冴子は週末になると博人の住む別荘に行った。
無論一人では行かれない。
ボディガード風な大男二人に付き添われて、高級外車で乗り付ける。これは父親の勧めだった。冴子自身は大仰な感じがして好きではなかった。
しかし、博人は「大切な娘を守りたいお父さんの気持ちを尊重しなければいけないよ」と言って、優しく微笑んだ。冴子は頷いて、それからは素直の車に乗って行く様になった。
別荘には博人と母親の涼子、謎の老執事(と冴子が勝手に呼んでいた)鳴海が住んでいた。
周一は経営の第一線を退いたとは言え、まだまだ必要とされる身であり、居ない事の方が多かった。母親の涼子も体調が優れないらしく、あまり顔を会わせる事が無かった。
冴子はそんな事には無頓着だった。目指すのは博人だけだったからだ。
別荘へ行くと、まず鳴海が迎えに出てくる。冴子は車から降りると、大男二人に挟まれるようにして別荘へ入る。そして、そのまま博人の部屋へ向かう。鳴海と大男たちも後へ続く。ドアをノックする。ドアが開けられ、博人が優しく微笑んで迎え入れてくれる。ついでに鳴海と大男たちも入る。
博人の部屋は元々は周一の書斎だったところだ。これだけの人数が入っても、全く狭さを感じない。
そのせいもあるのか、冴子は鳴海や大男たちの存在を忘れ、博人と二人だけのように色々な話をする。「この前、ピアノの発表会があったの。その時の映像なんだけど、観たい?」冴子はDVDを一枚バッグから取り出してヒラヒラさせる。「弾いたのは、ベートーベンの月光ソナタなんだけど・・・」
「ああ、是非とも観たいね」博人は冴子からDVDを受け取ると、部屋に備え付けているレコーダーにセットした。「これ、この前、大沢さんのところで作った衣装だね」
「あ、覚えていてくれたの? うれしいっ!」
「そりゃそうさ。僕が生地を選んだんだもの」
二人は楽しそうに笑う。
映像は、冴子がピアノの前に腰掛け、目を閉じ、精神を集中させている場面になった。
「うわっ、恥ずかしい!」
「そう? 僕にはそうは見えないな」
「どう見えるのかしら?」
「素敵だよ」
「・・・」
冴子は赤くなって下を向いてしまった。博人は、突然、こんな事を平気な顔で言う。さすがの冴子も戸惑ってしまう。しかし、悪い気はしていない。
演奏が始まる。ゆっくりとした三連音が静かに流れ始める。演奏している冴子は目を閉じたままだ。演奏が進むに連れ、冴子は心の中で自分の演奏にダメ出しを続ける。・・・こんなひどい演奏を博人に聴かせるなんて、わたしって恥知らずも良いところだわ! 別の意味で赤くなって下を向いてしまう。
不意に左肩に重みが加わった。
博人の頭があった。静かな寝息を立てている。
「申し訳ございません、冴子様・・・」鳴海が後ろから静かに囁きかける。「博人様は連日遅くまでお勉強をされておりまして・・・」
「・・・いいの」冴子も囁き返す。「このままでいるわ・・・」
冴子は博人の重みを愛しいものに感じていた。そして、ゆっくりと博人の髪の毛に自分の頬を寄せた。
続く
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無論一人では行かれない。
ボディガード風な大男二人に付き添われて、高級外車で乗り付ける。これは父親の勧めだった。冴子自身は大仰な感じがして好きではなかった。
しかし、博人は「大切な娘を守りたいお父さんの気持ちを尊重しなければいけないよ」と言って、優しく微笑んだ。冴子は頷いて、それからは素直の車に乗って行く様になった。
別荘には博人と母親の涼子、謎の老執事(と冴子が勝手に呼んでいた)鳴海が住んでいた。
周一は経営の第一線を退いたとは言え、まだまだ必要とされる身であり、居ない事の方が多かった。母親の涼子も体調が優れないらしく、あまり顔を会わせる事が無かった。
冴子はそんな事には無頓着だった。目指すのは博人だけだったからだ。
別荘へ行くと、まず鳴海が迎えに出てくる。冴子は車から降りると、大男二人に挟まれるようにして別荘へ入る。そして、そのまま博人の部屋へ向かう。鳴海と大男たちも後へ続く。ドアをノックする。ドアが開けられ、博人が優しく微笑んで迎え入れてくれる。ついでに鳴海と大男たちも入る。
博人の部屋は元々は周一の書斎だったところだ。これだけの人数が入っても、全く狭さを感じない。
そのせいもあるのか、冴子は鳴海や大男たちの存在を忘れ、博人と二人だけのように色々な話をする。「この前、ピアノの発表会があったの。その時の映像なんだけど、観たい?」冴子はDVDを一枚バッグから取り出してヒラヒラさせる。「弾いたのは、ベートーベンの月光ソナタなんだけど・・・」
「ああ、是非とも観たいね」博人は冴子からDVDを受け取ると、部屋に備え付けているレコーダーにセットした。「これ、この前、大沢さんのところで作った衣装だね」
「あ、覚えていてくれたの? うれしいっ!」
「そりゃそうさ。僕が生地を選んだんだもの」
二人は楽しそうに笑う。
映像は、冴子がピアノの前に腰掛け、目を閉じ、精神を集中させている場面になった。
「うわっ、恥ずかしい!」
「そう? 僕にはそうは見えないな」
「どう見えるのかしら?」
「素敵だよ」
「・・・」
冴子は赤くなって下を向いてしまった。博人は、突然、こんな事を平気な顔で言う。さすがの冴子も戸惑ってしまう。しかし、悪い気はしていない。
演奏が始まる。ゆっくりとした三連音が静かに流れ始める。演奏している冴子は目を閉じたままだ。演奏が進むに連れ、冴子は心の中で自分の演奏にダメ出しを続ける。・・・こんなひどい演奏を博人に聴かせるなんて、わたしって恥知らずも良いところだわ! 別の意味で赤くなって下を向いてしまう。
不意に左肩に重みが加わった。
博人の頭があった。静かな寝息を立てている。
「申し訳ございません、冴子様・・・」鳴海が後ろから静かに囁きかける。「博人様は連日遅くまでお勉強をされておりまして・・・」
「・・・いいの」冴子も囁き返す。「このままでいるわ・・・」
冴子は博人の重みを愛しいものに感じていた。そして、ゆっくりと博人の髪の毛に自分の頬を寄せた。
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