岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

5 新宿フォルテッシモ

2019年07月19日 12時13分00秒 | 新宿フォルテッシモ

 

 

4 新宿フォルテッシモ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

ゲーム屋の求人募集は大抵、夕刊のみ発行される如何わしい新聞などに三行広告を打つ。たった三行の文字だけのシンプルな広告でも、一週間掲載で七万円ほどの金を取られる。...

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「いや~、心臓がとまるかと思いましたよ」
 山羽は戻ってくるなり、ずっと胸を手で押さえながら興奮していた。
 機動隊が来たという状況をオーナーには伝えておかねばなるまい。俺は島根に店を任せ、店を出て外へ電話をしに行く。
 嫌がらせの為、天龍がチクったガセ情報。別件だったのでたまたま捕まりはしなかったが、下手をしたら命取りだったのである。あれだけ気を使い、最善のもてなしをしたというのに天龍には何の意味もなかったのだ。もし歌舞伎町で出くわす事があったらどうしてくれよう……。
 そんな事を考えている内に、オーナーへ電話が繋がる。
「あ、オーナーですか。実はさっき……」
 機動隊が店の入り口まで来た事を淡々と説明した。さすがにオーナーも電話越しにビックリしている。
 その時だった。
「おい、おまえ、責任者か?」
 目つきの悪い三人のスーツを来た男の一人がいきなり声を掛けてきた。
「は? 何がです?」
「さっきここに機動隊来たろうが?」
 一発でこの三人組が刑事だと分かった。俺は電話中だったが、さり気なく電話を切り即座に対応した。
「あ、はい! 先ほどいらっしゃいましたがガセだったので、寒いお疲れさまでしたと帰って頂いたところです」
「おまえが責任者だな?」
「いえ、違いますよ。自分はまだ入って三ヶ月で……」
「どけっ!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
「何だ、オメーは? パクるぞ、おい」
「勘弁して下さいよ。あのですね……」
 こんな店の階段を出たところで刑事とやり合っていてもしょうがない。イチかバチかだ。踵を返した俺は、すぐ階段を駆け下りる。店に入ると大声で「今すぐゲームをやめろ!」と怒鳴った。
「いきなりどうしたんです?」
 島根が近づいてくる。

「島根、早く客を帰させろ! 早く!」
「あ、はい!」
 俺の言い方ですぐに察知したのだろう。かなり強引に客を席から立たせだす。それでも気にせずポーカーをしようとする馬鹿な客もいる。俺は山羽に「ゲームのコンセントごと抜け!」と怒鳴った。
「おいおい、何だよ、店長さんよ?」
「警察だ! 早く逃げろ!」
 警察のひと言が利いたのか、みんな一斉に入口へ走り出す。ちょうど階段を降りてきた刑事たちが店内へ入るのと同時だった。
「おい、待て!」
 刑事が慌てて客を引きとめようとするが、俺が間に割って入り、「この人たちは関係ないすから!」と全員を逃がす。
 賭博はあくまでも現行犯である。ゲームをしている時じゃないので刑事も仕方なく見逃すしかなかったようだ。
 客全員が逃げ終わると刑事は俺を睨みつけながら「貴様、随分と手馴れているな」と口を開く。手馴れるも何も、俺だってこんな状況は初めてである。その場で思いついた最善策を取っただけの話なだけだ。あとは前回と同じように名義人を社長として、警察へ引き渡すだけ。
「アハハ、嫌だな、刑事さん。さっき自分はまだ入って三ヶ月だって言ったばかりじゃないですか……」
「ふざけんなよ、貴様」
 刑事は俺の胸倉をつかみ、壁を叩きつけてくる。俺は刑事の手首をつかみ、すぐ関節を捻れる状態にする。
「おい、刑事さん。こっちは無抵抗なんだ。暴力に訴えるのはやめときましょう」
「何かやっていたな、貴様」
 ここで少しでも手首を捻ろうものなら『公務執行妨害』で持っていかれるだろう。俺は笑顔で刑事の手首を離しながら「嫌だな~、刑事さん。この通り大人しくしてるじゃないですか」と答えた。
 島根や山羽は、その様子をジッと不安な表情で見つめている。
「チッ、まあいい。おまえだけ署まで来い」
「勘弁して下さいよ。アルバイトだってさっきから何回も言っているじゃないですか」
「ふざけんな!」
「本当ですって。社長に今から電話しますから」
「この野郎……」
 俺は受話器へ手を伸ばし、プッシュホンを押す。こんな場合も想定してあったので、名義人の電話番号は暗記してあった。
 あとは前回と同じ手順を踏むだけである。名義人が新宿警察署まで出頭し、それなりの処罰を受ける。それだけなのだ。
 残り二人の刑事は悔しかったのか、いきなり台の上に置いてある遮光板を乱暴に床へ落とし、足で踏みつけ出した。プラスチックでできた遮光板。明るい店内の光がゲームをする際見えやすくする為、ゲーム屋には欠かせないものである。
 もう一人の刑事は壁に掛かっている『ビンゴ』のボード板を強引に外しに掛かっていた。
「おい、刑事さん。頼むからやめてくれよ」
「何だ、貴様! まだこれを使って商売するつもりか?」
「違いますよ! 器物を壊されたって、後片付けするのは俺らバイトなんですから」
「おまえみたいなバイトがいるか、この野郎!」
「本当ですって。今、刑事さんとうちの社長が話しているじゃないですか」
 その時電話で話をしていたボス格の刑事が、会話を遮るように口を開いた。
「おい、もういい。やめてやれ」
「は、はい……」
 他の刑事二人は上司命令に対し、素直に引き下がってくれた。この時ばかりはさすが公務員と、笑いそうになった。

 これはあくまでも人づてに聞いた話だから、真偽は定かではない。
 ゲーム屋は客が現行犯で捕まると、賭博法により罰金を十万取られてしまう。一晩だけ留置所に泊まり、あとは無罪放免となる訳だ。
 そんな訳で今回も尻尾をつかませなかった我が店『ワールド』の名義人は、運良く厳重注意のみで釈放されたようである。
 俺ら従業員たちは、刑事から氏名・連絡先・住所・年齢を聞かれるだけで署へ連行される事はなかった。名前だけは正直に言い、電話番号はデタラメ。住所も本当なら埼玉県川越市のところを所沢市にしておいた。警察側からしてみたら、名義人が社長として出頭しているから、うちらの事などどうだっていいのだ。
 店はというと、その日から三日間だけ閉めて、あとは普通に営業をする。裏稼業とは本当に逞しくなければやっていけない。
 休みの間、俺はオーナーから一番街通りの喫茶店『上高地』へと呼び出された。嫌な話じゃなければいいが……。
 オーナーは先に席に着いて待っていた。俺は急ぎ足で向かいの席へ座る。
「お疲れさまです、オーナー。今日は何の用でしょうか?」
「ああ、先日名義人の藤橋が帰ってきたんだがな」
「ええ」
「警察が藤橋に言っていたそうだ」
「何てです?」
「あの『神威』って男はおまえらの組織、手放さないほうがいいぞってな」
「俺なんて何もしてませんよ」
「いや、状況は藤橋から聞いている。ご苦労だったな」
「いえ、とんでもないです」
 そこまで話すとオーナーはバックから封筒を取り出し、テーブルの上へ置いた。
「取っておけ」
「何ですか?」
「少しばかりの気持ちだ」
 封筒の厚みからして十万円ぐらいだろう。あれだけ身体を張ってこれか…。まあもらえるだけマシという事にしておこう。
「ありがとうございます。ちょうだいします」
 俺は頭を下げ、封筒の中身も確認せずに懐へしまった。あとで遅番の従業員たちに一万ずつでもこの中からあげておこう。裏稼業の場合、旨味はほとんどと言っていいぐらい、責任者や店長しかない。オーナーからすれば、あとの従業員などいくらでも替えが利くぐらいにしか思ってくれないのだ。
 今後の店の方針等を話し合い、喫茶店を出る。
 しばらくして封筒の中身を確認すると、案の定十万円しか入っていなかった。
 それにしても、今回のこの大騒動。嫌な思いもしたが、本当にいい経験をできたと実感する。普通に生きていたら、こんな目には絶対遭わないだろう。
 過去、ホテルで働いていた時期を思い出す。あの時はずっとプロレスを小馬鹿にされ、熱くなった俺を笑う者がいた。しかしこの街はどうだ? 全然違う。世間一般から見ればはみ出し者ばかりかもしれない。それでもみんな、一日一日を懸命に生きている。この街で勤まらなければ、あとがないからだ。生きる為に毎日を生きる。だからこそ本能的になっていく。
 刺激的でスリリングな街、新宿歌舞伎町。
 俺は懲りず、まだまだこの街に居続ける事になりそうだ。

 店を再開し、またいつもの日常が始まる。
 部下たちは三日間金が入らなかったのが辛かったらしく、ほとんどが部屋に引きこもっていたと言う。『ワールド』が生涯続く訳じゃないのは分かっている。でも、一日でも長く続けさせたい。
 幼少時代は母親の虐待に遭い、毎日泣いていた。
 学生時代は自由に開放され、毎日を適当に生きていた。
 社会人になってやりたい事が見つからず、ただ惰性で生きていた。
 プロレスに出会い、本気で物事に取り組めた。
 大地師匠に会い、人間としての器のでかさを知った。どんな形でもいい。この人に追いつきたい。そう思った。
 肘を壊し、プロレスをできなくなった。自分の限界を知り、すべてに対し絶望した。
 居場所を探す為、ホテルで必死に頑張った。短期間でもプロレス界にいた俺は、自分の行動一つでプロレス界が舐められるのを極端に嫌った。おかげで酒の知識が身についた。
 勘違いから歌舞伎町で働く事になった。これほど水に合う街もそうそうない。とうとう自分の居場所が見つかった。素直にそう思った。本当に色々な目に遭ったっけ。だから本当に意味で肝が据わった。
 プロレス時代に身体を鍛え、精神は歌舞伎町で鍛えられたのだ。
 今のゲーム屋の系列を増やし、店長になったからふんぞり返る。大きな間違いだ。俺なんてまだまだ小僧である。言い方を代えれば常に発展途上なのだ。思い上がりは人間の成長をストップさせる。増長するのは誰でもできる。
 歌舞伎町という街は、ほとんど運が重要になってくる部分があった。ゲーム屋に入ったとして、自分より上の人間が飛べば一つ位は上がる。逆にどんなに能力があっても、上がいなくならなくては、いつまで経っても立場は変わらない。
 そういった意味で早番の責任者の吉田は、非常に恵まれた男である。
『ワールド』へ入ってからたった二ヶ月で、責任者の座についたのだ。
 当時、責任者だった男は店がオープンして二週間で抜きがバレ、クビになった。ゲーム屋に来る人間で経験者の場合、このように売り上げから抜きをしようと企む輩は多い。
 抜きの種類として様々なやり方がある。
 一番シンプルなのが、新規伝票に自分で他人の名前を書いてしまう事だ。
『ワールド』の場合、新規サービスが三千円。つまりその三千円を台にINとして入れず、売り上げから三千円抜いたところで分からないのである。十枚新規伝票を書けば、一日で給料とは別に三万円が懐に入る計算になるから恐ろしい。もちろん各番の締めで新規の客数もちゃんとチェックするのであまり多く抜きをやり過ぎると、それだけで疑われる。
 次に『ビンゴ』を偽造して抜くというやり方。
 責任者や二番手クラスの仕事は、主にリストでの各台チェック。『フォーカード』以上の役が出た時や、『一気』を飛ばした時は、絶対にプリントを取る。リストには白黒のモニターが設置されており、ボタン一つで各台の画面を見る事ができた。例えば『一気』を飛ばした台の画面を映した状態で、プリントのボタンを押せばワンタッチでプリントアウトができる。『一気ビンゴ』などは、このプリントがなければ無効扱いとなる。つまりオーナーへちゃんと真面目に仕事していますよという証でもあった。
 あと抜きで考えられるのが、台をいじれる場合である。
 俺のように台の設定からデータクリアまで一任されているケースは非常に稀らしい。何故ならば、やり方一つで新規伝票やビンゴの抜きとは話にならないぐらい大きな額を抜く事も可能だからだ。
 今までのINやOUTの履歴をリセットする事を『クリア』と呼ぶが、そうなるとその台はゼロからのスタートとなる。ロイヤルへの回転数もすべて一からという訳だ。
 これが何故まずいかと言うと、例えば台をクリアしたあと客が座り、十万円ストレートで負けたとする。この状態で『クリア』して計算上つけなければ、十万円をごっそりそのまま抜けるという仕組みだ。よほどオーナーから信用がなければ『クリア』など、とてもじゃないが任せられないという訳である。
 話が横道に逸れたが、初代『ワールド』早番責任者がクビになり、二番手、三番ても一ヵ月半ほど頑張ったが、なかなか抜きができないと悟ったらしく店を飛び、四番手だった吉田が急遽責任者になったのだ。
 この吉田という男、とんでもない奴で、俺は大嫌いだった。何が嫌いかと言えば、上には媚びへつらい、下には面倒も見ずただえばり散らすだけだからだ。典型的なゴマすり人間。俺はこの男とどうもウマが合わないでいる。

 今のゲーム屋の組織図を簡単に言うと、まずオーナーが頂点にいて、各店の売り上げを回収する番頭役の浅田さんという人がいた。それからようやく各店の店長たちとなる。店長は早番か遅番どちらか一人のみ。店長のいない番は責任者となる。
 店長、責任者の違いはそんなにはない。各番の責任者という点では同じである。違う点と言えば月末にもらえる手当てが数万違うぐらいだ。
 俺とほぼ変わらない給料をもらっているはずの吉田。何故この男を好きになれないかと言うと、ゴマすりのみで仕事的に何も使えないからだった。
 我が店『ワールド』は遅番でもっているような店。必然的に夜のほうが従業員も一人多いし、忙しさだって半端じゃない。夜勤手当など裏稼業ではありえない。早番と同じ条件で文句も言わず、みんな頑張っているのだ。だからこそ早番とチェンジする時間帯になると、やっと仕事が終わると開放感を覚える。
 それが吉田の場合、週に何度も遅刻をしてきた。「神威さん、朝六時ぐらいにモーニングコールお願いします」と前日に頼むので、電話をして起こしている。それなのに吉田は平然としながら一、二時間の遅刻をしてくるのだ。言い訳はいつも同じ。「いや~、すみませんね~。一度起きたんですけど、二度寝したらこんな時間になっちゃって……」と、頭をボリボリ掻きながら同じ事を繰り返す吉田には、内心はらわたが煮えくり返っていた。
 例えば早番の十時出勤でなく十二時出勤なら、何度遅刻しても構わない。その番の想定内で収まるなら。俺は過去、何度も吉田へアドバイスした。十二時出勤にしろと。しかし吉田はヘラヘラ笑いながら「夜遅くまで仕事するのって、あまり好きじゃないんですよ」と言い訳にもならない事を平然と言ってのける。
 遅番に対し明らかに迷惑が掛かっているのに、無神経な男。それが吉田であった。
 仕事の面にしても使えない。ただ自分は責任者だとえばるだけで、早番の従業員からも嫌われている。
 以前天龍に切った『特サ』を使う場合だが、俺はあくまでも台に大ハマリした客に対し、フォローの意味合いで切り札的に使う。だが吉田は仲のいい友達関係になった大して使わない客に使ったり、負けている客が機嫌悪いからというだけで大袈裟に『特サ』を入れたりする。オーナーサイドから見れば、早番も遅番も分けて考えていないようで、『ワールド』は一つの店としてとられてしまう。
 IN三百万が当たり前の遅番に対し、早番は百万いけばいいぐらい。それなのに危機感一つ持たず、平気で遅刻を繰り返す。
 こんな調子だから、俺と吉田の中はいつだって悪かった。
 以前番頭役の浅田さんへ、直接言った事がある。吉田をクビにしないと駄目だと。しかし、その辺が吉田の絶妙にうまい真骨頂とも言うべきゴマすりが発動し、オーナーも浅田さんも吉田をクビにはできなかった。
 吉田の上に対してだけの情報網は侮れないものがあり、以前オーナーの奥さんが入院したという情報も、いの一番にキャッチした。そこで出勤してきた俺に、吉田は言ってくる。
「神威さん、オーナーの奥さんが入院したんですよ」
「そうなんですか。大丈夫なんですかね?」
「ええ、病状的にはそんな問題ないです。ただ店のみんなでお金を集めて、見舞いの品でも贈ろうかなと思いましてね」
「それは賛成です。じゃあ俺は遅番の従業員たちから、千円ずつ集めておきますよ」
「え、そんなんじゃ、全然足りませんよ。早番は一人五千円ずつ集めましたよ?」
「金額が多過ぎですよ。いくら何でもそんな集めてどうするんですか?」
「いや、すでにオーナーの奥さんに相応しい見舞い品をチョイスしてあるんです」
「だからって……」
「じゃあいいですよ。早番だけで金を集めてプレゼントしますから」
 この野郎…。プレゼントだなんて、とうとう本音吐きやがって……。
「分かりましたよ。集めればいいんでしょ、集めれば」
 結局従業員たちから五千円も徴収できない俺は、みんなから事情を話し千円ずつだけ預かる。遅番は全部で五名。俺以外の従業員の人数分四千円は、すべて自分で出す事にした。自分の分を合わせたら、二万一千円の損失である。
 こうして集めた金を吉田へ渡す。吉田は「じゃあ早番の時間で見舞いに行ってきますね」と笑顔で言い、店を一日抜け出したままだったという。
 三日後、オーナーが朝十時頃珍しく『ワールド』にやってきた。ちょうど遅番も早番もいる時間帯である。吉田は早速オーナーの下へすり寄りゴマをすりだした。
「おはようございます、オーナー。今日はお外の天気もいいですねー。まるでオーナーの笑顔と共に、太陽も気を使って懸命に天気を良くしたって感じですよ。今日もそのネクタイの色、とてもお似合いじゃないですかー。んー…、それよりも一見地味に見える柄が、その色をより一層引き立てているんですねー。オーナーのセンスの良さが分かります。あ、それとも奥さんのセンスがと、言ったほうがいいんですかねー」
 ベタベタ過ぎるお世辞…。それでもここまで言われて、嫌な感じを受ける人間などいないだろう。オーナーはニッコリとなっていた。俺と遅番の従業員は、お互いに目を見合わせて吉田のゴマすりに呆れ返る。
「そうそう、吉田。この間はありがとう。うちの家内も本当に喜んでいたよ」
「いえ、奥さまがお気に召すか、非常に心配だったものですから…。この間もドキドキして二時間しか睡眠をとれませんでしたよ」
「まったく君はうまいなー。でも、うちのも君の心遣いが嬉しいとはしゃいでいたよ。あなた、いい部下持ったわね…、なんて抜かしてたよ」
 何の会話かよく分からなかった。とりあえず俺も挨拶をすると、オーナーは不機嫌そうな表情になり、「神威、おまえは本当に冷たい奴だな」と素っ気なく言う。何故そう言われるのか分からない俺は黙っていたが、オーナーは続けざまに「吉田を見ろ。うちの女房の見舞いに『カシミア』のひざ掛け持って駆けつけてくれたんだぞ? 少しは見習え」と嫌味たっぷりに口を開く。それだけ言うと「じゃあな、吉田」とオーナーは店を出て行った。
 オーナーの馬鹿さ加減には呆れてモノが言えない。
 吉田は、俺や下の人間からうまい事言って金を巻き上げ、自分一人が格好をつける為だけに金を使っていたのである。さすがにちょっと許せないものがあった。
「あれ、おかしーなー…。みんなからのプレゼントですって、渡したはずなのになー…。オーナーも何か勘違いしてるみたいですね。ま、あとでうまく俺のほうから言っておきますよ。おい、大山! ちゃんと仕事しとけよ。俺はちょっとタバコ買ってくるから……」
 バツの悪さを誤魔化すように、その場から去る吉田。みんなから五千円ずつ徴収して、総額四万五千円。それが『カシミア』のひざ掛け一つ? どれだけ自分の懐に入れやがったんだ。ふざけやがって……。
 そんな訳で、俺はこの吉田という男が大嫌いである。

 仕事中、休憩室でタバコを吸っていると携帯が鳴る。
 画面を見ると、『ワールド』初期の頃働いていた元従業員の大橋からだった。
「久しぶり、どうしたの?」
「神威さん、たまには飯でも一緒に行きましょうよ」
「う~ん、色々忙しくてな。また今度暇になったら、連絡するよ」
「だっていつも神威さん、そう言いながら連絡くれないじゃないですか~」
「店の事で色々あるんだよ。また、連絡するから……」
 俺は手短に言って、電話を切った。
 話は遡るが、『ワールド』初期の頃、遅番にとんでもない悪党がいた。どうやったらうまく金を抜けるか。そんな事しか話題に出さない男だった。当時俺より入ったのが数ヶ月先というだけの上司。こんな人間が上にいると、溜まったものではない。
 その男の名前は下池。ゲーム屋に来る前にしていた仕事は『ぼったくり』の飲み屋と『ホスト』。客を意識なくなるまで酔わせ、財布からクレジットカードと免許証を抜き出して、限度額一杯まで金を引き出すと路上に捨てた。そんな事を自慢げに語るクズ野郎だった。
 年齢は俺より七つも下で二十三歳。もう結婚もしているが、店の電話を使って毎晩奥さんとひっきりなしに業務中話をするのが好きな男だった。あまりにも度が過ぎるので、俺が注意をした事があるぐらいだ。一度浅田さんから各店に通達があり、あまりにも電話料金が掛かるので、出前を頼む以外ノートへ誰がどのくらい電話を使ったのか書けと言われた事もある。原因は客でも従業員でもなく、下池しかいないのに理不尽だなと感じた。
 当然客からのクレームも多く、リストにいながら長電話。負けの込んだ客にしてみれば、気分が悪くなるのも当たり前である。
 とても上の人間とは思えない振る舞い。ガキがタイミングよく店に入り、好き勝手をしているようにしか感じられない俺は、幾たび下池と衝突した。
 そして店を流行らせる事のできなかった下池は、責任を取らされる形で辞めていった。
 下池はその後、金融業界へ流れたと聞く。そして俺が育てた『ワールド』の従業員にもうまい話を持ってきて、引き抜きを始めた。
 大橋はその下池のいる金融へ行くと言って、うちを辞めた。性格の優しい奴だったので、もちろん俺はとめた。通常の金融会社ならまだいい。しかし下池のいる金融は闇金の中でもかなり凶悪なところだったのだ。
 制止も聞かずうちを辞めた大橋は、結局一ヶ月でその金融も辞めてしまう。
 愚痴を言いに来た事があった。行った先は闇金で、利息はトイチが可愛く見えるようなところだったらしい。十日でつく利息が二十倍ぐらいだと言っていたので、トイチ風に例えると、トニジュウって事だ。客の支払いが滞り追い込みを掛けていたら、目の前で手首を切られたそうだ。それでも下池は追い込みを掛けろと平然と言ってのけた。それに嫌気をさして辞めたようである。
 歌舞伎町裏稼業の人間は、大きく分けて二種類にしか分かれない。警察に捕まる商売を分かってやっているのだから、全員悪人といえばそうかもしれないが、必要悪としてその仕事に徹する人間。もう一つは金の為なら何でもありの人間。後者に下池のような人間がいる。
 大橋は二、三ヶ月に一度、連絡をしてくるが、ずっと誘いをやんわり断っていた。
 あいつが辞めてから、もうかれこれ五年ぐらい経つのか。
 何の目的で食事をしようというのか知らないが、うちを辞めていった従業員と会っても意味がない。それならまだ、今の従業員たちにご馳走してやったほうが断然マシである。

 この日は雨も降り続け、客足が久しぶりに途絶えた。
「神威さん。俺、初めてですよ」
「何が?」
「俺が働いてから営業時間中、客がゼロになったのは……」
「ああ、たまにはノーゲストだってあるさ」
「何ですか、ノーゲストって?」
「山羽は初めてだから知らないのか。客がいなくなる事さ」
「なるほど」
 店の中で、これだけ普通に従業員同士が話をできるのも珍しい。たまにはこういうのもいいだろう。
 ノーゲストになってから、一時間半ほど過ぎ、店内のチャイムが鳴った。この店は地下にあり、階段を誰かが通ると、チャイムが鳴るようにしてある。階段の隅に設置されたビデオカメラを山羽が見て、嫌な顔をしていた。
「山羽、誰だ?」
「ブスです……」
「ゲッ」
「ほんとかよ……」
「店、今日は終わった事にします?」
 みんな、好き好きな事を抜かしている。だが、そういう俺もそう思っていた。
 ブスという酷い仇名のついた客。決して顔はブスではない。むしろ美人に入ると思う。何故、彼女がブスと呼ばれるかには、話すと長くなる。
「いらっしゃいませ…」
「どいてよ、そこに立っていると邪魔よ」
 いきなりブスの先制攻撃が始まる。そしてルイヴィトンのバックから、乱暴に小銭入れを取り出していた。
「千春さん、ドリンクは何にしますか?」
 山羽が話しかけると、ブスは顔を歪ませながら怒鳴りだす。
「うっさぃね~、あんたは…。今、私は財布を探してるの。邪魔だから向こう行ってよ」
「はい、すみません……」
 他の客がいないと、横柄な態度で応対するブス。怒鳴る時の表情はもの凄いものがあった。
 顔のど真ん中に、一本の中心線を引いたとする。よく見ると人間は左右対称ではない。しかし千春ことこのブスは、その歪み具合が半端ではない。いつもしかめっ面をしているせいか、顔の軸がずれていた。せっかく綺麗な顔立ちに生まれたのに、自分で自分の顔を歪めたブス。それが千春だ。
 こっちに来るなというから、誰も近付かないのに、ブスは五百円玉を右手に持ち、テーブルの上でコツコツと、キチガイみたいに叩いていた。
「ちょっとタバコ買ってきて。あと烏龍茶」
 山羽が飲み物を運ぶと、千春は睨みつけていた。何故ゆえにそんな顔をするんだろうか? そう思いながら見ていると、突然、山羽に向かってブスは五百円玉を投げつけた。何て事をしやがるんだ。
「タ・バ・コ……」
「は、はい……」
 偉い。偉いぞ、山羽…。俺は心の中であいつを褒めた。店内にはタバコの自動販売機があるが、千春はいつもそれ以外の煙草の銘柄を指定する。つまり店に三十種類以上、煙草があるのに、いつもブスは違うものを注文するので、外まで買いに行かないとならない。
 以前、販売機のタバコをブス専用の銘柄を入れた。すると、千春はワザとタバコを変えたからといって、別の店内にはない銘柄を頼んでくる。そんなに特殊な煙草なら、店に来る前に自分で買ってくればいいのに……。
 山羽から前に聞いた事がある。たまたまキャバクラに行ったら、千春がそこで働いていたらしい。性格が悪過ぎるので指名客などはいないらしく、いつも一ヶ月おきに店を代えているみたいだ。
 キャバクラマニアの山羽は、そういうどうでもいい情報だけはとても詳しく早い。
 何故ブスが一カ月おきに店を変わるかを聞くと、最低賃金の時間給二千五百円がもらえるかららしい。適当にやっていれば八時間いるだけで日給二万円になる。四時間でも一万円だ。一ヶ月過ぎても客がとれないとクビになったり、時給を下げられたりするのでブスは店を一カ月おきに転々とするみたいである。
 それだけ都内には、山のようにキャバクラがあるのだ。何で国はこんな状況を放っておくのかなあ……。
 山羽がタバコを買って戻ってきた。千春は、そのタバコを山羽に突っ返す。
「私、タバコ変えたのよ。言ってなかったっけ? これ、いらないから。ディオ、バージニアスリムを買ってきて」
「は、はい…。かしこまりました」
 山羽は目に涙を溜めながら、再度、タバコを買いに行った。
 そろそろこの女も出入禁止の対象だな……。

 夜中の三時頃、急に非常ベルが鳴り出した。
 このビルの上にある風俗店がバルサンでも焚き、スイッチが作動したのだろう。別段、よくある出来事なのでそんなには驚かない。
 俺は店の外にある電源室へ向かい、非常ベルの音を消した。以前、管理会社から消し方を教わっていたのである。
 店内に戻ろうと通路を歩いていると、再び非常ベルが鳴り出した。
「ん?」
 俺のやり方が悪かったのかな。そう思いながら、またベルを止める。
 また戻ろうとした時、再度ベルが鳴り出した。
「うるせーな」
 独り言をいい、店のドアを開けた時、上から真っ白い粉のようなものが、すごい勢いでブシューと降りかかってきた。
「ぶわっ!」
 俺は白くなった頭を叩きながら、店内へ駆け込む。けたたましく非常ベルは鳴っている。何が起こっているのか、まったく見当もつかなかった。
「どうしたんですか、神威さん。真っ白ですよ」
 俺の姿を見た島根がビックリして近づいてきた。
「いきなり白い粉が上から降ってきたんだ。何が何だか分からない……」
 非常ベルが鳴りっ放しの状況に、店内の客も自然と入口の方向を見た。そこに俺が真っ白な粉を全身に被っていたものだから、ビックリしたのだろう。『ワールド』は、ちょっとしたパニック状態になった。
 とりあえず何が外で起こっているのか、冷静に見極めないと話にならない。俺は、白い粉が舞う階段を一気に駆け上がる。
「……!」
 一階、目の前の一番街通りには、『ワールド』のあるビルを取り囲むようにして、たくさんの人だかりができていた。
 只事じゃないな。そう感じた俺はすぐ店に戻り、客を外に出す事にした。一時、店を閉め、近くの喫茶店に従業員を集合させる。
「島根君、ちょっとあの辺の野次馬連中に、何があったのか聞いてきてくれるかい?」
「分かりました」
 島根は注文したアイスコーヒーに口もつけず、迅速に行動してくれる。
「神威さん、災難でしたね」と、山羽がおしぼりを渡してきた。
「俺が引っ掛かった白い粉って多分、消火器じゃねえかな」
「消火器?」
「まあ、ビルの入口付近で何かあった事だけは確かだろ」
「何か最近の歌舞伎町…。おかしい事が続きますよね」
 警察の警告から始まり、天龍のチクリによる機動隊出撃……。
 確かにここ最近のこの街は変である。あの一番街の大惨事以降、妙な出来事が頻繁に続き過ぎていた。
 考え事をしていると、携帯が鳴る。地元の先輩である長谷部さんからだった。
「おい龍一、無事か?」
「え、何がです?」
「また一番街の雑居ビルでボヤがあったって、今ニュースで流れていたからさ」
「ボヤ?」
「歌舞伎町の五箇所ぐらいでボヤ騒動があったみたいだよ。前の火事とは違って、ボヤで済んだらしいけど」
 やはりあの時、俺が被った白い粉は消火器だったのである。
「テレビで大騒ぎなんですか?」
「まあボヤだったから大騒ぎってほどじゃないけど、先日の大火事があるからマスコミも注目してるんだろ」
「ですね…。俺は問題ないですよ。心配してもらってすみません。状況把握したら、連絡しますよ」
 そろそろ『ワールド』、いやこの街も厳しいかもしれないな。ふと、そんな不安が頭の中をよぎった。

 また店をしばらく閉めたほうがいいのか。色々考えてみたが、連日起きる騒動の為、売上もガタ落ちだった。休むにしても、従業員の保障をしてやらないといけないし、現状では厳しいものがある。番頭役の浅田さんと話し合い悩んだ末、明日から通常通り営業する事に決めた。
 それにしても、何でこんなについていないのだろうか。俺は気分転換にゲーム屋へ行ってみた。レートは一円の店にしておく。
 二万円負けたら大人しく帰ろう。下手に格好つけて熱くなると、いくら金があっても足りないギャンブルである。
「いらっしゃいませ。本日のご来店は初めてですか…。はい、ではこちらの新規伝票にお名前をお書き下さい。ドリンクは何にしますか?」
 俺はメロンソーダを注文して台を選ぶ。入口に一番近い五卓へ腰掛けた。
 一万円ほどストレートでのまれる。運のない時っていうのは、こんなものだろう。
「いらっしゃいませ」
 新しい客が入ってきたようだ。俺の横を通り過ぎる際、黒い網タイツの足が見えたので、自然と視線で追ってしまう。
「げっ……」
 俺の少し前に腰掛けた客は、うちの店にもよく来るブスの千春だった。ゲーム屋でこの女と会うと、必ずといっていいほど負けるというジンクスがあった。それにしても、あんな女の足を眺めてしまっていたとは……。
 あと一万円ほどやって出なかったら、すぐに帰ろう。
 ピシッ。
 前では千春が、千円札を手に持ち指で弾きながら偉そうに店員を呼んでいた。普通に声を掛ければいいものを…。本当に性格の悪い女だ。
 淡々とポーカーをやっていると、フォーカードが揃う。ダブルアップで叩くと当たり、『一気』となった。台から出る音でブスが振り返る。俺の存在に気づいてしまったようだ。
「あら、店長。調子いいじゃない」
 ブスはニコニコ微笑みながら近づいてくる。相変わらず顔の軸は歪んで見えた。
「いやいや、まだ負けてますから」
 笑顔で応対しつつ、俺の内心は、「こっちに来るな、ブスめ。気安く話し掛けるな」という感じだ。
「最近、私もポーカー調子悪くてさー」
 そんなの俺には何の関係もねえと言いたいところだが、あまり関わり合いにならないほうがいい。適当に相槌を打っていると、ブスは自分の席に戻った。これでゲームに集中できる。
 しかしその甲斐もなく、あっという間に先ほど出た『一気』の分はのまれてしまう。これ以上ここにいてブスに絡まれても嫌なので、今日のところは帰る事にした。
「どうもすいません。お疲れです」
 ゲーム屋の店員たちが大きな声で声を掛けてくる。俺は軽く会釈をしながらドアを開けようとした。
「ちょっとどいて!」
 五十台ぐらいのオヤジが強引に入ってきて、俺を突き飛ばす。オヤジは俺に構わず、ホールへ進んでいる。随分と失礼な奴だな……。
 少しぐらい文句言ってやるか。俺はオヤジのあとを追いかけた。
 失礼なオヤジはホール内をキョロキョロ見回し、店員が話し掛けても無視をしている。
「あ、いやがった!」
 でかい声で叫ぶと、千春の座る席に向かっていく。
「この野郎! こんなところで何してやがるんだ!」
 そう言うなり、千春を後ろから羽交い絞めしだすオヤジ。異常な状況に俺は黙って見ているだけだった。
「ちょっとお客さん! 何してんですか!」
 さすがに店員が止めに入るが、親父は千春を離そうともしない。
「離せっ!」
 オヤジは真っ赤な顔で怒っている。羽交い絞め状態のまま、千春を入口方向へ引きずり出していた。
「嫌だ、嫌だ……」
 千春は泣きそうな表情で抵抗をしていたが、どんどん引きずられている。
「やめて下さい、お客さん。落ち着いて」
「うるせー、こいつはなー。俺の退職金使い込みやがったんだっ!」
 退職金を使い込んだ? いまいち意味が分からない。
「落ち着いて下さい、お客さん! 彼女はうちの客なので、無礼な真似をしないで下さい」
「黙ってろ! 俺が自分の娘に何をしようと勝手だろうが。どけっ!」
「……」
 まさか千春の実の父親だったとは……。
 まだ若いくせに金を持っているなとは思っていたが、自分の親の退職金を使っていたとは驚きである。とんでもない女だ。
 みんな、拍子抜けした状態で立ち尽くし、ブスは自分の父親に引きずられ店から出て行った。
 それ以来、ブスの姿はこの街から消えた。
 金がなくなった者は、自然と歌舞伎町を去っていく。俺もこうしてゲームをしながら現実逃避をしているが、明日は我が身なのだ。

 仕事上、笑顔で接客はしていたが、いつもどこかしらイライラしている自分がいる。原因は店の売上が悪いからであった。
 この店がなくなったとして、俺は何ができるだろうか。
 過去、プロレスの世界にいた時期もあるから、体だけは頑丈である。それと酒に対する知識とカクテルを作る腕。サービスの仕事ならやっていけるだろうが、いまいちそんな気にならないでいた。
 今までの人生を振り返ってみると、ロクなものではない。総合の試合に一年前出てみたが、どこか中途半端である。これといった決め手が俺にはないのだ。
 年齢的にも焦りが生じてくる。
 そんな時、地元で仲が良かった先輩の最上さんと久しぶりに食事をした。最上さんはパソコン関係の仕事をしている腕利きプログラマーである。
「なあ、龍一。おまえ、パソコンしてみれば?」
 いつも会う度、そんな台詞を言われてきたが、細かい作業が嫌いな俺は断っていた。
「俺はアナログ人間ですから無理ですよ」
「いや、やった事がないから、おまえは無理だって勝手に判断してるだけだって」
「確かにパソコンは何でもできるって言いますけど、俺にはどの辺に魅力があるのか全然分からないですよ」
「昔、おまえ、ゲームセンター大好きだったろ?」
「ええ、当時は学校の先生から『ゲームセンターの帝王』と呼ばれるぐらい通ってましたね。高校受験も『ドラクエ2』にはまって失敗したぐらいですから」
「もしさ、パソコンを買えば、昔のゲームが全部できるって言ったらどうする?」
「え、本当っすか?」
「嘘ついてもしょうがないだろう」
 学生の頃、ゲームが大好きだった俺。最上さんの言葉は、心の奥底に潜む忘れていた何かを刺激した。
 初めてのノートパソコンを購入した俺は、最上さんに細かい設定をやってもらい、昔懐かしのゲームができるようになった。これは「違法だから、みんなにはあまり言いふらすなよ」と最上さんに釘を刺される。
 俺は、子供心に帰ったかのようにゲームをした。昭和五十年代に大ブームを巻き起こした『インベーダー』や、東大生が作ったと言われる『平安京エイリアン』。みんなが台に金をバンバン投入し、クレジット数が九十九になり、「キチガイクレジット」と呼ばれる現象が起きた『グラディウス』。平成初期に対戦格闘ゲームブームになった『ストリートファイター2』。
 すべてが懐かしく愛しかった。今やってみて、こんなクソみたいなゲームだったっけなと思いながらも、楽しんで毎日のようにやった。
 昔は時代が本当に良かったなと、過去の思い出も一緒に脳裏に浮かんでくる。しかし、今の店の現状を考えると、ただの現実逃避に過ぎなかった。
 パソコンをやっているといえば聞こえはいいかもしれないが、俺のパソコンはゲーム機と化しているだけだ。

 

 

6 新宿フォルテッシモ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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