岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 111(授賞式と池袋の風俗編)

2024年11月22日 07時28分38秒 | 闇シリーズ

2024/11/22 fry

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処女作『新宿クレッシェンド』のグランプリ決定から一週間が経った。

池袋の副業であるSEの仕事。

再び連絡するも、一度会社まで来て欲しいと無理強いされる。

確かに自分から働かせてくれと頼み、自己都合で辞めようとしているのは事実だった。

親会社が出会い系サイトのサクラ詐欺会社じゃなければ、何の問題も無かったのに……。

憂鬱な気分のまま池袋へ向かう。

現時点では、まだ賞を取ったという実感があるだけ。

でも本の出版まで来たら、あんなところで働いているなどマスコミに嗅ぎ付けられたら、大騒動に発展するかもしれない。

すべてオジャンになる可能性だってあるのだ。

毅然として今日辞めると、明確な意思を伝える必要がある。

池袋駅西口を出て、真っ直ぐ歩く。

劇場通りに入り、左手に曲がる。

とうとう会社の前に到着。

軽く深呼吸をしてから中へ入った。

メガネを掛けた部長が、俺の姿を見るなり強い口調で「今まで何をしてたんですか!」と怒鳴りつけてくる。

「仕事へ穴を開けた事は申し訳ありません。ただ事前に状況はちゃんと伝えました」

「だからといって一週間ですよ。一週間」

「ですから…、私の書いた小説がグランプリを授賞して色々大変でしたと伝えました」

「ふー…、ちょっとそのまま待ってて下さい」

嫌な空気の中、五分ほど待たされる。

紙の大きな束を持った部長が、不機嫌そうに渡してきた。

「岩上さん、これを今日中に仕上げて下さい」

これまでの仕事量に比べると、一週間分ほどの紙の束。

「いや、私は今日多忙の為、退職すると言いに来たんですが……」

「ですから岩上さんと当社は、業務委託を結んでいるんですね? 急に一方的な都合でなんて話になりませんよ。あなたが一週間ここへ来なかった。それでどれだけの損害が出たか分かりますか?」

何故俺が会社に来ないだけで、損害がそこまで出ると言うのだ?

辞める事は許されない。

無茶苦茶な量の業務はしろ。

段々馬脚を現してきやがったな。

「損害って、私が休んでいくらの損害が出たって言うんですか?」

「五千万ですよ! 五千万」

「はあ?」

俺が一週間休んで五千万円の損害が出た?

頭がいかれているのか、この会社は……。

どういう計算でそんな損害金額を算出したのかは知らないが、要はそれを形に仕事をしろと言いたいのだろう。

「本日この業務を遂行するなら、損害金を請求しません」

「何故金を請求されるのか分かりませんが、これをやれと言う訳ですね?」

「そうです」

「これ…、一週間分の量がありますよ? これを今日一日でやれと? 無理に決まっていますよね?」

「岩上さん、当社は業務命令で伝えています。できるできないでなく、やって下さい。それが業務命令です」

何が業務命令だ、このクソ野郎……。

「やればいいんでしょ、やりゃあ」

「ええ、やって下さい」

俺は黙ったまま自分の席へ座り、作業の準備をする。

同じ部署の大友ひろしと浜田信長と目が合う。

「すみません、一週間も休んでしまって」と軽くお辞儀をすると、無視をされた。

まあこの二人からすれば当たり前だよな。

俺の勝手な都合で、二人の仕事量が増えたのだから。

まあどっちにしろ、この二人とは今日までの付き合いだ。

会社が何を考えているのか分からないが、とりあえず言われた通りして、今日で辞めてやる。

エクセルを起動し、早速仕事へ取り掛かった。

 

尋常ではない書類の量。

昼飯も食べず、一人黙々と作業へ没頭する。

無茶な仕事を依頼してきたのは会社のほうだ。

多少の打ちミスは無視して強引に仕事を進めた。

夕方六時になり、部長が傍へ来る。

「終わりましたか、岩上さん」

ジャッキーチェンの映画ポリスストーリーに出てくる署長似の部長。

話し方が妙にイラッとさせる。

「通常よりはかなり進めましたが、終わる訳ないですよね?」

「了解しました。社長が呼んでいますので、社長室へどうぞ」

浜田信長と大友ひろしは、俺と目を合わせようともしない。

巻き込まれたくないのだから当然だろう。

部長をあとをついて通路を歩き、社長室へ通される。

七三分けで髪が肩まで伸びた細身の三十代前半の社長。

細いタレ目で一言で表現するなら、オタクっぽい醜男。

「岩上さん…、あなたは当社の業務命令通りに仕事をこなせなかったので、業務委託解約するから」

何だ、コイツ?

俺は来た時から辞めたいと伝えたのに、あえてあんな面倒な事をさせてからクビという事か。

茶番もいいところだ。

「要は来なくていいと言う事ですね?」

「来なくていいとは言っていない。業務委託を解約すると言った」

「まったくまどろっこしいなあ……」

「あんたがプロレスで戦おうが、小説で賞を取ろうが、我が社には何の関係も無い」

喧嘩売ってんのかよ、このヒョロイ小僧が……。

「あ、もうだから帰っていいよ」

まるで蚊でも追い払うように、手を振る社長。

「リングの上で、また頑張ってよ。うちとは関係無いところで、せいぜいね」

横で笑う部長。

辞めるつもりではいたが、こんな連中に舐められる為に、今まで生きてきたわけじゃねえ。

「おい……」

目を見開いて、社長を睨み付ける。

「な、何だ?」

「誓約書って知ってっか?」

「何だ、突然……」

「試合する前によ? 死のうが怪我しようが一切の責任を追及しませんってもんを主催者側へ一筆書くわけだ。まあ分かり易く言うとだな…、命張って戦ってきたんだよ!」

「……」

「それをおまえらみたいな連中に軽く見られるとよ? さすがに見て見ぬふりはできねえやな」

「ちょ、ちょっと……」

「黙れっ! おまえ…、俺と同じ学校に同世代でいなくて本当に良かったな? その気に食わねえ面、毎日虐めて不登校になるまで繰り返しただろうからな」

「……」

「たまたま時代の流れで、詐欺してうまく行って金だけ手にできて、そのまで偉そうにふんぞり返って。俺が今本気になったら、おまえの命をどう守る?」

俺は右手にいる部長を見る。

「この右腕の部長とやらが、身体張って守ってくれるのか?」

右拳を突き出して、骨を鳴らす。

「悪いけど、数秒あれば俺はおまえらなんぞ、簡単に壊せるぞ? ちゃんと自分で噛んでご飯食いたいだろ? 金あってもご飯食えない身体になりたいのか?」

部長は思い切り首を横へブルブル振っている。

「いいか? 大人しく檻の中に入って一般社会に溶け込もうと生活しているんだ。頼むから、檻の中に手を入れるなよ」

「……」

二人とも黙ったまま俺を見ていた。

「確かに俺のしている事は会社とは関係ねえやな? ただよ…、命張ってやってきた事まで簡単におまえらに言われちゃよ? その暴威がおまえらに向くぞ?」

「……」

「分かるか? 戦って金をもらえる立ち位置の人間が、その暴威をおまえらに向けるって意味が?」

「……」

「口無いのかよ? だったらそんな口千切ってしまうか、おい」

まず部長へ近付き、顔の前へ右手を持っていく。

「い、いえ! す、すみません……」

コイツはもういいか。

俺は社長のほうへ向かう。

「おい、人間あんまり舐めてっとよ…。もうどうなってもいいやってなると、今これから何をされるか分かるか?」

「は、はい……」

「兄ちゃんよ? おまえ、殴り合いの喧嘩した事あるか?」

「い、いえ……」

「だよな? 多少痛み知っていたら、俺相手にこんな舐めた真似、普通はしねえよ。今から教えてやろうか?」

「い、いえ…、すみません!」

「一ヶ月ほどか? 世話にはなった。礼は言っとくぜ」

俺はそのままゆっくり歩いてビルを出た。

 

少し乱暴だったが、うまくあの詐欺会社を辞められた。

帰り道の足取りは軽い。

よく打ち合わせで話した広告代理店の権藤へ電話を入れる。

「あれ、岩上さん、どうしました?」

「あの詐欺会社、たった今辞めたところです。権藤さんには世話になったし、一言伝えておこうかなと」

報告は嘘ではないが、金だけはある会社である。

今後金を使って何かしらの嫌がらせをしてくる場合も想定し、連絡係が必要だった。

小説が賞を取った事、それによりあの会社で働く事の社会的見解からのマズさを簡潔に話す。

「岩上さん…、いや、岩上先生の言う通りですね。僕も何かあの会社へ打ち合わせ行った時、岩上先生の事で変な事を言うようなら、連絡しますよ」

「権藤さん、先生は止めて下さい。先生なんかじゃないし」

「いえ、小説で賞を取るなんて普通できないですよ」

「あはは、運が良かったんでしょうね。あの会社で不穏な何かが、俺にあったらお願いしますよ」

電話を切って池袋駅に向かう。

あのままだと後々変に意趣返しあったら面倒だな……。

何かいいアイデアはないか?

あの図に乗った詐欺会社は、逆らう事が無いよう徹底的にやっておくべきだ。

岩上整体へ戻ると映像、録音の準備をしっかりしてから、詐欺会社へ電話を掛けた。

「さっきは世話になったな、岩上だ。部長か?」

「は、はい」

ここで録音のスイッチを押す。

「今日御社の社長から、無理難題な仕事量を任され、できないから契約解除と言われましたよね?」

「あ、は、はい……」

「契約解除というより、強制解雇なんですね、あのやり方だと」

「え、あの……」

「部長では話ができないのなら、社長と電話をお代わり願いますか?」

録音中なので、あえて馬鹿っ丁寧な口調でゆっくり話した。

少しして社長が電話に出る。

「はい、電話代わりました。あのですね…、不当解雇では無くてですね……」

「今日付けで解約すると仰いましたが、それは強制解雇に値します」

「いや、だから契約解除であって……」

「その不当解雇の場合、会社都合なので、給与の一ヶ月から三ヶ月分の金額を相手に払う義務が生じます」

「い、いや、だから……」

「御社がどのようなつもりで仰ったのかは置いといて、まず労働基準監督署へこの件は伝えますので、その辺は監督署の決定に委ねたいと思います。あとですね…、御社の業務内容について、悪質な部分ありますので、知り合いの警察、そして私、知り合いの衆議院議員もいますので、健全で安心できる日本作りの為、色々報告したいと思います」

「あ、悪質って、別にうちは……」

「以前私は業務を行っていた際、セキュリティ甘かったので、証拠となるデータは別のところへ保存致しました。ですから異論ある際は、然るべきところへ仰って下さい」

ハッタリでは無かった。

詐欺会社と分かってから、俺は仕事をするふりをしながら証拠となるデータ集めをしていた。

仕事で使うサイト以外、社内セキュリティで使えないようになっていたが、俺は密かにその網を潜り抜け、データの保存に成功していたのだ。

「ふ、不当解雇かどうかは置いといて、お金を払わないとは言ってないです!」

「…と、言いますと?」

「当社へ一度来て、書類に記載してくれれば、お金はちゃんと払います」

ここで録音を止めた。

「おいおい…、敵陣の中また俺一人で来いってか? ふざけんなよ!」

「じゅ、住所を言って頂ければ、書類を送ります。こちらへ送って頂ければ、すぐにも入金致します!」

こうして数日後、出会い系サイト詐欺会社から、俺の口座に四十万の金額が振り込まれた。

 

群馬の先生がわざわざ電話を掛けてまで「鹿島神宮へ行って下さい」という言葉。

始めは胡散臭いと思い、行かなかった。

しかしまた電話があった時、何故行っていないのかと、鹿島神宮へ行っていないのを知った感じだった。

末恐ろしさを感じた俺は、たまたま岩上整体へ来たチャブーの案内で鹿島神宮へ。

当初整体の運営がうまくいかず、週三回副業をしないといけない状態まで、俺は追い込まれていた。

金を稼ぐ為に……。

それが鹿島神宮へ行ったら、一ヶ月も経っていないのに、まず四十万の金が……。

それにあと数日後にある『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』の賞金が五十万入ってくる。

つまり鹿島神宮行って、一ヶ月せず九十万の金が手元に入ってきたのだ。

あの先生、一体何が見えているのだろう?

百合子との兼ね合いで、たまたま撮れた一枚の心霊写真のようなもの。

それで初めて群馬へ行った。

『新宿クレッシェンド』を手に取り、数年後面白いとも言った。

何なんだよ、あの先生は……。

前に言われた祝詞の効果は、正直分からない。

霊障を俺が払えるとも言っていたが、そんなもん感じた事もない。

ただ、小説が世に出た。

運営資金に困っていたのに、九十万という金が生まれた。

狐につままれた気分だ。

そうだ、二時間三千円しか料金取らないくせに、俺の岩上整体開業時、祝儀で一万円もくれた。

俺は立ち上がり、群馬県の方向へ頭を下げる。

また近い内時間を作り、先生へお礼も兼ね行ってみよう、群馬へ。

 

二千七年九月十三日。

俺の三十六歳の誕生日でもあり、『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』の授賞式。

インターネットでこの事を知った島村から久しぶりに電話があった。

彼は歌舞伎町のゲーム屋ワールドワン時代の従業員で、共に働いた仲である。

授賞式が終わったあと、たまには食事でもと約束をする。

主催者側であるサイマリンガルは、首相官邸の目の前にある新霞ヶ関ビルにあった。

川越からだと、池袋で乗り換え。

必然的に落ち合う場所は池袋になった。

だだっ広いビルの中を歩き、エレベーターに乗る。

二十階のボタンを押す。

株式会社サイマリンガル社内へ通された。

「ようこそ、岩上さん」

樽谷社長が声を掛けてくる。

「こちらが岩上さんの担当編集になる今井貴子になります」

黒髪ロングヘアーでメガネを掛けた地味な女が会釈をした。

「よろしくお願いします」

うーん、全然可愛くないぞ……。

ヤッターマンに出てくるボヤッキーに少し似ているな。

そんな事を考えながら「よろしくお願いします」と返す。

「では、建前になってしまいますが、授賞の表彰式を始めたいと思いますので、こちらへ」

樽谷社長へ案内され、俺は奥のガラス張りの壁側へ移動した。

「あ、撮影もしますので、ご了承下さい」

「はい」

静寂の中、表彰状を両手に持ちながら樽谷社長は口を開く。

「岩上智一郎様、あなたは当社主催の『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』に於いて、見事授賞を果たしました。よってこの賞状をお渡し致します」

俺は頭を下げながら、両手で賞状を受け取る。

「そして賞金の五十万です。あ、税金対策で十パーセント引いてすでに納めてありますので、実質四十五万になります」

十分の一も税金で持っていかれるのか。

まあそんな事ぶっちゃけどうでも良かった。

外の景色を眺める。

まるで俺を祝福しているように思える綺麗な夕暮れ時。

「樽谷社長、この光景を映像撮ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「本当に奇麗な夕日ですよね。霞ヶ関って裁判所以外で訪れる事無かったですからね、部下の」

山下哲也の裁判以来。

あの馬鹿、最近連絡無いが、今頃どこで何をしているのだろう。

「あそこに見える工事中の建物って何なんですか?」

「あれは首相官邸ですね」

「へー、何か凄いですね……」

新宿歌舞伎町の裏稼業をしていた俺が、こんな晴れ舞台に立てる日が来るなんて……。

鶴田師匠…、見てくれていますか?

応援してくれたみなさん、本当にありがとうございます。

感無量で胸が一杯だった。

 

すべてが終わり、今後の出版にあたり出版契約書を交わす。

印税は十パーセント。

初版は一万部刷るらしい。

とうとう処女作『新宿クレッシェンド』が本になるのか……。

俺からの条件は一つだけ。

タイトルは『新宿クレッシェンド』。

これだけは絶対譲らないというもの。

「それは問題ありませんよ」

許可をもらい、タイトルはそのまま発売。

細かい話を色々していたが、夢現な気分だった。

契約書へサインをして、割印した一部を受け取る。

帰り際、樽谷社長が話し掛けてきた。

「岩上さん、今怖いほうのグランプリもやっているじゃないですか」

「ええ」

「岩上さんの作品と、もう一つキャップストーン…。まだ一次選考の段階なんですが、この二つのどちらかで決まりじゃないかってなっていまして……」

「え……」

『第一回世界で一番怖い小説グランプリ』も、ひょっとしたら取れるかも……。

「そこでですね……」

社長が話を続ける。

「はい」

「当社の賞は新人門戸解放の意味合いがありまして、岩上さんはクレッシェンドで賞を取っています。なので、もしこっちもグランプリを取った場合、辞退して頂きたいんですね」

両方は無理という事か。

「あ、それなら今すぐ『忌み嫌われし子』を辞退しますよ。ただこちらの作者はという形で、一言添えて下さいね」

「いえいえ、審査は公明正大にします。なので取った場合にはで大丈夫ですよ」

いまいち樽谷社長の言う意味合いが分からない。

だがここで言い合いになっても得はしないから、適当に相槌を打っておく。

今すぐ辞退したほうがいいのに、グランプリ取ったら辞退って、何でだろう?

まあこれは周りに公表できないよな……。

サイマリンガルを出て、池袋へ向かう。

島村に会うのは本当に久しぶりだ。

 

「お久しぶりです、岩上さん」

金髪になった島村が、池袋駅西口で出迎える。

「ごめんね、結構待ったでしょ?」

「いえいえ、俺も来たところですよ。あ、これ、どうぞ」

そう言って島村は祝儀袋を渡してくる。

「いやいや、もらえないよ」

「いえいえ、せっかく用意したのでもらって下さい。整体の開業分と小説の賞を取った両方の意味合いになりましたが」

俺より一つ年上の島村は、現在池袋でインターネットカジノという新しいジャンルの仕事をしている。

名義人兼社長を務めている為、当時この店を任されたという理由でワールドワンを辞めていった。

俺が総合格闘技へ出たのが二千年ちょうど。

そのあとの話だから、二千一年。

あれから約六年の月日が流れ、島村は未だその店で働き、俺は岩上整体を運営しつつ、小説が本になる。

俺にとってこの六年は、とても濃密な時間を過ごしたのだろう。

それまでずっとゲーム屋だけだった裏稼業。

裏ビデオ屋もやり、ピアノ、パソコン、小説、風俗、サラリーマン、岩上整体と、本当に滅茶苦茶な事をした。

「岩上さんは相変わらず凄いっすねー」

「何が?」

「整体を開業というだけでも驚いたのに、今度は小説でしょ? 俺と一緒に働いていた頃は、総合格闘技も出て」

「いや、ほんとその時その時をただ我武者羅にやってただけだよ。結果は運がいいだけ」

「もうリングは上がらないんすか?」

二十九歳の総合格闘技が、俺にとって最後のリング。

今日で三十六歳になったから、七年前になるのか……。

以前PRIDEの件で、上がるリング無くなるぞと威圧を掛けられて以来、もう戦う事は無いと思っていた。

あの時勢いでまた価値を上げて、いつか立ってやるなんて嘯いたけど……。

群馬の先生に言われたもんな。

俺が戦う道を選ぶと、雷電が袖を引っ張って邪魔をすると……。

全日本プロレスの時は、同級生の大沢に。

総合格闘技の時は、今や戸籍上母親となった加藤皐月に。

また戦うか……。

いやいや、整体に全日本プロレスやプロレスリング・ノアが来たけど、リングへ上がるなんてまるで無関係だったじゃないか。

ミスター雁之助や鍋野ゆき江などの現役プロレスラーと関わっても、戦う話すら出ない。

俺は、またリングへ上がって戦いたいのか?

三十歳になって始めたピアノ。

ドビュッシーの月の光を川越市民会館で演奏した事で、満足できた。

小説は賞を取れ、今日の授賞式で一区切りついたばかり。

あとは校正作業を行い、書籍化するのみ。

戦う事だけなのか、中途半端な結果で終わり、不完全燃焼なのは……。

「あれ、どうしました、岩上さん?」

「ん、いや……」

誰にも試した事の無い俺の秘技『打突』。

これさえあれば、俺はまだ強い。

よせよせ、また絶対に何かしらの邪魔が入るんだから……。

もう鍛えても無いじゃん。

「お腹減ったから酒でも飲みながら飯食おうよ? もちろん俺が出すからね」

小説を世にこれから出すんだろ?

校正作業がこれから始まるんだぞ。

何故戦うという事が、ここまで頭の中で渦巻いているのだろう。

 

食事を終え、食欲を満たす。

そうなると必然的に性欲。

「島村君、俺が奢るから風俗行こうよ」

「えー、俺はいいすよ」

「行こーよ、行こーよー」

「分かりましたよ」

ソープランドが並ぶエリアへ向かう。

しかし店へ入っても待合室は満席で、早くて二時間待ち。

他の店へ行っても同じような待ち時間だった。

「今日は大人しく帰れって事なんですよ」

「えー、やだなー」

「ほら、岩上さんは川越で患者さん待ってんでしょ」

「今日は授賞式あるって分かっていたから休みにしてるの」

池袋北口を出た先の繁華街を彷徨き周る。

一軒ソープランドを見つけた。

『入浴料総額一万円』。

こういうのって確か三倍だったっけ?

賞金もらって金はある。

「よし、島村君、ここで最後! 奢るから行くよ!」

「いやいや、自分はもう帰りますよ」

「えー!」

「岩上さんお一人で、楽しんできて下さい」

島村は何故か逃げるように帰っていく。

ここまで来たら収まりがつかない。

俺は一人で、ソープランドへ入った。

 

誕生日、授賞式、ソープランド。

違う。

間に島村との再会と酒も入っているのだ。

飲む打つ買うというが、酒を飲む、博打を打つ、女を買う。

俺はまだ酒しかしていない。

博打を打っていないので、女を買うぐらいいいだろう。

小さな窓口に向かって「いくら?」と聞くと、「総額一万円てす」と言われる。

え、本番できるソープランドで一万円ぽっきし?

「安くないですか?」

「うちは優良店ですから」

顔がしわしわのおばさんが、ニコリと微笑む。

「じゃあ、これ一万円」

中へ案内される。

十畳くらいのそこそこ広い部屋。

お風呂も大きい。

「ここでお待ちになって下さいね」

俺はベッドへ腰掛け、セブンスターに火をつける。

煙を吐き、女が来るのを待った。

 

五分は経ったよな?

二本目のタバコに火をつける。

島村の奴め…、付き合うって言ったくせに土壇場で逃げやがって……。

九月中旬なのにまだ暑いよな。

早く低めの温度の風呂でも入って、女を抱きたい。

ドアが開く。

「……」

頭に白い三角巾みたいなものを乗せた五十…、いや六十代の女性が入ってくる。

掃除のおばさんが間違って入って来たのだろう。

「すみません。自分…、客なんてすけど」

そう言うと、掃除のおばさんはいきなり上着を脱ぎ出して「ええ、私めがお相手させて頂きます」と近付いてきた。

えー、何この展開……。

俺は慌てて立ち上がり「脱がなくて結構です。本当に結構です」と大声で叫んだ。

「え……」

「いや…、今日暑いじゃないですか? 俺、純粋にお風呂に入りに来たんです!」

湯船へお湯を貯めて、三本目のタバコに火をつけた。

何この状況は?

早くお湯貯まれよ!

早く!

半分くらいまで貯まると、俺は服を脱いで湯船へ飛び込んだ。

チラリとおばさんを見ると、服に両腕を掛けている。

「あーっ! 待って待って! 脱がなくていいですから! 俺、一人でゆっくり入りたいんですよ!」

おばさんの脱衣を必死で止める。

誕生日に何をしてるのだ、俺は……。

「じゃお背中くらい私が流しま……」

「あー、大丈夫です。俺、乙女座なんで、肌弱いんですよ! もう上がるから大丈夫です!」

ろくに身体についた水滴も拭かず、濡れたままスーツを装着した。

「あー、さっぱりした! じゃ、どうも!」

俺は部屋を出ると、走ってソープランドを飛び出した。

 

島村の奴め、逃げるように帰るくらいなら、ちゃんとこの店の正体を言えよ!

生きた心地がしなかった。

何、あの頭に三角巾みたいの乗せて……。

天国から地獄に落ちるところだった。

このまま帰るのは、何か悔しい。

まだ半渇きのスーツを乾かす為に、ブラブラ一人で彷徨い歩く。

ん?

花魁?

おさわりパブ?

ここなら三角巾とか被っている女いないよな?

口直しだ。

入っちゃうか!

薄暗い店内を案内され、畳が引いてある部屋へ着く。

二十三歳の美人な女が隣に座る。

胸揉んでもいい店だもんね。

俺は着物の中へ、腕を優しく滑り込ませる。

「あの、一杯頂いてもいいですか?」

「何杯でも飲みな」

俺の頭は性欲に支配されていた。

「ねえ、お兄ちゃん」

「何?」

「私、ここ朝六時まで仕事だから、終わったらホテルで一緒に過ごしたいな」

「ホテル?」

「うん、だからそれまで、ここに一緒にいてくれる?」

「全然いいよ!」

三十六歳になり最初の相手が二十三歳……。

二分の一の年齢じゃん!

俺はしこたま酒を飲み、かなり酔いつつ朝六時まで頑張った。

会計二十五万掛かった。

賞金が半分以上無くなってしまった……。

まあいい、このあと二十三歳をしこたま抱けるのだから。

「着替えとかあるから、十五分くらいしたら、電話ちょうだいね」

「うん!」

外に出て、タバコを吸いながら時間を潰す。

時間になり、二十三歳へ電話を掛ける。

『電源が入っていない為掛かりません。電源が入っていない為掛かりません……』

「うがー、あのアマ!」

俺は荒れ狂ったが、店はとっくに閉まっているし当たりどころが無い。

とっとと川越へ戻り、オナニーをして寝た。

 

 


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