2024/09/30 mon
前回の章
裏ビデオ屋メロンで働き出して数ヶ月。
守銭奴、金の亡者といった表現が適切な北中の下にいるのはとてもストレスが溜まる。
そしてあの臭くて不潔な倉庫へ行くのは野地との人間関係は良くなったにせよ、やっぱり嫌だった。
しかしそう嫌な事ばかりではない。
基本的に暇な仕事なので、パソコンはやり放題。
北中は嘲笑していたが、キーボードを店に持ち込んで仕事中ピアノを弾いているのも自由。
給料面でいえば月に三十万半ばではあるが、普通に生活していれば問題のない稼ぎではある。
どちらにせよくっきぃずのピアノ発表会が迫るこの時間帯に、家と職場の両方で月の光を弾けるのはありがたい。
月に数回程度来る常連客が、パソコンをいじる俺に声を掛けてきた。
見た目は少し剥げかかった四十半ばの男。
中肉中背というよりは体格がガッチリめであり、牛乳瓶のようなメガネを掛けている。
天然パーマなのか短髪は大仏のような感じに見えた。
細く釣り上がった目。
そんな彼は裏ビデオを買うというよりも、俺と色々な話がしたかったようだ。
それでもいつも五千円程度の金をおとし、ちゃんとビデオを買っていってくれるので、俺も普通に会話へ付き合う。
真面目な人なのだろう。
サラリーマンをしながら、新宿駅東口近くにあるボディービルへ通っているらしい。
俺の身体を見て、いつも何か過去にしていたんじゃないですかと聞いてくるので、全日本プロレスや総合格闘技の話をした。
すると彼は興奮し、自分の通うボディービルのジムへ一緒に行きませんかとしつこく誘って来る始末。
丁重に断りつつも彼は定期的にメロンへ顔を出してくれた。
裏ビデオを買う金が無い時は、その辺の屋台で売っている鶏の丸焼きをお土産で買ってきたり、何かしらの差し入れをしてくれる。
いつもそんな気を使わないでと伝えるも、彼なりの気持ちなのだろう。
ゲーム屋とはまた違った客との交流は、これはこれで面白い。
泉と名乗るこれまた四十代前半の男の客からも、俺は妙に懐かれた。
きっかけはどんな裏DVDがいいかであるが、俺も色々下調べをして彼の望む好みの作品を教える。
以来頻繁にメロンへやって来た。
「岩上さん、中山美穂の裏ビデオの噂って聞いた事ないですか?」
中学、高校生時代、大人気だったアイドルの中山美穂。
確かに裏ビデオがあるという噂は聞いた事がある。
実物を見た事も無いし、俺自身中山美穂はそんな好みでは無かったので別段興味は薄かった。
「あの中山美穂の裏ビデオ…、実在したんですよ」
泉は話を続ける。
「見た事あるんですか?」
「見たも何も俺ね、昔その作品に男優で出ていたんですよ」
「えーっ!」
さすがにこの話には驚く。
彼の話によると、もちろん中山美穂本人の裏ビデオなんて無い。
ブームだった頃、そっくりを出演させて裏ビデオの撮影をするという体だったが、連れてきた女優は中山美穂に似ている欠片も無かったらしい。
そこで撮影はしたものの、マスターテープを何度もダビングを繰り返して画質を悪くさせ、中山美穂の裏ビデオと銘打って世に出したようだ。
泉自身、そのがまったく可愛くなく立ちも悪かったらしい。
射精で出す精液は卵の白味と何を混ぜて作った疑似のものをスポイトに入れて、ピュピュっと出すという裏話まで教えてくれた。
俺が常連客と仲良く話していると北中は偉そうに店に来て、ノートパソコンの上に百万円の束を五つ投げて「数えろ」と命令してきた。
ケチなくせに金持ちアピールだけは凄い。
「社長、金持ってんですねー」
そう言われるのが好きで、毎度同じ行動をする。
俺にしてみたら、五百万の札束を無駄に数えるだけ。
一度「北中さん、こんな大金この街で持ち歩いちゃ物騒ですよ」と助言するも、「俺がどれだけヤクザに顔利くか知ってるだろ?」と虚勢を張る。
確かにそこそこの金は持っているのは分かるが、趣味の悪い成金丸出しなので羨ましくも何とも思わない。
常に何かしらの自慢をする北中。
俺は右から左に話を流しながらフォトショップを起動し、右腿の側面にマウスを当てながら北中の顔を描いてみた。
そんな事を何も気付かず自慢話に夢中な守銭奴。
滑稽な男だと思いながら、笑いを堪えつつ適当な相槌を打つ。
奥さんになった中国人のシンシンはたまに地下のメロンに降りてきて「パパ、本当にケチね」と愚痴をこぼす。
食事のほとんどがラーメンとライスのみで、シンシンが餃子も頼みたいと言ったところでまったく聞き入れてくれないようだ。
上の一階にあるゲーム屋フィールドのオーナーである金子も、北中のいない時間帯を見計らって顔を出す。
「岩上さん、パソコン詳しいですよね? ちょっと画像修正のやり方を教えてほしくて」
目的はパソコンを使ったやり方だが、話をしている内に北中の愚痴に行き着く。
そういえばフィールドの店長小泉の貯金の件は、どうなったのだろうか。
変に俺から口を出して面倒な事に巻き込まれるのは嫌なので、触れずに置いておいた。
たまに顔を出すヤクザも二言目には北中の愚痴。
みんなそれぞれあの守銭奴に不満を抱いている。
客がいない時俺がピアノを弾いていると、音色に釣られて不思議そうな表情で降りてくる者もいた。
「ここってビデオ屋ですよね?」
店内を見回しながら恐る恐る聞いてくる客。
俺は発表会が近い事、そして弾く曲がドビュッシーの月の光である事を説明した。
本当はザナルカンドを弾きたかったが、ピアノ発表会ではクラシックが定番。
しかも先生にも頑張って月の光を弾くと宣言してしまったのだ。
今さら後には引けない。
「いやー、お兄さんのお話は本当に面白い」
五十代半ばのサラリーマン風の男は、俺の話を興味津々に聞いている。
「まさかね、こんなって言っちゃ申し訳ないですが、こんな裏ビデオ屋で岩上さんみたいな人がいるなんて思いもしませんでしたよ」
確かに俺に対して興味を持ってくれる客はたまにいた。
「良かったら、連絡先交換しませんか?」
パソコンでフォトショップを扱うようになって、俺は小説の表紙や絵だけでなく、自身の名刺などもデザインしていた。
飲み屋の女にあげる活用法くらいしかなかったので、悪い人では無さそうなので名刺交換をする。
「ふむふむ……」
男はしばらく俺の名刺を穴が開くくらい眺めていた。
「あの…、何かありました?」
「いえ、私…、実は姓名判断を生業にしているんですね」
「はあ……」
「岩上さんのお名前見て、職業上ついつい気になってしまうんです」
俺も占いやこういう類いのものは嫌いではなかった。
「気になった事言ってもいいですか?」
「是非ともお願いします」
「まずですね…、苗字の岩上で11画。名前の智一郎が22画。合わせると33画…。これ、特殊画といって相当よく考えられて名前を作られてますよ」
この年になったから自分の名前に納得しているが、幼い頃は本当に嫌で仕方がなかった。
岩上智一郎は読み方で十文字。
鬼ごっこやかくれんぼをする際、三十秒数えてからとかいう時に「岩上智一郎、岩上智一郎、岩上智一郎」と三回復唱し、喧嘩になった事があった。
そのような経緯から、幼少期どうしても自分の名前に親しみが持てなかったのだ。
「名前から見ると、岩上さんはこれまでバラバラな事を色々してきたんじゃないですか?」
俺は自衛隊から始まった社会人生活から、全日本プロレス、浅草ビューホテルなど経歴を簡単に話した。
「失礼ですが、今お年は?」
「三十二歳です」
俺が答えると姓名判断士は満面の笑みを浮かべながら「いやー、岩上さん…。三十三歳になった時、これまでの経験も活かせる凄い出来事が起きますよ」と言われる。
そんな事を言われたら、俺も過度な期待をしてしまう。
三十二歳になったぱかりだから、あと一年後。
その時俺に何かが起きるのか……。
店番をしながら小説の見直しをしていると、一人の客が声を掛けてきた。
「大変申し訳ありません。あの…、熟女ものもっとありませんか?」
四十代後半の物腰柔らかそうなメガネを掛けた中肉中背の男。
ジャンル的に熟女ものは、そこまで需要のあるジャンルではない。
「こちらにあるものが、一通りの熟女ものになりますね」
「いや、あのですね…。こう三、四十代ではなくもっと年上のものは……」
データ化して調べてみたものの、この客に沿うDVDはそこまで置いてなかった。
「それ以上の年齢になると、求めるお客さんが少なくなるので、あまり見掛けないんですよね」
「うーん…、やっぱりそうですよね」
肩をガッカリ落とす客。
しかし俺が真摯的な対応が気に入ったのか、メロンには定期的に来てくれた。
何度かやり取りしている内に、連絡先の交換までするような仲になる。
驚いたのが、この西山という客は歯医者の先生である事。
三鷹で開業しているらしく、趣味が合うと喜んでくれた。
俺のは趣味でなく、ただ仕事でやっているだけなのだが、わざわざ言うのも野暮なのでやめておく。
この人との付き合いは、裏ビデオ屋を辞めても続いた。
久しぶりに妹代わりに可愛がっているミサキの店へ行く。
今俺が裏ビデオ屋をやっている事は、恥ずかしくて言えていない。
従って北中に関する愚痴さえ言えない状況だった。
家に戻ってはDVDのプロテクトを外して同じものを作る作業をする。
これはある程度準備さえ整えれば、あとはパソコンが勝手にやってくれた。
俺は待っている時間、月の光を弾いて過ごし、店に置いてある作品のコピーをどんどん作っていく。
一日一万二千円程度の給料では、パソコン用品を買うとすぐ無くなってしまう。
だから人気のある作品をいくつか作り、知り合いで欲しがる人間たちへ売って日々を乗り越えるような生活になっていた。
家の隣のトンカツひろむでは、そこでずっと働いている先輩の岡部さんが義理で買ってくれる。
顔の広い岡部さんは他の知り合いたちにも声を掛けてくれ、いい小遣い稼ぎになった。
この時期、ひろむのおばさんと岡部さんの仲はあまりいいものでなくなっていた。
お互いに誤解が誤解を生み、間に俺が入っても軌道修正は難しい。
そんな状況下の中、岡部さんは十年以上働いたトンカツひろむを辞め、自分で店を出す事になる。
その為岡部さんには時間が産まれ、俺が休みの時は一緒に飲みに行く機会が増えた。
知り合いから頼まれたからという名目で、偽中山美穂裏ビデオ男優の泉は直々メロンへ顔を出す。
俺より十歳くらい年上の彼は、妙に懐いている感じだ。
この頃裏ビデオ業界で、芸能人の加藤あい温泉盗撮というDVDご話題を独占する。
泉はこの作品が手に入らないか聞いてきた。
サンプル映像などはインターネット上に転がっていたので、実在するのだろう。
俺はメロンを紹介した中口の店に行き、聞いてみる事にする。
裏ビデオの新作がいち早く届く中口の店。
「加藤あいっすよねー? うちもまだ入ってこないんですよ」
俺だけでなく周りからも聞かれているのだろう。
中口は半ばうんざりした感じで答える。
「まあ岩上さんなら、入った時点ですぐ言いますよ」
「よろしくお願いします」
せっかちな泉からは毎日のように電話が入った。
「入荷次第、泉さんにはすぐ連絡しますよ」
そう言っても泉は落ち着かないのか、メロンに来たり電話したりとしつこい。
面倒な人だなと思い始めた頃、中口から連絡が入る。
「俺見ましたけど、あれ多分本物ですね」
「では買いに行ってもいいですか?」
「構わないんですが、いつものように千円じゃ無理なんですよ。業者からこれは特別なものだから仕入れ値七千円は譲れないって言うんです」
中口はDVDの新作が入ると一枚千円で俺には卸してくれていた。
その七倍の価格でも、需要があるので俺はお願いする。
泉だけでなく他の客からも散々聞かれたDVD。
一枚三千円くらいで売れば、元などすぐ取れる。
二日後加藤あいのDVDを入手した俺は、同じものを複数枚作った。
ピアノ発表会まで一週間。
俺は一通り習った月の光を家に帰るとひたすら練習した。
ゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせる。
キーボードの電源を入れ、ザナルカンド、月の光の途中までを弾く。
何度も繰り返し弾き続けたザナルカンドは完璧だった。
発表会で弾く月の光は、数回ミスをしてしまう。
ピアノって本当に正直だ。
誠心誠意向き合わないと、綺麗な音色を奏でてくれない。
当日まで練習あるのみ。
その時、携帯が鳴った。
見るとメールが一件届いている。
「……!」
自分の目を疑い、何度もゴシゴシとこする。
あの春美からのメールだった。
《まだずっとピアノを頑張っていたんですね。ピアノ発表会、よろしければ私、見に行きたいと思っています。 春美》
彼女が俺の演奏を観に来てくれる?
嘘だろ……。
何度も頬をつねってみた。
痛い。
夢でもない。
短い文章の中に凝縮された彼女の気持ち。
俺は意識が飛びそうなぐらい嬉しかった。
冷静に考えてみる。
今度の発表会、俺は月の光で出場する。
春美へ捧げる曲ではない。
できればザナルカンドを弾きたかった。
しかしクラシックを一生懸命教えてくれる先生に対して、俺の私情で発表曲を変えるなんて今さらできやしない。
大舞台でザナルカンドを春美へ捧げられたら、どんなに素敵な事だろう。
彼女はどんな顔をするだろうか。
こうなったら発表会までの僅かな期間を俺はピアノにすべて集中しよう……。
そうじゃないと、月の光は完成しない。
春美へメールを打った。
今の自分の素直な正直な気持ちだった。
《ありがとう。本当にありがとう。心から嬉しい。君が見に来てくれるって聞いて、涙が出そうになった。でもその日、俺は月の光を弾く。君に捧げる曲ではない。君には本当に捧げたい曲があるんだ。発表会が終わったら、俺と一緒に時間を過ごしてほしい。そこで初めて君にピアノを捧げたい。ずっとせつなかった。ずっと寂しかった。だから俺と一緒に時間を共有してほしい。何度も言わせてもらう。春美、君が俺は大好きだ。発表会まで連絡はいらない。当日、会場で待っているよ……。 岩上》
余計な事まで書いたかな。
でも本当の気持ちだった。
春美にもその覚悟がほしかった。
俺は格好をつけたかっただけなのか。
よく分からない。
あ、小説の事も付け足そうかな?
いや、無駄に長くなる。
やめておこう。
俺は『新宿クレッシェンド』が完成した事はまだ黙っておく事にした。
もうこれ以上、失うものは何もない。
自分自身へのけじめだったのかもしれない。
俺はくっきぃずへ、ピアノを習いに行った。
部屋でも月の光をとことん弾き続けた。
それしか方法がなかった。
起きている時間の間、飯、トイレ、風呂以外の時間は、出来る限りピアノを弾いた。
自分でも聴き飽きるぐらい月の光に没頭した。
長い曲だった。
時間にして四分半ほどの曲。
楽譜の読めない俺は、ひたすら暗記をするしか方法がなかった。
指に染み込ませ、目で覚え、耳で音を確認する。
三十歳を過ぎてからピアノを始め、すでにふられている女を追い駆け続ける裏稼業の男。
世間的に見たら、阿呆なんじゃないかと思われるだろう。
どう思われてもいいさ。
俺は月の光が弾きたい。
魂を削って……。
よくこの表現が使われるが俺は今、魂を削っているのだろうか。
分からない。
魂って何だ?
それを削るって何だ?
すべてを捧げるという事なのか……。
視界にはピアノの鍵盤しか映らない。
月の光を弾く俺の行為。
自分でも異常だと感じていた。
でももう遅い。
とまらない。
俺はピアノにどっぷり浸かっている。
生活をするのに必要な事以外、俺はピアノを弾いた。
一つ一つの音を丁寧に、そして想いを込めて弾く。
ピアノは俺の想いを音として表現してくれる。
睡眠時間さえ削った。
風呂も滅多に入らなくなった。
湯船に浸かる時間があったらピアノを弾きたかった。
飯も空腹感さえ満たしてくれればそれでいい。
弾きながら意識を失うようしてその場に倒れる日々。
すべてのベクトルを指先に……。
最近、俺のピアノの音は狂気を帯びている。
自分でそれが分かった。
月の光が弾きたい。
今の俺にはそれだけだった……。
春美からの返事は、まだない。
上にあるゲーム屋フィールドの事実上のオーナーである金子。
珍しく彼がメロンへ顔を出した。
俺がいるのを確認すると、妙に笑顔で近づいてくる。
「岩上さん、実はお願いが……」
「どうしたんです?」
何故か金子はパソコンを持参していた。
先日の小泉の話が頭の中をよぎる。
「岩上さんってDVDをパソコン使って、そのままコピーしたりする事できるじゃないですか」
「ええ、それが?」
「その技術を私に教えてほしいんです」
彼はパソコンの事で、俺に教えを乞いに来た訳である。
「別に構いませんが」
俺は小泉の話を聞いていないふりをして接する事にした。
「ちょっと最近不景気でして、ネットオークションで私の持っているジッポのコレクションをちょっとずつ売っていたんです」
「ジッポ? ジッポってあのライターのですか?」
「ええ、そうです。千九百三十三年…。この年にジッポーは初めて販売されだしました。その数は約千五百個とも言われています。私、実はこの内の一つを持っています」
妙に気取りながら話す金子。
しかし彼は、小泉の名義料を使い込んでいる……。
「さすがにそれを売りに出す訳にはいきませんが、そこそこ値打ちのあるジッポも以前コレクションしていましてね」
「はい」
「それがネットで、七万とか十二万とかで売れたりするんですよ」
「へえ、そういうもんなんですね」
マニアからしてみれば、いくら出しても欲しい物があるだろう。
「でも、売りに出すジッポもそろそろ底を尽き始めましてね。そこで岩上さんのパソコンの技術を少しでも習いたいなと思いまして……」
要するに金がなくなったという訳か……。
「そうそう、岩上さん。お腹減ってませんか? うなぎ食べましょうよ。私、おいしいところ知っているんです。ちょっと電話借りますね」
金子は半ば強引にうなぎ屋のうな鐵へ出前を頼み、うなぎダブルを二人前と注文していた。
うなぎが届くまでの間、俺はDVDを焼く仕組みを詳しく教える。
それと同時にその為に必要なアプリケーションソフトも金子のパソコンへインストールしてあげた。
「これでやり方、分かりましたか?」
「ええ、分かりました。もし自分でやってみて駄目な時は、また連絡します。あ、うなぎ来ましたよ。食べて下さい。うまいんですよ、このダブルが」
金子はそう言いながら、出前持ちに八千円を渡した。
一人前四千円もするのを頼んだのか?
この当時うな重はだいたい千八百円程度。
フタを開けると特上のうなぎが縦に通常の二倍入っていた。
確かに豪華なうな重である。
「いただきます……」
確かに高額な値段だけあって非常にうまい。
しかしいまいち喉の通りが悪かった。
お礼は言っておいたが、そんな金あるなら小泉に名義料払ってやればいいのにと思う。
まあ他人事に、そこまで首をつっこむつもりはない。
これは近い内ひと波乱ありそうだ。
帰り際の金子の後ろ姿を見ながらそう感じた。
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