岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 67(ゴリ横田ルミ子事件編)

2024年10月15日 08時18分59秒 | 闇シリーズ

2024/10/15 tue

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ゴリと別れ、百合子と共に部屋へ戻る。

昨夜の岡部さんたちとの事を聞かれたが、女系の店へ行ったのは除いて寿司屋や焼き鳥屋の話だけをした。

百合子は優しいが、かなりのヤキモチ焼きである。

自分の異性と話をしただけで、機嫌が悪くなるのだ。

近所の昔からの同世代の異性と道ですれ違い、ちょっとした世間話をするだけで荒ぶるのを理解していたので、余計な事は言わないほうがいい。

携帯電話が鳴った。

出ようとすると、すぐ切れる。

誰だ?

着信履歴を見ると、昨日岡部さんたちと行ったフィリピンパブのザイラからだ。

「あれ、誰から?」

「仕事の件…。どうせ大した用件じゃないんでしょ、ワンコールで切ったくらいだから」

適当に誤魔化す。

そういえば先輩の小沢さんが以前言っていたよな……。

フィリピン人は電話代をケチるから、必ずワンコールだけして相手から電話を掛けさせると。

本当に何も無いんだから勘弁してくれと心の中で願う。

念の為、着信音量を消しておくか。

思った通り、またザイラからワンコールの着信が入る。

「百合子も明日仕事だろ? もう今日は寝よう。明日は栄子ちゃんとの約束もあるし」

「智ちん、腕枕」

「はいはい」

うまく誤魔化せたけど、ザイラの奴、本当にふざけんなよ。

俺たちは深い眠りにつく。

 

痛みで目を覚ます。

もう明るい、朝か……。

突然火花が散る。

起き上がると、百合子が怒った表情で睨んでいる。

俺は百合子に平手打ちされて目を覚ましたのか。

「何だよ、突然……」

百合子は俺の携帯電話を手に持ちながら口を開く。

「何…、このザイラって……」

あいつ、寝ている時も何回かワンコール切りをしていたようだ。

どうする?

やましい事は何一つ無い。

ここはフィリピンパブの件だけ正直に言うのが懸命だ。

俺は新宿から川越へ戻り居酒屋で飲んでいたら、小沢さんがどうしてもフィリピンパブ付き合ってほしいと強く言われ、断れなかった話をする。

そこで先輩たちと会話中、ザイラに携帯電話を勝手に取られ電話番号を打ち込まれた説明をした。

「ほんと何も無いから。やましい事は何もしていない」

「消して」

「え?」

「その人の番号すぐに消して」

「はい……」

朝から不穏な空気が流れる。

お互いこれから仕事なので、このままじゃいけない。

俺は何とか百合子の機嫌が直るよう気を使い、仕事へ送り出す。

「俺も仕事終わったら真っ直ぐ戻ってくるから、百合子は栄子ちゃんとのほう頼むね」

百合子は返事もせず、ツンと済ました顔で車を発進させた。

 

新宿歌舞伎町へ行き、ガールズコレクションのシャッターを開ける。

掃除を済ませ、コーヒーを淹れる。

少しして杏子が入ってきた。

「岩上さん、おはよう」

「ああ、おはよう。今日も一日お願いね」

「昨日、杏子が帰る時、岩上さんいなかった」

俺は地元の先輩たちが来て、少しだけ早く上がる説明をする。

「その日の日当もらうのは杏子、岩上さんからがいいなー」

「仕方ないでしょ…。俺にもたまには都合あるんだから」

昼から面倒臭い杏子を待機所へ促して行かせる。

今朝百合子と揉めたばかりなのだ。

これ以上変な火種になる事は避けたい。

彼女を見送ってから、俺に対する依存度が気になる。

こんな仕事内容なのが、百合子にバレたら一気に修羅場だ。

細心の注意を払わないと……。

情報館から来た客を捌きつつ、新しいキャンペーンのアイデアを捻る。

まあ俺が何をしたところで、実際客についた女の子がまた客をリピートで呼べるかどうかだもんな……。

ホームページの更新を済ませ、小説『とれいん』の続きを執筆した。

この日唯一の救いは、當真が馬鹿な事をしなかったくらいである。

 

仕事を終え、地元へ戻ると百合子が待っていてくれていた。

そのまま栄子との待ち合わせ場所へ。

「以前は百合子が色々とお世話になりました」

愛和病院の時のお礼を言う。

気さくな性格の栄子は明るい。

話はすぐに直子の件になった。

「うーん、彼女をそのゴリさんって人に紹介するのはいいんだけど……」

何か言いたげな栄子。

「え、何かあるの?」

「いや…、それがね……」

横目で百合子を見る。

「直子さん、智さんみたいのがすごいタイプなのよ。ほら、前に全日本プロレスいた事とか、この間、警察に捕まった話とかをよく彼女から聞きたがるの。私の友達の彼氏だから駄目だよと何度も言っているんだけどね」

百合子の表情が曇る。

「そうだよ。俺は百合子一筋だからね。その直子さん、何とかゴリへ紹介ってできないかな?」

「そもそもゴリさんってどんな人なの?」

「うーん、悪い奴じゃないんだよ。ね、百合子も昨日初めて会ってそう思ったでしょ?」

「そうね…。真面目な人なんだなったいうのは分かった」

そうそう早く話題を本題に持っていかないと。

ゴリのいいところ……。

そういえば腐れ縁ってだけで、あいつは結構なクズだ。

「まあ真面目なんだけど、馬鹿でドジと言うか……」

「え、変な人なの?」

目をまん丸にする栄子。

「いやいや、決して悪い奴ではないんだ。長年俺がつるんでいるくらいだしね」

ここである閃きが沸く。

これまでゴリがどのようにして女と縁の無い日々を送り続けてきたか。

まったく動かなかった訳ではない。

ただ単にフラレ続けてきたのである。

過去の事を正直に話せば栄子は面倒見良さそうだし、きっと同情してくれそうだ。

昔を思い出しながら俺は、彼の過去のエピソードを話し出した。

 

 

1 ゴリ伝説 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

ゴリ伝説中学時代からの同級生であるゴッホこと岡崎勉は、今年で三十七歳を迎えようとしていた。とにかく女にもてない人生……。何故そこまでもてないのかとい...

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中学時代からの同級生であるゴリこと岩崎努は、今年で三十三歳を迎えようとしていた。

とにかく女にモテない人生……。

何故そこまでモテないのかといえば、理由は簡単である。

まるでいいところがないのだ。

外見…、これは第一印象と言い方を代えてもいいだろうが、ゴリという仇名がつくぐらいだから、間違いなくイケメンではない。

ゴリラのような顔をしていたので、『ゴリ』という満場一致の仇名が小学小学時代についたのである。

本人はこの仇名を気に入っていないらしく、昔から不服そうにしていた。

自分では「巨人の松井秀喜に似てる」と言い張るが、どちらかと言えば一時ボクシングで一世を風靡した『マイクタイソン』のほうが近い。

おつむの出来はというと、ハッキリ言って駄目駄目である。

学生時代、クラスでもワーストスリーにはいつもランクインといった成績だ。

努力をして駄目ならまだ同情の余地もある。

しかし彼は、勉強のべの字すら忌み嫌う。

今でこそ携帯主流の世の中になったが、飲み屋の女を口説く為のメールはものすごくマメに打つ。

そういったやり取りは好きなくせに、「この本面白いから読んでみろ」と小説を薦めると、「俺、活字は嫌いだから」と目を通そうともしない。

漫画も彼にとって同様で、「活字だから読まない」と言う。

要は飲み屋のお姉ちゃんからのメールしか活字を見ようとしないのだ。

では経済的余裕はというと、給料の大半を飲み屋で使ってしまう男である。

当然貯金などない。

また運の悪い事に、車をちょっと飛ばしているところをオービスに引っ掛かってしまい、免許取り消しになるような運の悪さも持ち合わせている。

じゃあ男らしさはというと、友情の欠片もない。

どう見てもうまく騙されているとしかいえない飲み屋の女に金を貢ぎ、フラれそうになって逆上するゴリ。

そんな状態でも男と飲み屋の女、どっちを取ると聞くと、「そんなの女に決まってんじゃねえか」と変に堂々としている。

以前Jリーグ発足の時、まったくサッカーをした事も興味もなかったはずなのに、急にJリーグかぶれになった。

当時彼の車は様々なグッズでいっぱいになり、掛かける音楽も「オ~レ~オレオレオレ~……」という曲しか掛からなかった。

流行を追うのが悪いとは言わないが、彼の場合どこか極端過ぎるのだ。

「ちょっとこれはやり過ぎだろ?」と注意しても、「俺はこうだから」と聞く耳すら持たない。

誕生日はバレンタインデーである二月十四日。

もし彼女がいるなら、誕生日とバレンタインデーを同時にできるのだから、楽と言えば楽だ。

だが、皮肉な事に彼の誕生日にチョコレートをくれる女性はいつも二人だけだった。

自分の母親である『ゴリママ』と、保険に加入している為、保険のおばちゃんからしかもらえない。

いいところを探そうとしても、見つからないのだ。

それがゴリという男であった。

俺、岩上智一郎は、そんな彼を何故か放っておけない。

気がつけば、ついついゴリの面倒を見るハメになってしまう。

 

十九歳の冬、私とゴリはレストランで食事をしていた。

この頃俺は北海道倶知安の自衛隊に所属していて、正月休みで地元川越へ戻ってきたところ。

暇を持て余し、彼を食事へ誘ったのだ。

つい先日、女にフラれたばかりのゴリ。

しかし特別落ち込んだ様子もなく食欲も旺盛である。

「なあ、もうスッカリ立ち直ったのか?」

「今週は夜勤だったから、あれ以来、俺も顔を合わせてないんだよ」

「そりゃそーだけど、今はそれを聞いてんじゃなくて……」

「もうどうでもいいよ、あんな女」

「ならいいけど……」

ゴリは煙草を吸いながら、煙を私の方向へわざと吹き掛けてくる。

「何しやがんだよ」

「そういえば、岩上って小学校は中央小学校だったよな?」

「ああ、そうだけど。それがどうかした?」

「ほら、中学で中央小出身の横田ルミ子っていたじゃん」

「ああ、小一、ニと小五、六年一緒のクラスだったよ。中学では一緒にならなかったけど。それがどうかしたのか?」

「俺、中一の時だけ横田と同じクラスだったんだよ」

「ふんふん、それで?」

また面白そうな展開になりそうな気配があった。

この時点でまず間違いないのは、ゴリが横田ルミ子に気があるという部分。

それとも、まだ好きだった過去を未だに引きずっているかである。

「中学とかってクラスの仲いい女同士が三、四人で廊下とかによく一緒にいてくっちゃべってるじゃん」

「ああ、確か横田は田中豊子と新井久美子と仲良かったよね。あいつら小学から仲良かったし、いつも三人一緒だったな」

「それでさー、中一の時、俺が廊下歩いていたら、田中豊子が横田にボソッと話してる台詞が聞こえたんだ」

「へー、何て?」

「『ゴリさん…、今、後ろ通ったよ』ってね」

「…で、それから?」

そこまで話してゴリはしばらく余韻に浸っているような表情を浮かべていた。

「いやー…、横田って俺に気があったんじゃねえかなと思ってさ」

危なく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。

何故、こいつはいきなりそこにワープするんだろうか。

そういう考えに行き着く根拠や自信は、一体どこから来ているのか不思議でしょうがなかった。

分かり易く説明すれば、中学時代仲良し三人組の女が廊下でくっちゃべってるところにゴリが通り掛かる。

三人の内、一人がゴリに気付き「ゴリさんが後ろを通った」と言ったのかもしれないが、別にゴリはモテモテだった訳じゃない。

どちらかというと面白い存在の人が後ろを通ったから、つい口にした言うほうが理に当てはまる。

何故それで、自分に気があるとなるのだろう?

それに百歩譲って横田ルミ子がゴリに気があったとしても、中学一年の時の話なのだ。

今、私たちは十九歳なのだから、ゴリの話は完全にピントがずれている。

「どうしたんだよ、岩上」

まあいい……。

大昔の勘違いであったとしても、一週間前にフラれた電車の女の件を引きずられるよりはいい。

ここはゴリを元気付ける為にも、この話題で乗せるしかないだろう。

「いや、ゴリの言う通りかなと思ってさ」

「そうかな?」

自分で切り出しといて白々しい奴だ。

「そうじゃない。それはハッキリ言って、おまえの勘違いだよ」と、私は心の中で呟いてみた。

「そうだよ。きっと横田はゴリに気があったんだよ」

「うーん…、そうかー…」

乗ってきた……。

ゴリが乗ってきた。

この際どうせ横田ルミ子にいくなら、出来る限りうまくいったほうがいい。

女の前じゃ口下手のゴリより、俺がうまい具合に誘い出してやるべきじゃないのか。

そんな使命感に駆られてきた。

先日フラれた電車の女の件とは違って、今回の相手は俺の同級生でもある。

小学時代からの仲もある。

初めから協力できるのだ。

「なあ、ゴリ。横田ルミ子とうまくいきたいか?」

「あ、当たり前だろ」

「じゃあさ、絶対に会わせる風にもっていくから、ここは俺に任せてみないか?」

「任せるって? いい方法でもあるのかよ?」

「そんなのいくらでも手はあるって」

「いや、出来れば自分の力で……」

またこいつは余計な事を言い出した。

くだらない事を言い出す前に、私は口を挟んだ。

「本当に自分で大丈夫なのか? 俺のほうが小学からも一緒だし、向こうも話しやすいよな? 俺がうまく誘い出すから、ゴリは実際に会い、それから自分の気持ちをガーッと伝えたほうが、うまくいくような気がするんだけど。それともやっぱ自分で全部やってみるかい?」

「ん…、ああ…。そ、そうだな、最初誘うのは岩上にやってもらったほうがいいかもしれないな。じゃあ、お願いしようかな」

「ああ、任せておけよ。絶対に悪いようにしないから」

せっかく長期休暇で地元へ戻ってきているのだ。

面白いイベントは一つでもあったほうがいい。

 

それから俺とゴリは、それぞれお互いの家に帰る事にした。

別れ際にゴリはしつこく確認してくる。

「なあ、本当に大丈夫なんだろうな?」

「さっきから大丈夫だってあれほど言ってんだろ」

「でもさー……」

「じゃあ、勝手に自分でやればいいじゃん。別に俺の事じゃないしね」

「冷たいなー」

「何が冷たいんだよ? おまえがいつまでもしつこいからだろ?」

「分かった。じゃあ、これから家に帰っておまえが横田ルミ子に電話するんだな?」

「ああ、さっきから何度もそう言ってるだろ。それで電話し終わったら、ゴリにちゃんと連絡するから安心しろよ。な?」

「ん…、ああ……」

「俺に感謝してるのか?」

「ああ、そりゃーしてるよ」

「じゃあ、あそこのたこ焼き奢ってくれよ」

「何で感謝してるからって、たこ焼き奢らないといけないんだよ」

「細かい事抜かすなよ。ほら、四百円出しな」

ゴリはまだ納得していない様子だったが、私は彼から四百円を渋々出させたこ焼きを強引に奢らせた。

家に着くと中学校時代の卒業アルバムを見て、横田ルミ子の自宅の連絡先を調べる。

電話機の前に立っても緊張も何もなかった。

私はただ、自分の喋りでうまい具合にゴリと横田を会わせるよう誘導すればいい。

横田の自宅の電話番号を押し、受話器を耳に当てる。

「もしもし、横田ですけど……」

「もしもし、岩上と申しますが、ルミ子さんいらっしゃいますか?」

「は、はい…。私ですけど……」

「あ、よかった。俺、岩上だけど分かる? 久しぶり」

「あーあー、懐かしいね。中学卒業してから全然会ってなかったから、いきなり名前を言われても最初誰だろって思ったよ。ところで急にどうしたの?」

よし、彼女の中で私の印象はそんな悪くないようだ。

「いや、あのね…。実は中学の時からさー、ずっと横田の事が好きだった奴がいるんだよ。もちろんあえてここでは名前を出さないけどさ」

「何で?」

「俺たちも、もう十九歳でしょ? それなのに未だに横田の事を引きずってるみたいでさー。この間、そいつと会った時に横田の事で相談を受けたんだ。そしたらそいつ、非常に怖いのか臆病になっててね。だから俺、言ったんだ」

「え、何て?」

「人を好きなのは悪い事じゃない、当たり前の事だってね。横田もまだ誰だかは分からないけど、そういう風にずっとおまえを好きな奴がいたんだよって言われても、別に悪い気はしないだろ?」

「うん」

よし、これで横田も乗ってきた……。

「だからさー俺、言ってやったんだ。ちゃんと自分の気持ちを伝えたほうがいいって」

「それは一体、誰なの?」

「だから俺の口からは言わないって言ったろ。それは本人に直接言わせるから。ところで今、横田は彼氏いるのか?」

「ううん、いないけど……」

第一関門クリア。

ここで彼氏がいたら、話が始まらないところだった。

「じゃーさ、そいつのずっと大事にしてきた気持ちを尊重してやって、一度ぐらい会ってみないか? もちろん、一対一が少し抵抗あるなら、俺だって付き添うし二対二だって全然問題ないしさー。とりあえず今度、時間作って会ってみないか?」

「うん……」

「そうか、ありがとう。でもまだ不安あるんだろ?」

「うん、いきなりだから……」

「じゃあ、最初は告白とか重いんじゃなくて、俺も一緒に行くから横田も仲いい友達誘って食事でもしようよ。その時、横田がまだ名前分からないだろうけど、そいつの事見て無理だなって思ったら、俺にこっそり言ってくれればこっちで何とかするから。そのほうが、横田も気が楽だろ? 駄目かい?」

「うん、分かった。ごめんね、何だか色々気を使わせちゃって」

「とんでもない、こうでもしないとそいつ、ずっとウジウジしてるからね。じゃあ、いつまでも名前分からないんじゃ横田も嫌だろうから、この電話切ったらそいつから電話させるけど、それでいいかな?」

「うん」

「その時、多分向こうが食事に行かないかって誘うと思うけど、とりあえず会う約束だけはしてやってよ。そいつの気持ちに免じてさ。会ってみないと分からない事もあると思うんだ」

「そうだね、分かったわ。岩上君、色々とありがとね」

「いえいえ、どういたしまして…。じゃあ、これから電話を掛けさせるね」

「うん、分かった」

電話を切り、小さくその場で私はガッツポーズをしてみた。

一つの仕事をきり良く仕上げ終わった感じだった。

でもまだ終わりじゃない。

これからゴリに電話を掛けさせないといけない。

きっと横田ルミ子も、自宅の電話の前でドキドキしながら待っている事だろう。

「もしもし、ゴリか?」

「ああ、どうだった?」

「おまえ、すぐに横田ルミ子に電話しろ」

「え?」

今度はゴリを乗せる番だ。

「早く、電話しろ。それで食事でも誘っちゃいよ。あいつ、彼氏いないみたいだからさ」

「そ、そうなんだ」

「ああ、でも本当に中学校以来久しぶりだから、向こうも緊張してるだろうからさ、『最初は二対二ぐらいで食事でもどうかな?』って誘ってみたらどうだ」

「えー、でもさー……」

「じゃあ、これから俺が断りの電話を横田に入れるよ」

「や、やめろよっ!」

「じゃあ、すぐに電話しろって。電話して食事に誘えよ」

「そ、そうだな」

「よし、じゃあさっさと電話掛けて来いよ。切るぞ」

「分かった」

これで多分、横田ルミ子も会うぐらいは承諾してくれるだろう。

そこから先は二人の問題だ。

俺はゴリに奢らせた冷めたたこ焼きを口にした。

 

俺は自分の部屋でPCエンジンでゲームをしながら時間を潰す。

このネクタリスって本当に名作だよな。

一手間違えるとクリアできない面もあるが、完成度は素晴らしい。

「兄貴、岩崎君から電話だよ」

弟の徹也が声を掛けてくる。

「ああ、分かった。今、行くよ」

早速ゴリから連絡だ。

果たして吉と出たのか、凶と出たのか……。

「もしもしー、ゴリ。どうだったの?」

「いやー、岩上。ありがとう。ありがとう」

どうやら横田ルミ子は私の忠告をちゃんと聞いてくれて、ゴリと食事に行くのをOKしてくれたらしい。

よしよし、いい子だ。

「どうしたんだよ?」

「いや、二日後に食事行く事が決まったんだよ。ただ、二対二でだけどね。本当は一対一がいいけど、最初だからまあしょうがねーかなーと思ってさ」

さっきまでビクビクしていた野郎が完全に図に乗ってやがる。

まあこのぐらいは大目に見るか。まだ食事がOKというだけなのだから……。

「それで岩上も明後日一緒に食事に来てくれないか?」

「ああ、いいよ。いや、待てよ…。やっぱ駄目だ」

「何でだよ」

「明後日、俺は北海道へ帰るようなんだよ。だいたい横田と食事行くっていっても何時なんだよ?」

「昼の三時」

「おまえなー、有給休暇でも取らない限り、行ける訳ないだろ。何、考えてるんだよ」

「俺は電話切って今さっき、会社に電話して有休取ったよ」

自分の事だからそれは分かるが、そんな事で俺にも有休を取れと言っているのだろうか。

長年付き合っていてもこいつのそういう無神経さは、未だによく分からない。

「じゃあ、俺も有休取れって? 無理に決まってるだろ。今までゆっくり正月休み取って、あと一日休み欲しいから有給なんて、そんなの通るわけねえだろ! 第一、横田はどうなのよ?」

「ああ、彼女は短大生で就職も内定が決まってるから、何時だっていいんだよ」

「でも俺は北海道戻るから無理だよ」

「何だよ、冷てーな。じゃあ、他の奴、誘うからいいよ」

ここまでお膳立てしたのは誰だ?このクソ野郎……。

何て滅茶苦茶自分勝手な言い草なんだ。

「おい、ゴリ。嬉しくて浮かれるのは分かるけど、一つ言っておくぞ」

「何だよ?」

「今日もそうだけど、明日まで横田ルミ子に電話をするなよ」

「何でだよ?」

「いいか、浮かれているのは分かるけど、まだ付き合うって決まった訳じゃないだろ? それにおまえは女に対して口下手だ。明後日は会うと決まったけど、向こうはゴリの事をよく知らないんだぞ? 会う前からベラベラ話しても、マイナスにしかならないぞ」

「ん…、ああ……」

「俺はゴリの事をちゃんと思って言ってるんだからな」

「まあ、確かにそうだよな」

「そうそう、浮かれるのはまだ早いって。明後日が本番なんだから」

「分かったよ。明後日までは電話、控えるよ」

言い方が少しキツいなとは自分でも自覚していたが、ゴリの事を考えるとそう伝えるしか他に方法がなかった。

 

一日経ち、羽田空港へ向かう準備をする。

同期の連中にこっちのお土産持っていかないと。

川越の街をブラブラしながら買い物をした。

今頃、あいつは浮かれて薄ら笑いを浮かべているのだろう。

お土産を買い終わり家に戻ると、弟の徹也が話し掛けてきた。

「なあ、兄貴。岩崎君から何回も電話あったよ。大事な用件でもあったんじゃないの? 兄貴が帰ってきたら、連絡くれるように伝えて下さいって言ってたよ」

急激に何故かすごく嫌な予感がした。

もしかしてあいつ、あれほど言ったのに横田ルミ子へ電話しちゃったんじゃないのだろうか……。

その時、家の電話が鳴り出した。

俺はそれの電話がゴリからだろうと直感的に感じる。

「もしもし…、ああゴリか。どうかしたか?」

「岩上、わりー……」

そのひと言で、先ほど感じたものが俺の中で確信に変わった。

「何も言わなくていいよ。どうなったか当ててやろうか?」

「ん…、ああ……」

「ズバリ横田ルミ子に電話してしまい、明日の食事行く約束を断られたんだろ?」

「おまえはエスパーか? 何で分かったんだよ? それとも横田から電話でもあったのか?」

「いっぺんに質問するなよ。まあいいや。一つ一つ答えてやるよ。まず俺はエスパーじゃない。横田から電話はあれから一度もない。でも浮かれてるはずのおまえが、何度も家に連絡をしてくる。以上をまとめると、それしか考えられなかっただけだ」

「鋭いな……」

「鋭いなじゃねーよ、馬鹿! 人のお膳立てをすべて台無しにしやがって……」

「ああ、わりー」

「…で、一体何をやらかしたんだよ」

「いやー、昨日すげー嬉しくてさ、おまえもそれは分かるだろ?」

「ああ、気持ちは分かるよ。それで?」

「岩上に念を押されてたけど、つい今さっき、横田ルミ子に電話しちゃったんだよね」

確かに生まれてから十九年間……。

いや、正確に言えばゴリの誕生日は皮肉にもバレンタインデーなので、まだ十九年経ってないけど、その期間、女関係で一切報われてこなかったのだ。

デートすらした経験もないのだから、同情する予知はあった。

そんなゴリに対し、俺まで責めてしまったら可哀相過ぎる。

「それでどうしたの?」

「電話したはいいけど、何を話していいか分からなくなっちゃってさー、三十分電話してて、その内の二十五分は、お互い無言になっちゃったんだよね」

「駄目じゃん。それってほとんど電話してる意味がないじゃん。何ですぐに切らなかったの?」

「いやー彼女のほうから、用事あるからって、俺の電話を切ろうとするから、ちょっと待ってよって粘ってみたんだよ」

本当にこいつは大馬鹿だった。

昭和の生んだ大馬鹿だ。

「もし、そこで電話切られたら、明日の食事、すっぽかされちゃうような気がしちゃってね。でも、今になって冷静に考えると、ちょっとマズかったかなって思ってるよ」

「ちょっとじゃねーだろ。ちょっとじゃ……」

「でも最後に『本当は好きな人がいるから、明日はやっぱ会えません』って言われちゃってさー。そんなんだったら始めからOKするなよって感じだよ。あの女、あんなに性格悪かったんだ」

ゴリは自分自身に原因がある事を何も理解していない。

適切なアドバイスをして、もう少し女の子の気持ちってものを教えてあげたいが、今の件を分からせるだけでも一年以上の時間を必要とするだろう。

いや、それだけ掛けても分からないかもしれない。

「さっきから何、黙ってんだよ。俺がフラれたのが、そんなに面白れーか?」

一体、私がゴリに対して責められるような何をしたというのだろう?

考えれば考えるほどイライラしてきた。

「岩上は、俺に慰めの言葉の一つも掛けられねーのかよ?」

「ザマーミロ……」

心の中で呟いたはずが、つい口に出てしまった。

「何だって?」

「ザマーミロ、ザマーミロッ!」

「何だってんだ、チキショウ」

「あまりにもおまえが馬鹿過ぎるからだよ」

「向こうがなってないじゃねーか」

「俺から送る言葉は一つだけだ」

「何だよ?」

「ザマーミロ」

こうして中学校時代の同級生『横田ルミ子事件』は、静かに終わりを告げた。

 

ここまで話を終えると、百合子と栄子は腹を抱えて大笑いしていた。

俺はすました顔で口を開く。

「これはほんの序章に過ぎない。まだエピソードはたくさんあるけど、聞く?」

「智ちん、聞きたい」

「是非!」

みんな他人の不幸は蜜の味なのである。

俺は過去を反芻しゴリとの記憶を思い出す。

そうだな、次はやっぱあれか……。

時系列順に説明していくのがいいだろう。

 

 

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