岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 86(秋葉原地獄変)

2024年11月07日 01時33分31秒 | 闇シリーズ

2024/11/07 thu

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秋葉原で裏ビデオ屋が捕まったという情報を聞いた。

俺は山下を事務所へ呼び、最悪のケースに備える。

捕まった時、変に警察へ謳われたらすべてがヤバい。

「どうもー、お疲れっすー」

長谷川と同郷の藤村が事務所へ顔を出す。

本人は暇潰しで来ているのだろうが、これから山下にシュミレーションしなきゃならない時に、タイミング悪いな。

「いいか、山下。俺を警察だとおもって答えてくれよ? では行くよ…。おい、山下! おまえが物件も借りて経営をしたと調書に書いてあるが、おまえは誰を庇っているんだ?」

「だ、誰も庇っていません」

「じゃあおまえの店に置いてある大量のDVD。あれはどこで作ってここへ送っているんだ?」

「い、いえ、それはカバン屋って人が新作入ると、店に来て売ってくれるんです」

「嘘つけ! おまえが郵便物受け取ってる写真もこっちは押さえてあるんだぞ!」

「え! いや…、それはその……」

しどろもどろになる山下。

「はい、ストップ。駄目だって…。何を聞かれてもすべて知らんぷりしろって言ったろ? 今ので突っ込まれて色々話したら、保証金の二百万無くなるんだよ? 何の為に自分が捕まっているのか、それを頭に叩き込め」

「はい」

「あとね、山下さん。警察っていうのは……」

組織とまったく関係が無い藤村が、山下へ何やら余計なアドバイスを言い始めた。

こういう事されると、当人は混乱するから余計は事は言わないで欲しいんだけどな……。

長谷川はほとんど放任主義なので、この状況に対し何も気にしない。

藤村が仕事の連絡が入り出ていくと、山下とシュミレーションを再開する。

「違うよ! そこで全部自分でやったと答えないと駄目だろ」

「いえ…、さっきこういう質問されたら藤村さんが、こう言ったほうががいいって……」

ほら早速いわんこっちゃない。

「いいか、山下? 藤村さんはうちとは関係ない人間。おまえは彼に雇われてるの? 頼むから言われた通り実践してくれよ。誰々がこう言ったからは今後やめろ」

「いや、でも藤村さんの言うようなケースもあると思うんですよ」

本当にこいつ、刑事から尋問受けた時大丈夫なのか?

どこか他人事のように緩い。

「まあいいよ。捕まるのはおまえだから。余計な事話したら、おまえが金もらえず前科で執行猶予がつくだけ。もう俺からは何も言わない。勝手にあとは自分でやってくれ。あ、長谷川さん。腹減ったんで食事行ってきます」

一生懸命やっているのが阿呆らしくなった。

言う事は伝えたし、あとはこの馬鹿が勝手にやればいい。

「ちょっと岩上さん!」

「だから藤村さんにでも聞いたら? 別に俺がパクられる訳でもないし、おまえの問題なんだから」

背後から山下が何か話し掛けているが、俺は無視して事務所を出た。

 

一軒、また一軒と秋葉原の裏ビデオ屋が摘発されていく。

山下のアップルは一応対策を練り、外で客と話し買う時だけ店へ入る方針を取っていたので何とかまだ無事だった。

まあ摘発される前に警察は客のふりして買い物をし、その買ったDVDを元に逮捕状を作ってから捕まえに来るのだ。

内偵が入っていたら、何をしたところで時間の問題である。

撤退の意思は無い長谷川。

俺は通常営業時間の十一時をさらに遅くし、昼の一時頃秋葉原へ山下を行かせ、一時間ほど周りの状況確認、それから店を開け…といってもまた同じよう外で客と話してからでどうかアドバイスしてみた。

それでも長谷川はイエスと言わない。

ここ最近の売上が落ちているのが気になるのだろう。

こればかりは仕方がない、今は我慢の時と諭すもいまいち伝わらない。

そんな日々を過ごしている内に、原の舎弟の店が摘発された。

原不在の中、そこの組員がわざわざ俺に教えてくれたのだ。

そんな状況も踏まえ、俺は長谷川へ忠告する。

やられてからでは遅いのだ。

渋々営業時間を遅くする事を了承する長谷川。

気持ちは分かるが、パクられないようにするのが現状では第一。

山下には再三口酸っぱく辺りの様子を見て、それから外で客を待つようにと命令した。

 

神田のパイナポーは通常営業できているので、売上は前より若干良くなっている。

秋葉原での摘発で少しはこちらへ客が流れているのだろう。

「石黒、警戒だけは忘れないようにね」

「ええ、できるだけ最新の注意を計っています」

パイナポーは多い時で、一日三十万を超える売上を出す事もあった。

これは日頃の石黒が努力してきた賜物。

山下は当たり前のようにもらっていた歩合が出るほどの売上を出せなくなり、若干不貞腐れた感じが見える。

それでも月に五十万の給料を払っているのだ。

これまですべての手柄が自分一人でできたものじゃないだろうと怒鳴りたかった。

俺はずっと月三十万程度で働いているんだぞと殴ってやりたい。

 

昼の十二時になり、新宿の事務所へ山下が来る。

「いいか、何度も言っているけど一時間は秋葉原の様子を見て、それから外で客を待ってくれよ。くれぐれも店の中で待機とか絶対にやめてくれよな」

「分かってますよ…。いつまでこんなのが続くんですかね」

「しょうがないだろ。警察だってあんなニュースで騒ぎになれば、万世橋警察署の刑事だって躍起になるさ」

「休みも無く、外に立たされっ放しで、本当俺は可哀想っすよ……」

「あ?」

「たまには岩上さんも店に入って下さいよ」

瞬間的に俺は山下の胸倉を掴んでいた。

「おい、テメーの寝言聞いてる暇なんてねえんだよ? それなら今までの給料返して辞めろ。お願いしてやってもらってんじゃねえんだよ! おまえ、何か勘違いしてねえか?」

「す、すいません……」

「分かったらとっとと行って来いよ」

何でこんな危険な状況で俺がわざわざアップルで店番なんぞしなきゃ行けないんだ。

金を手にしてから山下は本当に図に乗っている。

石黒へ電話を掛けた。

十一時から開けてまだ客はゼロ。

まあ開けて一時間だし、神田ならしょうがないか。

自分のやりべき作業を終える。

こんな状況下でも週に二度新作はキッチリ入ってきた。

時間になると川越へ戻る。

毎週日曜日は百合子の為に休みを取るようにしていた。

明日は群馬の不思議な先生のところへ行く予定。

初めて行った時にいきなり歌舞伎町でこれまで因縁のあった主な三人の人数を言い、當間の名前までズバリ指摘してきた先生。

絶対にあの人は、他とは違う不思議な何かがある。

群馬への往復は、いつも百合子が車を出してくれるので楽だった。

これまで執筆してきた俺の小説が、世に出れるのかどうかも聞いてみたい。

今度自身の作品をまたプリントして本のように作り、先生の所へ持っていき実際に見てもらおう。

百合子自身は、以前に色々群馬の先生と話をしていたようなので、特にこれといった質問はないようだ。

待てよ…、まだ今は土曜の夜中。

今から印刷すれば、新宿クレッシェンドともう一冊くらいは本を作れるかも。

明日群馬へ出掛けるまでに、何冊かは間に合わせたい。

食事へ行きたかった百合子はブーブー隣で文句を言っているが、弁当を買ってくるよう頼む。

「智ちんとせっかく会っているのに、パソコンと睨めっこでつまらないよー」

「ごめんごめん…。でもさ、明日群馬の先生と会うだろ? やっぱり本にして新宿クレッシェンドとかどうなるか見てもらいたいじゃん」

膨れっ面のまま百合子は食事を買いに出る。

俺は一枚ずつプリントアウトされた紙をチェックする作業へ没頭した。

ようやく新宿クレッシェンドの分の印刷が終わる。

紙を揃え糊を塗り、大きなクリップで三ヵ所挟み固定する。

あとは糊が乾くのを待ってから、再度糊をまた塗って乾かす。

そしたら大学ノートシールを貼れば、自家製本の完成だ。

俺は新宿クレッシェンドの続編である『でっぱり』の印刷も始めた。

出掛けるまでに二冊は本にしておきたい。

 

関越自動車道の高坂サービスエリアで一旦小休止。

密かにここで食事や買い物をするのを楽しみにしている俺。

「ねえ、ここかで群馬まで智ちんが運転してよ」

「別にいいけど、運転してると高崎観音ゆっくり見れないんだよなー」

「今度里穂と早紀連れて、一緒に行けばいいじゃない」

「うーん、分かったよ。じゃあ運転するよ」

再び群馬の先生の元へ。

俺は本にした新宿クレッシェンドと、でっぱりの二冊を持って中へ入る。

「先生お久しぶりです」

早速小説を見てもらおうとすると、先生は口を開く。

「あなた…、今のところは早く辞めたほうがいいですよ」

前回、裏ビデオ屋の裏方作業をしている事は伝えていた。

「確かに今出している秋葉原で警察の動きが厄介なんですよね」

「そういう事でなく、今一緒に仕事をしている人…、前世から変な因縁を引きずっている人です。あまり長い期間仕事とかで、一緒にいないほうがいいですよ」

長谷川の事を言っているのだろう。

そこで百合子が横から口を挟む。

俺が主体で店の成功をさせたにも関わらず、給料が名義の山下よりもかなり少ない事。

自由に仕事はやれているようで、そこに不満は無いけど俺の扱いに対しては不満を持っている事。

日頃俺が思っている不満などを先生に説明する。

「お金の問題というよりも、できるだけ早く今のところは辞めて下さい」

裏ビデオの仕事を早く辞めろと一点張りの先生。

確かに給料面で不満はある。

しかし気楽な性格の長谷川の元で働く事に関しては、楽なのでここまでズルズルきていた。

俺は不満だけでなく、いい部分もキチンと説明する。

「そうでなく…、このまま働いていたら、あなた、命まで取られますよ?」

「え…、命まで取られる?」

さすがにこの言い方には恐怖を覚えた。

あそこで働いていて命まで奪われる?

どうやってそんな危険な目に遭うと言うのだ?

辞める事については別に構わない。

しかし山下、石黒を始め、身元引受人として岡部さんと有路まで組織に関わらせてしまっている説明をする。

先生はしばらく黙って聞いていたが、「とにかくずっと働く場所ではないですからね」ととにかく辞める方向へ導こうとした。

俺は今日来た本来の目的である自分の書いた作品を見せる。

 

1 新宿クレッシェンド - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

2004/01/18執筆開始新宿クレッシェンド-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)※購入したい人はここをクリック処女作新宿系小説新宿クレッシェンド2004/01/18~2004/...

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「先生…、これ俺が初めて書いた小説なんですね。新宿クレッシェンドというんですが」

「前に言っていましたね」

俺はクレッシェンドを先生へ手渡す。

「これ…、世に出す事は可能なんでしょうか? 俺は今後も小説を書いていってもいいんでしょうかね?」

すると先生は左手に本を乗せ、上から少し離した状態で右手をかざす。

本をペラペラとめくる訳でもなく、しばらくその態勢で目を閉じている。

「先生? 何をしているんですか?」

黙って先生はクレッシェンドを返してきた。

「この本…、いえ、この作品ですね…。数年後面白いと思いますよ」

「はあ? 先生、この本をまったく読んでも見ても無いですよね?」

「私はこれで充分なんです」

狐につままれたような気分に陥る。

まあ先生がそう言うなら、無理強いして本を読めとも言えない。

 

1 でっぱり - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第二弾でっぱりでっぱり-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)新宿クレッシェンド第2弾でっぱり新宿クレッシェンド第二弾として執筆作者岩上智...

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俺は次に続編である『でっぱり』を手渡した。

先生はまた両手で本を挟むようにして目を閉じている。

「あなた…、この本は世に出すとかでなく、誰かの為に書いた作品ですよね?」

「え…、何でそんな事分かるんですか……」

この『でっぱり』という作品。

地元川越で近所の先輩のスガ人形店を継いだ先輩がいた。

当時四歳の可愛い男の子がいたが、病気で亡くなってしまう。

時期的にトンカツひろむでよく会い、岡部さんと仲が良かった野原さん。

あの人が亡くなってから一ヶ月後くらいの出来事だ。

野原さんの葬儀へ出て、そのあと須賀栄治さんの子供の葬儀にも出たので、未だ鮮明に覚えている。

線の細い奇麗な奥さんはそれから笑う事が無くなり、よりゲッソリ痩せて見えた。

俺は何回も先輩の人形屋へ顔を出し、色々な話をしてみる。

少しでも元気づけたかったのだ。

「こんな体格の俺が、市民会館でピアノ発表会をするんですよ?」

少しだけクスッと笑う栄治さんの奥さん。

そのあと『新宿クレッシェンド』を書き終え、何冊も印刷して本にしたものを当時栄治さんにもプレゼントした。

彼は几帳面に誤字脱字、また表現が矛盾している部分に付箋を貼って指摘してくれる。

俺は大変その行為に感謝した。

それからというものよく栄治さんのところへ顔を出すようになる。

歌舞伎町の守銭奴北中の裏ビデオ屋『メロン』で働いていた頃だった。

栄治さんへ北中の悪の所業をいつも愚痴って、いつかキッチリ寝首を掻いてやると言う俺。

「ちょっといい?」とそう言いながら俺の後頭部を触る。

それから栄治さんは「智ちゃんは口じゃそう言うけど、絶対にそういう事はできないよ」と言い切った。

「え、何で言い切れるんですか?」

「人間はね、悪い奴って後頭部が本当にでっぱっているんだよ。智ちゃんのを触ったら、そういう風にできていない。だからだいたい後頭部を触れば、その人がどういう人間か大まかだけど分かるんだよね」

初めて聞いた事だったが、変に納得してしまう自分がいた。

「ん、待てよ…。その後頭部を触ればどういう人間か分かる人間をクレッシェンドの続編の主人公にして、気になった通行人の後頭部を触り捲っていたら、警察のご厄介になっちゃったなんて話はどうです? あ、それじゃコメディーになるし、話もそこで終わっちゃうか……」

俺の台詞に栄治さんの奥さんがクスッと笑うのが見えた。

ひょっとしてこれを題材に新宿クレッシェンドの続編を書いたら、栄治さんの奥さんもちょっとは元気出るんじゃないのか?

俺はシャカリキに夢中で執筆し、十四日間というクレッシェンドよりも短い期間で続編を完成させる事ができた。

題名は新宿を使わず、そのまま『でっぱり』と名付ける。

本にして『でっぱり』は真っ先に栄治さんへプレゼントした。

数日後スガ人形店へ行き、読んだ感想を聞きに行く。

すると栄治さんは「何で岩崎を殺したの?」と不満そうに言ってきた。

群馬の先生が『でっぱり』を返してくる。

そう…、この作品は須賀栄二さん夫婦を元気付ける為に書いた作品なのだ。

 

池袋留置所に拘束されているヤクザの原のところの組員から一本の連絡が入る。

先日秋葉原で捕まった原の舎弟含む四名。

俺が指導した舎弟が、調書で余計な事をベラベラと謳ってしまったらしい。

俺は組事務所の隣にある中華料理の徐楽苑へ呼ばれる。

「せっかく親切にご指導してもらったのにすみません。あの馬鹿、岩上さんが新作とかを持ってきてくれ、裏ビデオ屋の指導も色々してくれたとか全部警察に謳ってしまったんですよ」

「……」

あの馬鹿ガキが……。

どうでもいいトバッチリで、俺まで下手したら捕まる可能性が出てきた。

「あ、でも安心して下さい。他の捕まった三人の組員たち。そいつらは三人共言っている事が同じで、調書もそのようになっていると、うちの弁護士も言っています」

「…と言いますと?」

「謳ったあの馬鹿は供述も矛盾点が多く、岩上さんの名前を出したけど、他の三人との調書が食い違いが多過ぎて参考にならないだろうと。恐らく大丈夫だとは思いますが、万が一警察のほうから岩上さんへ連絡来ても、絶対に任意なので出頭などせず、知らぬ存ぜぬで知らんぷりして下さい」

「分かりました」

原不在とはいえ、中々義理人情がしっかりしたヤクザだなと思った。

それにしてもあのクソガキヤクザめ。

街でバッタリ会う事があったら、よく喋るその顎を砕いてやろう。

 

季節は十月に入った。

秋葉原は相変わらず寒い状況が続いている。

アップルへ行く前に山下には、必ず新宿の事務所へ顔を出させるようにしていた。

本人はちゃんと時間通り行っていると言うが、昔から彼を知る俺はまったく信用していない。

店にいる訳じゃないので、電話をしたところで確認も取れないのだ。

給料は変わらず勤務時間だけは短いので、絶対秋葉原へ行く前にまず事務所へ来る。

これを徹底させた。

「同じ事を言うけど、くれぐれも気を付けて。まず周りの状況確認、それから外で待機して客を拾う。今までこれで警察の手を逃れてきているんだから、今日も頼むよ」

「分かりました」

昼の一時過ぎに山下は新宿の事務所を出ていく。

石黒は神田のパイナポーで通常通りの営業。

俺は入ってきた新作の整理を始める。

長谷川はディプリケーターを使い、DVDの補充。

もくもくと作業をして時間が経つ。

長谷川の携帯電話が鳴った。

知り合いの多い長谷川である。

いつもの世間話かなと思っていると、血相が変わり「岩上さん! みたいです!」と大声を上げた。

山下が捕まった?

まだ秋葉原へ行かせて一時間も経っていない……。

「間違いなんですか?」

「ええ…、僕の知り合いが今、秋葉原にいるようでアップルへ警察が入って行ったと……」

あの馬鹿…、まずは秋葉原の状況を確認しろと何度も言っているのに、横着していきなり店でくつろいでいたのだろう。

とうとう来る日が来てしまった。

今さらあいつの不手際を責めている場合ではない。

長谷川は弁護士の手配で動く。

俺は早めに支度をし、川越へ向かう。

山下の身元引受人を頼んでいた地元の先輩である岡部さん。

彼にとりあえず報告し、今後どのように動いてもらうかを説明せねばならない。

 

俺は岡部さんの経営する店『とよき』が川越駅からが一番近いので、山手線で池袋、そこから東武東上線で川越へ向かう進路で向かう。

途中長谷川から連絡が入る。

電車の中で通話など周りに迷惑なので、本来なら出ない。

しかし山下が捕まったばかりの緊急時なので、電話に出る。

「岩上さん…、とりあえず山下へつける弁護士決まりました」

「了解しました。あいつ、どこ署に捕まっているか分かりましたか? あの辺じゃ、万世橋署だとは思いますが」

「弁護士の先生に聞いてもらっています。いい弁護士をつけましたので」

「…と言いますと?」

「オウム真理教の麻原の国選でついた経歴があるようです」

「え、あのオウム真理教ですか?」

「みんなほとんどの弁護士が嫌がる中、麻原の弁護を受け、それから仕事が軌道に乗ったとか言っていましたよ」

「分かりました。俺は今、岡部さんのところ向かっています。とりあえず山下がどこの警察署へいるのか分かったら、連絡下さい」

近くにいた乗客は俺の話す会話が聞こえたのか、驚いた顔をしている。

盗み聞きしてんじゃねえよと視線を向けると、乗客は慌てて顔を反らした。

岡部さん、今頃店の仕込みで忙しいだろうな……。

申し訳ない気持ちで一杯だが、仕方がない。

川越駅に到着すると、俺は岡部さんの元へ早歩きで向かった。

事前に山下が捕まった事だけは伝えてある。

また長谷川から連絡が入った。

「岩上さん、山下は野方警察署みたいです。弁護士が確認しました」

「野方…、中野のほうですよね? 了解しました。ではその辺も含め岡部さんへ伝えます」

元県立図書館のある方向へ進み、昔よく通ったスナック五次元などの飲み屋街を通り過ぎた。

本当にこの辺じゃ、散々無駄遣いしたよなあ。

浅草ビューホテル当初はここで帰り掛けよく飲み、グレンリベットを知らなかった俺は格好をつけてヘネシーVSOPのボトルを入れていたっけ。

途中でグレンリベットを知りボトルを入れ出すと、五次元のマスターがこのウイスキーがたまたま見ていた映画に出ていたと興奮しながら喜んでいたのを思い出す。

そんなどうでもいい事を思い出しながら、岡部さんの店へ辿り着く。

 

腕を組みながら難しそうな表情をする岡部さん。

「そうか…、あいつ捕まっちゃったか……」

「すみません…、こんな事に巻き込んでしまって」

「いや、それはしょうがない。俺もこういう風になるのをある程度覚悟はしていたから」

まず野方警察へ一度は山下の接見へ行く。

そして裁判になったら、身元引受人として法廷に立つ。

その二点をお願いする。

「分かった。面会はいつ行けばいい?」

「とりあえす長谷川さんが弁護士と連絡取っているので、いつ接見禁止が解けるのか。それからになりますね」

「了解。じゃあまた追って連絡ちょうだい」

「かしこまりました」

岡部さんのところを出て、家に向かう。

あとは長谷川との連絡のやり取りくらいだ。

本当に山下は馬鹿だ。

何で秋葉原に行って、一時間経たないで捕まってんだよ……。

石黒を組織に入れた時に山下と交代させていたら、こんな風にならなかっただろうに。

まああんな馬鹿でも俺が入れた人間だ。

今頃刑事拘留で二日間。

それから十日拘留が二回。

あいつは名義人として起訴されるだろうから、裁判決まる手前までは拘置所行きか。

保釈申請も裁判が決まり次第、早めに出してやらないとな。

自身が過去巣鴨警察へ捕まった経験が、ここで活きるとは皮肉なものである。

 

オウム真理教の教祖、麻原の国選弁護士としてついた経験のある弁護士の〇〇。

事務所は目黒に構えているようだ。

「捕まってしまったのはしょうがないので、せめていい弁護士をと思いまして」

長谷川は弁護士とのやり取りを説明した。

「まあでも裏ビデオの猥褻図画なんて、所詮小便刑じゃないですか。どんな弁護士でも変わらないとは思うんですけどね」

「それはそうですね。でも中には酷い国選弁護士もいるらしいじゃないですか」

確かにそれはそうだ。

歌舞伎町浄化作戦で捕まった人数は約九百人と言われる。

捕まったほとんどの名義人は、組織お抱えの…、または緊急で案件を受けてくれる弁護士に頼み、拘留されている警察署へ出向く。

何を基準にいい弁護士なのかは分からない。

それでも山下に対し、少しでも腕のいい弁護士をつけたいという長谷川の気持ちには感謝である。

「長谷川さん、山下の接見のほうどうなりましたか?」

「先生が言うには、まだ接見禁止みたいです」

今日で拘留二日目。

まだ刑事拘留の段階なので仕方ないか。

「ただオウムのその先生…、ちょっと癖あるんですよね」

「癖?」

「はい、実際裏ビデオなんてクソみたいな罪状じゃないですか」

「それはそうですね。殺人や強盗、詐欺なんかじゃないですからね」

「それを遠回しになんですが、依頼料をすでに払っているのに、接待で銀座へ連れて行く予定は無いのかとか、そういった事を匂わせて言ってくるんですよ」

「弁護料いくら払ったんですか?」

「三十万です」

猥褻図画で弁護士がやる事なんて、拘留された警察署へ出向き、調書がどうなっているかの確認。

そしてこちら側と山下の伝書鳩代わり。

一ヶ月ちょっと拘留されるので、差し入れを弁護士に入れてもらう。

あとは裁判になった際の弁護。

最後に保釈申請。

そのくらいだ。

「三十万って、この業界のだいたいの相場じゃないですか。それにまだ捕まって二日目なのに、今から銀座へ飲みに連れて行けなんて、結構とんでもない弁護士かもしれませんね」

「いや、飲みに連れて行けなんて強要はしていないんです。あくまでも、そう匂わすような言い方をしてくるんですよ」

まあ依頼した弁護士がどうであれ、山下の接見禁止が取れた報告を受けるのが第一。

それで初めて身元引受人の岡部さんが、野方警察署へ面会に行ける。

「長谷川さん、面会に岡部さんが行く時、俺も一緒に行っちゃマズいですかね?」

「まあ岩上さんがピンで行くのはさすがにマズいですけど、岡部さんと共に知人としてだったら、問題ないと思いますよ。山下も岩上さんの顔見たら、安心するでしょうしね」

この時は接見禁止など数日で解けると見込んでいた。

俺が捕まった時の出られるまでの接見禁止は特殊で、検事が週に一度のアルバイトのはずが無いという疑惑からの嫌がらせだった。

通常罪をすぐ認める名義人は、拘留されてから数日で接見禁止など解けるものだ。

現時点で山下は、シュミレーション通り話しているようで問題は無さそうである。

 

山下が捕まって一週間が過ぎた。

未だ弁護士は接見禁止が取れていないと言う。

さすがにそれはおかしいんじゃないか。

山下が余計な事を刑事に謳ったというなら話は別だが、通常通り調書は進んでいた。

「長谷川さん、俺、野方警察署へ電話してみますよ」

「え、それはやめたほうが……」

「もちろん外の電話ボックス使ってです。未だ接見禁止なんておかしいです。山下の親しい知人としてなので、問題ありませんよ」

事務所を出て公衆電話を探す。

携帯電話が一般的に普及してから、電話ボックスは極端に姿を消した。

需要が少なくなったので当たり前だが、こういう時は面倒だ。

そういえば西武新宿駅の階段降りたところにあったな……。

事務所から少し離れた場所のほうがいいだろう。

俺は歌舞伎町を突っ切る形で西武新宿へ向かう。

途中東通りに差し掛かると、サン系列ゲーム屋の山下の後輩にあたる大山がボーッと立っているのが見える。

「おーい、大山ちゃん」

「あ、岩上さんお久しぶりです。最近歌舞伎町にいないんですね」

「近くにはいるよ。ただ中で作業しているから、あまり外には出てこないんだよ」

「あそこの風俗が無くなって淋しいです」

そういえばこの馬鹿、業界初めてというコスプレヤーの女をつけた時とんでもない事をやらかしたっけ。

料金のいらないサクラでつけたが、常連客っぽく接して通常の客がついても問題ないか教えてくれと頼み、大丈夫か聞くと「おっぱいは綺麗でした」と意味不明な回答をした。

結局彼氏がいるから手でいいですかとふざけた対応したそのコスプレヤーは、客からの大クレームに発展した事がある。

まあガールズコレクションも潰れたし、それをぶり返しても仕方ない。

「それより山下いるじゃん。あいつ、野方警察署で捕まっちゃったんだよ」

「え、マジすか!」

「嘘ついてもしょうがないだろ」

「山下さん、うちの店飛んでから岩上さんのところいたんですね」

やっぱりあの野郎…、綺麗に辞めろと言ったのに案の定黙って辞めていたか。

「ごめんね、大山ちゃん。俺は何度も辞める時は、綺麗にちゃんと言ってから辞めろよとは言っていたんだけどね」

「まあ過ぎた事ですし…。それよりパクられちゃったんですね、山下さん……」

「まだ接見禁止みたいだけどね。状況分かったら連絡するよ」

「分かりました。岩上さん、山下さんお願いしますね」

大山はトボけた奴だが、いい奴でもある。

仲が良かったはずの大山を裏切る形で辞めた山下の安否を気遣っているのだから。

俺は西武新宿駅の公衆電話から野方警察署へ連絡した。

「え…、接見禁止がついてないんですか?」

弁護士の言っている事と全然違う。

「では知人である私は、山下哲也の面会に行っても大丈夫なんですか?」

警察はまったく問題ないとの解答。

俺は一度事務所へ戻り、状況を報告する。

長谷川は当然腑に落ちない表情。

「今、その目黒の弁護士へ連絡してみたらどうですか?」

「そうですね」

電話をし終わった長谷川は、俺の顔を見ながら溜め息をつく。

「岩上さん…、頼んだ弁護士…、ちょっとヤバいかもしれません……」

長谷川が接見禁止は解けているはずだという問いに対し、弁護士はまだ接見禁止だと言い張ったそうだ。

軽い罪状だからちゃんと行動せず、適当に言っているのか?

「ふざけやがって……」

「岩上さん、まだ裁判も終わってません。とりあえず今は抑えましょう」

言いつけを守らずすぐ捕まった山下。

平気で嘘をつく弁護士。

色々な物事の歯車が壊れていく感じがした。

 

闇 87(裁判と制裁編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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