電話機の前でそのまま色々考えていると、再度電話が鳴った。ひょっとして良子からだろうか。
「はい、神威ですが……」
「あ、もしもし」
ゴッホからの電話だった。
「昨日は悪かったね。本当にありがとう。オッサとあれから帰ったの?」
「ああ、あいつは最後まで何か知らないけど、ニコニコしてたよ」
「へー、そうなんだ」
「でさー…、その件で一つ聞きたかった事があってさ」
「昨日の事で?」
「ああ」
「何について?」
「いや…、大林は畑山さんと結局うまくいったのかなと思ってね」
嫌な気配を感じたが、嫌な事続きだったので、多分私の気のせいだろう。
「ああ、大林の馬鹿野郎、強引過ぎて彼女に嫌われたらしい。俺がこれからあいつをうまく説得して断らないといけなくなったよ」
ゴッホからの返事がしばらくなかった。
「あれ、もしもし。聞こえてる?」
「ああ、聞こえてるよ」
「どうかしたの?」
「あのさー……」
「な、何?」
電話の最初に私が感じた嫌な気配は、どうやら気のせいじゃなかったようだ。
「大林が駄目になったからって、こんな事言うのもあれだけどさー……」
「畑山さんを実際に見て気に入ってしまっただろ?」
「よく分かるな……」
私の予感は、見事的中した。まだまだ頭が痛くなりそうだ。
「あのね、君は最初に俺があれだけ言ったのに、畑山さんの事をこれじゃいいって断ったんだよ。その辺はちゃんと理解してるの?」
「あ、ああ…。わりーと思ってるよ」
わりーと思ってるよじゃねぇ、このボケが…。心の中で呟いてみた。
「とにかく俺は大林を彼女の変わりに、これから説得しなきゃならないんだ。おまえの事は全部済んでからだ」
「何だよ、冷てーなー」
「全然、冷たくないって。悪いのは俺を信じなかったおまえが悪いんだ」
「協力してくれよ。な? 頼むよ。俺、おまえが妹代わりに可愛がってる女って結構タイプなのかもしれないな」
「何、今さら都合のいい事言ってんだよ」
「分かった、分かった…。俺の事は後回しでいいからさー。な?」
「分かったよ」
これ以上しつこくされても疲れるだけなので、とりあえず適当に生返事をしておく事にした。
仕事に追われ、彼女の良子とはあれ以来、口も利かずに一週間が過ぎた。
忙しいと時間が経つのはとても早く感じる。この一週間で私がした事といえば、何とか大林を説得させる事に成功させたぐらいだった。
最初、畑山さんの気持ちを伝えても、大林は一切信用しなかったが、仕事が終わったあと丁寧にゆっくりと時間を掛けて説明すると、ようやく彼女とはもう無理なんだという事を理解し諦めてくれた。
こればっかりはお互いの波長が合わないと仕方のない事なので、可哀相だが現実を受け止めてもらわなければいけない。畑山さんが、大林を受け入れられなかっただけの事なのだ。
連日にかけてゴッホからしつこく電話があった。内容のほとんどは畑山さんの件である。彼女にゴッホの気持ちを何て説明したらいいのか、私はいい手が浮かばず悩んでいた。
「なあ、畑山さんの件はどうなったんだよ?」
「ついこの間、大林を説得したばかりだろ。まだ、おまえの事は何も伝えていない」
「何だよ……」
「ふざけんな。ゴッホに俺は一番初めに紹介しようとしたのに、おまえがこれじゃいいやって勝手に断ったんだぞ?」
「だからその事はわりーなーと反省してるよ」
「俺だって何も考えてない訳じゃないんだ。いいアイディアが浮かんでるなら、とっくに畑山さんにゴッホの事伝えてるよ」
「ん…、ああ……」
「ゴッホに今まで彼女ができた事がないって言うのは、もちろん俺だって同情してるし、協力だって惜しまないつもりだ。まあ、おまえが畑山さんを実際に見て気に入ったのは事実だし、何とかしてやりたいって気持ちはある」
その時、私の頭の中に何か閃きを感じた。
「おい、ゴッホ。いい事思いついたぞ」
「あ?」
「まず、俺が畑山さんに電話を入れる」
「うん、それで?」
「普通に世間話や仕事の話をしながら、この間のみんなで食事した時の事について、さりげなく話しだす。そうすると自然とゴッホの事が会話に出てきても、まったく不自然じゃないだろ?」
「ああ、それから?」
「そしたらゴッホの話題を中心に会話を進めていくんだ」
「何て?」
「この間、館山留美江にふられた事や、電車の女に告白したらすっぽかされたりされた事を暴露するんだよ。四時間も待ちぼうけ喰らったとかね」
「ふ、ふざけんなよ。それじゃ、俺が馬鹿みたいだろ?」
「それでいいんだよ」
「よくねーよ」
「いいか? 畑山さんはそれを聞いてどう思う?」
「格好悪い奴って思うだろ」
「ああ、そうなるだろうね。でも、可哀相だとも感じてるはずだろ?」
「ん…、ああ……」
「そこにつけ込むんだよ」
「意味が分からねーよ」
「まあいい、とりあえず電話切るぞ。これから畑山さんに連絡するから」
「おい、いきなり過ぎるぞ」
「いいから俺に任せときなって」
「でも……」
「何だよ、注文の多い奴だなー。嫌なら自力でどうにかしな」
「わ、分かったよ…。お願いするよ。その代わりこの電話切ったらすぐ畑山さんのとこに連絡してくれよな」
「分かってるよ。うるさい奴だ。じゃーな」
今回はゴッホに何も選択権を与えるつもりはなかった。
ただ、冷静になってよくよく考えてみると、いくら私が恋のキューピット役になり努力したところで、果たして畑山さんがゴッホを気に入る事はあるのだろうか。
考えれば考えるほど、自分のしている事が間違っているんじゃないかと思えてきた。まあそれは当人同士の問題だから、気にする必要性はないか……。
私はゴッホを出来る限り、自然な形で紹介してやれればいい。
ゴッホとの電話を切り、畑山さんに電話を掛けたが、彼女はどこかへ出掛けているみたいで留守だった。これではゴッホの件を何も言いようがないので、自分の彼女である良子に連絡してみる事にした。
「久しぶりだな。あれから連絡ないけど今、どうしてるんだ?」
「うん…、龍一の事をずっと考えていた……」
「どういう風に?」
「この間、会った女の人から誘われたりしたのかなって……」
まだこいつは畑山さんとの事を何か勘違いしている。そういえばあの時は大林の彼女だという事で良子に通したので、会話には気をつけないといけないな……。
「畑山さんの事? 馬鹿、あれは大林の彼女だろ。あれ以来、何もないよ。そんな事よりも俺はおまえとの事ばかり考えているよ。一体、どうするつもりなんだよ?」
「でも畑山さんって人、ずっと龍一のほう見てた……」
「気のせいだって、お互い初対面なんだし、おまえが意識し過ぎだよ」
「うん、ごめんね…。私、龍一に今すぐ逢いたい……」
「良子は俺と今後どうしたいんだよ?」
「ずっと一緒にいたいよ。ずっと…、ずっと寂しかったんだ……」
「そうか…、放っておいて悪かったな。今からうちに来るか?」
「いいの?」
「当たり前だろ、おまえは俺の女なんだからさ」
「分かった。すぐ、支度して龍一の家に向かうね。だいたい三十分後ぐらい掛かっちゃうかな。待っててくれる?」
「もう、当たり前の事ばっかり聞くなよ。ちゃんと待ってるから早くおいで」
「うん、じゃーね」
良かった。これで良子とギクシャクしていたのが、元に戻りそうだ。部屋に上がった瞬間、良子をギュッと抱き締めてやるか。それともワザと冷たく突き放す素振りをしてみるか。色々な想像をしている内に、良子が家に着いた。
「ピッタリ三十分だな」
「だって早く龍一に逢いたかったんだもん」
私は自然な流れで良子を抱き締めた。非常にいい雰囲気だった。良子は私の腕の中で、ニコやかに微笑んで胸に顔を半分ほど埋めていた。
「兄貴ー」
弟が嫌なタイミングでドア越しに声を掛けてくる。せっかくいい雰囲気になっているのに…。私は渋々良子から離れ、ドア越しにいる弟に声を掛けた。
「何だよ?」
「畑山さんって、女の子から電話」
弟の奴、何て間の悪い事を……。
案の定、畑山という名前を聞いて良子はすごい形相になって私を睨んでいた。
まずい…、このままではまずい。何とかこの場をしなくては……。
私は頭をフル回転させた。
「何で畑山さんから龍一の家に電話が掛かってくるの?」
良子の声のトーンは非常に冷たかった。
「そんなの分かんねーよ。俺に聞かれたって……」
「何で分からないの? おかしいよ、そんなの……」
嫌な空気が辺りを取り囲む。何て答えればいいんだろうか。
「兄貴、出ないの?」
再度、弟の声が聞こえる。
「と、とりあえずさー、電話に行って来る」
「ちょっと……」
「俺だって何が何だか分からないからさー。話を聞いてみるよ。な?」
「……」
良子は返事をくれなかったが、私は構わず部屋を出た。
さきほど弟が電話だと伝えてから三分は経っている。私は受話器を慌てて手に取り、声を出した。
「ごめんね、遅くなって」
「大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ないよ。どうかしたの?」
「いえ、さっき家に帰ったら神威さんから連絡あったと親に聞いたので……」
「そうだよね、ごめんごめん……」
「何かあったんですか?」
「いやいや、この間は本当に悪い事したなって思ってね」
「別に気にしてないですよ」
「そうか、そうか。それは良かった」
ついでだからゴッホの件でうまい具合に探り入れとくか。
「でもこの間は神威さん、大変だったでしたね」
今も君からの電話で修羅場の最中だと言ってやりたかった。
「そうでもないよ。あっ、そうそう……」
「どうしたんですか?」
「前みんなでレストランに集まった時、俺の友達でゴッホって奴いたの覚えてる?」
「ええ」
「あいつさー、実は二週間前に女にふられたばっかりでね」
「えー、そーなんですかー」
「いつも女に自信ないってこぼしてんだよ。あの時はまだ明るく振舞ってたけど」
「結構、面白そうな人じゃないですか」
「うん、いい奴だよ。ただ、俺がいくら慰めてもちょっと立ち直れないみたいでね」
「いい人そうなのに……」
よし、このタイミングだ。
「そうかっ……」
「どうかしました?」
「いやね、俺だと男だからあいつの受けた傷は直せないけど、ひょっとして畑山さんとかが話を聞いてやれば、異性だから少しは慰めにでもなるかなと思ってさ」
「私に何かできる事ありますか? いつも神威さんにはお世話になってるし、何か協力できる事があれば、協力しますよ」
いい感じだ。私の思惑通り、畑山さんが乗ってきてくれそうだ。
さらに私は頭をフル回転させた。
「ありがとう。じゃあ、今度ゴッホに畑山さんのとこ電話させるから、その時色々話聞いてやってくれないかな?」
「そのぐらい、いいですよ」
「じゃあ、また連絡するね」
「はーい」
電話を切った瞬間に、妙な殺気を感じた。振り返ると私の後ろに良子が立っていた。まずい、どのぐらいからそこにいたのだろうか……。
「良子……」
「嘘つき……」
「違うんだ、良子」
私が近付こうとすると良子は走り出し、玄関の方へ逃げていった。
「良子!」
私は一体、何を考えてるんだ。自分の彼女も放っておいて、ゴッホの事など気に掛けて……。
一番大事にしなきゃいけないのは良子なのに……。
「待ってくれよ」
「今までありがとう。さようなら……」
これまで見た事のない、冷たい目で良子は私を見ていた。放心状態の私を置いて、良子は玄関を出ていってしまった。私は全身の力が一気に抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。
「俺は何、やってんだろ……」
次の日は全然、仕事にならなかった。良子の事で頭がいっぱいだったからだ。社長に呼び出され小言を言われ、スッカリ凹んでいた。
「神威さーん、今日、どうしたんですか?」
「い、いや…、別に……」
畑山さんが心配そうに声を掛けてくれるが、全然元気が出なかった。
「今日の神威さん、変ですよ?」
「ちょっと仕事でミスっちゃっただけだよ。ありがとね」
「ふーん、ならいいですけど、元気出して下さいね」
家に帰ると、ゴッホから電話があった。
「おう、昨日どうなった?」
無神経なゴッホの言葉に思わずムカッときた。
でも、私がコソコソと良子に内緒でやっていたのがいけなかったのだ。ゴッホは関係ない。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「俺に感謝しろよ」
「え、…と、言うと畑山さん、俺と付き合ってくれるって感じかい?」
「馬鹿。そんな訳ねーだろ。少しは考えろ」
「ん…、ああ……」
「今度、おまえが畑山さんと電話できるよう、うまい具合にセッティングしたんだよ」
「何だ、それだけか」
「何だ、その言い草は?このクソ馬鹿野郎」
そのせいでこっちは良子と大変こじれてしまったというのに……。
私はゴッホの対応に頭きて電話を切ってしまった。
部屋に戻ると案の定、ゴッホから電話が掛かってきたが、ウザイので弟に居留守を使ってもらう事にした。ベッドに寝転んで何も考えずに時間を潰す。すべてが面倒臭くなってくる。
どのぐらい時間が経ったのだろう。ウトウトしかける頃、部屋をノックする音が聞こえる。
「はい、何?」
私が声を掛けると、ドアが勝手に開きだす。
「ゲッ……」
「よう、さっきはいきなりどうしたんだよ?」
ノックした主はゴッホだった。顔だけニョキっと突き出してニヤニヤしている。あれから時間が経っていたので怒りは収まっていたが、こいつにはホトホト呆れるばかりだ。
「おまえのせいで良子と喧嘩になったんだぞ」
「何で俺のせいなんだよ?」
「ハー…。もう俺の事はいい、放っておいてくれ」
「おまえの事は別にいいけど、畑山さんの件はどうなったんだよ?」
「何だよ、それが人に頼む態度かよ?」
イライラがどんどん増してくる。何でこいつはここまで無神経なんだ。
「分かんねーかなー。畑山さんと電話できるようセッティングしたんだろ? こういうのは早いほうがいいと思ってな。だからわざわざおまえの家まで来たんだろ」
ある意味、ゴッホはゴッホなりに幸せに生きてきているのだろう。例え本人が否定しても私が断言する。こいつは幸せ者だ。
私がどんなに迷惑そうな素振りを見せても、まるでゴッホは動じなかった。どうも畑山さんと電話で話さないと気が済まないらしい。
「おい、今から電話するぞ」
「え、畑山さんに?」
「それ目当てでここに来たんだろ?」
「エヘヘ……」
「笑って誤魔化すな」
かくして、私の家から畑山さんに電話を掛ける事になった。ゴッホの嬉しそうな様子はもちろん言うまでもない……。
「ただし、電話するには条件があるぞ」
「条件?」
「ああ、今からその条件を紙に書くからそれを守れるならいいよ」
「えー、面倒くせーよー」
「嫌ならこの電話は無しだ。それでもいいのか?」
「わ、分かったよ……」
畑山さんに電話する前の注意事項というか条件
・一つ、最初は私が電話して、畑山さんと話してからゴッホにバトンタッチする。
・一つ、ゴッホは二週間前にふられた設定になっているので、そのつもりで……。
・一つ、ふられたという設定なので、暗い感じで彼女とは話す事。それと笑うの禁止。
・一つ、どんなに会話が弾んだとしても、どこかへ一緒に行こうとか誘うのは一切禁止。
以上、四点を守れない場合は、即電話を強引に切ります
うん、紙に書きたい事を書き終わって見直すと、我ながら中々の達筆である。
「何だよ、こりゃ?」
「だから、書いてある通りにしてもらうぞ? できなきゃ、この話は無しだ」
「わ、分かったよ」
ゴッホに了承を得てから畑山さんに電話を掛ける。
「もしもし、畑山さん? 神威だけど」
「あ、声が昼間より元気そうですね。良かった、良かった」
「気にしてくれて、ありがとう。実はゴッホの奴が今、うちに来ててさー。この間、振られた事をまだウジウジと気にしていじけてんだよ」
私の近くで鼻息を荒くしながらゴッホは聞き耳を立てている。
「ありゃー。それは大変ですねー」
「そこで畑山さんに少し話を聞いてもらったら、ちょっとは楽になるんじゃないかなと思ってさ。それで電話してみたんだ」
「全然、構わないですよ」
「悪いねー、畑山さん。じゃあ、ちょっとゴッホに変わるね」
受話器をゴッホに渡そうとすると、まるでひったくるように取られてしまった。
「あ、この間はどーも…。岡崎です。え? いやー、ゴッホって神威が勝手に言ってるだけで、本当は岡崎って言われてるんだよ。そうそう…。うん…。あれは俺が思い違いから誤解を受けたみたいで…、うん、そうだね。それでさー……」
水を得た魚のように生き生きと話すゴッホを見て、とてもいい事をした気分になる。ゴッホは打ち合わせた通り、ふられ話を適当にでっち上げて畑山さんに話し同情を買っているようだった。それにしても後ろで待ってゴッホの電話を聞いていると、とにかく長電話だった。三十分が過ぎ、四十分が過ぎようとして私は声を掛けた。
「おい、そろそろ終わりにしろよ」
「そうそう、でさー……」
小声で囁いても、ゴッホは私の書いた紙を無視して笑顔で話していた。
「約束が違う、切るぞ」
電話を切ろうとすると、ゴッホは笑顔で話しながら受話器を片手でガードしだした。
「おいっ、よこせ」
「な、何だよー」
会話の最中、強引に電話を取り上げる事にした。
「あ、もしもし神威です。ごめんね、こいつ長電話で……」
「いえいえ、ずいぶんと自信なくしてそうだったので」
「ゴッホにつき合わせちゃって、ごめんね。お礼に今度、おいしいものご馳走するね。じゃあ、また……」
電話を切ると、ゴッホが私に詰め寄ってくる。
「なあ、畑山さんの連絡先教えといてくれよ」
「それは無理」
「頼むよー」
「いくら頼まれたって無理。第一、勝手に教えるなんて、畑山さんに失礼だ」
「でも、あれだけ話したんだしさー」
「いいか?それは俺が彼女に話したからだ。勘違いするなよ」
「ん…、ああ……」
「また時期見て何とかするようにするから、それまで我慢してろよ。な?」
「わ、分かったよ……」
自分の彼女とでさえうまくいってないのに、私は一体何をしているのだろう……。
それからまた仕事が忙しくなり、私は家に帰るとバタンキューの生活が十日ほど続いた。彼女の良子とはあれ以来、連絡すらとっていない。
畑山さんとは会社で顔をたまに合わせるものの、忙しくて話をする暇さえなかった。ゴッホは毎日のように畑山さんの件で電話があったが、正直こっちはそれどころじゃなかった。
ようやく仕事も落ち着き、少しずつ余裕ができるようになってきたが、相変わらずゴッホはしつこく電話を掛けてきた。少しぐらい自分の為にゆっくりしたかったが、ゴッホの件を何とかしないと難しそうなので、重い腰を上げる事にした。
「最近冷てーじゃねーかよー」
「うるせー、こっちは仕事が忙しかったんだよ」
「いつになったら神威は動くんだよ?」
「今日辺り、畑山さんに電話してみるよ」
「本当か?」
「嘘言ったってしょうがないだろ?」
「いや、しょうがはあるぞ」
あまりの寒いギャグにドッと疲れを感じた。
「何だよ、笑うところだろ?」
「もうおまえはひと言も話すな…。疲れるから……」
翌日に会社内で畑山さんと会い、少し話をする時間ができた。いつもの事ながら、彼女は明るくニコニコ笑顔を絶やさない。
「お久しぶりですねー、神威さん」
「ああ、久しぶり。この間は悪かったね」
「何がです?」
「いや、ゴッホの電話の話し相手になってもらって」
「あーあー、あの人、電話で話したけど、あの様子じゃ彼女できなそうですよ?」
畑山さんはどうなんだ……。
できれば聞いて面倒な事を終わらせたかった。しかし、それじゃ私の今までの苦労は何になる?
「まーね、そんな簡単に彼女作れるならゴッホも苦労しないよ。何だかんだ言って二十年間も彼女ができずじまいだからね」
「そーですねー」
「でもあいつ、畑山さんにすごい感謝してたよ」
「本当ですかー…。私は何もしてないのにな……」
「この間のお礼に畑山さんに食事をご馳走したいって言ってたよ」
「うーん、微妙ですね…。そんな大層な事はしてないのに」
「そんな事ないって。充分過ぎるぐらい癒されたんじゃないかな」
「ただ私は話を聞いただけなんですよー?」
「俺が聞くのと、女性である畑山さんが聞くんじゃ、全然違ってくるよ」
「そういうもんですかねー」
「そうだ、あいつ遊園地とか行った事ないんだよ。畑山さん、良かったらゴッホと行ってみたら? あいつもいい気分転換になるだろうし、それなら畑山さんも堂々とうまいものご馳走してもらえるだろうしね」
我ながらいいアイデアだった。
「神威さんは、私にご馳走してくれないんですか?」
「いや、ちゃんと考えてるよ。ゴッホのとはもちろん別口でね」
うまい具合にゴッホの恋心に触れず、話をまとめられたな……。
「やったー」
「とりあえず明日辺り、電話入れるよ」
「分かりましたー。待ってますね」
最終的に私が彼女にご馳走するという事で話を終えたが、ゴッホとの遊園地計画をさり気なく言っといたので、もう一押しすればなんとかなりそうだ。
私の目論見はゴッホを畑山さんと一度でいいから、遊園地みたいな場所でまともなデートをさせてあげる事だった。
中々いい方向に運気が向いてきたような感じがする。
私は紙とペンを取り出し、前回と同じように箇条書きで条件を書き出した。
今度畑山さんに電話する時に守るべき条件
・一つ、しつこく迫らない。
・一つ、電話時間は手短に……。
・一つ、遊園地に誘え……。
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