岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 90(東証一部上場企業SFCG編)

2024年11月08日 16時05分34秒 | 闇シリーズ

2024/11/0 

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先生と呼ばれて 01 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿歌舞伎町での裏稼業を引退し、まっとうに生きようと思った。もう俺も三十四歳である。いつまでも馬鹿な事をしていられない。真面目に働いてみよう。履歴書を重数年ぶり...

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絶望感に包まれながらの仕事。

食事へ行く時も、自分一人のほうがいい。

またうまい具合にたかられるくらいなら、そのほが気が楽だ。

価値観がまったく合わない人種との仕事は、苦痛以外何ものでもない。

次の職場を探そうかなと思いながら、歌舞伎町の街を歩いていると「岩上さ~ん」と背後から大きな声で話し掛けられた。

「ん?」

振り向くと知り合いの山田弘也だった。

二つ下の中学時代の後輩で、俺の弟の徹也と同級生。

ガキの頃は年中うちに遊びに来ていた。

しばらく見ない内に外見もコテコテで、完全なヤクザ者になっている。

まあ兄貴もヤクザだったし、こうなるのは目に見えて分かっていたが。

坊主頭に割腹のいい身体。

誰がどう見ても、あっちの世界の人としか思えない奴だ。

昔から俺に懐いていて、ヤクザになった今でも礼儀正しい。

「今どうしてんですか? たまには飯でも一緒に行きましょうよ」

「飯か…、うん、いいよ。ちょうどこれから食うところだったし」

サラリーマンの俺とヤクザのツーショット。

さすがに周りから見れば、何の組み合わせだって思うだろう。

そんな視線など気にせず、近くの喫茶店へ入る。

「岩上さん、ネクタイなんか締めちゃってどうしたんですか?」

「あ、俺さ。今、サラリーマンやってんだよね」

「え、うっそだぁ~」

「そんな大袈裟に驚くなよ。変?」

「思い切り変です」

「そっか……」

今のエロ雑誌の会社が、俺に向いていないのは自覚していた。

これまでの状況を簡潔に話し、企画書の件も言った。

「岩上さんがそんな本作るって言うなら、俺はとことん協力しますよ。俺だってあの浄化作戦にはうんざりしてますからね」

「でしょ? それすらも社長、信じてないもんな。君はこの業界がまるで分かっとらんって、小馬鹿にしやがってさ」

「ふざけた野郎ですね。社長っていくつぐらいの奴なんですか?」

「実際に聞いた事ないけど、四十そこそこぐらいでしょ」

「そんなのに舐められてないで、岩上さんはやっぱ歌舞伎町でまたやらなきゃ」

確かにあんなクソ会社で働くぐらいなら、歌舞伎町で働いていたほうがマシだろう。

あの会社で働きだして早一ヶ月半が過ぎた。

このまま時間だけが無駄に過ぎていいのか?

いいわけないよな。

よし、決めた。

「ねえ、面白いもの見たくない?」

「面白いもの? 何すか、それ?」

「俺がサラリーマンを辞める瞬間って見たくない?」

「岩上さんが? そりゃあ見たいっすよ」

山田が乗ってきた。

これで面白い辞め方ができるかもしれない。

「じゃあちょっと協力してもらうぞ」

「何をっすか?」

「今から会社へ帰るからさ、一緒についてきて黙ったまま横にいればいい」

「え、何すか、何すか?」

「いいから、それだけで面白いもん見れるからさ」

久しぶりの再会に話が弾み、喫茶店に入ってから二時間半が経過していた。

どっちにしても、いい辞め時だったのだ。

「ここは俺が払っとくよ」

レジで会計を済ませると、俺たちは花園新社へと向かう。

マンションの六階にある会社。

入口のカードキーを挿すと、扉が開く。

「結構洒落たマンションじゃないですか」

「入口だけはね」

「本当に俺、一緒にいるだけでいいんですか?」

「ああ、余計な事を言われても困る。黙って横にいてくれ」

二時間半も外へ出て食事をしていたのだ。

社長のお小言が始まるだろう。

他の社員の手前、部屋の外へ連れ出されて説教を食らうのは目に見えて分かっていた。

エレベータで六階まで向かい、すぐ近くのドアを開く。

するとちょうど社長が入口のそばにいた。

俺の顔を見るなり、「ちょっと岩上君、こっちへ来て」と靴を履き出す。

笑うのを懸命に堪えながら、再び部屋の外へ出た。

その瞬間、社長の身体がビクンと動く。

目の前に俺の知り合いのコテコテヤクザが黙って立ったまま、社長を見ているのだから。

今にも腰を抜かしそうな勢いだった。

「あ、心配しないで下さい。俺の連れですから。それとですね…、ちょっと知り合いが厄介事に首突っ込みましてね。自分も放っておけないんですわ。なので今よりこの会社、辞めさせてもらいたいのですが。よろしいですか?」

「あ、ああ…。わ、分かった……」

社長は震えた声でそう言うのがやっとみたいだ。

俺は笑顔で「今まで世話になりました。でも社長、俺が嘘つかないって少しは分かってもらえましたか?」と言って会社をその場で辞めた。

二人でマンションを出ると、我慢していたものを一気に解放し大笑いした。

その後、この社長から連絡は一切ない。

あの時の表情や態度は、今思い出しても笑えるものである。

再び暇になった俺は、自分の小説を『新風舎』へ応募してみた。

 

この頃『群馬の家』の執筆が途中で止まってしまい、俺は別ジャンルの作品を書きたいと思っていた。

よくホラー映画を借りてきて観るが、本当に怖いって作品はあまり無い。

百合子はホラーを嫌がるが、それでも俺が観る時は隣で一緒にいる。

ん、待てよ……。

何か閃きがあった。

俺は早速フォトショップを起動し、小説に扉絵をデザインしてみる。

タイトルは『ブランコで首を吊った男』。

自然とこの題名がいいと思った。

 

新説ブランコで首を吊った男 ①亀田の章 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新説ブランコで首を吊った男岩上智一郎2024/09/09色々手直ししなきゃ…、2006年に執筆したこの作品は、そう思いながらこれだけの年月が過ぎていた。初めて書いたホラ...

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他にも色々な作品の執筆を試みているが、進行具合がいまいちだった。

全部で五つの作品をそれぞれ書いていたら、それは混乱するもの当たり前だ。

俺はこのブランコで首を吊った男をメインに執筆を開始してみる。

自分にとって初のホラー小説。

不思議なものでこの作品だけは、スラスラ進む。

無職なのでもちろん就職活動もしながらであるが、部屋に戻ると作品を書く。

このルーティーンで俺は『ブランコで首を吊った男』を十三日間で書き終えた。

百合子に見せると「気持ち悪いけど、面白くて怖かった」との感想をもらう。

 

再び就職活動をする事になった俺は、デザインの仕事にこだわる事をやめた。

またあんな会社だと、洒落にならないからである。

十数件の会社を面接したが、どこも駄目。

裏稼業でも表でも、自分の行くところは、どこもみんな腐った人間しかいないように感じた。

あんな中途半端な事をやって「社会に貢献しています」って面をするぐらいなら、まだ「裏稼業をやっています」って堂々と言えるほうが素敵な生き方だ。

裏は捕まるけど、熱を持った人間が多い。

あんな魂の抜け殻みたいな連中とは違う。

それでも俺は、せっかく健全な社会復帰をしようと頑張っているのだ。

百合子も表社会で生きようと努力する俺を応援してくれている。

めげず諦めず、また一からやり直せばいい。

職安へ通う日々。

もらえる給料のハードルを高くして検索してみる。

すると中小企業融資の金融会社が引っ掛かった。

金融…、未だ俺がした事のないジャンルでもある。

何か得るものがあるかもしれない。

駄目元で試してみようじゃないか。そんな気持ちになった。

資本金七百九十一億円と明記してある超一流企業。

そんなところへ俺が行って、果たして受かるのか?

いや宝くじだって買わなきゃ当たらない。

就職だって面接に行かなきゃ受からない。

行って自分をそのまま表現できればいいさ。

裏稼業という経歴だけを隠し、そのままの自分でモンスター企業へ臨んだ。

社内で面接をして、埼玉支社の人事部長とテレビ電話を使って二次面接を行う。

「何故当社で働こうという気になったのでしょうか?」

テレビ電話のモニターに移る人事部長からの問い掛け。

俺は社内の人間が注目する中、堂々と言った。

「金融と言う業種は私、初めての経験になります。これがアトムや富士竹と言った個人融資の会社なら来ていません。企業融資と言う事で、こんな私でも今までの経験を活かし、何かのお役に立てるのではと感じ今日この場へ来ました」

何を気に入られたのか分からなかったが、俺はその場で採用となった。

埼玉の川越支社配属。

ちゃんとしたサラリーマン生活の始まりである。

朝は八時半出社の定時は夕方の五時半。最初の一週間は法律についてひたすら勉強をした。朝の弱い自分であるが、遅刻は許されない。出来る限り規則正しい生活を心掛けるようにする。

面白かったのが、SFCGへ入社が決まるとどこで調べたのか分からないが様々な金融企業から無担保で二百万円まで借りられますという営業電話が数軒掛かってきた事だ。

パソコンが徐々に普及している世の中なので、何かしらの情報が色々漏れているのだろう。

 

金融にとって大事な契約書についての知識。

稟議とは何か。

不備是正とは何か。

手形を割り引くにはどうするか。

様々な事を学んだ。

有限と株式会社の違い。

あくまでもこの当時の法律だが、有限は本来小規模会社用に定められたもので、社員数五十人以下、出資持分を社員以外に譲るには社員総会の同意が必要な事。

持分を有価証券にしての流通は禁止。

株式は最低資本制度というものがあり、資本金一千万以上、一株五万と定められる。

二百株が最低株式数となる。

設立の古い会社では、五十円額面の株式の場合もあるらしい。

三人の取締役と一人の監査役が最低限必要なのに対し、有限は絶対必要な期間が社員総会と取締役だけなので、取締役会や代表取締役、監査役の必要はないようだ。

非常に面倒臭い。

こんな事を一から頭に入れていかなければいけないのだ。

この会社が収入を得る方法は金の貸し借りと、手形割引からである。

入ったばかりの新人なので分かりませんじゃ、言い訳にもならない。

法務の基礎をとことん勉強するしかなかった。

基本的な業務は各個人に与えられたパソコンを見ながらエリアを決められ、ひたすら営業の電話をするだけである。

中小企業、屋号と言ったすべての職種がパソコンの中でデータ化してあった。

当然自分の地元を見てみるが、よくもこんな情報を手にしたものであると感心するぐらい豊富なデータ量だった。

右も左も分からない俺である。

初心に帰り、素直に一から勉強するつもりで臨む。

初任給は三十五万以上ももらえた。

これまで百合子にお世話になった部分が多いので、給料は俺が十万円だけ取り、残りは彼女が持っていく。

贅沢しなければ月十万もあれば、普通に暮らしていける。

籍を入れたわけでもないし、一緒に住んでいるわけでもない。

だが、娘の里穂と早紀の事を思うと、俺の贅沢などいくらでも我慢できた。

 

入ったばかりなので定時上がりだったが、その内七時、八時、九時と時間が延びていく。

勝手に残業をしているという形にしてあるので、残業代など一切出ない。

上司たちは夜中の一時ぐらいまで、いつも残って業務をこなしているそうだ。

この会社で頑張ったとして、それが今の上司の姿だと想定する。

絶対にこうはなりたくないものだと思う。

世間から見れば一部上場企業だが、この頃からこの会社の異常性が見えてきた。

毎朝必ずあるパソコンのモニターを使った朝礼。

全国にある各支社の売上などをそれぞれの支部長が報告し、社長がそれに対し意見を言う。

いや意見と言うより一方的に怒鳴りつける。

そんな感じだった。

社長の言った目標をあげられなかった支部長は、全社員の前で晒し者にされる。

「どうしてやらないの? やらないんだな? おい、貴様! やらないんだね? この言った事を実行できない連続性の無さ、これはあきらかに病気だろ。君たちの病は不治の病だ。とんでもない。エイズより性質が悪い。おい、おまえいいか? 今回貴様の給料からエイズ病に掛かった患者へ治療の為の寄付をしろ。せめて他の人のお役に立ちます。せめてチャリティーに寄付しますと誓え、この馬鹿が! 実行の不徹底さは非常に気持ちが悪い。不備是正と今から腕にそう刺青を彫ってこい。プロジェクトの担当をしているという誇りはないんだな?」

常備こんな形で罵倒され続けた。

言われた支部長は「はい」と「すみません」以外の言葉を発したのを聞いた事がない。

そんな支部長でさえ会議が終わると下の人間に対し、えらい剣幕で怒鳴り出すのだ。

平気で人間に対し「おまえなんぞ、死んでしまえ」と罵る。

そばで聞いているだけで気分が悪かった。

毎日する日課の営業電話も、一日で二百件しろと全社員が言われる。

ちゃんと相手と話した状態で二百件なので、かなり辛いものがあった。

しかしこれが仕事なので仕方ない。

みんな商売をした事がない社員ばかりなので、相手の立場を思いやった電話の対応がまるでできていない。

例えば夫婦でラーメン屋をやっている店に、昼時電話を掛け「融資の件でお電話しましたが…」では、怒るのが当たり前である。

それをしつこくするから会社のイメージはどんどん悪くなるばかり。

席のそばにいた上司のPC長の佐久間に「そんな言い方じゃマズいですよ」と小声で囁いた。

「でも契約を獲らないと、また何を言われるか分からないし……」

PC長は困ったような顔で言った。

続いて「一日二百件電話しないと、データで分かるから、それでも責められるんだ」とも言う。

そこで俺はあるアイデアを閃く。

毎日電話していると、時間帯で留守の企業やすぐ転送電話に切り替わる会社がある。

それをエクセルで、一回電話が繋がるとカウントされる会社の電話番号一覧を作ったのだ。

留守電ないし転送になった時点で一回にカウントされる訳だから、数をこなす時には最適なデータである。

しかし、まったく会社の利益にはならないというデメリットはあるが……。

喜んだPC長は、プリントしたデータを大事に隠しながら使用するようになった。

それでもこの上司が早く帰れるかというと、それはまた別問題らしく、いつも夜中まで仕事をさせられている。

 

ある日このPC長の佐久間が、少しだけ遅刻してきた日があった。

恒例の朝礼で、社長から吊る仕上げを食らう。

「おい、貴様。何故遅刻した?」

「あ、あのですね…。お腹の具合が良くなかったみたいでして……」

ガタガタ震えながらマイクで話す佐久間。

無理もない。

昨日も夜の二時過ぎまで働らかされ、ろくに寝る時間さえ取れないのだ。

「何だ、下痢か? いいか、うちの業績の上げ方を教えてやる。ちゃんと聞いておけよ。下痢の奴はピヨヘルミンを飲む。…で、パンツを履く。何故かと言うと、人間はパンツを履く猿だからだ。次に顔を洗って、飯を食う。こんなものはしないでいい。こんなものをしなくても死なない。物事には優先順位があるんだ。今言った顔を洗ったり飯を食うは、ただの基本動作だ。ディティールにこだわってやれ」

モニターの前で何度も頭を下げる佐久間を見て、酷い社長だなと感じた。

 

この頃から俺のブログ『新宿の部屋』は数名の人がコメントをくれるようになっていた。

俺が書く記事は小説の事や料理を作った事。

そして今の会社で起きた事が多い。

始めはあくまでも小説の執筆記録として自分用にやっていたものだ。

しかし人がこのブログを見てくれていると意識するようになってから、記事の内容に変化が出る。

コメントをくれた人と、互いのブログでやり取りもするようになっていた。

姿形が知らない分、人間性をコメントやブログ内容で判断しなければいけない。

それは非常に面白いと感じた。

数名の人間が、俺の小説を読みたいとコメントをくれた。

単純な俺は執筆した作品の一部抜粋をネット上に載せるようになる。

それについての感想が嬉しく、処女作『新宿クレッシェンド』をすべて載せる事にした。

クレッシェンドとはピアノの語源で、だんだん大きくなるという意味合いがある。あくまでも世に受ける為に抑えて書いた作品なので、どんどん歌舞伎町の奥底、コアな部分を続編で書いていくから、この語源をタイトルにつけた。

ブログ上で関わる人たちがこの作品を読み、様々な感想をくれる。

中には「やっとこういう作品を書く作家が出てきてくれた」と泣きそうになるぐらい嬉しいメールをくれる子もいた。

小説を書いたはいいが、世に出すべき方法がいまいち分からない俺にとって、みんなの言葉は非常にありがたい。

多くの人とネット上で関わるようになって、一人気になる子がいた。

ハンドルネームを『らん』と名乗っている子である。

『新宿の部屋』初期の頃から暖かく励ましのコメントをもらい、感謝を感じていた。大阪に住む二十五歳の子で、書く文章も大阪弁丸出しで着飾らない。面白い子だなと素直に思う。

この子を特別したのはある一件からだった。

彼女のブログで、小説を読んだ感想記事があった。

そこでコメントをする人間は、自分の好きな作家を自由に書き込んでいる。

東野圭吾。

浅田次郎。

馳星周。

宮部みゆき。

名の知れた作家ばかりである。

そんな中、らんさんは堂々と『素晴らしい作家さんですよね。でも私は岩上智一郎さんの小説が一番大好きでハマっています』と書いてくれたのだった。

まだ小説家でも何でもない俺に対しここまで書いてくれたのは、らんさんだけだった。

インターネットを使い、ブログというものを始めて本当に良かった。

俺はらんさんのコメントを見て、パソコンの前で一人静かに泣いた。

一人でも俺の作品を読んでくれる人がいる限り、絶対に諦めず小説を書き続けよう。

多くの人に認められたいという想いは当然ある。

でもこうやって一人の人間が応援してくれるだけで充分だ。

俺は小説を書きたいから書いている。

作品を世に出したいという想いだってある。

たくさんの人々に絶賛されたいからだ。

しかしそれとは別に、らんさんのような暖かい言葉をくれる人をずっと待っていたのかもしれない。

この感謝は絶対に忘れてはならない。

顔も知らないらんさんに向かって、俺はゆっくり頭を下げた。

 

たまたま昼飯をPC長の佐久間と食べに行く機会があり、一緒に食事行く。

世間話をしながら俺は日頃の佐久間を労う。

すると佐久間は今まで溜まった鬱憤を出してきた。

「岩上さん、ほんとあの会社酷いですよね。最近何だか疲れちゃって……」

「佐久間さん、よくあんな会社で十何年もやってきてますよね。社長なんてヤクザより酷いじゃないですか」

「今度時間作るから、飲みに行きませんか?」

「ええ、構いませんよ。どうせ俺は定時になれば、いつものように『帰りまーす』ってさっさと帰っちゃいますから」

会社が残業代も払わず無理難題を押し付けるなら、俺も勝手にさせてもらう。

そんなスタンスでいた。

PC長は俺の直属の上司にあたるので、「たまには残業をして下さいよ」と頼み込んできたが、阿呆らしくてすぐに帰る事のほうが多い。

「岩上さん、すぐ時間になると帰りますからね」

「だって意味ないじゃないですか。佐久間さん、あれだけ一生懸命やったって、あんな酷い怒鳴られ方されて」

「ええ、参りますよ。一度色々岩上さんと話したいなあと思っていたんです」

会社へ戻ると、佐久間は疲れからか最近肩が痛いと言う。

凝りをほぐすのは得意なので昼休み時間を使い、マッサージをしてあげた。

「あれ、岩上さん。右肩凄い軽いですよ? 腕を上まで痛くてあげられなかったんですから。いい腕持ってますね」

感心したように佐久間は俺を見ていた。

 

定時になると、俺はすぐに帰る事にする。

この日、いつもなら夜中まで仕事をするPC長が珍しく八時で上がった。

俺と飲みたいが為にうまく誤魔化して早上がりしたようだ。

行きつけのJAZZBarスイートキャデラックを紹介し、酒を飲んでいる内に佐久間がすぐ酔いだす。

元々酒が強くない上に、日頃の疲労も重なっているのだろう。

「何かね、岩上さんが入社した時から、普通と違うなって思っていたんですよ。もちろん悪い意味じゃないですよ」

「まあついこの間まで裏稼業にいましたからね」

この人なら過去の経歴を多少話してもいいだろうと思った。

俺は新宿歌舞伎町で過ごした十年の事を簡単に話す。

佐久間は感心したように頷いている。

「それは凄いですね~。最初見た時から何か違うなあと思っていたんです」

「岩上さんなら、この会社を少しはいい方向に変えてくれるかなと期待しちゃいますよ」

佐久間はいい感じで酔っているようだ。

「まずおかしいのが、残業代を一円も出さず、働き蟻のように強引に働かせている点です。それに昨日を含め、世間では三連休でしたよね? その三日間すら、一日も休みをくれず出勤させる。しかも休日出勤手当ても何もなく一円にもならないのに、タダ働きでやらされている。定時では、八時半から六時半。でも、いつも佐久間さんは七時四十分までには出勤させられ、帰りは夜中。お子さんがいるのに北海道から強引に単身赴任させられ、半月だからと騙されて、今じゃここに…。それでいてこの現状…。俺が風穴、開けますよ」

会社の理不尽な点をひと通り言った。

佐久間は目に涙を溜め、俺の台詞を聞いている。

「私のほうが年上ですけど、岩上さん。私は岩上さんを人生の先輩だと思っています。私も出来る限り、いい方向に行けるよう協力します」

両手で握手を求められ、佐久間は何度も頭を下げる。

今まで相当鬱憤が溜まっていたのだろう。

「俺、こう見えて小説書いているんですよ」

「本当ですか? じゃあ今度見させて下さい」

たった二人だけど、小さな派閥がここに誕生した。

このあと佐久間は悪酔いする。

結局三軒もハシゴさせられ泥酔状態だったので、飲み代はすべて俺が払うハメになった。

 

世間一般だと金融業界はイメージが悪い。

個人融資のアコム、武富士などよくテレビのCMを打っているが、それだけ儲かっているからできるのだ。

貸す時だけはニコニコ。

返さない時は鬼となる。

首を吊って自殺を選ぶ人間もいる。

そういった背景などまったく出さず金だけを掛け、楽しそうなCMを作る金融業。

華やかに見える繁栄の裏側には、地獄を味わった人間も数知れずなのだ。

そんなイメージの金融でも、本当の意味で人助けをしたい。

必要とする企業は多いから、この業界がなくならないのだ。

せっかくこうして縁があった。

ならば俺が少しでも良く変えたい。

個人の力などたかが知れているかもしれないが、少なくても俺が接する顧客だけには、誠心誠意でいよう。

まずは身近な人間を守りたかった。

それにはまず、できるだけ顧客に関わる事だ。

日課である営業電話。

少なくても地元川越の知り合いの店は、俺自身で担当を受け持ちたい。

PC長へその旨を伝えると、知り合いの多い店のエリアの担当となった。

一日で二百件も電話をするのである。

俺が会社の名刺を配り直に接しておけば、本当に困っている企業や店は自然とこちらへ客として流れてくるだろう。

金々と抜かす社訓めいたものなどで、知り合いを困らせるのは嫌だった。

事務員に俺の名刺を五百枚作ってほしいと頼んだ。

名刺が完成すると、知り合いの店や企業に配りに行くと報告をした。

会社側は電話でアポを取ってから行けと言うので、「お言葉ですが、昔からの知り合いたちばかりなんですよ。電話でアポよりも確実じゃないですか」と説得する。

「じゃあ行った会社の写真を撮ってくるように」と、会社の携帯電話を渡された。

信用が無いからしょうがないが、証拠として写真を撮れというなら、いくらでも撮れる。

俺は四時間で二十九件訪問し、五十八枚の写真を撮らせてもらう。

目的は俺の名刺を渡し、もし会社から電話が来たら『お宅の岩上って人から名刺貰っているから、何かあれば彼に連絡する』と簡単に断れるようにする為である。

それ以外に仲のいい知り合いの店で、仕事よりは暇潰しをしたいというのが最大の目的だった。

あんな馬鹿げた電話を二百回も掛けるくらいなら、外で自由に空気を吸っていたい。

会社へ帰ると、無数に撮った写真を見てみんな驚いていた。

しかし契約など〇件なのだ。

元々取る気などないし、それはしょうがない。

本当に困ったところは、勝手に名刺を見て電話してくるだろう。

空いた時間を上司の手伝いにあてる事にした。

契約書の不備是正や支払いの遅れている顧客からの取立て。

みんなが嫌がる事を率先してやる事にする。

 

朝の会議では、変わらず社長がムチャクチャな理論を言いながら、みんなを罵倒していた。

「いいか、俺は五千円の鰻重なんて食いたくねえんだよ。五百円の鰻重でいいから食いてえんだよ。いついつまで仕事をしましたとかじゃない。どう結果を出したか。それだけがすべてです。俺たちはそうやってきたぞ。何故おまえらは何もやらない? 地底まで落ちるのか? 決算発表の時、後ろから俺を撃つのと変わりないぞ。そうやって俺を背後から撃つんだな? 俺の言った数字をクリアできなかった支店の連中は、明日寄付をしろ。不治の病め。役に立たないなら、少しぐらい世の中の役に立ってから死ね」

こんな事を毎日名指しで言われるぐらいなら、下っ端で自由にやっていたほうがいい。

面倒はごめんである。

俺は名刺を財布に入れると、また知り合いの店へ訪問と称し、会社をあとにした。

今日はPC長である佐久間が担当している契約書の不備是正の仕事。

金融でいう不備とは契約書の記入ミスなどを言う。

是正とはそれを直す事だ。

一緒について勉強をするつもりが、朝の会議の最中にその顧客が社内へやってきた。

仕方なく佐久間が顧客の対応をしていると、社長の怒鳴り声が響く。

「おい、何でそこの支店の佐久間の姿がモニターに映っていないんだ? また遅刻したのか?」

代わりの社員が慌てて「現在顧客の相手をしています」と答えると、納まらなかったのかまた無茶苦茶を言い出した。

「早朝ミーティングは客の訪問があろうが全員参加が基本。金融というものはすべて契約で繋がっているんだ。不備をすると言うのは犯罪と同じだ。ふざけた奴だ。その不備を許す店長も事務も同罪だ。そんなもん交代させろ。以前、金庫の中を調べなかった森という社員がいました。彼は即刻その場で懲戒免職にしました。いいか? そうなりたくなかったら、俺の言う通りに動け。分かったな」

酷い理屈である。

社長の言った通りにすべて物事が運ぶのなら、誰も苦労などしない。

佐久間は会社の為に、こうして顧客の相手をしているというのに、何故そんな事で怒られなければならないのだろうか?

次の支部長が映ると、社長の標的はそちらに移行する。

また言われた数字をクリアできなかったようだ。

「俺の守り神はな、千手観音らしいぞ。その俺にすべてをやらせるつもりか? ふざけんな、この野郎! 全部俺かー? 部長は責任持たないのか? 千の手で俺にやらせろって事か? ドブさらいから、栗拾いまですべて俺にやらせるつもりか? 貴様、そんなプライドのない仕事をするなら死ね。死ね。死んでしまえ! この奴隷野郎! おまえが自殺しないなら、俺が殺してやるよ。俺がおまえらの立場ならとっくに死んでいるぞ」

今時のヤクザでも言わないような台詞のオンパレード。

ここ一ヶ月で全国の支部長クラスが、かなり入れ替わっていた。

この会社は社長の鶴の一声のみで成り立っている会社なのだ。

今度この社長の今までの語録を、一つの小説としてまとめてみるのも面白かもしれないと思った。

俺は会議の最中、メモ帳に一語一句間違えぬよう社長の台詞を走り書きする。

「おい、おまえ早稲田出だろ? カンニングでもして入ったのか?」

頷くだけの支部長。

「おまえ、以前は大手銀行にいたんだろうが? 何の為に白髪にしたんだ? トイレ入ったら、クソを撒き散らかしてんじゃねえのか? パンツの下はインキンだろ? 靴下の中は水虫だろ? え、違うか? 契約だけが金融と貿易は命綱。契約書は酸素ボンベ。不備は犯罪。金利は貸し金の代金なんだ。それを払わない奴はパン泥棒と一緒だ。それを許していいのか?」

五十歳後半の支部長は、ひらすら頭を下げている。

「おい、貴様! 遅刻して今ここに来たのか? 遅刻した奴。おい、ブロック長。こいつ、クビにしろ。こんな人間じゃない奴と、俺は働きたくない。今すぐクビにしろ。それができないなら、今すぐブロック長を降りろ」

一回の遅刻で虫の居所が悪ければ、本当にクビにする社長。

どうも無理難題を押し付け過ぎている。

見ていて気分が悪くなるだけだ。

さらに社長の演説めいた毒舌は続く。

「愛の反対は無関心。愛の裏側が憎悪。順位がつくような競争はやめろ。とんでもない話だ。臭いものにはフタ。そんな事をしているから駄目なんだ。日教徒がやった悪性個人のピカピカ運動とは何ぞや? キャッシュフロー、プロフィット。金儲けっていうのは、一番頭のいい奴が勝つゲームです」

まるでヒットラーでも気取っているかのように見える社長。

果たしてこんな会社を俺が変える事などできるのだろうか……。

 

闇 91(金融業と酷評編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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