岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

4 ゴリ伝説

2019年07月16日 18時55分00秒 | ゴリ伝説

 

 

3 ゴリ伝説 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

電話機の前でそのまま色々考えていると、再度電話が鳴った。ひょっとして良子からだろうか。「はい、神威ですが……」「あ、もしもし」ゴッホからの電話だった...

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「おい、何書いてんだよ? また条件かよ…、そんなの書かなくていいよ」
「うるせー。黙って俺の言う通りにしろ。嫌なら俺は一切協力しないだけだ」
「ひでーなー」
「全然酷くないって。俺は恋のキューピー、エンジェルちゃんみたいなもんだ」
「何がエンジェルちゃんだよ」
「うるせー、俺にお願いしろ」
「何を?」
「恋のエンジェル神威さま、何とぞよろしくお願いしますって」
 ゴッホは躊躇っている。見ていて非常に面白かった。自分のこの現実をいまいち理解してないゴッホを意地悪く、ちょっとだけ苛めてやろう。
「別にそんな事いちいち言わなくてもいいじゃねーかよ」
「いーや、駄目だ。今、言わないと、この件から俺は手を引く」
「そんな事したら畑山さんが困るぞ?」
「全然困らないよ。別に彼女と俺の関係が変わる訳じゃない。ゴッホをうまい具合に畑山さんと自然に会わせようっていう事がなくなるだけなんだから」
「汚ねーよ」
「いや、北あるよ」
「くだらねー事、言ってんなよ」
「普段、おまえがいつも言ってる寒いギャグを真似しただけだ。ほれ、言わないのか?」
「う…、あ……」
「言ってお願いしないと、畑山さんとの縁が切れるよー……」
「わ、分かったよ。言うよ……」
「そうそう、人に物事頼む時は感謝を忘れちゃいかんよ」
「エ、エンジェル…、か、神威さまよろしくお願いします……」
「だーめ、恋のが抜けてる。それに恥じらい過ぎ。ほれ、もう一度」
「こ、こ、恋のエンジェルさまよろしくお願いします」
「駄目駄目駄目駄目…。今度は神威さまが抜けてるぞ?そんなんじゃ耳に届かないぞ。こういうのは恥じらいを捨てないと、恥じらいを……」
「こ、こ、こ、恋のエ、エンジェル神威さま…。お、お願いします」
「駄目、まるで駄目。いいか? 恋のエンジェル神威さま、何とぞよろしくお願いします…、だ。分かったか? ほれ、もう一丁」
「もー、いいじゃんかよー」
「駄目だ。ほれ、もう一度……」
 このやり取りは三十分ほど続いた。



 私は何日か掛けて畑山さんにゴッホと一緒に遊園地へ行ってくれば…、と、もちかけた。彼女は特に嫌そうな顔はしなかったが、特別嬉しいという訳でもなさそうだった。
 私が頼み込んでいるから仕方なくといった感じなのだろうか。
「よー。今日、仕事終わったら時間あるかい?」
「あ、神威さん。どこかに連れてってくれるんですかー?」
「ああ、前に約束したじゃん。好きなもの食べさせてあげるよ」
「本当ですかー? 嬉しー」
 こんな事で派手に喜んでくれる畑山さんの表情を見ていると、こっちまで気分が弾んでくる。
 ん、しかし…、待てよ……。
 いつから私はゴッホとこの子をくっつけようと思ったんだろう。最初は紹介するつもりなど、毛頭もなかったはずだ。それにゴッホはこの件に関して…、いや、私に対して感謝のカの字すらない。
 何の為に私はこんな事をしているんだろう。
 おそらく、今まで彼女のできた事のないゴッホに、人並みの楽しさを一瞬だけでもいいから味合わせてやりたいという親心みたいなものが、私にはきっとあるのだ。
 定時に仕事が終わり、畑山さんとレストランに向かう。
 どこにしようか迷ったが、結局この間と同じレストランに行く事になった。もちろん話題の中心はゴッホとの遊園地計画だ。あくまでも自然な流れでうまく言わないと駄目だ。
「ここのグラタン、おいしいですねー」
「そうだね。でも俺はこのカルボナーラが気に入ってるな」
「ちょっとくださいね」
「ああ、いいよ。ほら」
 他の席の客から見たら、私と畑山さんは仲のいいカップルにでも見えるのだろうか。本来なら彼女の良子と、このような場で仲良く過ごしたいものだが……。
 自業自得とはいえ皮肉なものだ。
「ここのコーヒーっておいしいですよねー」
「そうだね」
「幸せ感じちゃいますよー」
「あ、そうそう。ところでゴッホとどんな話をしたの?」
「岡崎さんとですか? 何で神威さん、そんな事を気にするんですかー」
 畑山さんは意地悪そうな顔をして私を見つめている。
 ドキッとするような表情だったが、私が畑山さんを求めている訳じゃない。ゴッホの件が今日の主題だろ……。
「いや、あいつが畑山さんと話してから妙に元気になったというか、吹っ切れたと言ったほうがいいのかな…。だからどんな会話したんだろなってね」
「へー、神威さんて友達思いなんですね」
「そうでもないよ」
「面倒見もいいし……」
 少し違う展開になっている。話を変えないと……。
「そうそう、ゴッホと遊園地はいつぐらいに行くの?」
「え、遊園地ですか?」
 やっぱりそうきたか。ここはマシンガントークでも何でも強引にねじ伏せるしかない。
「前に一緒に言ってみたらって話したら、畑山さんもそうですねって言ってたじゃん」
「えっ、あれはー……」
「ゴッホに軽く話したらすごい楽しそうにして喜んでたよ。今週の日曜辺り、一緒に行ってくれば?あいつも嫌な事吹っ切れるだろうしね」
「うーん…、でもー……」
「ゴッホが畑山さんに今度ご馳走したいって言ってんだから、一回ぐらい甘えちゃえば?あいつも本当に感謝してんだしさー」
 かなり強引に話しているのは百も承知だが、今ここで返事をもらわないといけないような気がした。本日の山場である。
「まあ、そこまで神威さんが言うなら……」
「じゃあ、俺からゴッホに今週の日曜辺りどうだって伝えるけど、畑山さんはそれでいいかな?」
「は、はぁ……」
「うん、分かった。あれ、飲み物がなくなっちゃったね。もう一杯コーヒー頼もうか?」
「はい」
 ゴッホの為に強引に話をまとめてはみたけど、畑山さんに対しての罪悪感を覚える自分がいるのも事実だった。果たして私のしている事は間違っているのだろうか。

 今日は日曜日。目を覚ますと昼だった。
 この間の食事を終えてから連絡をとり、畑山さんとの遊園地行きが決まったゴッホは、言葉では表せないぐらいの大ハシャギをしていた。
 今頃、二人で西武遊園地に向かっているだろう。
 私はというと、彼女の良子とあれから状況が何も変わらず、寂しい時間を毎日送っていた。自分の事さえ疎かになっているのに、私は一体何をしているのだろうか。
 ベッドに寝転んだまま、ゴッホと畑山さん、二人の様子を想像してみる。
 駅周辺で待ち合わせをして、ゴッホが車で迎えに行く。車に乗ったはいいが、口下手なゴッホ。何故私は今、この人と西武遊園地に一緒に行くのだろうかと考えている畑山さん。
 よくよく考えてみると、私は畑山さんにとても酷い事をしてしまっているんじゃないか……。
 家の電話が鳴るのが聞こえる。今日、家の中は私一人だった。ベッドから起き上がるのも面倒だったが、誰も家にいないので私が出るしかない。重い体を起こし、電話に向かう事にする。
「もしもし、神威です」
「あ、神威さんですかー」
「あれ、畑山さん?」
 独特な発音、語尾が伸びる特徴ある喋り方から一発で畑山さんだと分かった。
「どうしたの、こんな時間に? ゴッホと西武遊園地行ってるんじゃないの?」
「聞いて下さいよー」
「あ、うん。どうしたの?」
「今日、朝の十時に川越駅の改札口で待ち合わせしたんです」
「うん。それで……?」
 まずは想像した通りの展開だ。
「私、てっきり車で来ると思ってたんですけど、岡崎さんは歩いてきたんです」
「へー、そりゃー珍しいね」
「別にそんな事はどうでもいいんですけどー……」
「うん」
「神威さんだったら、もし、西武遊園地行く事があったらどうやって行きますか?」
「うーん、普通に考えりゃ本川越から小平で乗り換え、そのまま西武遊園地行きに乗れば、普通に行けるでしょ。でも何で? 今、ゴッホは一緒じゃないの?」
「あの人、ちょっとおかしいですよ」
「何かされたの?」
「ううん、それはないですけど……」
「じゃあ、何で?」
「自分から電車で西武遊園地に行こうって言っといて、池袋に行っちゃったんですよ。私は普段、あまり電車乗らないから、何も考えないでついて行っちゃったんですけど」
「何でまた池袋なんかに行ったの?」
「そんなの知らないですよー」
 珍しく畑山さんにしては興奮して口調が強くなっていた。
「それからどうなったの?」
「遊園地に行くじゃないんですかって岡崎さんに尋ねたら、あの人、本当に電車を乗り間違えたらしくて…。普通行き方が分からなくても駅員さんとかに聞けば、すぐ分かる事じゃないですか? 何で池袋に着くまで何も分からないのかなと思って……」
「ゴッホは何て言ってたの?」
「いやー、俺は西武遊園地行った事がなくてさーって、行ったきりその場でモジモジしてるだけだったんで、川越に戻って来ちゃったんです」
 あの馬鹿…、本当に大馬鹿だ。頭が悪いとは思っていたけど、ここまで悪いとは思いもしなかった。何で毎回毎回大切なチャンスを自分のドジで潰してしまうのだろうか……。
「あいつはどうしてるの?」
「川越までは一緒に戻ってきたんですけど、それからもずっとモジモジしてるので、これから神威さんの家でも行きますかって言ったら、あいつの家に行ったって何もないよって…。じゃあどうするんですかって聞いたんです。そしたらまたモジモジして黙ったままだから、私だんだん頭痛くなってきて、もう帰りますって帰ってきたんです」
 今までの鬱憤を晴らすかのように畑山さんの声には迫力があった。すごい剣幕だ。
「そうか…。本当にごめんな、畑山さん」
「何、言ってんですか。別に神威さんが悪い訳じゃないんですから」
「いや、あいつがあそこまで大馬鹿だとは思わなかったからさ…。実際、畑山さんに嫌な思いさせちゃったしね」
「それは神威さんのせいじゃないですよ。でも悪かったと思ってるなら、またご飯ご馳走して下さいね」
「うん、それはもちろん」
「じゃあ、私は疲れたので今日はもう休みますね」
「うん、おやすみ……」
 彼女との電話を切り、私はコーヒーを作って一息入れた。
 前の館山の件にしても何で、あいつはあんなにドジなんだ。
 そう考えていると、協力している自分が馬鹿らしくなってくる。その場で煙草を吸いだし、三本目を吸い終わる頃に、電話が鳴る。私にはその電話が絶対にゴッホだと確信があった。
「はい、もしもし」
「あ、神威さんのお宅ですか?」
 私の確信通り電話はゴッホからだった。ゴッホの声は恐る恐るといった感じで、震えている。
「俺だよ。何か用か?」
「あ、神威か…。い、いやー…、わりー…。あ、あのさー…」
 さっきの畑山さんの言った出来事を思い出すと、こっちまで頭が痛くなってくる。
「もういいよ。さっき畑山さんから連絡あってすべて聞いたよ…。全部言いたい事、分かってるから」
「ん…、ああ……」
 少しの間、私とゴッホは沈黙した。いくら待っていてもゴッホから口を開く事はなさそうなので、こちらから話す事にした。
「ドジ」
「ん…、ああ……」
「何で西武遊園地に行くのが、池袋に行くんだよ」
「わりー……」
「別に謝れなんて俺は言ってんじゃないよ。何で池袋に行ったんだって聞いてんだよ」
「い、いやー、何でだか俺だって分かんねーよ」
「はぁー……」
「ため息なんてつくなよ」
「うるせー、人の苦労をすべてそんな事で台無しにしやがって……」
「何だよ。俺を可哀相だって労わる気持ちは全然ないのかよ?」
「うるせー、そんなダミ声で何抜かしてやがんだ、ボケ」
「人が落ち込んでるのに、ひでー奴だな」
「おまえがだ、この馬鹿野郎」
「なあ、これから飯でも喰いに行こうぜ」
「何でそうなるんだよ?」
「どうせ、おまえだって暇だろ?」
「けっ」
「今から車で迎えに行くよ」
「分かったよ」
 所詮どんな言い争いをしても、私とゴッホはやっぱ友達なんだろう。こんな関係がいつまで続くのだろうか。
 一つ言える事はゴッホに彼女がもしできたとしたら、この関係は終わるかもしれないという事だ。
 何故そういう風に思うのか、自分でもよく分からないが本能的にそう感じた。

 結局今までのやり方で、ゴッホに彼女を作るのは難しいんじゃないのかと考えていた私たちは、新たなアイデアを練っていた。
 しかし、飲み会以外、どうやって異性とゴッホを絡ませたらいいのか分からない。紹介という手もあるが、酒が入って陽気になれるからこそ、ゴッホにもチャンスができるのではと思う自分がいた。
「ゴッホ自身が変わらないと難しいんじゃないかな」と、深沢。
「いや、ありのままのゴッホを好きになってくれる子じゃないと意味がないでしょ」と、宮路。
 確かに無理して自分を変えさせても、あとで反動がくるだろう。ゴッホが自分で駄目な部分に気付き、変えようとする分には構わない。私たちがあれこそ言うのもおかしな話なのである。
「今度は僕が飲み会の話持ってくるからさ。もう一度それで様子を見てみようよ」
「何か当てでもあるの?」
「僕の彼女が東村山に住んでいるから、そっち系の友達集めさせてやるのもいいかなと」
「場所はどこで?」
「所沢辺りがいいんじゃない」
 そんな訳で、また『CPL』主催の飲み会が決定した。
 ちょうどこの頃私は、夢だったプロレスラーのプロテストに受かり、気分は上々だった。元々痩せていた私は、無理して毎日吐くまで食料を胃袋に詰め込み、頑張って体重を増やしていた時期でもある。当初、「レスラーになりたい」と知り合いに言うと、百人が百人とも大笑いされたものだ。それぐらい私は細かったのである。
 一年経ち、二年経ち、徐々に私の体は大きくなっていった。それと比例するように私を笑う者も少なくなっていく現実。辛かった分、結果が出た時の喜びは何とも言いようのないものだった。
 うまく行けばテレビにも映り、一躍有名にという淡い思いもある。
 そんな状況下の中、『CPL』宮路の彼女主催の飲み会が始まった。

 今回のメンバーは私、ゴッホ、深沢、宮路の四名。相手も宮路の彼女を含む四名。いい子がいればいいが……。
 ゴッホの指先は、今日も真っ黒けだった。その事に触れて注意したところでゴッホ自体聞き入れないので、誰一人口に出す者はいない。
「はじめまして~、宮路の彼女の冨岡文江です。今日はよろしくね~」
 私たちより一つ年上だという宮路の彼女。『金の草鞋を履いて、一つ上の女房を見つけろ』というが、なかなか明るく気さくでいい彼女そうだ。
 文江さんの揃えた面子は、ごく普通な感じの子ばかりだった。果たしてゴッホがこの中で気に入る子がいるのか?
「誰か気に入った子いる?」
 小声で囁くと、ゴッホはぶっきらぼうに「いねえなあ」と呟く。まったく偉そうに…。何様のつもりでいるのだろうか。ゴッホメインでやろうと思ったが、ここは普通に楽しんだほうが良さそうだ。
 実はこの日、私は徹夜で飲み会に来ていた。私のプロテスト合格を喜んだアルバイト先の社長が、非常に喜び、お祝いに朝まで飲みに連れていってくれたのだ。本来なら家でゆっくり寝ていたいところだが、前からこの飲み会の約束をしていた為、無理して来たのである。
 乾杯を済ませると、料理が運ばれてきた。適当に摘みながら、私は隣の子に話し掛ける。
「仕事は何をしてるの?」
「私? アパレル関係」
「へえ、そうなんだ。よく業界の事分からないけど、色々大変なんでしょ?」
「そうだね。立ちっ放しだし。神威君は何をしてるの?」
「俺? う~ん、今度ひょっとしたらテレビに出るかもしれないね」
 まだこの頃、プロレスは世間でも人気のあったジャンルである。放送時間も夕方ぐらいに放映されていた。
「え、ウソ! 何をしてる人なの?」
 テレビという言葉が利いたのか、興味津々で聞いてくる女。
「何をしてるか、当ててみて」
「何だろう?」
 盛り上がっているところに店員が、「すみません、相席よろしいでしょうか?」と声を掛けてきた。「構いませんよ」と言うと、三人組の女性グループが頭をペコリと下げてテーブルの隅に腰掛けた。なかなか可愛い子が相席になったなあ。
「ねえ、何をしてるの? 教えてよ~」
 三人組に気を取られていると、隣の女が好奇心旺盛な顔で聞いてくる。
「プロレスだよ。プロレス……」
 自信満々に答えると、その女は急に呆れたように変わり、「な~んだ」と吐き捨てるように言った。当然カチンとくる。
「何だよ、その態度は?」
「だってプロレスって八百長でしょ?」
「んだと、おいっ!」
 人が真剣に打ち込んでいるものを簡単に『八百長』のひと言で済ませやがって……。
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
 宮路が仲裁に入る。ここで怒ったら、宮路の顔を潰す事になるし、私はとりあえず引いた。
「プロレスって八百長のくせに野蛮でさ。私、プロレスって大嫌い」
「私も~」
「私も嫌だな~」
 宮路の彼女の文江さん以外、すべての女がムカつく台詞を連発してくる。
「ちょっとあなたたちさー、いい加減にしなさいよ」
 慌てて文江さんも間に入ってくる。
「だってテレビ出るかもなんて言っといて、プロレスでしょ~?」
「おい、コラッ!」
 人が黙ってりゃあいい気になりやがって……。
「ほら、すぐに怒鳴れば済むと思ってる人種でしょ?」
「舐めてんのか、おい」
 自分が一生懸命やってきたもの。すなわち崇高なものである。それをこうまで言われたら、頭に来る。
「ほんと野蛮よね~。だから私、プロレス嫌い」
「見て、あの顔。血管がピクピクして血が噴き出しそう。やーねー」
 楽しいはずの飲み会が、一気に修羅場と化した。何で私がここまで言われなきゃいけないんだ。こいつらがプロレスの何を分かるって言うんだ。あまりの悔しさで目に涙が浮かんできた。
「あれ、ひょっとして泣いてるの? 馬鹿みたい」
「おい、おまえらいい加減にしろよ」
 宮路や深沢が、馬鹿女どもに注意しだした。
「だって馬鹿みたいじゃない」
 我慢の限界だった。
「男の尊厳を簡単に踏みにじるな、このドブスがっ!」
 私はテーブルを持ち、力一杯持ち上げ叩きつけた。
「信じらんな~い……」
 テーブルの上にあった料理の皿ごと、ドブス目掛けて叩きつけたのだ。頭から焼きそばを垂らし、体中に様々な料理が引っ掛かっていた。
「信じられないなら、とっとと帰れ、ドブスが」
 三人の女は半べそ状態で居酒屋から逃げていった。まだ怒りの収まらない私は、荒い息を立てながら、正面を睨みつけていた。
 すぐ店員が駆けつけて、私たちは当然の事ながら出入禁止となり、店を追い出された。

 うな垂れて歩く私の肩をゴッホがポンと叩いてくる。
「ありゃあ、あの女たちが悪いよ。神威は悪くない」
「そうそう、いくら何でもあれは言い過ぎだもん」と、宮路まで慰めてくれる。問題は彼女の文江さんである。彼女に思い切り恥を掻かせてしまったのだから……。
「すみませんでした、文江さん……」
「しょうがないよ。あの子たちのほうが悪いもん。注意しても全然聞かなかったしね。気にしないで、神威君。そうだ! また飲み直ししよ、ね?」
 本当は徹夜明けで眠くて仕方なかったが、酒をたくさん飲みたい気分だった。それに自分の友達より、こちら側にいてくれた文江さんの心意気が素直に嬉しかった。
 あと、途中から相席で座った三人組の女性。彼女らにも大変失礼な事をしてしまった。私が店の人間に怒られている内に、先に行かれ、まともに謝れなかったのも気掛かりである。感情的になると、いつだってあとで後悔が押し寄せてくるものだ。冷静沈着でいられる事の大事さ。私は、その部分をもっと噛み締めねばならない。
 みんな、気まずかった酒を飲み直ししたかったのか、文江さんを筆頭にすぐ近くの居酒屋へ入る事にした。
 週末のせいかどこの店も混んで、待ちができている。私たちが入った店も、待たないと入れない状況だった。他の待っている客をボーっと眺めていると、先ほど相席になった女性三人組がいた。思わず、お互い顔を見合わせて「あっ!」と言い合う。
「先ほどは本当にすみませんでした。洋服とか汚れませんでしたか?」
 頭を下げながら、三人組に謝ると、「そんな気にしないで下さい。私たち横で聞いてただけですけど、あれはどう見ても女の子のほうが悪いし、酷いと思いますよ」と暖かい言葉を掛けてくれた。
「良かったら、先ほどの非礼もあるので一緒に飲みませんか?」
 正直な気持ちで言うと、向こうも笑顔で応えてくれた。
 こちら男性陣は変わらず私とゴッホ、深沢に宮路。女性陣は文江さんに、相席だった女性三名が加わり、今度は楽しいお酒を飲めそうだ。
「まずお互い自己紹介しておいたほうが良くないですか?」と、私が言うと、女性陣三人組も快く紹介をしてくれた。
「私は梅田和子って言います。こちらが宗岡さくらさん。こっちが小沢杏です」
 正直な自分の好みを言えば、一番落ち着いた雰囲気のある美人な宗岡さくらだった。こちらの自己紹介も済ませると、乾杯をして笑顔で飲み始める。
 私たちが二十歳なのに対し、梅田和子は二つ上の二十二歳。宗岡さくらは三つ上の二十三歳。小沢杏は私と同じ年だった。
 さり気なく宗岡さくらのそばへ行き、話し掛けようとすると、小沢杏が笑顔で話し掛けてきた。
「さっきちょっと聞いただけなんですけど、レスラーの方なんですか?」
「いやいや、まだテストに受かっただけで、練習生ってだけだよ」
「でも、すごい体してますよねー。私、筋肉のある男の人って好きなんですよ」
「嬉しいですね」
「ちょっとだけ触っていいですか?」
「え、構わないけど……」
 本当に私の事がタイプなのか、ベタベタと体を触りだす杏。こんな風にこられると、可愛く感じる。うまくいけば、このままおいしい展開になれるかもしれない。
 しかし、宗岡さくらも気になる。隙を見て、彼女のほうをチェックすると、うまく場に溶け込む事のできないゴッホに、優しそうな表情で話し掛けていた。ゴッホもまんざらでない様子で、ニヤニヤと鼻の下が伸びている。
 まあゴッホが彼女をこれで気に入るのなら、私は黙って見守ろう。そんな気持ちでいた。リーダー的存在の梅田和子が話し掛けてくる。
「あなた、硬派っぽいよね。結構もてるでしょ?」
「そんな事ないっすよ~」
「またまた~。杏なんて、かなりタイプでしょ?」
「やだー、先輩ったら~」
 女性二人に挟まれ、至福の時を過ごしていると、一人あぶれた深沢がつまらなそうにしている姿が目に入った。たまには私だって自分自身楽しみたい。杏、和子との会話を楽しんでいると、深沢が焼酎のボトルを手に取り、ラッパ飲みしているのが分かった。
 まずいなあ~……。
 過去、深沢がベロベロに酔うと、いつもろくでもない目に遭わされる。警察が来た事も三回あるし、気付いたら地元の不良に囲まれていた事だってあった。そのぐらい酒乱になり、他の関係ない人間にまで絡みだすのだ。
「おい、深沢! いい加減にしとけよ」
 ボトルをひったくるようにして奪う。
「大丈夫、もっと飲みたい」
「駄目だよ。おまえ、過去にあれだけ酔って問題起こしてきたんだぞ」
「今日は大丈夫だから」
 そう言うと、深沢は私からボトルを奪い返し、またラッパ飲みでゴクゴクとやりだした。私も徹夜で疲れ、先ほどの件で苛立っていたのもあり、いちいち深沢を監視するのが面倒臭く思えた。
 杏や和子と楽しく会話を続けていると、目の据わった深沢が隣にちょこんと座ってきた。ジッと杏の胸元に視線を集中させている。
「な、何ですか……」
 恐る恐る案ずが尋ねると、深沢は人差し指を突きたて、「ワンプッシュ」と、杏の乳首目掛けて突きだした。
「やだー、この人、信じられない!」
 杏が両手で胸を隠しながら、怒り出した。当たり前だろう。いくら酔っているといっても、やっていい事と悪い事がある。深沢はその反応に対し、ニヤニヤ笑いながらまだちょっかいを出そうとしている。
「おい、深沢。おまえ、いい加減にしろよ」
 しょうがないので、少し低い声を出しながら強めに注意した。
「ワ、ワンプッシュ……」
 まったく懲りない深沢。嫌がる杏の胸をまた指で突こうとしている。
「ちょっと本当にやめてよ!」
 杏が本当に怒り出した。私は見るに見かねて深沢の胸倉を掴んだ。
「おまえさ、本当にいい加減にしろよな」
 深沢はいじけた表情になり、どこかへ行ってしまう。あまり友達をこのような扱いするのは好きじゃないが、彼の場合、異常な部分があるのでしょうがない。

 

 

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