岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

小説、各記事にしても、生涯懸けても読み切れないくらいの量があるように作っていきます

闇 54(募るばかりの苛立ち編)

2024年10月07日 09時37分09秒 | 闇シリーズ

2024/10/07 mon

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新宿コンチェルト01 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2010年11月23日~原稿用紙?枚『新宿コンチェルト』クレッシェンド第7弾、2010年11月23日より執筆開始過去から逃げちゃいけない業を背負ってまで、俺はま...

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一人残されて、ただ手術が終わるのを待つしかない俺。

本当にこれで良かったのか?

いくら考えたところで、もうどうにもならない。

周囲から一斉に非難の眼差しで見られているような錯覚に陥る。

しかしそんな事はどうでもよかった。

今まで生きてきて一番辛かった。

プロレスが駄目になって自殺をしようと考えた時か?

ふざけんな!

何を俺は甘えていたんだ。

過去がどうとかでなく、今自分がしでかした事を誤魔化すな。

ただジッと待つ。

それだけの事がとても苦痛だった。

手術を受ける百合子の状態を考えると気が狂いそうだった。

できる事なら俺が変わってあげたい。

タイムマシーンがあったら、ちょっと前に戻りたい。

でもそんな事は絶対に不可能で、単なる自分自身への気休めにしかならない。

考えれば考えるほど後悔の念が強くなるばかりだった。

今さっき手術に向かう前の百合子のはにかんだ顔を思い出す。

果たしてあれは、はにかんだ顔と言うべきなのか……。

どう表現していいのか分からない。

ただそのはにかみの表情の裏側には、とても辛く、恐怖心だってあるに違いない。

そんな状態なのに俺に対して見せてくれた百合子の優しさだったのか?

心が痛い。

鋭利な槍のような刃物で心を突き刺され、グリグリとエグられているような感じだ。

馬鹿…、何が感じだなんだ。

今、百合子は本当に肉体を傷つけているんだぞ?

せつない。

無力で何もできない自分の愚かさを呪った。

頬を涙が伝う。

本能的にできるのは涙を流すぐらいなのかよ……。

トイレに駆け込むと、嗚咽を漏らしながら思い切り泣いた。

過去に二度だけ、このぐらい泣いた事があった。

全日本プロレスが駄目になった時。

そしてジャンボ鶴田師匠が亡くなった時。

やり場のない言いようのない悲しみ。

でもそれらとは明らかに種類の違うものだった。

いくら泣いても全然すっきりしない。

悔やんでも悔やみきれない。

俺は上着から手帳を取り出して、白紙の部分を捜す。

今日の今現在の事は、生涯心の中で噛み締めなきゃいけない。

今の心境を素直に手帳に書き出してみた。

 

【十二月十八日。土曜日。仕事を休み、九時に愛和病院の産婦人科で百合子と会う。何を言ってもどうにもならない事を分かりながらも、俺は色々と話す。九時二十分頃二階に行き、もう少しで手術が始まる。看護婦が「行きましょう」と迎えに来た時に最後の確認をした。「本当にいいのか?」おまえは少し考えてから俺にはにかみながら頷いた。そのはにかんだ表情が何を意味してるのかは分からない。でも一番辛い思いをするのは、俺ではなく百合子自身なんだ。俺は看護婦に頭を下げて、よろしくお願いしますといった。俺には何もできないし、何もしてやれない。心の底からお願いした。これから一時ぐらいまで俺は一人でおまえを待つ。ただ待っている事もできずに、今、こうして文章を書いている。何故、こうなってしまったのだろう。以前から腹を括ったと百合子に俺自身言っていたが、もう少し違ったやり方ができたんじゃないか? 周りから頭が切れると言われ、自分でもそう思っていたが、単なる馬鹿だったという事だ。結果的にお互い嫌な思いをして、おまえを傷つけてしまっただけなのだから…。男が生まれたら『隼人』と名前をつけたかった。自分が書いた処々作の主人公の名前。都合のいい言い方だが、本当にそう思っていた。しばらく俺はずっと一人で生きていくだろう。俺たちの子の事はずっと心にとどめながら生きていくのが、せめてもの償いだと思う。一人の生命を…、愛し合ってできた生命を消してしまった。俺とおまえのエゴで消してしまったのだ。でも深く傷ついているのは百合子だ。俺は精神的なだけで…。本当にごめんな。そして男か女か分からないけど我が子よ…。俺が悪かった。】

 

読み直して見ると、まるで百合子宛てに書いた手紙のようだ。

手帳に書き終わり、時間を確認するとまだ十時半だった。

一時までかなり時間がある。

このまま待っていると気が狂いそうだった。

病院内にいるのが嫌で堪らない。

気がつくと俺は外の駐車場にいた。

車に乗り込み発進させる。

自宅に向かって運転する。

ただ待つという事に我慢ができない。

自分の生き方を少しでも誇りに思えるようにしたい。

今、俺ができる事。

それは西武新宿の件に対して後ろ指を指される事なく、正々堂々と決着をつける事だ。

実際に彼女やお腹の子には関係ないかもしれないが、自分の正しいと思った主義思想は投げ出さずに頑張りたい。

今日までは西武新宿に対して悪い方向に考えていたと思う。

終電時間を二時してみようとか、俺の書いている小説を広告で宣伝させるとか……。

そんなんじゃない。

これからでも自分自身を恥じない生き方をしよう。

部屋に着いて、ノートパソコンをバックにしまう。

待っている間だけでも『とれいん』を書き進めよう。

西武新宿の中傷内容じゃない、いい形の物語を作ろう。

病院に着いて先ほどの待合場所に向かう。

 

01 とれいん - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

とれいん執筆期間2004年12月12日~2004年2月5日352枚今日の仕事を済ませ、帰り支度を済ませる。家に帰って飯を喰い風呂に入れば、あとは寝るだけだ。川越と新宿を毎日の...

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周囲の目など一切気にせずに俺はパソコンを起動させた。

読んだ人が良かったと思えるものを書きたい。

一心不乱にキーボードを叩きながら物語を進めていった。

 

十二時五十分。

百合子が言っていた手術が終わる予定の時間まであと十分。

俺は構わずに小説を続けた。

横では赤ちゃんが産まれたばかりの幸せそうな家族が看護婦と話をしている。

見ていて辛いが、結局のところ自分の招いた種なのだ。

現実を受け入れろ。

これ以上自分に甘えるな。

どんどん物語を完成させろ。

自分を叱咤激励させた。

「俺はこれ以上、自分の生き方を間違わない……」

そっと心の中で呟いた。

その時遠くから通路を歩く百合子の姿が目に入った。

手術が終わったのか……。

俺はジッと見つめながら、彼女が近付くのを待った。

「……」

何て表現したらいいのだろう。

手術前と手術後で百合子の顔がまるで別人のようになっていた。

魂が抜けたような感じだ。

自然に俺は駆け寄り抱き締めた。

「百合子、大丈夫か! 大丈夫か!」

「……」

目も虚ろでどこを見ているか分からない彼女の姿を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

何が自分にも責任あるだ。

こいつ自身は充分償いをしている。

悪いのは全部俺だ。

今まで何故もっと百合子に気遣ってやれなかったのだろう。

マタニティブルーという言葉があるぐらいだ。

百合子は妊娠していて精神状態だって安定してなかったのだ。

今になってそんな大事な事に気付いても遅過ぎだ。

俺は大馬鹿だ。

本当に大馬鹿だ……。

「ごめんな。百合子、本当にごめんな…」

「ううん……」

エレベータで一階に降りて受付近くの椅子に座らせると、ようやく彼女は口を開いた。

「大変だったろ? 辛かったろ? 大丈夫か?」

ありきたりの言葉しか掛けられない自分が情けない。

この程度のボキャブラリーしかないのに、よく小説を書こうだなんて思ったもんだ。

それでも俺は思いつくまま話し続けた。

「おまえがどんな思いで手術に望んだのか、俺には分からない…。ただとても大変で辛かったのだろうって事ぐらいは分かりたい。そんな簡単な言葉じゃ、百合子の気持ちを言い表せないのかもしれないけれど…。手術終わった後のおまえの表情を見て、俺が悪かったんだなと本当に反省した。すまなかった……」

ゆっくり時間を掛けて彼女は唇を開く。

「ううん、もう…。もういいの」

「ごめん……」

「これで…、これで終わりに…、しよう……」

「……。うん……」

相手の言い分を優先させたい気持ちでいっぱいだったが、どこかが引っ掛かっている。

これで俺たちの関係を終わりにするとしても、もっとちゃんと話し合ってスッキリさせてやりたい。

自分勝手な考えだが、そうするのがお互いの為になると思った。

「ああ、これで俺たちは終わりだ。俺、手術で待ってる間ずっと色々考えていたんだ。確かに待ってるのが辛くなっちゃって、パソコンで小説書いて自分を誤魔化してたけどね。俺は百合子が好きだよ。今だってね…。もちろんおまえもそうだったと思ってる。ただ、お互い好きと言っても、その度合いが違ってた事に気付かなかったんだと思う。こうなるまでずっとお互い責任があると思っていた。だけど手術が終わった時の百合子の表情を見て、ハッキリ分かったんだ…。俺がすべて悪かった。やり直したいとかそういう事を言ってるんじゃない。おまえが妊娠中なのに何故もっと俺が気遣ってやれなかったんだって後悔してる。この気持ちはずっと…、いや一生背負って生きていくつもりだ」

「……」

「あと、これだけはお互い必ず約束しよう」

「え?」

「以前百合子に子供を産む資格はないと言った事…。本当にごめんなさい! 俺もおまえも、もしいい人と巡り会って子供を作る事になったとしても、その前に籍をちゃんと入れてからにしよう。勢いとかだけじゃなくてさ。じゃないと産まれてくる子供が可哀相だ。約束できるか?」

「はい」

「何か俺に言いたい事あるか?」

「ううん……」

「分かった。今まで本当にごめんな」

「そんな事ない。ありがとう……」

「帰りはどうするんだ? 送って行こうか?」

「今朝もそうだけど、友達の栄子ちゃんが帰りも送ってくれる約束してるから大丈夫」

「そうか…、何時に来るんだい?」

「一時ぐらいにはって言ったけど……」

時計を見ると一時半を過ぎていた。

「とっくに過ぎてんじゃん。もっと早く言ってくれよ。俺なんか気にしないで連絡しなよ。ほら早く」

「うん」

携帯を取り出して友達に電話を掛ける彼女を見て、一つの恋が終わったんだなと自覚した。

寂しいけど自分の蒔いた種だ。

現実を受け入れるしか俺には選択肢がない。

「栄子ちゃん、もうとっくに駐車場で待ってたんだって……」

「じゃあ、早く行ってやりな」

「うん」

二人で立ち上がり、病院の玄関に向かう。

俺はそばで百合子の身体を支えながらゆっくり付き添って歩いた。

外に出ると、友達の栄子ちゃんの車が待っていた。

「今日の病院の費用、いくら掛かったんだい? そのぐらい俺に払わせてくれ」

「大丈夫」

「百合子、そういう問題じゃないだろ。俺の気が済まないんだ」

「あなただけが悪い訳じゃないでしょ。お互いが余裕なさ過ぎたんだよ。きっとね…。だから大丈夫。今までデート代から何からほとんど智ちんに出してもらったでしょ? いつも悪いなって、これでも思っていたんだよ」

「今はそんな事を話してる訳じゃないだろ。せめていくら掛かったぐらい教えてくれ」

「駄目…、言わないよ」

そう言って百合子はあれ以来初めて微笑んでくれた。

栄子ちゃんが車の中から心配そうな目で俺たちを見ている。

「分かったよ。さっきから友達も待ってるだろ。早く行ってあげなよ。最後に本当に困ったら何でも言ってきな」

「うん……」

また百合子は俺に微笑んでくれた。

少しだけ救われた気持ちになる。

俺は栄子ちゃんの車に歩いて行き、礼儀正しく頭を下げた。

「迷惑掛けてしまいすみません。よろしくお願いします……」

「いえ……」

俺は百合子の乗った車が発進して見えなくなるまで、その場に立って見送っていた。

自分がした事は許されない行為だ。

でも彼女の最後に微笑んでくれた笑顔でスッキリできた。

俺って本当に人間失格だな……。

親父やお袋を呪っていたけど、俺が一番呪われるべきなんだ。

今日、自分のエゴで我が子の命を奪ってしまった。

ずっとこの事は背負っていくしかない。

忘れてはいけない事だ。

大事なのは今後の俺自身の生き方だ。

今の自分のできる事から始めよう。

西武新宿の問題。

いい方向で自分を示したい。

今、書いている小説『とれいん』は出来る限りいい作品にしなきゃいけない。

相手を憎むんじゃない。

あの件はみんなが笑って済ませるようにもっていきたい。

それが今現在、我が子と百合子に対する償い方だと思った。

これだけ辛い目に遭っても俺はまだ生きようとしている。

それなら胸を張って生きていきたい。我が子よ……。

頑張って生きるから見ていてくれ。

 

家に帰り小説を黙々と書いていると、携帯電話が鳴る。

當間からだった。

「もしもし、どうかしたんですか?」

「岩上ちゃん、デジカメの件だけどさー」

「はい」

一体、何の用だろうか?

「ちょっとこっちに出てきてくれないかな?」

その言葉に正直愕然とした。

先日ちゃんと仕事を休む理由について、ちゃんと話したはずだ。

恥も外聞も捨てて正直に用件は伝えた。

確かに今は百合子の手術も済んで何も予定はない。

だけどさすがに仕事をする気にはなれなかった。

「すみません。今日、女の件で休むと昨日言ったはずですが」

「それは分かるけど、この間撮ったデジカメの画像をパソコンに入れるのに繋ぐコードを持ってくるって言ってじゃない? だからそれ持って来て欲しいんだよね」

當間の台詞を聞いて思わずムカッてくる。

どうせ俺が行かないと、パソコンを誰も扱えないのだから何の意味もない事だ。

「申し訳ないですけどその件については明日にしてもらえませんか? 今日、どうしても必要なものではないと思いますが……」

「それはそうだけど、明後日にみんなで打ち合わせするだろ? だから今来てみんなに説明してほしいんだよ」

「あのー、お言葉ですが…。今日…、俺は自分の子供をおろしてるんです。その件につきましては、明日朝一で俺が店に行ってからやれば、すぐ済む話です。それじゃ駄目なんですか?」

今日ぐらいは、自分を見詰め直したい。

自分の子供をこの世から消してしまった。

その事実を受け止めたかった。

店にとっては自分勝手な行動に思われるだろうが、ちゃんと休むと筋は通している。

重要な件でならまだ分かるが、どうでもいいくだらない事で呼ばれるのはイライラしてくる。

「岩上ちゃんが来ないと話しにならないじゃん? パソコン扱えるの、岩上ちゃんしかいないんだから。とりあえず今日来てよ。大変なのは分かるけど、夕方出てきて二、三時間の間だけでもパソコンいじって今日は帰りますなら誰も文句言わないよ」

そんなのはただのエゴだ。

それに給料だって出ず、電車賃だって自腹なのだ。

それにこの状態でそんな薄情な事を言うなら、別に納得などしてもらわなくてもいい。

「でも、今日は本当にそれどころじゃないんですよ」

「それじゃみんな納得しないから、出てくるだけ出て来てよ」

こんな奴と働くのを辞めてやろうかと思った。

何故たいした用件でもないのに、わざわざ新宿まで行かないといけないんだ?

「おい、納得しないって何だよ! 悪いけど辞ぁ……」

もう辞めると言い掛けて慌てて思い留まった。

子供を俺は殺してしまった日なんだぞ?

今日ぐらい怒るのはやめよう……。

できる事からやっていくと決めたはずだ。

けじめだけはつけよう。

それに今、俺が中心で動いているホームページ作成の仕事。

辞めたら誰が代わりをできるというのだろうか?

すでに地元の先輩の始さんや松永さんを巻き込んでしまっているのだ。

このままだと気に食わないからそれから逃げると周りから非難されるだけ。

少なくとも今の自分自身が手掛けている仕事はやり遂げないと辞める訳にはいかない。

「分かりました。ただ、今すぐという訳にはいきません」

「何時ぐらいに来れそうなの?」

「夕方…、そうですね。六時ぐらいには行きます」

「分かった。早く来てよね」

携帯電話を切って布団に寝そべる。

早いとこホームページを完成させないと……。

すべてにおいて無茶苦茶な要求が多過ぎる。

それに短期間で色々な事が起き過ぎた。

まず西武新宿の件、地元雀會の件、親父との確執、子供をおろした事、百合子との別れ、そして度重なる店の理不尽な要求。

疲れた……。

身体や神経が疲れを訴えていた。

まだ時間は三時。

五時ぐらいの小江戸号に乗れれば、仕事のほうは問題はない。

俺は百合子の事を考えた。

あれからどうしているだろう。

もう俺たちの関係は終わったのだ。

それでも気にはなる。

素直な気持ちをメールで打って彼女に送ろう。

俺は携帯を手に取り、メールを打ち出した。

 

《百合子、今まで本当にありがとう。時間にしたら短い期間だったかもしれないが、愛し合いし過ぎたぐらい俺とおまえはお互いを求め合ったと思う。お互いの誕生日だって祝えたし、旅行だって行けた。俺には本当に新鮮で面白かったよ。初めておまえがサンドイッチ作ってくれた時は感動したよ。百合子の事、とても大事に想っているし、今でもそれは変わらない。だから今日みたいな事になって本当に残念だ。傷つけ、そこまで追い込んだ俺が悪かった。お互いの関係は終わったけれど、今日の事を戒めに頑張って生きていきたい。もし、おまえが誰か今後、素敵な人と巡り会ってその人との子供を産んだとしての話だけど、将来成長してその子が大きくなった時、あの人と私は付き合ってた事あるんだよって誇りに思えるような人間になりたい。百合子に対しては間違った愛し方だったかもしれない。だけど俺でも人を愛する事ができたんだなと初めて思わせてくれた。本当にありがとうと感謝している。ずっと何年も一緒にいた感じがしたよ。嫌な思いさせてごめんね。今日みたいな事させてすまなかった。困ったらいつでもいいから俺に言ってきな。俺はそばにはいないけど、そんな時があったら素直に頼ってくれ。俺は頑張って生きる。百合子も頑張って生きてくれ。今日亡くなった子の事は、ずっと心に刻み込むよ。俺から最後の言葉だ。本当に百合子が大好きだったよ。今までありがとう。 岩上智一郎》

 

送信する前に何度も打ったメールを読み直した。

読んでいて涙が出てくる。

申し訳ないという思いでいっぱいだ。

時計を見ると、四時半を過ぎていた。

そろそろ仕事で新宿に向かわないといけない。

目一杯気持ちを込めて、俺はメールを送信した。

 

新宿へ着くと、年末も近付いたせいか人の数がいつもより多い。

人ごみを掻き分けて『ガールズコレクション』に向かう。

もうとっくに涙は乾いていた。

これからは自分一人の戦いだ。

西武新宿の件も仕事の件も簡単に片付けてやる。

みんなが幸せな形になれるように……。

雀會の件は、俺の力が及ばなかったけど。

「すみません、仕事の件でみんなを困らせて申し訳なかったです」

店に着くなり低姿勢で頭を下げた。

もういざこざはごめんだ。

「まあいい。このデジカメの撮ったのをパソコンで見るにはどうしりゃいいんだ?」

オーナーの村川がデジカメを手に取りながら聞いてくる。

「このUSBケーブルをパソコンに繋げてこちらの部分をカメラに繋げて下さい。カメラの電源を入れます。これでパソコンはデジカメを認識しました。今、中の撮った画像をパソコンに送ります。これは枚数があるほど時間が掛かりますので、その辺は予め了承して下さい」

時間にして一分半、すべての作業が終わる。

パソコンの中にコピーされた画像をみんなの前で見せる。

「おおっ!」

「これ写真にもできるのか?」

「もちろんプリンターも高性能の物を買ってますので、その白紙の光沢写真用紙を使えば綺麗にできます」

「便利な世の中になったなー」

村川は感心したように頷いている。

こんなパソコン初心者でもできるような事で呼び出されるとは……。

「この風景をうまくいじったりは?」

「もちろん可能です。例えば、プロのデザイナーがよく使ってるこのアプリケーションソフトを起動させましょう」

「何だ? アップリケって?」

「簡単に言えば、この写真を加工したり色々できる便利なものの事です」

「加工?」

「だから写真をさっき言われたようにいじったりする事です」

「ふーん」

こんな感じで俺は四時間半ほど、説明をしながら次々と作業をこなしていく。

時計の針は十一時近くになっている。

その時、携帯電話が鳴った。

聞き覚えのある着信メロディ……。

百合子からの着信だった。

一体どうしたのだろう?

何かあったのか?

「おい、岩上。この写真をこうやってこんな感じにできるか?」

パソコンの便利さが少し分かったのか村川は妙にご機嫌だ。

本当にくだらない連中だ。

見ているだけで吐き気がする。

「すみません、ちょっといいですか」

俺はみんなの前から離れ、百合子からの電話に出た。

「……」

「百合子、どうした? どうしたんだ?」

「あのね…。……。やっぱりいい…。ごめんね……」

「いいって事あるかよ。何か言いたい事があったから電話したんだろ?」

「……」

電話の向こうで百合子は泣き声を押し殺している。

「何でもいいから言ってみな。な?」

「やっぱり…、いいの…。何でもない。だ、大丈夫…。ごめんね」

「泣いてんじゃないかよ。大丈夫な訳ないだろ? 何でもない事でもいいから言いなよ」

「……」

「百合子、黙ってちゃ分からないよ。言い辛くても言ってみな」

「……」

「じゃあ、何でわざわざ電話を俺にしてきて泣いてんの?」

「あ…、あのね……」

「うん、何だい?」

「きょ、今日は自分の部屋に行たくないの……」

「俺にどうしろって言うんだい?」

「今日…。……。逢ってくれないかな……」

「ああ、分かった。ただ、今仕事で新宿にいるんだ。すぐ帰るからそれまで大丈夫かい?ほら、そんなに泣かないで…、な?」

「うん」

「川越に着く頃になったら連絡するから」

「分かった。待ってるね」

「百合子…、体は大丈夫かい?」

「うん、大丈夫」

「もうじき十一時だから、多分十二時ぐらいまでには着くよ。それでいい?」

「うん」

携帯を切ると、オーナーの元へ行き、帰らせてもらうとハッキリ自分の意思を伝えた。

さすがに今度は文句を言う者は誰一人としていなかった。

こんな日にわざわざ呼び出されて来たのに、結局どうでもいい事ばかりだ。

帰り支度をしていると當間が声を掛けてくる。

「子供、おろしたの?」

「……」

「あれ、どうしたの?」

「おろしたから、今日休んだんじゃないですか!」

「そんな怒らないでよ。おろしたおろしたって言ってるけど、それを言ったら俺なんて、何回もおろしているよ」

「キサマ……」

気付けば無意識の内に當間の胸倉をつかんでいた。

「何をしてんだよ、岩上! やめろ!」

村川や有木園が間に入ってくる。

この馬鹿の顔面に渾身の一撃をお見舞いしたかった。

「急ぐんで失礼します」

それだけ言うと、俺は『ガールズコレクション』をあとにした。

もう俺がこの店で働くのは長くはないなと感じた。

當間と俺とでは感覚が違い過ぎる。

頭がおかしいんじゃないかと思った。

自慢でもしてるつもりなのか?

よくもそんな台詞を吐けたものだ。

俺は子供をおろすなんて、あのような思いはもうごめんだ。

二度と味わいたくない。

よく何回もおろせただなんて平気で言えたものだ。

當間の言うおろすと俺とは、明らかに種類の違うものなんだろう。

どうでもいい事を考えながら、西武新宿駅に着く。

改札を抜けて小江戸号の特急券を購入すると、特急車内清掃待ちの乗客が列を作って並んでいる。

俺も列の最後尾に並び、小江戸号の清掃が終わるのを待った。

駅員が特急券の確認目的の為の捺印を前から押しながら近付いてくる。

どこかで見たような……。

そうだ、この間の駅長の峰だ。

俺はずっと峰の顔を睨みつけた。

しかし峰は素知らぬ表情で俺の切符に捺印して、さりげなく素通りして過ぎていく。

後ろを振り返り峰を睨みつけても完全に俺を無視しているようだ。

さっきの當間の件といい、今の峰の態度といい、腹が立つ事ばかりだ。

列の先頭が動き出す。

清掃が終わり、電車のドアが開いたようだ。

俺も列の進む速度に合わせて歩き入り口まで行くと、若い駅員が立っていたので声を掛ける。

「おい、今日の駅長って誰よ?」

「は?」

「今日の駅長は?」

「は、はい。本日は峰駅長です」

「そいつに言っとけ。告訴されねえと分からねえのかって」

「は、はあ……」

完全な八つ当たりだが、向こうの出方がああだからこのぐらい言っても罰は当たるまい。

若い駅員には気の毒だったが少しだけ気分がスッとした。

これから百合子と会うのに少しでもイライラを無くしたかったのだ。

 

闇 55(訪れた平穏編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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