岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 112(読売新聞と2007年川越祭り編)

2024年11月22日 21時32分57秒 | 闇シリーズ

2024/11/2

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呪われた三十六歳誕生日兼授賞式。

いや、俺の選択ミスに過ぎない。

別に呪われてなどいないのだ。

馬鹿じゃないのか、あんなくだらない飲み方で賞金の半分以上失い、挙句の果てに飲み屋の女には騙されて。

翌朝、酔いが覚めた俺は、猛反省した。

今までの失敗を思い出せ。

そして二度と同じ轍を踏みないようにしなければ……。

まずお袋と親父を離婚させる為に、早く社会人になりたいと、安易に自衛隊へ入った事。

ここからすべての間違いが始まった気がする。

ちゃんと大学へ進み、青春を謳歌しながら勉強すれば良かったのだ。

次に探偵はまだいいとして、誘われたからという理由で深く考えずに広告代理店の平子のスリーエスカンパニーへ入った事だ。

あいつ、当時まだ十九歳だった俺から初任給をたかるわ、家の車を利用するわ、四十万もするワープロ買わされるわ、ロクな人間じゃなかった。

払わない、利用させない、買わないの三原則で被害に遭う事はなかったはず。

その次は変な教材売りの仕事である。

同じ課の大木凡人に似た十歳年上の大和。

あいつ、給料入ったら払うからと、俺のクレジットカードで毎日のように酒を奢らせ逃げやがった。

あんなくだらない事で、俺は借金を背負う羽目になったのだ。

金が無いなら払わず追い返す。

それさえやっていれば良かったのである。

全日本プロレスの時は、すべて大沢史博だよな……。

あの酒乱の馬鹿と付き合っていたから、全部駄目になった。

駄目な奴は、懲りないからやっぱり付き合ってはいけない。

まだここまでで二十歳だろ?

俺、どれだけ都合よく利用され、騙されているんだよ?

もうこれはちょっとしたトラウマだよな。

止めよう、過去の事は……。

神経がおかしくなるだけだ。

最近での事を思い出して、反省を踏まえ、同じ過ちはしないよう心掛ける。

さあ、記憶の扉を開けろ。

あ、最近だと、あの定食屋のおばあさんだ。

湯遊ランドの先にある雑居ビル五階で定食屋をしていた十六夜。

下の階がおさわりパブで、しつこくスタッフが外で待機しているから、立地条件は最悪だし、客足も悪かった。

それでも俺は、おばあさんの作る料理が美味しくて通った。

東証一部上場企業SFCGのサラリーマン時代。

いい店だからと百合子も連れていき、娘の里帆と早紀まで連れて応援した。

ある日いつの間に連絡先を交換していたのか分からないが、十六夜のおばあさんから百合子へ連絡があった。

「ご主人様もできれば一緒に」と言われ、近所の喫茶店『大正館シマノコーヒー』で待ち合わせ指定された。

嫌な予感はした。

俺と百合子は大正館で待っていると、十六夜のおばあさんが現れる。

用件を聞くと、「経営ご行き詰まっています。お願いします、お金を貸して下さい!」と大声で叫ばれた。

断っても「お願いします、お願いします」と泣きながら連呼。

結局金を貸す羽目になった。

後日、映画ホームラン劇場の櫻井さんから聞いた話だが、「あのババア、パチンコ屋にいやがった」と聞く。

何でも櫻井さんも十六夜のおばあさんに引っ掛かった口らしい。

知り合いの店で泣き落としされたら、断るのは至難の業である。

ただ味が気に入って数回通っただけの飲食店なのである。

大して親しくないのにわざわざ呼び出すなんて、ロクな事が無い。

だからあの時は、おばあさんと会う約束をしないが正解か。

色々反省を踏まえ、俺は岩上整体を今日も開ける。

 

一つ年上のスガ人形を継いだ須賀栄治さんから、食事の誘いがあった。

クレッシェンド第二弾『でっぱり』を書くきっかけになった先輩である。

以前お囃子の雀會騒動の時利用した近所のポケットマネーへ行く。

俺と栄治さん以外に、もう一人知り合いを呼んでいた。

読売新聞の記者、秋田。

栄治さんは賞を取った俺に、良かれと読売新聞記者を紹介してくれたのだ。

現在整体を経営しながら、小説でも賞を授賞。

過去に全日本プロレスや総合格闘技にも出場。

記事の特集を組みたいと言ってくれる。

「いいですか、岩上さん。記事には旬というものがあります。岩上さんの場合、色々やってきたのは分かりますが、旬としてはやっぱり小説になります。これから本を出す訳ですしね」

「ええ」

「読売新聞の関東版のみになりますが、岩上さんの特集記事を考えています」

「ありがとうございます!」

「ただですね…。その出版社、サイマリンガルでしたっけ? そこが読売のデータバンクに引っ掛からないんですよ」

俺は秋田へサイマリンガルのホームページを教え、現在も『第一回世界で一番怖いグランプリ』を開催中で、俺の作品『忌み嫌われし子』が一次選考を通過中というのを伝えた。

「もし、岩上さんがそちらの賞も取ったら、とても面白いですね!」

秋田はさらに興味を覚えてくれたようだ。

第二次選考もあと数日後に発表。

樽谷社長の台詞を考えたら、俺の作品は最終選考までは通過するはず。

俺のか『キャップストーン』かと、社長自身が言っているほどなのだ。

秋田は「調べて記事の参考にさせて頂きますね」と帰っていく。

新聞に、俺の特集記事が載るかもしれない……。

このような場を作ってくれた栄治さんへ、心からお礼を述べた。

俺はサイマリンガルへ連絡し、読売新聞の一件を伝えておいた。

 

もうそろそろ毎年恒例の川越祭りが近付いてきた。

祭りに参加する川越市民はこの時期になると、みんなソワソワしだす。

飲食店も同様だ。

とにかく集まる人の数が凄い。

売上も半端じゃないのである。

我が町内連雀町信号交差点からすぐ近くにあるどさん子ラーメンのマスターも、川越祭りに備え張り切って料理の仕込みをしていたようだ。

天ぷらを作りながら、一瞬厨房から離れた時、火事は起こった。

油を使っていたせいか火事は拡大し、どさん子ラーメンは全焼した形で鎮火。

 

1 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

打突2007/2/7格闘技、プロレスに関する自分の思いを自己満足でひたすら書きましたそしたら800枚を超える作品になってしまい、当時はクレッシェンド第三弾として書いてい...

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俺は小説『打突』でどさん子ラーメンモデルのサザン子ラーメンという名で、そのままを文章にして描いていた。

もしこの作品が世に出たら、いい宣伝になるだろうと……。

何度ここへ足を運んだ事だろう。

大好きだったマスター特製ガーリック丼。

江戸っ子気質のマスターは、火傷を負って埼玉医大へ運ばれたようだ。

川越祭りを前に、大好きだったどさん子ラーメンは無くなってしまう。

まだ『新宿クレッシェンド』の報告も、していなかったのに……。

 

どさん子ラーメンの焼け跡をしばらく眺めた。

残った残骸を見ながら、そこまで広くもないこの場所で、マスターは何十年もここでやってきたんだなと思った。

妹代わりのミサキを連れて行った時が一番面白かったなあ……。

「夜中にラーメンなんて、太っちゃうよー」

「いいからいいから。一度はおまえを連れて行こうと思っていたんだよ」

俺は小説『打突』を印刷して本にしたものをマスターへプレゼントしようと、ミサキを連れてどさん子ラーメンへ顔を出す。

初めて小説を書いて『新宿クレッシェンド』、『でっぱり』と完成させ、三作品目に『打突』を書き始めた。

約三ヶ月の執筆期間を経て『打突』を書き終える。

一番始めに読んでくれたのが、TBB整体の島田先生だった。
「何て言ったらいいんですかね…。いつも岩上さんが話している事を書いているだけなのに、読んでいく内に、ボディーブローのように何かこう…。うまく言えないけど、私はクレッシェンドより、でっぱりより、この打突が一番いいです! でもこれは男だけにしたほうがいいですよ。読ませるのは……」

途中途中でどさん子ラーメンのマスターも出てくるので、是非とも読ませたかったのだ。

二千四年の頃だからもう三年前になるのか……。

まだあの時の事は鮮明に覚えていた。

ミサキを連れて中へ入る。

「おう、岩上さんいらっしゃい! おう、奥さんも一緒かい」

「いやいやマスター、俺結婚してないじゃないですか」

「おう、そうだったね。わりーなー岩上さん。彼女さんにライス一杯サービスしちゃうよ」

カウンター席には左端に強面な五十代後半のオヤジと奥さんらしきカップル。

入口手前にはメガネを掛けただらしなくパーマの伸びた髪型の五十代オヤジが、ラーメンをズルズル啜っている。

俺とミサキはその中間地点に座った。

「何にしましょ」

「えーと、俺はウイスキーに、ミサキはビール? ビール一つ。あとですね、ガーリック丼二つに餃子二つもらえますか」

「おう、任しとき!」

マスターが酒を出し、俺たちの料理を作っていると、右隅にいたパーマメガネオヤジが酔っ払って「あのヤクザの田中がよー」と叫ぶようにグダを巻きだす。

そこへ左隅にいた強面のオヤジが反応した。

「おい、おまえ! 俺が昔世話になった田中さんを呼び捨てとは、どういう了見だ、おいっ!」

俺たちの背後を通り過ぎ、掴み掛ろうとしたので、しょうがなく止めに入る、

「まあまあ、おじさん。相手酔っ払っているし、相手にしちゃ駄目ですって」

「悪いなあ、兄ちゃんよ。この野郎が世話になった人を呼び捨てになんぞしやがるからよ」

「それは気分悪いですよね。でもマスターの店だし、ちょっとだけ抑えましょうよ、ね?」

「あ、ああ…。兄ちゃんの言う通りだな。悪いな」

何とか宥め、席へ戻そうとした時だった。

「おい、田中を田中って言って、何が悪いんだよっ!」

メガネオヤジがまた絡みだす。

強面オヤジは俺を振り切り、近づく。

「おまえ、二度もまた呼び捨てにしやがったな? この馬鹿やろうが!」

そう言いながら、メガネオヤジの後頭部を張り手で思い切り叩いた。

勢いでメガネが外れ、ラーメン丼の中へ落ちる。

後頭部を押さえながらパーマオヤジは立ち上がった。

「おまえ、人様の頭を引っ叩きやがったな? 上等だ! 表出ろ」

「おう、出てやらー」

強面オヤジも応戦する気満々。

マスターは、目の前で起こっている店内の様子をまるで気にせず、餃子を焼いている。

「ちょっと待てぃ! その前にメガネ、メガネ……」

メガネをラーメンの中に落としたパーマオヤジは視界がよく見えないようだ。

必死にメガネを探しているが、ラーメンの中に沈んでいるので見つからない。

ミサキはその様子を見て、ビールを吹き出していた。

俺は割り箸を使ってラーメンからメガネを拾い、パーマに渡してあげた。

そのまま外へ誘導し、「おじさん、もう俺が代金払っておくから帰りなよ」と諭す。

「何だと若造が!」と右腕を振り上げたので、手首を掴んで強引に下げる。

「何だ、この野郎が……」

一生懸命腕を上げようとするが、俺が力で抑えているので動かない。

すると「お兄さん、力あるね…」と少しだけ冷静になる。

「ええ、あなたの数倍ありますよ。だから俺が大人しく言ってんだから、大人しく帰りましょうね」

「はい!」

パーマオヤジが素直に帰ろうとした瞬間だった。

「やいやい、待ちやがれ!」

見るとマスターが入口に怒った顔で立っている。

「ラーメンと酒の代金、しめて千六百二十円、耳を揃えて払いやがれ!」

せっかく騒ぎをまとめたところなのに、マスターまた火をつけるような真似を……。

俺はマスターの傍へ駆け寄り、「俺が会計払うから、帰れって言ってたところなんですよ。マスター、あの人の分俺が払いますから、抑えて下さい」と二千円を手渡す。

すると突然抱きつきだし「岩上さん、俺はあんた好きだー!」と大声で叫んだ。

ミサキは涎を出しながら腹を抱えて大笑いしている。

そのあとでちゃんと『打突』も読んでくれた。

「岩上さん…。文章はちょっと雑だけど、いいもの書くなあー……」

そう言って本を大事に扱ってくれたマスター。

ずっと大切にしていたお店が一つ、無くなってしまったんだなと実感した。

あの時よく一緒にいたミサキも今は沖縄。

時代の流れというものを感じる。

 

川越祭りが開催される。

いつの間にか十月第三土日になった川越祭り。

もちろんこの二日間は、岩上整体を休む。

いつも祭り時に合わせ、連繋寺境内にお化け屋敷がたった二日間の為に恒例で作る。

俺が子供の頃は隣に見世物小屋もあったが、人種差別やらそういったものがうるさくなり、いつの間にか無くなってしまう。

去年は百合子の娘の里穂が遊びに来たので、一緒に回った。

百合子と別れた今、まったく連絡を取らなくなる。

あれだけ俺に懐いていた里穂。

気にならないと言ったら嘘になる。

百合子も誘って祭りに出た去年。

もうあれから一年が経つ。

顔にパックを塗り、乾いたらアクリル絵の具でペイントしていく。

髪の毛には水性のカラースプレーを掛ける。

俺は祝儀袋を二つ作り、お囃子の雀會、そして連々会へ渡す。

連雀町の着物を着て、連繋寺斜め向かいにある栗原名誉会長宅へ向かった。

この格好で歩いていると、様々な通行人から写真を撮らせてくれと頼まれる。

特に外国人の喜びようは凄い。

名誉会長は自分の自宅の一階を開放し、畳を引いて様々な料理や酒を準備する。

寿司屋にあるカウンター式の冷蔵庫まで置いて酒を冷やし、セブンイレブンからおでんの容器ごとレンタルする徹底ぶり。

ここ数年では全日空のパイロットである中川さんも連雀町へ加わり、多額の寄付金を出したと聞いた。

俺は栗原名誉会長と世間話をしながら酒を飲む。

「あれ、会長。これって何のお面なんですか?」

「これはオロチの面のといって、能面師が作ったもので三十六万するんだよ」

「へえ、凄い高いんですね」

隣の和菓子屋の始さんのところは、てんてこ舞いで忙しい。

それでも会長宅や雀會や連々会の詰所へ、大量のいなり寿司と海苔巻きをトレイごと作って運ぶ。

連雀町の山車が町内を軽く動く。

土曜日は大人しく、日曜日が本番だ。

人混みを掻き分けながら雀會詰所へ向かう。

祭りじゃないと顔を合わせる事のない人間も多数いる。

できれば顔見せくらいしておきたい。

後輩の金子修一も、岩上整体に来るからこそ最近では会うようになったが、例年通りだと川越祭りくらいしか顔を合わせる機会がない。

「智一郎さーん」

雀會メンバーの織江と圭子が近寄ってくる。

「小説おめでとうございます! 智一郎さん、私たちの映像取ってネットに載せて下さいよ」

「別にいいけど。ただ載せたら、あとになって消しては無いからね」

「大丈夫でーす」

映像を撮りながら、馬鹿な物真似をする二人。

言われた通り載せる事は載せるが、あとで年取ってから「消して下さい」って頼まれても絶対に削除なんてしないと心に誓った。

途中から同級生の飯野君も合流。

各場所を周り酒を飲み歩く。

細かいところにも気を遣う飯野君は連々会にも祝儀袋を渡している。

「そんなうちの町内に祝儀なんていいのに」

「いやいや、そういう訳にもいかないですよ」

会長宅で酒を飲みながら、土曜日を終えた。

 

本番の日曜日。

何故本番かというと、各町内の山車が川越の街をそれぞれ動くのだ。

祭りの間、川越の中心部は、すべて車両の通行を封鎖する。

山車と山車が鉢合わせると、正面を向き合ってお囃子や踊りを競い合うひっかわせを行う。

山車は二本の綱で引くが、その町内に所属するか、もしくは会員の推薦が無ければ中へ入る事すらできない。

昼間は川越市役所へ、その年出ている山車が全集合する。

夜は予め決められてはいるが、コースに沿って山車を引く。

よく祭りに参加もせず、酒だけ飲んで偉そうな事を言う人間はいるが、まったく話にならない。

強制的に参加する事はないが、せめて一生懸命祭りに参加して頑張っている足を引っ張って邪魔するのだけは止めろと思う。

二日で百万人近い人数が集まるのは、みんなこの山車を見に来ているのだから。

連雀町の山車の上で後輩の金子修一が踊る。

彼は普段物静かで地味だが神楽もやっていて、以前俺の親父が大蛇の面を被り、修はスサノオ役で演舞した事があるそうだ。

今度岩上整体に顔を出したら、とっ捕まえて強引に口へ肉を詰め込んでやろう。

始さんの同級生である松永さんも、祭りではハッスルする。

早く長子と責任取って、くっついてしまえばいいのにと思う。

スナックで働く先輩の知子も、祭りでは雀會として太鼓を叩く。

百メートル歩くのに一時間は掛かる人混みの中を山車は練り歩き、最後は各町内へと戻る。

夜の十時には交通規制の解除。

これでようやく川越祭りは終わりを告げる。

俺は飯野君とぼだい樹へ飲みに行く。

彼はさつまいもスティックを美味しそうに頬張っていた。

 

ようやく『新宿クレッシェンド』の校正作業が始まった。

岩上整体に大きな郵便物が届き、中を開けると原稿だった。

俺の書いた小説を添削したものが、出版社から添削されて送られてきたもの。

「何だ、こりゃ?」

思わず声が出る。

原稿用紙では四百字詰めで二十字、二十行。

俺の原稿スタイルは四十字、四十行。

原稿用紙の四倍の量で小説を書いている。

サイマリンガルから送られてきた原稿は三つに別れていて、一つは三十字、三十行。

二つ目は四十字、三十行。

最後の三つめは三十字、四十行に印刷されていた。

添削された原稿と、自身の小説のページ合わせに、どこかなのか非常に分かりにくい。

何故こんなバラバラに印刷したのか、担当編集の今井貴子へ電話を掛けて文句を言う。

「うーん、もう印刷して送ってしまったので、何とかその原稿で修正をお願いします。文字数や行数がバラバラなのは添削する人間が三名いるので、それぞれ勝手にやってしまった事でしょう」

そう言われただけだった。

頭が悪いのか?

俺の文字数と行数に予め合わせて印刷すれば、済む話なのに……。

他にも不満点はあった。

文章の中にドビュッシーという言葉を使う部分がある。

そこを赤文字で『ドビッシー?』とか間違って添削されているのだ。

俺は川越市民会館で、ドビュッシー作曲月の光を演奏したくらいだぞ?

ドビュッシーの名前を書き間違える訳ねえだろ。

苛立ちが増す。

こちらのミスでの誤字脱字なら分かる。

添削側が意味不明な間違いをしてどうするんだよと思った。

描写に赤文字で添削され、納得できない時は編集の今井と話し合う。

明らかに矛盾した描写なら分かるが、ここの描写を違う形にしろは無理だし嫌だ。

こうやりながら校正作業は進んでいく。

「岩上さん、実は私、怖いほうの選考委員もやっているんですよ」

ある日今井貴子は俺にそう言ってきた。

「いや、そういうのこっちに言うの止めてくれない? 何か不正しているみたいで、本当に嫌だ。あのクレッシェンドの授賞式の時の樽谷社長のグランプリ取ったら辞退してくれとか、ちょっと言っている事がおかしいんじゃないかと思う時がある」

正直にそう告げる。

小説を一から自由に書くのは楽しい。

だが、書いた文章を見直して訂正していくのは地獄だった。

来た患者を診つつ、合間合間で校正作業を地道に続け、ようやく終わる。

今井に連絡すると、この校正作業は最低でも三回やるようだと言われた。

「こんなのそっちで全部やってよ」

「いえ、これは作者自身がやらなければいけない作業です」

あと二回もこんな事やらないと、本にならないの?

うんざりしたが、避けられない作業。

訂正した小説のデータをメールで送るが、一回目で憂鬱になっていた。

 

怖いグランプリ二次選考の日がやってくる。

先日須賀栄二さんから紹介してもらった読売新聞記者の秋田。

彼にもこの事は伝えてあるので、きっと結果を見てくれているだろう。

関東版とはいえ、読売新聞に俺の特集記事が載る……。

犯罪でも犯さない限り、中々できない事だ。

サイマリンガルのホームページを見ると、意味不明な事が書いてある。

『本日第一回世界で一番怖い小説グランプリ二次選考を行う予定でしたが、当社多忙の為、このままクリスマスイブまで持ち越し、そこでグランプリを決定したいと思います サイマリンガル編集部』

「何だ、そりゃあーっ!」

思わずパソコンの画面に向かって怒鳴りつけてしまう。

ふざけんなよ……。

読売新聞もこれを見ているんだぞ?

俺は何度も出版社へ伝えたよな、特集の記事が新聞に載るかもしれないと。

何でこんなふざけた事をできるんだ?

俺は自分で選考委員をやっていると言った担当編集の今井貴子へ電話を掛けた。

「今井さん! 何なんですか、あの発表は?」

「当社が多忙につき……」

「自分たちで今日二次選考を発表するって、事前に告知したんでしょ? 何が多忙につきだよ? 読売新聞の記者も、これ見ちゃってるよ? おかしいだろ!」

もうとにかく責め立てた。

「ですからクリスマスイブにはグランプリを決定すると……」

「だから…、そうじゃねえだろ! 今日二次選考を発表するって謳っていたんだから、今日中にやれや!」

怒りに任せて電話を切る。

しかしその日も次の日も、サイマリンガルはホームページを更新しなかった。

何なんだよ、あの会社……。

岩上整体のドアが開く。

ゴリが顔を出すが、入って来る前に「今本当に忙しいから!」と怒鳴りつけ帰した。

心に余裕が無いな、俺は。

翌日になり、どうせ変わっていないんだろと諦めの境地で、サイマリンガルのホームページを見る。

「……」

『やはり第二次選考をやりました。通過者はこちらです……』

当て付けなのか、俺の『忌み嫌われし子』は落選扱いにされていた。

頭に血が上る。

あの授賞式の時社長自ら言った台詞。

現時点で『忌み嫌われし子』か『キャップストーン』のどちらかしかないと……。

通過者の中に当然『キャップストーン』のタイトルはあった。

喧嘩売ってんのか、あのクソ会社は?

俺とサイマリンガルの間にできた溝。

この一件が影響したせいか、読売新聞関東版の俺の特集記事は消滅した。

 


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