……」ムハンマイドが驚いている。「……君ってサイボーグかアンドロイドだったのか?」
「え?」ジェシルがムハンマイドに負けないくらい驚いた顔をする。「何を言い出しているのよ?」
「だって、それだけの攻撃をされたのに、平気そうじゃないか」
「ああ、そう言う事か……」ジェシルは笑む。「宇宙パトロールの制服って結構丈夫に出来ているのよね。だから何とか助かったってわけ」
「……ところで、ジェシル、何があったのだ?」オーランド・ゼムが倒れているアーセルを見ながら言う。「話してくれないか?」
「わたしがアーセルを追いかけていたら、いきなり黒づくめの男が現れて、銃を撃って来たのよ。咄嗟にアーセルの前に飛び出してガードしたんだけど、撃たれちゃって…… 少し気を失っていたわ。ムハンマイドの大声で気が付いたけど」
「やはり、異次元を行き来できるベスタの仕業だな……」オーランド・ゼムがつぶやく。「ずっと見張っていて、最善の時を狙っていたのだろう」
「アーセルが勝手過ぎるから、こんな事になったのよ!」ジェシルはうつ伏せているアーセルを睨む。「いつまで倒れているのよ! 全然当たっていないくせに!」
「……へへへ……」アーセルはやおら起き上がり、正座の格好をすると笑ってみせた。「びっくりしたのは確かだぜ。……でもよ、こうして無事だったんだ。酒の神様がオレを守ってくれたのよ」
そう言うとアーセルは立ち上がった。ジェシルもやれやれと言った呆れ顔で立ち上がる。アーセルはコックピットに向かって歩き出した。
と、アーセルの前に突然、黒づくめの男が現れた。右手に熱線銃を持っている。アーセルのにやけた顔が強張った。男の熱線銃の引き金が引かれた。今度はジェシルはガード出来なかった。アーセルは銃の衝撃で後方へ飛ばされた。仰向けになってジェシルの前に転がった。アーセルの腹が赤く染まり始めた。ジェシルは素早く熱線銃を抜き、男に向けて撃った。が、一足早く男は消えた。ジェシルの放った熱線は通路の壁を少し溶解させた。
一瞬の出来事だった。アーセルは動かない。ムハンマイドは呆けたように立っている。ミュウミュウは悲鳴を上げた。オーランド・ゼムはアーセルに駈け寄る。
ジェシルは周囲を見回す。どこからか攻めてくるかもしれない。
「アーセル! おい、アーセル!」オーランド・ゼムがアーセルを揺する。「おい、しっかりしろ! ジェシル! 医療キットがコックピットのキャビネットにある! 持って来てくれ!」
「でも、その間に何かあったら……」
「その時はその時だ!」オーランド・ゼムは持っていた銃をムハンマイドに差し出す。「ムハンマイド君、銃の使い方は分かるね? ジェシルが戻って来るまで、警護をしてくれたまえ。ミュウミュウ、こっちへ!」
ジェシルはコックピットへ走った。
銃を手にしたムハンマイドがぼうっと立っている。オーランド・ゼムの隣でしゃがんでいるミュウミュウが、アーセルの傷口を、オーランド・ゼムと共に押さえている。
「何故だ? オーランド・ゼム!」ムハンマイドが声を荒げる。「もう危険は去ったと言ったじゃないか!」
「ジェシルもアーセルも無事だった。それがいけなかったのだ……」ムハンマイドを見上げるオーランド・ゼムの表情と声は弱々しい。「我々を見張っていると言っただろう? 狙撃が失敗だと知り、再び現われたのだよ……」
「あっ、アーセルさん!」
ミュウミュウが叫ぶ。オーランド・ゼムがアーセルを見ると、アーセルはうっすらと目を開けた。
「アーセル! しっかりしろ!」オーランド・ゼムがアーセルを揺する。「もうすぐ酒とのご対面だぞ!」
「……酒?」アーセルが目をぱっちりと開けて反応する。しかし、声は弱々しく掠れている。「へっ…… オーランド・ゼムよう…… 仕方ねぇなぁ…… お前ぇの所の、安酒で、勘弁してやらぁ……」
アーセルは口に端を軽く上げて笑みを作った。そのまま目を閉じた。
「おい! アーセル! アーセル!」
アーセルはオーランド・ゼムに揺すられるままだった。
そこにジェシルは医療キットの入ったケースと酒のボトルとを持って戻って来た。オーランド・ゼムに抱えられたアーセルを見て、泣き出したミュウミュウを見て、ジェシルは医療キットの箱を床に起き、ボトルをアーセルのからだの上に置いた。
「もしも助からなきゃ、酒の一杯でもと思って持って来たんだけど……」ジェシルは言う。それから、周囲を見回す。「まだ、あの男は潜んでいるのかしら……」
「……アーセルの命を奪った。一応の目的は果たした。だから、去って行っただろう」オーランド・ゼムはジェシルを見る。「あれはプロの殺し屋だ。一言も発さなかっただろう?」
「わたしを撃った時もそうだったわ」ジェシルはうなずく。「シンジケートってイヤな団体ね……」
「まあ、恐怖は充分に植え込まれたようだな……」オーランド・ゼムはムハンマイドとミュウミュウを見てつぶやく。「これからが、厄介だ……」
そこへ、がちゃがちゃと音を立てながらハービィが来た。両手に大きなトレイを持っている。
「食事が出来ましたです。どこで食べますですか?」
つづく
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