冴子は「財界の鬼」と呼ばれ、日本屈指の財閥「紫籐一族」を一代で築いた紫籐三鬼松の孫娘だ。今では冴子の父、正二郎に代を譲ったとは言え、いまだに諸方面に絶大な影響力を持っていた。
冴子は言わば「凄い家のお嬢様」「財閥の令嬢」なのだが、本人はまったく意に介してはいなかった。当然、紫籐一族はそのあまりに無頓着な態度について、幾度となく親族会議めいたものを開き、幾度となく諌めたが、効き目はなかった。さらに三鬼松の「もともと人は同じ者、特別な者など無い」の言葉が冴子を後押ししていた。
三鬼松は冴子がいたくお気に入りだった。冴子も三鬼松が大好きだった。冴子は親が勝手に申し込んだ「某お嬢様用女子大」の推薦入学を蹴って、修政大学を受験した。一族は大騒ぎになったが、三鬼松だけは「ようやった、ようやった」と喜んでいた。権威や枠組みを嫌うこの二人はどこか似た者同志の感があった。
「おじい様に、わたしがこの春大学に入り部活をしていると話をしたら、今度のそのパーティに誰か部員の人を連れて来るように言われたものですから・・・」
今では冴子の正体を知っている部員たちは互いの顔を見合った。
去る五月、新歓コンパの終了後、運転手付きの高級外車が迎えに来て、いかにもボディガード風な大男二人が降りて来て、
「お嬢様、お迎えに参りました」
「あら、ありがと。でも一人で帰れるわ」
「いいえ、それでは我々の立場がありません」
「面倒ねぇ・・・」
とやられてからは、コンパでの自己紹介を「嘘をつくな!」と注意した某部員は恐れをなして姿をくらまし、他の先輩部員も腫れ物に触るような態度を示していた。
そんな中で同じ一年の正部川はいつもと同じ態度だった。正部川は「もともと人は同じ者、特別な者など無い」と三鬼松と同じ事を言った。冴子は正部川のこの態度にとても好感を持った。この二人のやりとりが伝播したのか、何時しか先輩部員たちの態度も元通りになった。
「でも、冴子ちゃん」伊藤が急に弱々しく尋ねる。「そのパーティはきっともの凄いメンバーが集まるんじゃないのかい?」
「そうでもないです」冴子がにっこりとして答える。「私の家族と、おじい様、相手の桜沢家の方々くらいかなぁ」
「桜沢って・・・」四年の田中一郎がゴクリと喉を鳴らす。「冴子ちゃんの所のライバル財閥一族じゃん!」
「世間はそう言ってますけど、おじい様と相手の桜沢周一さんは若い頃から仲が良かったんだそうです。互いに切磋琢磨しあった仲なんですって。・・・そんな事より、どなたが行って下さるんですか?」
こんな風に突然、想像もつかない「物凄い事」が起きるのが、冴子の場合多かった。まして、今回は紫籐三鬼松直々の話だ。断れる訳がないし、かと言って、そんな凄い所に行く度胸は全くない。冴子は付き合いやすい娘だが、他は分からない。何か失態でもやらかしたら、自分だけじゃなく、自分の親族に何かあるかもしれない・・・
先輩たちの視線が文庫本を読んでいる正部川に自然と集まった。
「正部川」伊藤が声をかける。正部川が顔を上げた。「週末、何があるんだ?」
「近現代文学館で泉鏡花展があるんです。その日が最後なんで行かなきゃあならないんです」
正部川が真面目に答えた。
続く


冴子は言わば「凄い家のお嬢様」「財閥の令嬢」なのだが、本人はまったく意に介してはいなかった。当然、紫籐一族はそのあまりに無頓着な態度について、幾度となく親族会議めいたものを開き、幾度となく諌めたが、効き目はなかった。さらに三鬼松の「もともと人は同じ者、特別な者など無い」の言葉が冴子を後押ししていた。
三鬼松は冴子がいたくお気に入りだった。冴子も三鬼松が大好きだった。冴子は親が勝手に申し込んだ「某お嬢様用女子大」の推薦入学を蹴って、修政大学を受験した。一族は大騒ぎになったが、三鬼松だけは「ようやった、ようやった」と喜んでいた。権威や枠組みを嫌うこの二人はどこか似た者同志の感があった。
「おじい様に、わたしがこの春大学に入り部活をしていると話をしたら、今度のそのパーティに誰か部員の人を連れて来るように言われたものですから・・・」
今では冴子の正体を知っている部員たちは互いの顔を見合った。
去る五月、新歓コンパの終了後、運転手付きの高級外車が迎えに来て、いかにもボディガード風な大男二人が降りて来て、
「お嬢様、お迎えに参りました」
「あら、ありがと。でも一人で帰れるわ」
「いいえ、それでは我々の立場がありません」
「面倒ねぇ・・・」
とやられてからは、コンパでの自己紹介を「嘘をつくな!」と注意した某部員は恐れをなして姿をくらまし、他の先輩部員も腫れ物に触るような態度を示していた。
そんな中で同じ一年の正部川はいつもと同じ態度だった。正部川は「もともと人は同じ者、特別な者など無い」と三鬼松と同じ事を言った。冴子は正部川のこの態度にとても好感を持った。この二人のやりとりが伝播したのか、何時しか先輩部員たちの態度も元通りになった。
「でも、冴子ちゃん」伊藤が急に弱々しく尋ねる。「そのパーティはきっともの凄いメンバーが集まるんじゃないのかい?」
「そうでもないです」冴子がにっこりとして答える。「私の家族と、おじい様、相手の桜沢家の方々くらいかなぁ」
「桜沢って・・・」四年の田中一郎がゴクリと喉を鳴らす。「冴子ちゃんの所のライバル財閥一族じゃん!」
「世間はそう言ってますけど、おじい様と相手の桜沢周一さんは若い頃から仲が良かったんだそうです。互いに切磋琢磨しあった仲なんですって。・・・そんな事より、どなたが行って下さるんですか?」
こんな風に突然、想像もつかない「物凄い事」が起きるのが、冴子の場合多かった。まして、今回は紫籐三鬼松直々の話だ。断れる訳がないし、かと言って、そんな凄い所に行く度胸は全くない。冴子は付き合いやすい娘だが、他は分からない。何か失態でもやらかしたら、自分だけじゃなく、自分の親族に何かあるかもしれない・・・
先輩たちの視線が文庫本を読んでいる正部川に自然と集まった。
「正部川」伊藤が声をかける。正部川が顔を上げた。「週末、何があるんだ?」
「近現代文学館で泉鏡花展があるんです。その日が最後なんで行かなきゃあならないんです」
正部川が真面目に答えた。
続く


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