岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 142(格闘家と小説家編)

2024年12月10日 08時13分27秒 | 闇シリーズ

2024/12/10 tue

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俺の身体能力、身体、力それに柔術。

勝てる哲学を少しずつ学んでいく。

覚えた事をいかに実戦で使えるか。

相手に固められた場合、どう逃げるか、または避けるか。

理詰めの格闘技ブラジリアン柔術。

センスも必要。

暗記力も必要。

それでも一日の長がある相手には、うまくやり込められる。

隙を見せる事で、俺をそこへ誘いこんでいる。

罠に掛かった俺は関節技または締め技を食らう。

ならばもう一歩先、腕を犠牲に相手が掴んだところを持ち上げる。

靭帯の軋む音が聞こえる。

俺の身体なら大丈夫。

俺の筋肉は裏切らない。

今度万全なコンディションで試合へ臨めたら……。

もちろん次は躊躇なく打突だって使う。

総合格闘技を牛耳る。

それからプロレス界へ恩返し。

注目を浴びた俺。

そこへプロレス界へ喧嘩を売る。

三沢さんが後継者として育てた潮崎。

彼に喧嘩を売る形で試合を始める。

裏では八百長を仕掛けておく。

開始早々、俺は大振り気味に打突をしようとするから、右腕を掴みそのまま折れと……。

潮崎は戦闘不能になった俺を見ながらマイクを握り「こんな戦いをする為に、試合をしている訳じゃない!」と絶叫。

総合格闘技に流れ、鬱積が溜まった観客は心からスッとし喜べるのではないだろうか?

馬鹿な…、まだ柔術を学んでいる途中で、話が先に飛び過ぎだ。

まずは俺自身がより強くならないと。

変わろう。

どんどんいい方向へ。

吹き出す汗。

悲鳴を上げる筋肉。

それらは絶対に裏切らない。

手を抜いた状態でも余裕で勝てるように……。

去年の一月、百三・五キロあった体重は、八十七キロまで絞られる。

元々が痩せ型だったからな。

減量している訳じゃないが、こうして汗水垂らして運動すれば、いつだって簡単に体重など落ちる。

心地よい疲労感。

何でもっと早くこうできなかったのだろう。

ジャンボ鶴田師匠、俺は間違っていますか?

三沢光晴さん、俺、おかしいですか?

でもね、身体が動いてしまうんですよ。

細胞の一つ一つまで研ぎ澄ませ。

 

全日本プロレスを目指したストイックだったあの頃。

その感覚をまた取り戻したい。

走るのが嫌いな俺が、嫌だなと思いながら走る。

これ以上筋肉が動かないとなってから、あと何回動かせるか。

踏ん張ってやった分、俺の筋肉は進化する。

家に帰ったら、高周波を使った電気トレーニングも開始した。

ぶっ倒れるように布団へ倒れ込み眠る。

爽快な目覚め。

結構寝たなと思い、時計を見ると二時間程度しか経っていない。

昔のあの頃の感覚が近付いてきている。

支度をして新宿へ向かう。

ん…、右足が何か変だ。

右脹脛が歩く度、ビリリと痺れが走る。

気にせず歩く。

西武新宿駅へ到着。

KDDI新宿事業所ビルへ向かう途中、右足を地面につけた時脹脛がビシッと何か切れた感じがした。

妙な痛み。

おそらく肉離れだろう。

最近のトレーニングでオーバーワーク過ぎたのだ。

ブランクがあるのに当時の気持ちでやるから、身体が悲鳴を上げたのだろう。

会社へ電話し、足を引き摺りながらでも出勤しようとしたが、まずは医者へ行けと言われる。

診断の結果、やはり肉離れ。

俺はガチガチに包帯を巻いて脹脛を固定し、KDDIへ向かった。

やり過ぎだと同僚たちに止められる。

確かにこの足では柔術どころではない。

俺は石動龍に連絡し、完治するまで安静にする事にした。

水原や幸、松本たちがたまには酒でも行こうと誘うので、久しぶりにリラックスして寛ぐ。

新人歓迎会以降、リーダーの泉舘もよく顔を出すようになった。

彼は根暗なだけなのだが、自分で自分の事を『クールガイ』と思い込んでいる。

俺が「クールガイ舘リーダー」と呼ぶと、嬉しそうにはにかむ変な奴だ。

酒も入り、カラオケへ行こうと強引に連れて行かれる。

カラオケなんて、浅草ビューホテル時代のエスカペイドデュオのキャサリンが日本のカラオケ連れて行けと付き合った以来だから十数年ぶりだ。

ハッスルするクールガイ泉館。

スニーカーブルースを唄い、一人の世界に浸る。

ノリノリ泉館は続いてスマップを熱唱。

マイクを離さないクールガイは、音痴など気にせずはじまりはいつも雨を熱唱。

とうとうマスカラまで持ち出して叫ぶ。

コイツ、相当日頃の鬱憤が溜まっているのだろうな……。

足を痛めた俺を気遣い、こうして時間を共にしてくれる仲間たち。

うん、何か俺って結構幸せなんじゃないだろうかと思った。

 

最近小説が疎かになっている俺。

去年の秋、まだ川越祭りが始まる前の事をふと思い出した。

俺川越で生まれ、家の目の前には映画館があった。
フォト
ホームラン劇場。

幼かった俺を映画館のおじさんは
毎日のようにタダで入れてくれた。

二階の特等席に座らせられ、アンパンとコーラをもらい、意味も分からずただボーっと大きなスクリーンを眺めていた。

銀河鉄道999などは、すべての台詞を暗記してしまうほど好きだった。

今思えば…、人間の証明や野生の証明、戦国自衛隊、犬神家の一族、悪魔が来たりて笛を吹く、八墓村など、数々の名作をリアルタイムで見てきた訳だ。

家では、お袋の虐待に遭いながらも、様々な人に可愛がられながら……。

だけど、その映画館も、二千六年のニ月十九日で閉場してしまった。

何かこう…、生まれた時から目の前にあった当たり前のものが、無くなってしまう。

部屋にいると、常に上映中の映画の音楽が聞こえてきて、それがいつもの環境だったから、ポッカリ穴が空いたようで、何かとても寂しかった。

ホームランに対する愛着心は、他の川越の人よりも、俺のほうが大きい。

もちろん思い入れにしても……。

スクリーン越しに、ジャッキーチェンとも出会った。

若き頃の真田広之のアクション映画、里見八犬伝、燃えよ鉄拳、伊賀忍法帳、龍の忍者、コータローまかりとおる……。

大好きだった。

先日、外を歩いていると幼き頃、可愛がってくれた映画館の酒井さんとバッタリ会う。

もう今では、すっかりおじいさん。

俺は笑顔で挨拶を交わし「こんにちわ、映画館無くなって寂しいですよ。今、酒井さん、何をされてますか?」
「もう隠居したから、毎日暇な人生を歩んでいるよ」

そう言って、酒井さんは寂しそうに笑った。

今の俺に、何かできないだろうか?

今の俺には力など無い。

でも、小説は魂込めて書いている。

元気付けたかった……。

「俺、今、小説を書いているんですよ。小さい頃から、目の前の映画館で映画を見て育ちました。酒井さんらに可愛がられながら…。その俺の小説が、もしですよ。もし、賞を取り、それが映画館で映画化したら、嬉しいですか?」

酒井さんは目を細めて言ってくれた。

「何だよ、それじゃ、まだまだ死ねねぇなぁ~」

グッときた。

俺は色々な人の想いを背負っていこう。

それを情熱に変え、小説に魂を入れながら書こう……。

また一つ、勝手に背負う。

幼い頃から映画に囲まれて生きてきた俺……。

賞を獲って……。

人気出して映画化とかになって……。

松本清張原作の『鬼畜』。

まだ俺が小学校一年生の時、家のすぐそばで撮影され、それが目の前の映画館で放映されて、幼い頃、意味も分からずに見たたくさんの角川映画……。

その角川へ応募して、賞獲って映画化になったら、どんなに最高だろうなあ……。フォト
初のホラー小説『ブランコで首を吊った男』。
でもまるで駄目で一次選考すら通らなかった。

二千七年四月九日……。

「なんだよ、それじゃ、まだまだ死ねねぇなぁ~」

それが映画館の酒井さんと俺が
最後に交わした言葉。

二千八年十月一日。

おじいちゃんといっしよに酒井さん家に行った。

間に合わなかったなあ……。

酒井さんは亡くなり、会いに行ってきた。

横たわる酒井さんに、おじいちゃんは「おい、どうしたんだよ? ほら、智一郎も来てるぞ。起きなよ」とまるで生きているかのように話し掛けている。

娘さんは元歌手で、『だんご三兄弟』の速水けんたろうと結婚をしている。

何ていうか、顔を見るなり昔の事が色々思い出され、間に合わなかったなあと悔しい思い、そして悲しみが……。

思わず号泣した。

俺の行動すべてが幼少期の頃の
思い出と繋がっている。

遺族の方へ『新宿クレッシェンド』を渡し、お世話になった事を告げ、線香をあげる。

俺は奥さんに言った。フォト

『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』、この作品を執筆中だと。

もちろん酒井さんがモデルの人も出てくる。

酒井さん、勝手に背中に背負い込みますと、遺体の前で心に誓った。

少しでも背負うものを重くしたかった。

これで松本清張さんに挑戦する。

…でも、テーマが重過ぎて、作品の完成に至らないまま、時間だけはどんどん過ぎて……。

酒井さんへあの時格好をつけた賞だけは取れた。

全国書店に発売もされた。

でもまるで舞い込まない作家の仕事。

まったく入らない印税。

生活をしなきゃいけないから、KDDIで働く日々。

それから三沢光晴さんの死。

また肉体への鼓舞。

本筋がズレている。

俺の原点は確かに全日本プロレスから魂は宿った。

だけど本当の根っこの部分は、ホームラン劇場なんだよな……。

だからホームランがある内に、酒井さんが生きている内に、何とか格好つけたかった……。

あの時酒井さんの奥さんへ誓ったじゃないか!

そう…、俺は小説を書かなくてはいけない使命を勝手に自分に課した。

久しぶりに身体を動かし柔術を始め、オーバーワークで右脚肉離れ。

あと数日もすれば治るだろう。

どうする?

格闘技の道へ進めば、小説を書く時間が無くなる。

かといって小説を選べば、これまで親切に接してくれた須賀栄治、石動龍、岡本大、そして道場の仲間たちの時間や想いを裏切る形になってしまう。

時間だけはすべての人間に平等。

身体は一つしかない。

小説と格闘技、二つの相対するものに挟まれた葛藤。

小説は年を取ってからでも書ける。

しかし格闘技は今がギリギリ……。

ずっと強さを求めて、生きてきたんじゃないのか?

違う。

小説を書くようになって分かったのが、肉体的な強さではなかったのだ。

幼少の頃理不尽なお袋の暴力に対し、泣きながら無抵抗のままだった。

強くならないと、殺されちゃう……。

原点はそこだ。

もうそこまで弱くないだろ?

強さの本質とは何だ?

理不尽な親の虐待を無くしたいから、小説を書いている。

何故始めに書き出した時『新宿クレッシェンド』の主人公赤崎隼人に虐待の記憶をプレゼントした?

これが世に出た時、少しでも虐待を無くさせたかったからじゃないか。

世には一度は出せたのだ。

売れる売れないでなく、希望は叶えた。

ならば今は仲間たちがいる。

まだギリギリ無理がきく内に格闘技を……。

 

肉離れが治った俺は、また柔術の道場へ復帰する。

小説はまだあとでもいい。

いつだって書ける。

今は少しでも柔術の技術を。

より肉体のコンディションを戻さないと。

戦う道へ行くと、雷電が袖を引っ張る……。

群馬の先生の言葉。

あの肉離れもそうなのか?

だけどもう今は治った。

またリングの上で復帰するわけじゃない。

肉体を虐め抜き、神経を研ぎ澄ませる。

技術が及ばない分は身体能力でカバー。

カウンターの腕ひしぎが決まる。

奥襟を掴み、そのまま相手を持ち上げた。

その時鈍い痛みを覚える。

何だ、この違和感は……。

家に帰り、風呂場でゆっくり湯船に浸かれば良くなるさ。

「……」

そうだ、俺が湯船に浸かれないよう加藤皐月が風呂栓を隠しているんだった。

忙しさで気になっていなかったが、家の中の問題は何一つ片付いてはいないのだ。

相変わらず家に住み着き好き放題の加藤皐月。

傍若無人な親父。

自分の家の風呂にさえ、ゆっくり浸かれない現状。

左手で痛みのある右肘を押さえながら鏡を見る。

俺はこのままだと、あの女を殺してしまうかもしれない……。

 

KDDIで作業中、パソコンのキーボードを叩くだけでも違和感を覚える。

騙し騙し動かして、痛みが走らないよう努めた。

終わって道場へ。

また右腕で鈍い痛みが走る。

おそらく靭帯自体を痛めているのだろう。

左腕は過去全日本プロレスで壊している。

だから俺の身体は極端に右の力が強い。

その右腕がもし使い物にならなくなってしまったら……。

業務でパソコンをいじっただけで、このザマである。

ひょっとしたら、小説が書けなくなるかもしれない……。

一瞬目の前が真っ暗になった。

酒井さんの遺体の前で誓ったじゃないか。

俺は『鬼畜道 〜天使の羽を持つ子〜』を書き切ると……。

映画化などできかどうか分からない。

ただ、作品が書けなくなったら、それどころではない。

「あれ、どうしたんですか、岩上さん」

昼休み、水原が心配そうに聞いてくる。

「え、何がですか?」

「いや、何だか考え込んでいるような感じがしたので」

三沢光晴さんが亡くなり、俺はまたトレーニングを開始した。

そこで出会った柔術。

確実に俺は強くなっている。

無理な体勢から力任せの技に走り、それによって起きた右腕の鈍い痛み。

俺は何がしたかったのだろう。

過去何度も嫌な思いをしながら戦ってきた。

格闘技が駄目になるのは乗り越えてきたつもりだ。

しかし小説が、それによって書けなくなってしまったら……。

本末転倒もいいところだ。

「先日岩上さんの『ブランコで首を吊った男』読ませて頂きました」

「あ、読んでくれたんですね。ありがとうございます」

「何て言うか…、こんな作品を無料で読ませてもらっていいのかなと思いました」

お世辞もあるのだろうが、水原の優しい心遣いは素直に嬉しい。

「岩上さんはやっぱり小説をまだまだ書き続けるべきだと、自分は思いますよ」

「……」

このまま柔術を続けていたら、間違いなく俺の右腕は悪化してしまうだろう。

本当は強さを求め、またスポットライトを浴びながらリングの上に立ちたかった……。

三沢光晴さんを失ったプロレス界。

俺が少しでも何かの助けになれるなら……。

そう根底では思いながらやっていたのだ。

周りは何を言っているのだ、この小者がと嘲笑するかもしれないが。

三沢さん……。

鶴田師匠……。

俺、どうしたらいいんでしょうか?

日本テレビから中継を打ち切られ、団体経営の存続が危機になる中、自身の保険を解約してまで下のレスラーたちへ給料を払い、満身創痍でリングへ上がり続けた三沢さん。

最後はバックドロップによる頚椎離脱。

背骨の中を通っている頸髄神経の内、頚椎部分を通る脊髄神経の損傷を指す。

「動けない……」

最後に三沢さんが倒れながらレフリーに言った言葉。

四股の麻痺。

医学的には完全麻痺になり、脳に近ければ近いほど障害は重くなる。

万が一の事に備え、遺言状を書いていた三沢光晴さん。

「重荷を背負わせてしまってスマン」

手紙には、そうつづられていた。

事故のニ年前、三沢さんは親しい友人に「もしも俺がリングの上で死ぬことがあったら、その時の相手に伝えてほしい」とメッセージを託していた。

最後の対戦相手となってしまった齋藤彰俊へ届いた手紙。

 


きっとおまえは俺の事を信頼して、全力で技を掛けてくれたのだと思う。

それに俺は応える事ができなかった。

信頼を裏切る形になった。

本当に申し訳ない。

それでもおまえにはプロレスを続けてほしい。

辛いかもしれないが、絶対に続けてほしい。

 

三沢光晴


 

あの人は危険な試合をしているのを百も承知でやっていた。

そして大惨事が起こった事を想定し、仲の良い知人へこの手紙を預けていたのだ。

男気に溢れ、常に先の先まで相手を思いやれる優しい人。

覚悟を持ってプロレスをしていたが、このような最後を迎え、どれだけ無念だったのだろうか……。

三沢光晴さんを想うと、目に涙が滲む。

気付けば俺はテーブルへ突っ伏していた。

「岩上さん! どうしたんですか? 岩上さん!」

KDDI新宿事業所ビルの地下にある社員食堂で、人目も憚らず大いに泣いた。

 

プロレス界に俺が行ったところで何ができる?

誰一人喜ばないだろう……。

また総合格闘技へ?

未だ鈍い痛みが走る右腕。

無理だろ、こんな状態で……。

しかも出たところで対戦相手が、礼儀正しい奴だったらどうするんだ?

本気で殴れず、また力を抜いた試合をするのか?

三十七歳…、一年半前に七年半のブランクあった状態で復帰しただけ。

そろそろ潮時なんじゃないのか?

この右腕で柔術を続けたら、小説すら書けなくなるかもしれない。

仕事が休みの日、ずっと考えていた。

こんな俺によく接したくれた仲間たち。

去年の暮など忘年会にも呼んでくれた。

岡本大は九州へ仕事行った帰りに、立派なかまぼこのお土産までくれた。

こんな中途半端な俺に対して……。

柔術を辞める決意。

しかし右腕のせいにはしたくなかった。

根っこの部分で変なこだわりがある。

プロレスラーは何をやられても壊れちゃいけない。

ジャンボ鶴田師匠の言葉。

靭帯を痛めたなど、言える訳がないのだ。

柔術の仲間たちへ断れる最善の方法……。

俺は石動龍へ電話を掛けた。

「すみません、岩上です…。KDDIのほうの仕事が忙しくなってしまいまして……」

嘘をつく。

石動は仕事頑張って下さいと疑う素振りもない。

心が苦しかった。

ならば小説を書こう!

仲間へ嘘をついてまで辞めた柔術。

俺は傷をつけないという綺麗事を考え、裏切ったのだ。

早く元へ戻れよ、右腕……。

二千九年十一月三日。

以前書き掛け、野路の死により封印していた作品。

『新宿クレッシェンド』第四弾に当たる『新宿フォルテッシモ』……。

今こそ書こう。

 

 

1 新宿フォルテッシモ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第4弾新宿フォルテッシモ普通にサラリーマンをやっていたら、喧嘩が強いだとかそんな事とはまったく無縁だろう。もちろん俺のいる歌舞伎町だってそうだ...

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裏稼業ゲーム屋時代の話、俺は当時の記憶を思い起こし、ひたすら執筆に没頭した。

時間に追われるかのように焦ってキーボードを叩く。

何故か焦っていた。

書く事は決まっている。

頭の中にある文字を文章を早く打て。

完全なる没頭。

飯も食わず、トイレにも行かずひたすら書き続けた。

結果たった一日で、俺は原稿用紙四百四十一枚を書き上げる。

『新宿フォルテッシモ』完成。

裏ビデオ屋を北中に乗っ取られ、倉庫に固定されやすい賃金で利用され続けた野路さん。

次の作品で、あんたの無念は俺が書き残してやるからな。

続けて第五弾『新宿セレナーデ』を書き始めた。

指が止まらない。

俺が初めて小説を書こうと思った部分…、それを今こうして一心不乱に書いているのだ。

何という幸せ。

新宿セレナーデ 1 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿セレナーデ 1 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第5弾新宿セレナーデ2009年2月17日~2009年2月21日原稿用紙605枚最も古い用法でありながらこんにち口語に残っている「セレナーデ」は...

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品川春美への当時の想いをすべて込め、俺はこの子が大好きだったんだなあと思い出しながら文字に変換していく。

携帯電話が鳴る。

俺は耳障りなので、携帯電話を掴みドアへ投げつけた。

少ししてまた鳴り出す。

今俺はこの作品を書いてんだよ!

邪魔をするなよ!

携帯電話の電源を消す。

身体の限界が来て、後ろへ倒れる。

気付けば寝ていた。

起きるとパソコンの画面にまた向かう。

喉の渇きを覚え、水だけ口に入れる。

部屋に置いてあったミックスナッツの缶を開け、口へ放り込む。

目は画面に、指はキーボードを叩き続けた。

限界が来ると後ろへ倒れるようにして眠る。

そんな生活を五日間。

原稿用紙六百五枚。

『新宿クレッシェンド』の続編第五弾『新宿セレナーデ』、ここに完結。

倒れるように寝た。

 

フォルテッシモ、セレナーデを合わせて約五日間。

俺は仕事も何もかも忘れて小説の執筆だけをしていた。

物凄い空腹感。

写真の説明はありません。

近所のレストランシブヤへ行き、串カツ、トンカツ、酢豚、サラダに季節の一品がついたランチ、ナポリタン、オムライスを注文。

写真の説明はありません。

すべて胃袋へ放り込む。

写真の説明はありません。

満腹になり、天井を見上げる。

「……!」

そこで初めて気付く。

俺、KDDIの仕事を一週間くらい無断欠勤してんじゃん……。

部屋に戻り、携帯電話の電源を恐る恐る入れる。

執筆中鳴った着信。

KDDIからだった。

時間になっても出社せず、連絡一つしなかった俺。

勤務先から何かあったのかと連絡くらいあるだろう。

自分自身に対して呆れたというものより、驚きの感情が強かった。

これほどの時間、すべてを忘れて執筆できた事に……。

同僚の水原、松本、幸たちからのメールもたくさんあった。

俺に対し心配する内容の数々。

ヤバいな……。

約一週間の無断欠勤。

さて、どうするか……。

 

水原、松本、幸の連絡先を紙に書き、携帯電話の電源を切る。

とりあえず信用のおける同僚に連絡して、会社内の情報を聞き出そう。

水原へ電話を掛ける。

「岩上さん! どうしたんですか? みんな、何か道場でトレーニングとかしていたから、大きな怪我か何かしたんじゃないかって……」

俺は小説の執筆に専念し過ぎて時間を忘れ、会社をサボっている事すら気付かなかったと正直に伝えた。

普通に考えたらクビだろう。

それだけの行為をしたのだ。

彼の話によると、ここまで連絡が無いので本当に何かあったのではないかと心配の声のほうが大きくなっていると言う。

「うーん…、じゃあトレーニング中の怪我という事にしときますか……」

「……。はい…、確かに小説書いてて一週間無断欠勤はマズいかと……」

「ですよね……」

松本も幸も、水原と同じような内容だった。

ここはあえて連絡せず、明日いきなりKDDIへ出社しよう。

それで課の長である田中の対応を見てから、出方を変える。

クビになって当たり前、そうじゃない対応なら、言い訳をでっち上げるしかない。

よし、二作品も小説を完成させたんだ。

俺は扉絵のデザインをすべくフォトショップを立ち上げる。

『新宿フォルテッシモ』の扉絵を描く。

ちょっと焦って書き過ぎたよな、さすがに……。

『新宿セレナーデ』の扉絵を描く。

そっか、没になった『新宿クレッシェンド』の扉絵をここで使おう。

元々ピアノを始めたのは、品川春美へ捧げるつもりで頑張ったのだから。

背用紙には俺が描いて彼女へプレゼントした絵を散りばめよう。

こんなマスターベーションみたいな作品誰が読むんだよ、ほんと……。

しかし本当に書きたかった事を書ける幸せ。

当時捧げるつもりだった情熱、魂をすべて活字に変えた作品。

本当、無茶苦茶だよな……。

裏ビデオ屋で働きながら、ピアノも練習して、発表会ある前に刑事が来て捕まりそうになって。

オーナーの北中は、人間を飼うといった表現がぴったりの守銭奴で、あそこまで酷い人間って見た事が…、いや、あるじゃん。

現在家に住み着いている加藤皐月。

あれも北中に負けず劣らずの守銭奴である。

店乗っ取りでなく、俺の家の中へ侵入してきている分、加藤皐月のほうが質が悪い。

 

1 鬼畜道~天使の羽を持つ子~(一章 幼少編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

鬼畜道~天使の羽を持つ子~(一章幼少編)2鬼畜道~天使の羽を持つ子~(一章幼少編)-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)「おいおい、ちょっと酷くないか?」...

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まあいい…、親父や加藤皐月の件はいずれ『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』で書けばいいだけだ。

ある意味幸せだ、俺は。

こうして一切スランプにならず、すべてが作品のネタになるのだから。

鬼畜道は俺のこれまでの半生を描いたもの。

虐待して出て行ったお袋や親父。

叔母さんのピーちゃんまで俺に酷い事をした連中共、すべて克明に書いてやる。

岩上整体を辞めるきっかけを作ったヤクザの内野正人。

何が同級生の絆だ?

金を持ち逃げしやがって。

全部俺はこの作品で書ききってやるのだ。

今日はこのままゆっくり寝て、明日に備えよう。

KDDIへ行き、無職になるか、どうなるのか決定する日なのだから。

 

闇 143(二つのエピローグ加筆編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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