2024/11/1
前回の章
岩上整体の資金繰り問題。
考えると頭が痛くなる。
逃げたいけど無理だよな……。
群馬の先生に一度会いに行こう。
俺は連絡をして群馬へ行く日取りを抑える。
さて、今日は古木との約束の日。
古木英大が彼女にしたいという女を岩上整体へ連れてきた。
牧田順子、三十二歳、調理師。
古木とは同じ年。
第一印象はショートカットで少し男っぽい女性。
女性なのだが、どこか男っぽいのだ。
もう少し可愛い系または綺麗な子を想定したので、少しだけ驚いた。
「じゃあ古木君、彼女のプレゼント買いに行くんでしょ?」
「はい、では岩上さん、この子をよろしくお願いします」
ここまで俺の計画通り。
「痛いのは腰ですよね?」
「ええ、仕事上ずっと立ちっ放しなので、腰はかなり痛いです」
施術をしつつ、俺は古木の印象がより良くなるような会話を挟む。
「彼は結構今時珍しい好青年ですね。基本真面目だけど砕けた話もできるし、先日なんて私のパソコンが雷に打たれて故障してたの、直してくれたんですよ」
「彼は手先器用ですからね」
「知り合ったのはこの整体の裏にあるジャズバーなんですけどね」
「ああ、私行った事はまだ無いですけど、話は聞いてます」
「そこで面倒な常連客に絡まれていたところを古木君が間に入ってくれましましてね……」
「え、そんな話までは聞いていなかったです」
嘘なんだから当たり前だろ。
このように真実の中に虚を少し交え、より古木の印象を良く仕立てる。
「どうです、腰は?」
「あれ…、本当に軽いです。えー、嘘みたい!」
牧田順子は嬉しそうに腰を回して喜んでいる。
俺はカルテを書くふりをしながら、古木の携帯電話へワンコールだけ鳴らす。
整体へ戻れの合図。
少しして戻る古木。
「岩上さん、只今戻りました。あ、彼女の施術終わったんですね」
「職業上また腰が痛くなる可能性はありますが、また酷くなるようでしたら、うちへ来て下さい」
「先生、本当にありがとうございました。おいくらでしょうか?」
「今日誕生日なんですよね? おめでとうございます。いつも古木君からは良くして頂いているので、今日は誕生日という記念も込みで無料でいいですよ」
岩上整体の資金繰りで困っているのに、俺は本当に馬鹿だなとは思う。
ただここで初診の千円取ったところで、そう変わる話でもない。
「え、そんな!」
「ま、あとは古木君が色々お店調べて牧田さんを喜ばそうと躍起になっていましたから、一緒に行って楽しんできて下さい」
「先生…、本当にありがとうございます……」
古木と牧田順子は岩上整体を出て街並みに消えていく。
すべて俺が仕組んだ計算通りだとは、彼女は露ほども思っていないだろう。
これからぼだい樹か。
頼んだよ、奈美。
翌日パソコンのメールを見ると、四十三件の新着メールがあった。
一つは春美からで、あれから打ち身で痛かったところも良くなり、ウエストがあの日で縮んでいたからビックリしましたという内容だった。
こちらこそ至福な時間をありがとうございましたである。
もう一つは古木からで、ぼだい樹へ連れて行った牧田順子は、奈美がとても良い接客をしてくれ誕生日のお祝いの歌まで唄ったそうだ。
牧田はこんなに良くしてもらったのは初めてとその場で泣き出し、帰り際ゲームセンターに寄ってプリクラを撮った古木は抱き寄せてキス。
そのままホテルへ行って結ばれ、幸せな一日を過ごせたというお礼メールだった。
残りの四十一件のメールは、すべて山崎ちえみから……。
過去、格闘技現役時代に俺はストーカー被害に遭い、震えた日々を送った事がある。
最近ではピアノ発表会あとの長子くらい。
百合子と付き合う前の事だから、三年以上前の話だ。
山崎ちえみ…、過去味わった数々のストーカー被害の時と同じような感覚がした。
俺はメールの内容を一つも見ずに、すべて削除する。
ヤバい女に手を出してしまったなあ……。
ブログ『智一郎の部屋』で小説の事に関する記事を書く。
『新宿クレッシェンド』が最終選考を通過した事も加わり、アクセス数は日に日に伸びている。
そのアクセス数…、どれだけの人が見ているのかをテーマに記事を書いてみた。
二千七年七月十四日
アクセスランキング
気になる読者数だけど……。
全作品投稿数一万五千五百十五作品って
なってるけど……。
実際、鬼畜道で二千三百十五名だけ。
今月半月で八百十名。
人数的には大した数字ではない。
携帯小説って流行ってるとは言うけど、実際どうなんだろうね。
マスコミの作った怪情報なのかな?
評価っていうのも、長く載せれば載せるほど有利だし、いまいちあてにならないね。
一体小説って、何に価値があるんだ?
賞を受賞する事だろうか?
読んだ人に深い何かを残させる事だろうか?
小説で食っていく事だろうか?
人気って何だろ?
結局のところ、ここ最近のドラマなんて、ほとんどが漫画原作の多い。
俺は見ないけど。
それって小説からのドラマじゃ
つまらないからでしょ?
今の世の中って何なんだろ?
まあ、俺は書きたいから、小説を書いてる。
それはこれからも変わらない。
誰の為でもない。
俺の為に俺は小説を書いている。
少ししてコメント欄には、いつもの常連が色々書き込む。
『書きたいから書く。
そして自分はトモさんの小説が読みたいから読む。
この関係でいいのではないでしょうか? かわごえれっず』
かわごえれっずって同級生の飯野君だよな。
川越出身の熱烈な浦和レッズファンだから、かわごえれっず。
俺が新宿にいる智一郎だから、新宿トモとほとんど同じ理屈だ。
様々なコメントを読む。
『書きたいから書く。
それが本物ってモンじゃぁないですか!
「めんどくさいけど、イヤだけど書かなきゃ」
そう思った時点でそれは「仕事」になるんじゃないですかね。
八百十人。
確かに文字で見るとピンと来ないかもしれないけど、実際に八百十人の人間を目の前にしたら、こりゃえらい数だと実感できるのではないかな。
…と思います。 写真家』
何が写真家だ、あの馬鹿め。
まあ書いてある事はまともだからいいが。
ほとんどの人は応援してくれるコメントの数々。
感謝で胸が一杯だ。
続きを読むと、一つのコメントに目が止まる。
『こんにちはー。
書きたいから商売抜きで書くか?
売りたいから売れるように自分に反してでも商売として書くのか?
本当に自分の小説を読みたい人にだけ例え一人でも読んでもらえたらと思い書くのか?
ただ売りたいから皆に受ける為の小説を書くのか?
どちらも間違っているとは、言えないですね。
難しい選択ですね。
本が売れない世の中だと言うけど……。
きっと本当に読みたい本があれば買うと思います。
大変だけど頑張って下さいね ちえみ』
長いコメントなので、とても目につく。
「ん?」
さらに別にもコメントが書いてある。
『それから、いつも読者数ばかり気にされてますけど勿論、沢山の方に読んで欲しいのは判ります。
だって評価は、みんな欲しいから……。
でもそればかり気にしなくてもいいと思います。
結果は必ずでると思います。
数字ばかり気にすることは自信のなさに繋がると思います。
こんなに素敵な小説が書けるトモさんなのだから数字なんか気にしないで良いと思います。
済みません偉そうなこと書きました。
でもこれは私の気持ちです ちえみ』
何が結果は必ず出るだ?
電話、携帯、メールすべてが駄目だからと、今度は俺のブログコメントに長ったらしいの書き出しやがった、あの女……。
『個人的に気になる事が……。
ちえみさんへ。
初めまして、写真家と申します。
あなたが書かれた岩上氏へのコメントの中の、「自身」という言葉が妙に気になります……。
あなたの言われる「自身」ってのは、具体的にはどんな事なのでしょうか?
よろしければお聞かせください。
よろしくお願いいたします 写真家』
何だ?
チャブーの奴、コメントでちえみに絡み出してるぞ?
しかも「自信」を「自身」と漢字を間違っている。
『こんにちは写真家さん、初めまして。
自信…、自分のやっている事に自信が持てるなら数字をそんなに気にしなくても?
…っと思いました。
とは言っても気になるのはわかります。
評価は一番嬉しい事ですからね。
そう言うことを気にしなくなることで、もっと違う何かをつかむと思います。
必ず ちえみ』
『ちえみさんへ。
ありがとうございます。
もひとつ質問ですが、「気になる」事を「気にしなくする」にはどうしたらいいのでしょうか?
よろしくお願いいたします 写真家』
本来の趣旨がズレるから二人とも俺のブログ上でやめろ、馬鹿共が。
『写真家さん、こちらこそです。
誰でも人の評価は、気になります。
でもどうでしょう。
自分が思うほど人は人を気にしていません。
なら自分に迷いをもたなかったら気にならないのではないでしようか?
気にしても気にしても何も変わらないのなら気にしている無駄な時間に何か出来ると思います。
こんな答えしか出来ませんがよろしいでしょうか?』
おまえは俺を常に気にして電話やらメールやら、挙句の果てにブログにまで進出してきやがって……。
『なるほどー。
それはまったくその通りかもしれませんね!
何だか、スッキリしました!
ありがとうございます!
また何かあったらよろしくお願いしますね!
それでは、何だか台風も近づいて来ているみたいで気になる所ですが、早めに寝るとします。
おやすみなさいませ 写真家』
本当にとっとと寝ろ、馬鹿。
『私に小説書く頭をください きょうちん』
ん?
きょうちんって、うちの患者の小川京子か?
彼女、このやり取り見てて二人のやり取りを中断させようとコメントくれたんだな。
『書きたいから書く、読みたいから読むかわごえれっずさんと全く同じですが、私もそう思いました。
偶然岩上さんの小説と出会い、その才能に驚き、おせっかいでプロになってほしいと考えたりもしました。
今は昔と違い、メディアも多様化しているので、小説をひたすら書いている人もいれば、小説だけにとどまらず小説を書きながらいろいろな分野で活躍している人もいます。
岩上さんは後者のような気がします。
このままずっと小説を書き続けるかもしれないし、何か別の打ち込むものをみつけるかもしれないし 中原』
おお、また患者の中原さんまで、嬉しいコメントを……。
『自分のためでいいんですよ。
自分で書きたいから書くっていうのが、一番単純だけど、一番難しいことだと思いますよ れっこ』
おお、最近ミクシーで知り合った北海道の奥尻島に住む人妻のれっこさん。
明るくてサバサバしてて、とてもユニークな女性だ。
『かわごえれっずさんへ。
俺は書きたいから書く。
いつも読んでくれてありがとう。
励みになります!
写真家さんへ。
八百十名といっても、延べ人数なので実際に八百十名でないんだ。
世に出たいし、この数字じゃ俺は満足したくない。
いつも励ましてくれて、ありがとう!
きょうちんさんへ。
書く頭ですか。
文字をだらだらって書けば小説になりますよ。
中原さんへ
そんな風に思っていただきありがとうございます。
非常に嬉しいです。
とりあえず今はひたすら書き続けますよ。
れっこさんへ。
もちろんです。
元々俺はシンプルで単細胞なので、難しく考えず、書きたいものを書いてます。
ありがとうございます
岩上智一郎』
まともなコメントをくれた人たちへまずはコメントの返信を。
それと、ちえみがこれ以上暴走しないようみんなの前でハッキリ言おう。
『ちえみさんへ。
数字を気にするのは当たり前です。
自信がないほうに繋がる?
俺は別にそんなつもりで書いている訳ではありません。
自分の書いた作品の数字を気にするのが、無駄な時間なんでしょうか?
俺はそうは思わないし、我が子の世間の目は気になります。
俺が生み出した作品なので……。
書きたいから書く……。
俺は、それ以外で書いても正解とは思えません。
だからつまらない作品が世に充満しているような気がします。
結果は必ず出るとか、今の時点で無責任な事を言わないで下さい。
誰もその事に責任なんてとれません。
不用意に言われるのは、あまり好きではないです。
写真家さんとの論争をしたいなら、彼に確認してメールアドレス教えますので、そちらでお願いします。
写真家さんへ。
アドレス教えていいかな? 岩上智一郎』
こういうみんなが閲覧できる場で、得意がってチャブーへコメントするちえみ。
二人で勝手にやってくれ……。
『別に無責任に言っているわけではないです。
でもそう思われるのなら仕方ありません。
意見は人それぞれです。
もう少し受け止めることをしても良いのではないでしようか?
気を悪くされた事は謝ります ちえみ』
またすぐ返してきた。
頭くるな、コイツ……。
『ちえみさんへ。
ちえみさんが、無責任ではないと言いますけど「結果は必ず出る」って、何で分かるんですか?
俺の作品がグランプリ獲れるような権限を持ってるんですか?
悪いですけど受け止めたほうがって言いますが、俺には俺のモチベーションの上げ方があります。
数字は絶対に気にします!
俺の小説です。
誰の意見も聞かず、自分の好きなようにやります。
一つ言っておきます……。
俺は馬鹿ではなく、大馬鹿者ですから。
それともう一つ……。
自分でどう生きたか、それが一番大事です。
なので、どうしたらいいとかの意見は俺が求めている訳ではないので、必要ありません。
気を悪くされたらごめんなさい 岩上智一郎』
本来ならゴチャゴチャうるせえんだよ!…と、怒鳴りつけたいところだ。
『そうですか。
思いは人それぞれあなたがそう思うなら私が間違っていたのでしよう。
でも私の意見もまた一つの思い。
自分よりの意見や思いは、嬉しいですけどあなたは、違う意見や思いには反論するだけなんですね。
「結果は必ずでる」って別にグランプリとれるなんて言っていません。
誰の意見も聞かないのなら評価をきにするのは違うと思います。
私は、あなたに意見しているのではありません。
こちらこそ気を悪くされたらごめんなさい ちえみ』
何かしつこく反論してきたぞ、コイツ……。
『自分よりの評価は確かに嬉しいです。
勿論、私もです。
でもあなたは反論には腹が立つだけなんですね。
結果が出るは、別にグランプリが取れるとは言っていません。
それを無責任と取るのは、違います。
誰の意見も聞かないのならば評価を気にするのは違います。
自分の立ち位置がしっかりしていると言うのならどんな意見も受け入れることもまた大切だと思います。
こちらこそ気を悪くされたらごめんなさい ちえみ』
『ごめんなさい。
投稿が二重になってた。
もう止めます。
むきになってしまいました。
私のコメントは消して下さい ちえみ』
投稿が二重って、明らかに文章を書き直してからアップしてるじゃねえかよ。
『ちえみさんへ。
俺は書きたいから書き、書いたものの評価が気になるから、数字を見ます。
この記事で、何で反論が出るのかが、俺には分かりません。
人の意見を求める記事ではないからです。
俺の意識表明なだけです。
それを違うと言われたら、徹底的に反論します。
小説を書くモチベーションも落ちます。
ただ世に出ると漠然と言われても、俺には理解できません 岩上智一郎』
ここまで嫌がらせされたら、徹底的に言い負かさないと駄目だ。
本当にふざけんな、あの女。
不愉快な気分のまま、俺は整体の業務を終え、家に帰った。
朝になり自然と目覚める。
妙に気怠い。
昨日のちえみとのネット上のやり取りだけじゃないだろうが、現実問題で岩上整体資金繰り問題で頭が一杯なのだ。
そこへあの女が拍車を掛けて変な事を抜かすから、余計にイライラする。
まあ昨日は言い負かしてやった。
あれを見ていた俺を応援してくれている人たちも、少しはスッとした事だろう。
昼前に整体を開ける準備をしに行く。
「先生ー、こんにちわ」
「あれ、きょうちんさん。こんにちわ」
「先生、何なんですか? あの女の人……」
「一度京都からこの整体に来たんですよ」
とりあえず流れで抱いた事だけは、ズルいけど伏せておく。
「えっ! ストーカー?」
「まあその時は患者でしたけどね。問題はそのあとで、毎日のように電話やメール酷くて仕事にならないんです。それでハッキリ止めてくれと言うと、今度はネットであれです」
「ちょっと異常ですよね」
「まあ最後に言い任せてやったんで、少しはスッとしましたが」
「え、何を言ってんですか、先生! あのあと書き込みありますよ?」
俺は自身のブログ『智一郎の部屋』を確認してみる。
『おはよございます。
昨日は、どうもです。
もう一度だけ書かせて下さい。
私は、あなたを否定したり反論しているのではないです。
これは、私の意見です。
これで、あなたを傷つけたりプライドを損ねたのなら誤ります。
だけど評価や数字を気にし過ぎると何かを見落としてしまう時があります。
これは私にも言えます。
こうでないといけない私はこうだと自分の枠にとらわれると自分の目線だけになります。
自分のキャパを持たなければいけないけど。
広げるのも大切だと思います。
世に出るの意味は何ですか?
有名になりたい?
日本じじゅう世界じゅうに自分の存在を広めたい?
で?
あなたは自分で世に出たい!そう言っていますね。
で?
どうしてそこにいつまでも立っているのですか?
向こうの山が景色が見たいなら自分で向こうに行くしかないです。
言うとあなたはまた私に怒るでしよう。
それでかまいませんこれでモチベーションが下がるとは思いません。
かまいません。
いくらでも反論して下さい。
それではこれが最後の書き込みになると思います。
ありがとうございました ちえみ』
何なんだよ、コイツ……。
「あー…、ほんとしつこいなーっ!」
「先生落ち着いて、落ち着いて」
その時携帯電話に一件のメールが届く。
確認するとちえみから……。
『経営が行き詰まったと心配でしたら、店の入口の両脇にピンクの花を二つ置いて下さい ちえみ』
「うがーっ!」
思わず携帯電話をベッドへ叩きつけた。
何がピンクの花を二つ置けだ?
そんなんで商売うまく行くなら誰だって、入口にピンクの花飾っているだろ!
「ちょっと先生!」
「あ、きょうちんさん、ごめんなさい。取り乱してしまって……」
俺は施術に来たきょうちんに少し待ってもらい、ちえみへ反撃のコメントを書いた。
『ちえみさんへ。
あの色々と申し訳ないんですけど、俺は小説を書き、世に出たいって思い、自分なりに一生懸命努力してやっています。
今の俺の小説の書き方が間違っているとは思いませんし、それを指摘されても直すつもりありません。
世に出る意味は過去に何度も書いてます。
ようは今現在、この位置にいる俺を駄目駄目って思っているだけですね。
俺は自分の立ち位置を変えません。
向こうの景色が見たいなど俺はひと言も言ってません。
人に言われて変わるようなら、今までの俺など意味ないですよ。
ハッキリ言って非常に気分悪いです。
もともと最初のコメントから、こんなみんなが見ているところで書き込むような内容なのかな?って思いました。
小説も書きたいし、俺はこれ以上、返信しません。
モチベーション、俺のやり方あるので、口を出さないで下さい。
自分のやりたいようにしているので……。
責任とるのも、何をするのも、すべて自分の責任なんです。
やっているのは俺なので、放っておいて下さい。
これだけ嫌だって言ってるので、分かって下さい。
自分の事は自分で考え、決めます。
これ以上、意見を押し付けないで下さい 岩上智一郎』
うんうん頷きながら隣で見ているきょうちん。
「おかしいですよね? 何か気持ち悪い人」
「あ、きょうちんさん!」
「はいはい」
「俺と肩組んだ写真撮って『私の男に手を出すなっ!』ってきょうちんさんが言ったようなコメントの記事を書いて反撃なんてどうです?」
「絶対止めて下さいね! 私はただの人妻なんだから、あんなのに目をつけられたら、うちの子供が心配です」
「冗談ですよ。言ってみただけです」
「でもあの人、普通じゃない何かありますね」
ガラガラ……。
整体のドアが開く。
「ややや、どうもどうも」
腐れ同級生のチャブーが顔を出した。
「おまえ、何だよ、あれは!」
俺が突然怒鳴りだしたので、きょうちんは驚いている。
「あ、きょうちんさん…。俺の同級生で、ブログでコメントしていた写真家」
「えー! あんな怖い人、調子に乗せちゃ駄目じゃないですか」
「ややや、こりゃ手厳しい事を」
おでこを手でピシャリと叩くチャブーを見て、殺意が沸いてくる。
「おまえさ…、あんな人がたくさん見てるところで何を挑発してるの?」
「いやー、ほら彼女の連絡先教えてくれると言うからさ」
きょうちんの施術も残っているし、チャブーへちえみの連絡先教えてとっとと追い出そう。
この日よりあれだけウザいくらい毎日のように来ていたチャブーの姿を見掛けなくなった。
一週間経ちになり、チャブーが岩上整体へ入ってくる。
あれだけウザい男であるが、パッタリ来なきゃ来ないで心配はした。
「チャブー! 全然顔を出さないでとうしたのよ?」
「いやーそれがさ、京都へちょっと行ってて……」
呆れた。
本当に呆れた。
俺がちえみの連絡先を教えたら、すぐ連絡して京都まで会いに行っていたのか……。
恐るべき行動力と言うか、他に何て表現したらいいのだろう?
「…で何? 京都行ってちえみでも抱いてきたの?」
「ややや、そこまではさすがに…、指でちょっとこうね……」
「……」
あれほど俺に粘着し、チャブーが会いに行くと股を開く。
何なんだ、あの女……。
まあ考えようによっては、あの不良債権をチャブーが引き取ってくれたのだ。
ここ最近静かな空間に包まれてはいる。
結果オーライというやつか。
「あ、そうそう。岩上これを」
チャブーはバックをごそごそしてテーブルへカラフルな色々な色をした石のブレスレットを置く。
「何これ?」
「ややや、彼女が気を込めて、おまえにってさ」
「え、嫌だ。いらない」
今流行りのパワーストーンってやつか?
「まあまあそう言いなさんなって。彼女、風水だか風地? よく分からないけどそういうのを生業にしているから、身に付けるといいらしいぞ」
どんよりとした邪悪な塊に見えた。
「絶対に嫌だ。いらないよ」
「ままま、そう言いなさんなって。ところでこれからお好み焼きでもつまもうじゃないのさ」
「はあ? 何でお好み焼き?」
「あらら、岩上氏はお好み焼きはお好みではないと?」
「いや、嫌いじゃないよ」
「ではレッツゴー、行こうじゃないのさ」
よく分からない内に、俺はチャブーのペースに乗せられお好み焼き屋へ行く流れになった。
小麦粉に野菜や肉を入れ、練ったものを鉄板で焼き、甘いソースに鰹節、マヨネーズに青海苔を振り掛けただけの食べ物。
そんなものが何故こんな美味しいのだろうか?
まだ仕事中だけど、食事中の札出してきたから問題は無いだろう。
さて、明日は群馬か。
先生に今後の整体の方針を聞きに行くのも場違いな感じがするけど、今の俺の悩みは資金繰りだ。
あの先生なら何かしら言ってくれそうな気がした。
車で群馬へ向かう。
本当なら一日も休まず整体をやり、売上を上げたいところだが、初診千円の患者一人しか来なかったなんてなったら、絶対に心が折れるだろう。
群馬の先生に正直に今の悩みを話し、精神をリラックスさせる。
余裕は無いけど、たまにはそんな一日を過ごしてもいい。
ローズマリーへ到着し、元気良く中へ入る。
群馬の先生は開口一番「あなた、何を持っているんですか? 変なオーラ感じますけど」と言ってきた。
「え、何も持っていないですよ?」
変なオーラ?
「では、何か人からもらっていないですか?」
思い当たるもの…、ちえみの変なパワーストーンとかいうやつか?
いらないと断ったのにチャブーの奴、どさくさに紛れて岩上整体に置いていきやがった。
それ以外に思い当たる節も無い。
俺は先生に説明してみる。
「それですね。うーん、捨てろとまでは言いませんが、整体とか身近なところには、あまり置いておかないほうがいいですよ」
邪悪なちえみのパワーストーン。
あの女、京都からチャブーへ何てものを持たせるんだ。
帰ったら即捨てよう。
俺は岩上整体の現状を話す。
「うーん、せっかくの天職なのに、あなたは優しいと言うか、甘いと言ったらいいのか。ちゃんと治してあげたものに、何故キチンとした請求をしないのです?」
先生の言う通りだ。
俺がちゃんと患者へ正当な金額を請求さえできていれば、こんな苦しむ事もなかった。
自覚はしている。
でも中々そうできない自分がいた。
「俺…、やっぱりこの商売、向いてないんですかね……」
「天職だと私はあなたへ言いましたよ。何故そのように考えるのですか?」
「……」
人の喜ぶ顔を見るのが好きだった。
お袋がまだ家にいた幼少期。
長男の俺はお袋に買い物時連れ回された。
「あら、智ちゃん」
声のする方向を見るとおばさんのピーちゃん、そして姉の京子おばさんが俺を見て手を降っている。
まだ小学一年生だった俺は、恥ずかしくはにかみながらも手を振り返す。
家に帰った途端待っていたのはお袋の暴力だった。
「おまえは何あんなのに媚売ってんだ!」
容赦無く打たれ、その日から俺は自由に笑う事さえできなくなった。
病院へ行っても何もしても駄目な患者。
おそらく『岩上整体』へ来たのは、藁にもすがる思いで来たのだろう。
だから本当に俺を求めている患者でないと、治す気がしない。
施術をするからには、今の状況よりは少なくても良くさせたいし、できればすべてを治したい。
楽になったと笑顔の患者。
それが見たくて整体をやっている。
整体を経営する者としてのエゴイズムだった。
「あなたは別に先生じゃないでしょ?」と小馬鹿にしてくる人間もいる。
少し前まで歌舞伎町暗黒時代を過ごし、女を日替わりで変えながら連れ歩く俺の過去の姿を知る者はムキになり、わざわざ整体まで来て、そう言う暇人もいた。
当然患者でも何でもない。
俺からすれば、ただの営業妨害に過ぎない。
あまりうるさいと「邪魔だ、消えろ」と静かに言ってやった。
逆に「先生!」と嬉しそうに来てくれる患者もいる。
別に呼び方などどうだっていい。
言いたい人が勝手に決めればいい。
「回数通わせて、金を使ってもらって何ぼだよ」
そう知り合いにはたくさん言われた。
そうじゃない。
それだったらもっと保険も利いて安く済む病院や接骨院でいいじゃないか。
困っている人を治したいからこそ、俺は整体を始めたんだ。
自信を持って言う俺に、人々は「医者でもないくせに馬鹿じゃねえの」と嘲笑される。
自己の信念を蔑まされ、時には傷つく。
でも信念は曲げたくない。
本当に困っている患者が、施術後、「先生、ありがとう…、ありがとう」と俺の手をギュッと握り、何度も頭を下げながら笑顔で『岩上整体』を出て行く姿を見るのが好きだったから。
うん、実際に治った患者さえ身を持って分かってくれているのだから、それで充分幸せじゃないか。
そう思って金銭的には辛い日常を送っていた。
「何故あなたは自分の腕に自信を持たないのです?」
群馬の先生は質問をしてくる。
「自信はあります。病院へ何度行っても駄目な患者だって、俺は一発で治したし、これからだって治す自信はある。杖をついた八十一歳のおばあちゃんも一回で杖を使わず笑顔で返した事あります。その人は八十二歳の旦那さんも連れてきてくれ、『先生、うちの人もよろしくお願いします』って。だから少しでも苦痛から逃れられるように自信を持ってやってきました」
「じゃあ何故、料金をきちんと取らないのです?」
「金、金って目先の金など欲していないだけです。長い時間掛かってしまう時は、俺が治したいって俺の勝手なエゴでやったまでなんで、追加料金など取る気なんて毛頭ありません。それでも『先生、悪いからこれだけでも受け取って』と、多めにお金を置いていってくれる患者さんだっています。お金以外に、俺の好きなものを調べて差し入れしてくれる患者だってたくさんいます」
「患者さんがね、あなたに何でそうするか分かる? あなたに感謝を感じているし、多く出したいって人は余裕があるからこそ、あなたにあげたいのね」
「俺は歌舞伎町時代、欲望の詰まった金に囲まれていました。一般人の生活をするようになって、どれだけ金を稼ぐのが大変か、身をもって知りました。だからこそ、その好意に甘える訳にはいかないなと」
「何故そう意固地になるの?」
「業が深いからですよ。本当に俺が業が深い。だから困った人をこの手で一人でも多く治していくんです。どこに行っても駄目という患者を何故俺が治せるのか分かりません。でも、救ってほしいと求めてくる患者には、俺も誠心誠意心を込めて、治してやりたい。常にそう接しています。だからこそ、態度が横柄な感じで来た患者は、見ません。『帰れ』と冷たく言い、診る事もしません」
「あなたは本当に商売に向いてないわね」
「先生ほどじゃないですよ」
先生だって、こんな自分とは関係ない相談受けて二時間で三千円しか取っていない。
「何故あなたが他で治せない患者さんを治せるのか分かる?」
「誠心誠意心を込めているからじゃないですか? 人間の腕です。そうどこも大差なんてありませんよ」
「そう、人の技術なんてミクロの差しかないものなのね。でも、あなたは実際に治している。それがどういう事かと言うと、その患者さんは『霊症』なのね」
「霊症? それじゃオカルトじゃないですか……」
「あなたの手にはその霊症を払う力があるの。自分では気付いていないようだけどね」
「馬鹿馬鹿しい……」
こしじの岩沢さんが驚いて跳ね起きた言った言葉。
「先生のところって気功整体なんですか?」
俺は黙ったまま右手を広げ見つめる。
「じゃあ何故、あなたは治せているの? 科学的にも医学的にも、どう証明するの、それを」
「……」
「何故八十一歳のおばあさんが、杖をついてきてあなたのところへ来て、帰り時、杖を使わずに帰れたの? その方は医者へ何度行っても駄目だったと人生自体をほとんど諦めていたんでしょ?」
俺はもう何も言えなかった。
「ひふ●よ●む●や、●と●ちろ●ね、し●るゆ●つ●ぬ、そ●たは●め●、う●●りへ●の●す、あ●け●れ●」
先生は呪文のような言葉を言い出し、「俺にこれを覚えろ」と言ってきた。
「先生! 悪いけど俺の整体は宗教でも何でもない!」
「宗教? ずいぶんと酷い事を言うのね。これはお経でも呪文でも何でもないわ」
「じゃあ、何ですか!」
「祝詞(のりと)…、神の言葉です」
「先生…、俺、みんなに頭がおかしくなったって言われちゃいますよ!」
「誰にも聞こえないように、そして呟くようにするだけでいいです。あなたが手に負えない患者が来て、どうしょうもなくなった時だけでいいから覚えておきなさい」
群馬の先生から教えてもらった祝詞。
もし俺の施術で、患者がまったく良くならなかったら?
どんな手を使ってもいい。
患者を楽に治したいんだろ?
俺は祝詞を何度も復唱し、頭の中へ叩き込む。
そう…、祝詞でも何でもすべて使えるものは使って、うちに来た患者を治してやる!
「あなたは究極の絶望を経験しました」
先生はどこを見て言っている?
幼少時代のお袋からの理不尽な虐待か。
おばさんのピーちゃんとの確執か。
親父を殺す一歩手前に行ったあの時か。
百合子から作品を罵倒され続けられた時か。
「究極の絶望…。ほんと…、そうかもしれませんね……」
「そによってあなたは真の優しさを得ました」
「絶望が優しさ? 意味が分からないですよ!」
「流れに沿って…。前に言いましたよね?」
「理屈は分かっています! でも…、こんなに苦しいのなら、いっその事……」
「命を絶つですか? でも、あなた自身そんな事できないのは自覚しているんですよね?」
「……」
先生の言う通りだった。
全日本プロレス入門取り消しによる自棄になった時自殺を考えた。
百合子に『忌み嫌われし子』を散々罵倒され、自棄になった俺は親父を殺そうとして自分もそのあと死のうと思った。
利用され、裏切りに遭い、家族からは疎まれ、どれだけ心が傷ついてきたのか。
心というものがあるとすれば、俺は心臓をイメージする。
その心臓は鋭利な刃物で何ヵ所もズタズタに切られている。
それでも俺はこうして生き恥を晒しながらも、まだ生きている。
「あとあなたは書きなさい。書く事で、あなたは自身を浄化しています」
「浄化…、確かにそうかもしれません。『新宿クレッシェンド』を書き終わった時、もちろん達成感もありました。でも何て言うか、どこかスッキリしていたのも事実なんです」
自分の幼少期の虐待の記憶の一部を赤﨑隼人にプレゼントしただけなんだけどな。
それでも作中で、母親を許した訳ではないが、決別し次のステージへと心の変化を遂げた。
書く事か……。
そうだ、患者を治す事と、空いた時間執筆に当てる事。
それをしたかったから、岩上整体を開業したのだ。
「ひふ●よ●む●や、●と●ちろ●ね、し●るゆ●つ●ぬ、そ●たは●め●、う●●りへ●の●す、あ●け●れ●」
帰り道俺は先生が教えてくれた祝詞を復唱しながら帰る。
どんな方法だっていい。
俺のところ来た患者は、全部治してやる。
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