岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 190(古の着物と震度7編)

2025年01月01日 19時21分29秒 | 闇シリーズ

2025/01/01 wed

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今日は休みだったので、法的な事を色々調べてみた。

う~む……、これはかなり問題だな……。

例えば給料振込み指定銀行をわざわざUFJの神戸支店など作るつもりもないし、残業代も出ないのに強制で働くつもりもない。

問題点が多過ぎて、今回は本当に勉強になった。

自分が何をすべきか。

それよりもどういった立ち位置でいるべきか。

峰課長へ電話を入れる。

「岩上です。大変恐れ入りますが……」

「ん? どうしましたか、岩上さん」

「実は会社を辞めようと思いまして」

「え? 何でまた……」

着物というのがアポイントの入口であり、結局は安く貴金属を入手している詐欺行為に近い業務内容。

自分はこれでも本を出版した一作家なので、詐欺に加担するような真似はこれ以上できない。

正直に心境を伝えた。

「うーん…、分かりました。確かに岩上さんの仰る通りです。ただ、退職を受理するのは本社になりますので、これからすぐ連絡を入れてみます。本社から岩上さん宛てに連絡があると思いますが……」

「ええ、もちろん同じ内容をちゃんと伝えます」

新宿支社の人間はいい人ばかりだったので、退職を伝えるのは心が痛かった。

ただあの会社自体の環境、考え方が悪過ぎる。

おそらく続けたいたら、俺は訴訟を起こさなきゃいけなくなっていたし。

新宿支社の人間には「仕事上の繋がりはなくなりますが、これも何かの縁ですし、個人的にはいい関係でいたいです」と伝えた。

課長の峰や主任の長野も快く承諾してくれ「残念ですが、岩上さんの場合仕方ないと思います。今後も個人的によろしくお願いします」といい感じで会話を終了する。

明日、本社から連絡あるそうなんで、あまり勘違いした事を抜かしたらギャフンと言わせよう。

警察という組織は嫌いだけど、全部の警察官を嫌いな訳じゃない。

巣鴨警察の出口刑事みたいな人だっている。

今回はそんな感じの動きをしてみた。

さて、明日からまた身体が空いたが、今度は何をしてみようかな?

今回の一件で勉強になったのは法律の知識の幅が増え、今まで無かった知識が増えた事。

それに伴い新しい作品のヒントが頭に浮かんできた。

明日はどんな風が吹くやら。

 

退職を申し出て、翌日の二千十一年二月十五日になり本社より連絡があった。

本社からは案の定無茶な要求があった。

俺は箇条書きにして整理してみる。

・入社書類の提出

・印鑑証明もつけた保証人二名を用意

・UFJ銀行神戸支店で口座を作らないと、給料を払えない

・退職証明書の提出

まだ証明書自体もらっていないが……。

「言っている事がおかしい」と言っても、掛かってきた事務員は「会社の決まりですので」の一点張りで会話にならない。

労働基準法というものがあってこそ成り立っているのに、会社の決まり事のみを押し付けてくるとはもの凄い会社だ。

第一退職を受理しているのに、何故今更二名の保証人なんて必要あるのだろうか?

俺は「ホームページも会社概要もない状態で、しかも退職と言っているのに保証人など用意するつもりは毛頭ない」と答えた。

だが事務員は「会社の決まりなので絶対に出してもらわないと」の一点張り。

う~む、思ったよりこの会社、頭が悪そうだ。

給料指定口座にUFJ銀行だけなら分かるけど、何故神戸支店のじゃないと駄目なのか?

それに入社書類規約を見て、かなりおかしな点があり過ぎたからこそ署名しなかったんだけどなあ。

あまり揉めたくないけど……。

さて…、どう動いてみようかな。

「給料なんて払わない」…、そう動いてくれたほうが面白かったのに。

自身のこれまでしてきた事は一体何だったのだろうか?

すべてが意味ある事のように見えて、その実何の意味もないような気がしてくる。

ならば無理に何かを吸収ではなく、一つずつ剥がしていこう。

せっかく今回の古物商の仕事で、一つの作品が閃いたのだ。

この暇な時間を使い、早速執筆してみよう。

頭の中で思いついた絵を描き出した。

内容はホラーがいい。

 


『古の着物』

 

古の着物 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

古の着物もはや俺には何もなくなった……。家族から忌み嫌われ、顔を見る度に罵倒を浴びせられ、人間としての尊厳を根底まで汚された。そんな気がする。決して...

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もはや俺には何もなくなった……。

家族から忌み嫌われ、顔を見る度に罵倒を浴びせられ、人間としての尊厳を根底まで汚された。

そんな気がする。

決して目に見えぬ心。

しかし目を静かに閉じればリアルに浮かんでくる。

鋭利な刃物でザクザクに切り刻まれたような感覚。

すでに乾ききったのか、傷ついた表面には一滴の血すら見えない。

そこまで分かっていながらまだ、何故か俺の自我は崩壊していないのである。

不思議だ。

仁や義といったものが失われつつあるこの世知辛い世の中で、日々増殖していく鬱病。

できれば俺もああなってみたい。

そうすればこうまで辛い思いなどせずに済んだはずなのに。

様々な体験や経験をし、他の者より少しだけ心がタフネスになってしまったからなのだろうか?

現実の自身を思うと、過去の経験が非常に歯痒く感じた。

心が壊れないのなら、考えられる方法はあと一つしかない。

この忌々しい現世での立ち位置。

それを壊してしまう他ないだろう。

自らの生命を失う事で……。

常に根底に根付く自殺願望。

俺の未来に明るい光などない。

ならば自害あるのみ。

そう思い、日々願っているのになかなか死ねない現実。

死にたいならとっとと死ねばいいのだ。

誰にも迷惑など掛けずに。

俺は矛盾している。

もしくは臆病なだけかもしれない。

自身で命を絶つという行為に対し。

「……」

ふと視界に映る携帯電話。

無造作にテーブルの上へ放り出したままである。

手に取り、画面を眺めてみた。

当たり前だが誰からの連絡もない。

ほぼ鳴らない電話。

こんなものに月額数万も払っている人間の何と多い事だろう。

高い金を払って自分を傷つける。

俺は馬鹿だ。

昔は違った。

もっと電話機そのものに希少価値があり、金額が掛かるものであったが、今じゃ誰でも持っている。

確かにあれば非常に便利だ。

それが世の常識となった時、どこか社会に歪が生じた。

少なくても俺はそう感じている。

真の孤独。

以前なら孤独を愛し、進んでそういった時間を作るようにしていた時期もあった。

しかし今はどうだろうか。

たまに昔からの腐れ縁の友達から連絡があるぐらいで、あとはほとんど何に等しい。

唯一その友人ですら、最近できた彼女との付き合いが忙しく、前のようにつるまなくなった。

こうして気づけば孤立していた俺。

だがまだ一人でもパッと思いつける人間がいるだけ、救いがあるのかもしれないな。

まずこの寂しさ、そして辛さから離れるよう考えないと。

それには金を稼がなければいけないという現実。

無一文の男では何の価値もない。

色々難しく考え過ぎたのかもしれない。

そこで行き詰るという事は、それが自身の限界でもあるのだろう。

一つだけ分かっている事。

それはもう必要以上に傷つきたくないだけ。

ならばやる事は一つ。

ただ無心に働こうじゃないか……。

幸いな事に便利になった世の中では、目の前にあるパソコンから検索するだけで、仕事の求人情報など事欠かない。

条件は簡単。

どんな仕事でもいいから日払い、もしくは週払いのところを探せばいい。

できる限り近場。

すぐ働ける場所。

そんな条件で求人先を絞っていく作業。

昼間の仕事だとロクな条件のところがないな。

うん、別に夜だっていいじゃないか。

この際贅沢など言っていられる身分ではないのだ。

「ん?」

一つの求人に目が止まる。

『古物商』と書かれた求人は、様々な古物や着物、そして貴金属、ブランド物などを幅広く扱う仕事らしい。

これだけ物があふれた時代である。

これは面白いかもしれない。

これまで着物はもちろん貴金属すらまるで興味のなかった俺。

当然ブランド物だって関心がない。

しかしそういったそれらの知識を得て、様々なアンティークな物を勉強するのもいいかもな。

「ねえ、慶司。一度二階にある桐のタンスの中を見てくれないかな。私が大事にしていた着物が残っているはずなの」

ふと十数年前に言われたお袋の台詞を思い出す。

着物という言葉を見たからだろうか。

自然と口元が歪む。

馬鹿馬鹿しい。

何が『大事』なのだろうか?

そんな大切な物だったら、俺らを置いて家を出て行く時、一緒に持っていけば良かったじゃないか。

いつから笑わなくなったのだろう。

いつから虐げられるようになったのだろう。

そういった元凶は、お袋が家を出て行ってから始まったような気がする。

人のせいにするのはよくない。

それは十分に分かっている。

しかしそれでもあまりの身勝手さを感じ、ついお袋のせいにしてしまう。

直に当たっているわけじゃないのだ。

そのぐらい構わないだろう。

どれだけ精神的に傷を負ってきたのか。

一年間で何度死という文字を頭の中で連想し、考えたか分からないほどだ。

もういい。

過去を振り返っても嫌な思い出が出てしまうだけ。

普通に…、平凡に働けばいいじゃないか。

自身の為だけに……。

パソコンを見ながら俺は、自分の名前を入力しだした。

ふとキーボードを打つ指が止まる。

今は年末。

こんな時期に応募してくるなんて、かなり焦っているんじゃないかと先方から勘ぐられてしまうのでは?

妙な考えが頭の中を渦巻き、チンケなプライドが湧き上がってきた。

これから働こうという場所で、足元を見られるのは得策ではない。

それに普通に就職したのでは、すぐ給料が入るわけでもないだろう。

もっと現実的に考えなきゃ。こうまで追い詰められたようになったのは、自分自身のせいなのだから。

今の俺はまともに就職すらできる状態でない。

まずは日銭を稼ぐ。

それが最優先である。

さきほど少しだけ眺めた求人を見返す。

ここなら日払いも可能だし、勤務時間は夜になるが、一日働けば一万円以上になる。

携帯電話に書いてある番号を打ち込み、早速連絡してみる事にした。

話を聞いてみたところ、アルバイトという形式ではなく一旦派遣会社へ登録し、そこから派遣という形で行くらしい。

まずは派遣会社で登録して、働くのはそれから。

面倒だがしょうがない。

明日の午後に面接の予約をした。

最低でも数種間働き少量の金を得て、それから先ほど興味を覚えた古物商の仕事の面接へ行ってみるとするか。

出張や転勤もあるらしいので、一緒に住む忌々しい家族とも離れるチャンスだ。

布団の上に横たわり、腕を頭の下へ回す。

タバコのヤニですっかり黄ばんだ天井を見つめながら、過去を思い出していた。

 

中西慶司、三十九歳。

もう来年で四十代になってしまう。

兄弟は弟が一人。

幼い頃は本当に可愛がったつもりだった。

祖父が一代で築き上げた家業。

今じゃ十数名の従業員がいるほどになった。

親父はそれに胡坐をかき、何一つ苦労などしてこなかったようだ。

家の金を盗んでは外で遊び呆ける毎日。

金回りも良く、愛想もいい。

だから何も知らない他人は腐るほど寄ってくる。

当然女もだ。

はたから見れば華やかに見える親父。

だがそんな男と結婚を夢見たら、地獄の始まりである。

外見だけに捉われた女はそんな単純な事すら分からない。

そんな事など毛頭も考えていなかった女が、俺を産んだお袋だった。

結婚当初は近所から「まるで俳優と女優が一緒になったようだ」と持て囃され、笑顔が絶えなかったらしい。

『始め良ければすべて良し』なんて言葉があるが、あれはデタラメだ。

そんなもの『張子の虎』と同じ。

表面だけ取り繕っても中身がなきゃ何の意味もない。

それでも俺を生むぐらいまでは、まだ円滑に回っていたようだ。

妻から母親になったお袋。

子育てに追われる日々が始まる。

苦労知らずの親父は、気づけば以前のように仕事もロクにせず、夜遊びばかりするようになった。

大所帯の家だった為、住み込みの従業員の他、親父の妹であるおばさんまでが一緒に住んでいた環境。

嫁に来たお袋の心境は非常に複雑だったに違いない。

何せ十名以上の人間が一つ屋根の下にいるのだから。

子が生まれても家庭など顧みず、金を使いまくる事と遊ぶ事しかしない親父。

お袋はどんどんヒステリックになっていった。

唯一味方にならなきゃいけないはずの親父がああだったのだから無理もないだろう。

俺が物心ついた頃、よく記憶していたのはそんな両親の夫婦喧嘩だった。

まるで変わらない親父。

その怒りの矛先は長男である俺に、いつからか向いていた。

左手の甲に刻印された醜い皮膚。

まだ幼稚園に通っていた俺の腕を強引につかみ、タバコを押し付けられてできた火傷だった。

焼けるような痛み、そして醜くただれた箇所。

幼かった俺はそれが嫌でしょうがなく、一度包丁でその部分を切り大騒ぎになった事がある。

その傷跡は薄くなったものの、未だ左手甲に残って消えない。

まだ手ぐらいならマシだ。

額と頬にくっきりついた二つの傷跡。

鏡を見る度お袋の虐待を思い出し、憎悪だけが静かに募っていく。

蓄積した憎悪は一度も出した事がなかった。

感情の思うまま出してしまったら、自我崩壊してしまう。

そんな懸念があったからだろうか……。

憎悪で塗り固められた俺のクソみたいな人生。

その二つの傷を見て、初対面で俺と接する人の目は、共通して誰もが敬遠している感じに見えた。

第一印象…、分かり易く言えば外見。

自惚れかもしれないが、顔立ちは端整なほうだと思っている。

だが「兄ちゃん、勿体ないなあ。その傷のせいでいい男台無しだね」と何度年配の人から言われた事か。

大方俺が喧嘩で作った傷だと勘違いしているのだろう。

ひと言「自分の母親につけられたんだ」と説明すればそんな誤解など解けるかもしれない。

しかしそのあとで大抵の人は何故と聞きたがるに違いあるまい。それを説明するにはひどく長い話になるだろうし、俺自身面倒な作業である。

だから簡単な笑みを浮かべ、何も話さないようにしていた。

顔の傷のせいか普通の会社は採用してくれない現実。


 

「……」

何だ、こりゃ……。

自分の心境や境遇を少し崩して書いただけじゃないか。

『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』を書いていく以上、どちらにせよ『古の着物』と似たような作風になるのは必須。

駄作もいいところだ。

この作品を書いていて思い出したのが、お袋に離婚を話しに行った十八歳の頃。

お袋はあの時俺に桐のタンスの中にお気に入りの着物が入っている。

それをできたら渡して欲しいと言った。

当時すぐ離婚に応じてくれたのだ。

容易い御用だった。

しかし着物を探す前にお袋との衝突が起き、結局二十年以上経った今でもタンスを探してもいない。

その着物に怨念が宿ったらどうかというホラー作品にするつもりだったのにな。

そろそろ小説家として限界なのだろうか?

『新宿コンチェルト』を書き進めると、当時子供をおろした時の事がプレイバックし、何故か吐いてしまうようになった。

自身の半生を赤裸々に書く事で何とか成り立っていたアイデンティティー。

しかしそれすら吐いてしまうという現状。

思えばこれまで突っ走って勢いだけで、様々な作品を書いてきた。

『新宿クレッシェンド』が賞を取れたのは、たまたま運が良かっただけ。

だから売れもしないし、どこの出版業界からも依頼が無い。

石動龍や岡本大たちと柔術をしていた頃、また現役復帰を夢見た俺。

柔術家の三角締めや腕ひしぎ逆十字に対抗して、力任せで持ち上げる戦法を選んだ俺は、靭帯を損傷して断念した。

小説が書けなくなったらと想像したら、怖くなったのだ。

それが今のこのザマはなんだ?

全然信念など無いに等しいじゃないか。

戦えない、そして書けない俺に何の価値がある?

ぎーたかに格好をつけたかった。

 

古物商の本社から電話が掛かってくる。

俺は向こうの言いなりにはならず、まだ意味不明な条件を通すなら労働基準監督署をも通し、持てる力すべて使って徹底的に対抗すると伝えた。

それに折れたのか、俺の指定する指定口座へ給料を振り込むという形になる。

これで詐欺まがいな古物商は片付いた。

次はどうする?

まず無職はいけない。

戻ろうと思ったところは一つしかなかった。

佐川急便さいたま営業所。

あの過酷な環境に身を置きながら、またトレーニングも開始する。

昔のようにストイックに。

俺は車でさいたま営業所へ行き、岸本へ相談した。

返事は大歓迎だった。

また明日からこれで佐川急便での生活が始まる。

自身の身体を強かったあの頃へ。

まずはそこからのスタートだ。

 

再び佐川急便で働く。

一つ自信が持てた事。

俺の身体能力は遥に他人を凌駕していた事実。

まず力が違い過ぎる点。

そして動くスピード。

ひょっとしたらトレーニングも開始したら、あの頃の身体に戻れるんじゃないか?

十年前のあの頃へ……。

現在三十九歳。

あれから十年の月日が流れた。

体力は当然落ちている。

しかし上がったものもある。

経験による老獪さ。

精神力の向上。

肉体をあの頃まで戻せたら……。

この高ぶる気持ちを文字に。

俺はミクシィで記事を書く。

 


二千十一年二月二十日。

この日を持って、また俺はリングへ戻ろうと決意表明します。

これはけじめでもあり、自身の信念…、そして忘れたものを取り戻しに……。

何よりも子供たちが夢を希望を持てるような戦いをしたい。

四十になる前の最後のチャレンジ。

それが終わったら、初めて作品を書けると思う。


ぎーたか

頑張って結果を残して下さいね!


 

ぎーたかだけがコメントをくれた。

それはそうだ。

彼女だけしか閲覧できないよう設定して、記事を書いたんだから。

そして彼女は反応してコメントを残した。

フォト

今から約十年前、総合格闘技の試合に出ていた頃の俺の写真を眺める。

かつて品川春美が送ってくれた画像。

まだ彼女は、この写真を大事に持っていてくれた。

ぜひ、彼女には幸せに生きてほしい。

俺…、やっぱリングの上に今一度戻ろう。

三年前のように、ただ上がるというのではなく、ちゃんとコンディションを整え、頭の中の想像通り身体が動けるようになってから。

フォト

上がる時は、俺らしくこのペイント姿で。

また振り出しに戻っている?

違う…、あの頃の信念を取り戻すのと同時に、これまで培ってきた経験と知識が俺にはある。

四十を前に、最後の挑戦……。

テンションが物凄く上がっている。

俺が格闘の道へ行くと、前世であり守護霊の雷電が袖を引っ張って邪魔をする。

群馬の先生に言われた言葉。

邪魔できるもんなら邪魔してみやがれ、雷電。

あんたはいいよ。

今だって史上最強力士を謳われ、痕跡を残しているのだから。

俺なんて何なんだよ?

現世では小説を書くのが宿命なのか?

それが何故こうまで苦労する?

本当にそんなものが俺が使命だっていうのかよ?

一度くらい邪魔しないで、好きなようにさせてくれたっていいだろう?

戦いの世界だけなんだ。

自分で納得いく結果を残せていないのは……。

 

休みで予定も何もなくトレーニングをして部屋で眠る。

起きて時計を確認すると深夜二時過ぎ。

小腹が減ったので、サンドイッチでも作ろうと一階の台所へ降りる。

食パンを二斤買っておいたので、作り始めた。

ハンバーグサンド、シーチキンサンド、エッグサンド、ポテトサラダサンド、野菜サンド。

以前サンドイッチ用のビニール袋を大量に買ったストックがまだ山のようにある。

こういう時くらいしか役に立たないが、買っておいて本当に良かった。

材料があり余ってしまったので、どうせなら職場のみんなの分も作ってやるかと買い物へ行こうと決める。

その前に部屋に行ってタバコでも吸うか。

タバコを吸っている内に、俺はユーチューブでプロレスを見始めてしまい、気づけば朝方四時になっている。

そういえば去年パソコンが壊れて仕方なく部屋を掃除したが、あれ以来ゴミを出していないから、最近ドアが閉まらなくなる事があるなあ。

しょうがない…、久しぶりにゴミを捨てるか。

どうせ、買い物へ行くんだし。

そんな訳でゴミをまとめ、外へ出しに行く。

パラパラと降る小雨。

家の目の前にあるゴミ捨て場。

まだ四時なので周りは薄暗い。

こんな寒空の中、横断歩道の向こうに人影が立っている。

六十後半か七十過ぎのおばあさん?

何でこんな時間帯に?

まさか幽霊とかじゃないよな?

俺がゴミを出しながら見ていると、突然こちらへ近づいてきた。

「……」

「すみません」

「は、はい……」

「川越駅の東口はどうやったら行けますか?」

川越駅?

こんな深夜に?

まだ始発だって出ていない時間だし、こんな雨の中、このおばあさんは何をしているんだ?

様々な疑問が頭の中に湧き出てくる。

まあいい、道順を説明すれば済む話だ。

だけど待てよ……。

おばあさんの足で、しかもこの雨じゃ、川越駅はちょっと遠いんじゃないだろうか……。

「えーとですね…。私の足で歩いても十五分ぐらい。だから車で送っていきますよ」

何故か俺はそう自然と口を開いていた。

「え、いいんですか?」

申し訳なさそうに頭を下げるおばあさん。

だってこの状況だし、しょうがないじゃん……。

「構いませんよ」

車を出し、助手席におばあさんを乗せ、駅まで向かう。

何故こんな時間帯にという疑問があったので、差し障りないよう質問してみる事にした。

「あの~…、まだ時間帯的にも電車出ていないと思うんですが……」

「そしたらタクシーでも拾いますので」

「……。こんな時間なのに何かあったんですか?」

「実は……」

事情を聞くと、このおばあさんの弟さんが末期癌で、うちの目の前にある三井病院へ夜中の二時頃運ばれたらしい。

意識不明の様態だったので、この時間で病院を出されたようだった。

「お兄さんは何歳なんですか?」

「私ですか? もう今年で四十になります」

「あら、まだお若いじゃないですか。何をなされている方なんですか?」

俺は小説を書いている事、そしてリングへまた上がろうとする事を簡潔に説明すると、おばあさんは「ぜひ、頑張って下さい」と喜んでくれる。

駅じゃ大変だろうと、道を聞き家の近くまで送る事にした。

別れ際おばあさんは「本当にありがとうございました」と握手を求めてくる。

いやいや、あのまま駅までの説明をして歩いて帰ったら、雨で風邪引いたなんてほうが俺は嫌だ。

家に戻り、サンドイッチをまた作り始めた。

ふ~む、大量に作り過ぎたなあ……。

まあ、職場のみんなにあげればいいか。

今日はゴミの日だし、おじいちゃんがこれから起きてゴミを出させるのもあれだな。

俺は一階のゴミもついでにまとめ、ゴミ捨て場へ捨てに行き、再度雨に打たれる。

う、寒い……。

おじいちゃんに風邪を引かれるのはもっと嫌だ。

俺は温かい缶コーヒーを買ってから部屋に戻った。

 

佐川急便での日常。

俺はあえてみんなが避けるような大変な場所をわざと選び、重い荷物を何度も持ち上げた。

吹き出る汗。

俺の事を知らない作業員は、変わった馬鹿な奴ぐらいに思っているだろう。

こうした日々の何気ない部分にこそ、ナチュラルな筋肉がつくようなトレーニング代わりになる。

三月十日は仕事が休みなので、そのままトレーニング漬け。

たまには小説でも書くかとパソコンの前へ座り『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』を開く。

いや、ずっと保留にしていた『新宿コンチェルト』をやってみるか。

でも、またこの作品を書いていて吐き気を催したら……。

結局小説のデータを開いただけで何も書けず、時間だけが過ぎていく。

気付けば日付が変わっている。

二千十一年三月十一日、深夜二時五十五分。

いきなりとてつもない地震が起きる。

恐怖を覚えるような揺れ。

いや、こんな状況でも動じず執筆をする。

それが物書きとしての本文じゃないのか?

何か随分長い時間揺れているな……。

俺は立ち上がり、窓とドアだけは開けておく。

また座り執筆を開始しようとした時、パソコンの奥の棚の一番上にあるカゴが揺れにより落下し脳天を直撃する。

「痛っ!」

カゴの中には使わなくなったパソコンのパーツ類や壊れた外付けハードディスクが入っていた。

それらが頭の上に振ってきたのだから、痛みもかなりのものだった。

まだ揺れているぞ。

大丈夫かよ?

もう上から物が降ってこないのを確認し、パソコンで震度を調べる。

宮城北部では震度七だったらしい。

震度七ってかなりの強さだろ?

現在れっこさんが住む北海道の奥尻島が津波に襲われた大惨事でさえ、震度六と聞く。

みなさんは大丈夫でしたか?とミクシィで呼び掛けた。

 

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