岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

2 コードネーム殺し屋

2019年07月19日 13時12分00秒 | コードネーム殺し屋/初めて書かされたホラー小説

 

 

1 コードネーム殺し屋 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

コードネーム殺し屋―つぶし屋の章―一人の女が、ドアを恐る恐る開けて入ってくる。三十後半、いや、四十ぐらいか?黒のシックなワンピースが非常に似合っている。俺は思わず...

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 俺は、薄気味悪い黄緑の紙切れを乱暴につき返した。何だ、これは?
 見ていて次第に恐怖を感じていた。
 ワープロの字で、丁寧に印刷された一枚の紙切れ。いくら考えても悪戯という言葉だけでは、説明がつかなかった。
「どう、すごい当たってるでしょ?」
「ふざけるな」
 自分で言ってから、ビックリした。何故違う言葉を俺は使わなかったのだろう?「ああ」とか、「そうだな」とか言えば、あの占いの紙と予想が変わっていたのに……。
 いつも冷静に振舞っている俺がおかしくなっている。
 千夏は紙を綺麗に折りたたんで、ポケットにしまい込んだ。ポケットを軽くポンと叩き、俺を笑いながら見つめてきた。人を惹きつけるような不思議な瞳だった。
「ビックリした?」
「ああ、まあな。一体、どんな手品を使ったんだ?」
「失礼だなー、手品だなんて」
「それ以外、どう説明できるんだ?」
 俺は苛立っていた。無理もない。不可解な現実を目の当たりにしているのだから。
「私だってビックリしてるんだよ。ほんとにさ。だって紙に書いてある通りに、あなたが喋るんだもん。途中で怖くなって…。だから紙をあなたに、わざと見せたんだよ」
「そのあなたって言うのはよせ。俺には柴木大介という名があるんだ」
「うふふ……」
「何がおかしいんだ?」

 千夏は無言でポケットから、水色の紙を取り出しテーブルの上に置いた。俺が取ろうとすると、千夏は制止した。
「ちょっと見るのは、まだ待ってよ」
「何でだ?」
「少しお話しをしたいの。私たち、この占い次第で行動が変わってくるの。もちろん私はすべて見たわ。今までだってね。私は社会に出ても、働いた事がまったくないの。何でか分かる?」
 千夏の目は真剣そのものだった。必死に訴えかけていた。そもそもこのクレッシェンド占いとは何なのだ?ただの占いじゃない気味の悪さが漂っている。
「おまえが働いた事がない理由?簡単だ。それだけの美貌だ。男が放っておく訳がない。少し色目を使うだけで、たくさんの男がおまえに貢ぐからだろう」
「そんな安い女じゃないわ」
 目に涙を溜め、千夏は大きな声で否定した。俺は歪みきっている。幼い頃の記憶が俺の精神を麻痺させていた。
「悪かったな…。女って生き物は、もっと汚れているものだと思っていたんだ」
「それが何でか、私には理由が分かるわ」
「おまえなんかに、何が分かるんだ?」
 俺は幼き古い記憶をえぐられたような感覚を覚えた。嫌な思い出。思い返すのも嫌だった。誰にも俺の心の傷など理解できない。そうやって生きてきたのだ。
 千夏は赤い髪を取り出し、水色の紙の隣にそっと置いた。しばらく自分の置いた紙を眺め、ゆっくりと視線を俺に向けてくる。
「気を悪くさせてごめんなさい。でも、やっぱりね。あなたと私は一緒になる運命みたい」
「ふざけんなって、そんな紙切れ一枚で、何を信じろって言うんだ。だいたいクレッシェンド占いって何だ?答えてみろ?」
「クレッシェンドというのは、本来、ピアノの演奏記号の強弱の変化を表すものの一つ。だんだん強く、または成長しながらって意味合いを持つの」
「それで?」
「だんだん強くよりは、成長しながらの占いってほうが、適してるのかな。多分、そんな意味合いだと私は思ってる」
「どこにその占いはあるんだ?」
「私のノートパソコンの中」
「パソコン?」
「そう、私のパソコンの中だけしかないと思う」
「どこかのサイトか何かか?」
「ううん、メールで送られてくるの」
「メールで?」
「そう。さっきの第七回クレッシェンド占いって。表記してあったでしょ?」
「ああ」
 俺は煙草に火を点けて、煙を吹き出した。いつの間にか、真面目に千夏の話を聞き入れている自分がいた。
「当然前に六回メールが来ているの。最初の占いは、ほんの些細なものだったの」
「例えばどんな?」
「今日、近所のスーパーに行くと、ラッキーな出来事が起きるってぐらいで……」
「ふーん、どんなラッキーが?」
「話すと長くなるんだけど、心して聞いてくれる?」
「ああ、言ってみな」
 俺に何も躊躇いはなかった。ここで帰っても、あとで気になるのは目に見えて分かっていた。
「あのね、私は近所のスーパーに、書かれている通り実際に行ったの。周りに何かしらの変化がないかなと思いながら、店内を見て歩いていたわ。その時、買い物客のおばさんに、よそ見していてぶつかってしまったの。おばさんは大袈裟に転び、かごに入っていた卵はすべて割れるし、カンカンに怒り出したわ。それで私は謝っているところに一人のオタクっぽい奴が助けに間へ入ってくれたの。それでも三十分ほど、おばさんの怒りは収まらなかったわ。その時大きな地震があって、棚に陳列されていた商品はバタバタと落ちていったの……」
「ちょっと待った。話が長すぎるよ。結果だけ、どうなったかだけ教えてくれ」
 千夏の話は流れをうまく掴んでいないようで、だらだらとし過ぎていて聞きづらかった。
「そうね…。じゃあ、結果だけ言うわ。私好みの彼氏ができたの。それでお好み焼きを奢ってもらったわ」
「おまえって、オタクみたいな奴が趣味だったの?」
「違うわよ。だから話せば長くなるけどって言ったのに……」
「そうだな、じゃあ、続きを話してくれ」
「怒っていたおばさんは、地震でビックリしてスーパーから逃げ出したわ。間に入ったオタクも、私を突き飛ばして真っ先に逃げたの。あちこちで悲鳴が聞こえて、大変だったんだよ。それから私はのどが渇いたから、コーラを買おうとレジに行くと、誰もいないの。しょうがなく、私はコーラ一本だけならいいかと思い、そのまま店をあとにしたの。何だ、何もいい事なんてなかったじゃないと思うでしょ?」
「まあ、それだけの騒ぎで、コーラ一本じゃな……」
「それから道路を歩きながらコーラを飲もうと思ってふたを開けたら、炭酸がブワッと吹き出て顔に掛かったわ。どこがラッキーなのよって、一人で怒りながらその日は寝たの」
「何もラッキーなんてないじゃないか。」
「ところがね、私に絡んだおばさん、いたでしょ?」
「ああ」
「それとそのオタク」
「ああ」
「その二人は店を飛び出した百メートル先の道路で、翌日死んでいたわ」
「はあ?どこがラッキーなんだよ?」
 その話からどこに彼氏ができて、お好み焼を奢ってもらう事に繋がるんだ?話が突拍子過ぎて先の展開がまったく見えない。
「私もその時一緒に逃げていたら、危なかったの」
「何で?」
「だって切り裂き魔の頭のおかしい犯人が警察に追われていて、その逃走中にその二人は刺し殺されたんだもの」
「……」
「だから私も、ほんと危なかったんだから」
「何故?」
「私も当時住んでいたボロアパートの住人だったんだよ、その二人。刺し殺されたのは、そのボロアパートの前の道路。死亡者はその二人だけど、悲鳴を聞いて出てきた住民も切りつけられ、軽い軽傷を三人負っているわ。だから私はコーラが、顔に掛かったぐらいだからラッキーだったでしょ?」
「うーん、そういう見方もあるか。なるほどね…、ん、待てよ?ところで彼氏の話はどうしたんだ?」
「ああ、あれは嘘よ。早く言えって言ったから適当に作った話」
 いまいちこいつの性格が把握できずにいた。だいたい何をテーマに話しているんだっけ?そうだ、クレッシェンド占いの話だ。確かにある意味占い結果で、スーパーへ行ったからこそ、命が助かったのかもしれない。
「まあいい…。じゃあ、六回目って何だ?」
「私、働いてないって言ったじゃない。一度も……」
「それに関する事か?」
「そうと言えば、そうかもしれないわ」
「じれったいな。もっと簡潔に話せ」
「宝くじが一等当たったの」
 さすがにぶったまげた。いきなり話が飛び過ぎる。また嘘を言ってからかっているだけかもしれない。
「ほんとよ。ドリームジャンボの一等」
「前後賞合わせて、三億かよ?」
「ううん、それがメールに、番号が書いてあったの。どこの売り場で買ったほうがいいとかもね。私は、さすがにどうかなって思うじゃない。だから三百円で、その番号一枚だけ買ったの」
「それが一等か……」
「そうなの。私が言いたい事はとりあえず言えたかな。水色の紙なら見てもいいわ」
 俺は興味を持ちながら、水色の紙を手に取り読み出した。

《第七回 クレッシェンド占い その二》
 その運命の名前は、柴木大介。なかなか外見もニヒルで色男みたいなようです。あなたはたくさんの経済的余裕を現在は持っているはずです。二人で真面目に働く必要はありません。世の為に生きれば、幸せな人生が待ち受けている事でしょう。
・相手は、この占いに非常に興味を持つ事でしょう。
・あなたは説明をしている間、一度だけ嘘をつく必要がなります。嘘をつかないと、破滅が待つばかりになります。
・そうすれば、相手はあなたと共に行動をするはすです。頑張って下さい。
・まず二人で、つぶし屋稼業をやりなさい。あなたたちは選ばれた人間なのです。
・まだあなたたちは、籍を入れてはなりません。当然、子供を作ってもいけません。
 幸せは二人の行動にかかっています。占いの結果の通り生きれば、楽しい人生が待ち受けている事でしょう。年に一度、神社にお参りを忘れずに……。

 俺は息が軽く乱れていた。見た限り千夏の宝くじが当たったというのも、どうやら本当らしい。それにしても、このつぶし屋とは何なのだ?前もって用意をしていただけでは、ここまで当たるはずがない。目の前の現実がまるで幻想の世界にいるように感じた。
 続いて赤い紙へ手を伸ばす。千夏は慌てて制止した。
「ここまできて、何だよ?読ませろよ」
「見たいなら約束して……」
「何の約束だ?」
「私と一緒につぶし屋を始めるって…。お願い、約束して!」
 怯えるように千夏は懇願してくる。先ほどの笑顔と打って変わり、真剣で真面目な表情だった。俺は千夏の形のいい巨乳を右手で掴む。嫌がる素振りを見せない千夏。俺の行為を自然と受け入れている。
 俺は千夏の髪の毛を掴み、たぐり寄せてキスをした。舌を強引に押し込み、千夏の舌に絡ませる。心地よい甘い感触を覚えた。千夏はされるがままだ。
「キス、うまいのね……」
「けっ」
「約束してくれる?」
「まずは、そのつぶし屋ってものを簡潔で分かりやすく話せ。返事はそれからだ」
 まだ俺はこの女を信用した訳ではない。奇妙なペースにたまたま乗せられているだけなのだ。
「つぶし屋って言うのは、サービス業の店舗を中心とした人助けね」
「何故、つぶすのが人助けになるんだ?」
「つぶさないといけないお店ってあるでしょ?」
「知らんな」
「嘘、あなたは一番よくそれが分かるはずよ。誤魔化さないで答えて……」
 俺の幼き時代に、心へついた古傷。そんな記憶までクレッシェンド占いは分かるとでもいうのか?嫌な思い出が蘇る。あれがきっかけで涙を俺は捨てた。
「悪かった。つぶさなきゃいけないような店は確かに腐るほど増殖している。それは認めるよ」
「うん、だから私たちがそれを解決するのよ」
「やり方は?」
「簡単よ」
「ほう…。すごい自信だな」
「あなた、私を見てどう思う」
 目の前に座る千夏、丹念に時間をかけて眺めた。真っ黒で健康的な長いロングヘアー。抜群のプロポーション。少し甘ったるい男を魅了する声。さして何よりも男を吸い込むように魅了する瞳。
「男には好かれるな。おまえみたいなタイプの女を嫌いな男はいない」
「それから?」
「例えば?」
「私がつぶし屋として、何の役に立つと思う?」
 つぶし屋として…。つぶさないといけない店。それに千夏を絡ませる。何だ?俺は頭の中で思考を巡らせた。
 まず占いに頼って生きてはいるが、非常に運のいい女な事だけは確かである。運のない奴に、宝くじの二億円は当たらない。どのようにクレッシェンド占いのメールがきたか、経緯など俺は知らん。だがそもそもそんなに奇妙で当たる占いメールが届いている事自体、運のいい証拠だ。
 次にこいつは女として、生まれながら勝ち組にいるという事である。今の世の中、綺麗な女はそれだけで商品価値がある。立っているだけで、男は群がり経済が動く。何故なら男どもは女を射止めようと格好をつけたい生き物だからだ。その為には金を使うのを惜しまない。だから飲み屋や風俗といった業種が、いつの時代も栄えるのだ。
「分かった。サービス業に関してだと、おまえみたいな女は、どこだって欲しがるはずだ。経営者の立場からすればな。同じ接客のスキルを持った女が、二人いたとしよう。片方はブスで、もう片方はおまえだとする。どっちを選ぶかは明白だよな」
「うんうん」
「だから、つぶし屋として依頼を受けた店に、おまえが潜入して……」
「正解でーす。ピンポンパンポン」
 なかなか面白い展開になるかもしれない。俺はこんな性格で、まっとうな一般社会には馴染めやしない。つぶし屋か…。それも、いいかもしれないな。
「分かった。つぶし屋をやると約束しよう。赤い紙を読むぞ」
「どうぞー」
 俺は赤い紙を手に取った。

《第七回 クレッシェンド占い その三》
 ちゃんと相手の了解を得てから、この赤い紙を見せてください。そうでないと、あなたの命の保障はできません。つぶし屋をやる決心をしてからです。
・つぶし屋は、常に弱者の立場に立って、行動しなければなりません。
・依頼は、必ず百万円をいただいてから実行に移ります。
・依頼を受けるには、もう一つ条件があります。相手、柴木大介は、歪んだ性欲の持ち主です。その性的欲求を依頼人にぶつけさせて下さい。
・依頼人は女性のみに限ります。
・依頼人との関係は、プロジェクトが終るまでです。それ以降の接触を禁止します。
 以上、五つの注意は、しっかりと頭に入れておいて下さい。どれか一つでも怠った場合、災いが降りかかります。相手の方は、過去に物凄いトラウマを抱えています。この仕事は、相手にとって天職となる事でしょう。相手の幸せが、あなたの幸せでもあります。

 赤い紙を見て、一つ気付いた点があった。丁寧な口調で文章を書いてはいるが、これを書いた奴はとんだサディスティック野郎だ。
 災いが降りかかるだとか、破滅が待つばかりだとか、きっちり脅し文句が書いてありやがる。子供は作るな、籍は入れるなだとか、妙な規制も多い。ここまでくると、これを作った奴を突き止めたくなってくる。
 千夏が最初の紙を俺に見せたタイミングで、こいつの気持ちもなんとなく分かった。この女も不安で仕方がないのだ。常に俺ら二人を隅々まで観察していても、こんなものを先送りで送信してくるなんて真似は、なかなかできない。仮にできたとしてもこんな書いてある通りに、そうそう当たるものではない。
 これを作った奴は一体、何が目的なんだ?俺にはさっぱり分からない。宝くじの当選番号が分かるような奴だ。恐ろしい力を持っているのだけは、俺でも分かる。
 俺たちはこの占いが示すように、型にはまって生きていかなければいけないのか?これじゃ占いというよりただの脅迫文だ。
「怖い顔して、どうしたの?」
「ん、い、いや…。何でもないさ……」
「以前にきたクレッシェンド占いで、おまえはその通りにしなかった事ってあるか?」
「ないよ。すべて当たっているんだもん」
「もし、この赤い紙の通りに、俺たちが従わないとしたら?」
「だ、駄目だよ…。私は嫌だ。どうなるのか、想像もしたくない」
 千夏は再び怯えだした。やはり内心は不安で、何かに恐れているのだろう。
「赤い紙は俺の過去がどうのこうの書いてあったが、おまえは何か知っているのか?」
「ううん、知らないよ……」
「おまえは嘘をつくのが本当に下手だな」
「何でそんな事を言うの?」
「一つ言っておく。俺と一緒にやりたいと、言うなら嘘だけはつくな。いいか?」
「は、はい…。ほんとは、あなたの過去、知っている」
「クレッシェンド占いでか?まだ、俺には見せられない、その四とかで……」
 俺の言葉に千夏は驚いた表情を浮かべた。予想した通りだ。こいつは俺には見せたくない、四つ目の紙切れを持っているはず。
「何でさっきの嘘だって、分かったの?」
「それはノーコメントだ。教えない」
 この女は嘘をつく時、右の耳たぶが一瞬だけ動くのを発見したからだった。これを千夏に教えるのは俺にとってマイナスである。だから言わずに黙っておく。
「そんな事より、話をすり替えるな。四つ目の紙を見せろ」
「ご、ごめん…。これだけは見せられないの……」
「紙にそう書いてあるのか?」
「うん……」
「分かった。信用しよう。」
 こうして俺と千夏のつぶし屋稼業がスタートした。

 依頼人の水村茂子は、身支度を整えていた。俺の顔を見ると恥ずかしそうに下をうつむく。よほど俺の一物がきいたのだろう。ヒィヒィと自分が獣のようによがりまくったのだ。それを思い出し、自分の中で葛藤を繰り返しているのだろう。
「あんたの具合、とても良かったぜ」
「や、やめて下さい……」
「旦那じゃ、こうはいかねえだろう。あんた、声、でっかいんだなぁ。ビックリしたぜ。すっげえ興奮したけどな。乳首なんてピンピンにおっ立っちまってよー」
 わざと卑猥な言葉を浴びせかける。
「……」
「俺のはどうだったかい?」
「……」
 俺は黒いテーブルを大袈裟に蹴り上げた。
「聞いてるんだぜ?答えなよ」
「よ、良かったです」
「もっと大きな声で」
 俺は生まれついての究極なサディスティックなんだろう。人が困った表情や恥らう表情が堪らなく好きだった。
「良かったです」
「まだまだ小さい」
 恥らう茂子の顔が、卑猥に見える。まだ俺は許してやらない。
「良かったですっ!」
 人間が恥じらいを開き直りに変わる瞬間を見るのも、また一興である。
「よし、人間、素直が一番だ。どうだ、言うと、スッキリするだろ?」
「あんなの私…、本当に初めてで……」
「ほう、あんなのって?」
「あ、あ……」
「ほれ、ハッキリと言いなって」
「あんなすごいの初めてです」
 下はまたグチュグチュに濡れまくっているのだろう。茂子は腰をくねらせながら、全身でさりげなくアピールしていた。
「今まで男性経験は?」
「よ、四人です……」
「結婚してからは?」
「い、今の主人だけです……」
「嘘はよくねーな、嘘はよー。」
「あ、あなたを入れて、さ、三人です」
 俺の分を意地悪く言っただけなのに、茂子は素直に暴露した。とことん苛め甲斐のある女だ。
「何だよ、好きもの奥さんだなあ~」
「や、やめて下さい。そんな言い方……」
「旦那と俺と…、あとは、誰と寝たんだ?」
「……」
 俺はギンギンにたぎった一物を茂子の太ももに押しつけた。物欲しそうに一物を見つめる茂子。欲しくて堪らないはずだ。
「言えよ。そしたら、ご褒美をくれてやる」
 そう言って俺は残虐に微笑んだ。

 俺は今完成堂にいる。茂子がつぶしたいと依頼してきた化粧品屋だ。少し先にある茂子の化粧品屋は寂れて見えた。
 受付では二十半ばの女性へ、丁重に応対する千夏の姿が見える。屈託のない笑顔。客をその気にさせる嫌味じゃないトーク。まだこの店にアルバイトとして入り、一週間も経っていないのにすっかり溶け込んでやがる。
「そうですね~、お客さまの場合ですと、こちらのクリームのほうがお肌に合うと思うんですよ」
「うーん、でもこっちのほうが一般的に、有名じゃないですか?」
「それは宣伝効果が上手なだけですよ。もちろんこちらのお客さまの言うクリームが、悪いとは思いませんよ。でもですね、お客さまは…、ちょっと大きな声じゃ言えませんが、かなり元の素材がいいと思うんです」
「やだ、そんな事ないわよ。私なんて普通よ」
「あら、そうですか?見る人が見れば、ひと目で分かりますよ」
「…ったくあなた、人を乗せるのうまいわね。でも褒められて悪い気はしないわ」
「つい、業務上の営業トーク抜きにして本心で言ってしまうのが、私の欠点なんですよ」
「何言ってんの。こんなスムーズに買ったのは私、初めてよ」
 うまい具合にやってやがる。確かにあいつがセールスやったら、大抵の客は買っちまうだろうな。俺は店内を見るふりしながら、しっかり聞き耳を立てていた。
 店の奥からオーナーが出てきた。顔は嬉しくてしょうがないと言っているようだ。
「千春さん、お疲れさまね。あら、また、あなた、このクリーム売ったの?さっぱり売れなかったから、次回からとるのはやめようと思っていたのに……」
「何をおっしゃるのですか。オーナーの教育通りに実践しただけですよ」
「もっと早くからあなたに来てもらいたかったわ。そうすればあんな向かいのちっぽけな店なんて、とっくにつぶせたのに……」
 店内にいる俺に聞こえないようにオーナーは小声で言っていた。自然と笑いが出てくる。千夏の制服には盗聴器があるので、離れていても会話は筒抜けだった。
 それにしても千夏の接客術には、毎回見ていていつも驚いてしまう。客はもちろんオーナーや店の従業員、誰もかも虜にしてしまう。これが生まれながらにして、備わっている天賦の才というやつか。
 俺は、店内をただ歩き回り、少しして店を出た。イヤホンから声が聞こえてくる。
「まったくああいう客が一番嫌よね。男性客のひやかしって……」
「まあまあオーナー。あのお客さまもきっと、彼女にプレゼントを買おうとして迷っていたんですよ。何度も口紅のコーナーを見てましたから。近い内、必ずまた来店しますよ。その時は私が逃がしませんから」
「ほんとあなたって頼りになるわねー、千春さん」
 オーナーの目の細める様子が、会話だけで伝わってくる。この店での千夏の地位は完全に確立されたみたいだな。俺は口笛を吹きながら事務所へ向かった。
 途中で通り掛かる茂子の店。ガラス越しに店内をさりげなく見る。しなびたように茂子は椅子に座り、ボーっと天井を見ていた。

 真っ黒な部屋で俺は、黒いソファで横になり眠っていた。電話の鳴る音が、俺の睡眠を妨げる。俺は不機嫌そうに受話器を取った。
「はい」
「あ、あの……」
 声のトーンですぐに茂子からだと分かった。
「何だ?」
「そろそろ、依頼して一週間になりますが……」
「…で?」
「い、いえ…。誤解している訳じゃないのですが、あの女性事務員さんが完成堂に……」
 不安で仕方がないのだろう。だが俺には関係ない事だ。実際にちゃんと動いている。今まで通りうまくいくはずだ。
「ああ、心配するな。それとも何か?あんた、俺たちが、まともに仕事をやってないとか言いたいのか?」
「いえ、そんな事は決して……」
「問題ない。俺は一ヶ月は掛からないでと言ったろ?まだ、たったの一週間じゃねえか。そんな事よりそろそろお股が疼いてるんじゃないのか?」
「わ、私はそんなつもりじゃ……」
「いいから俺の言った通り、自分の店を真面目に開けてろ。例え客が来なかったとしてもだ。あともう一つ。おまえもうちょっと明るい顔で店にいろ。あんなしなびたような顔してちゃ、客が来ても逃げてくぞ」
 強めに怒鳴りつける。神経が張り詰めていた。イライラする。
「は、はぃ……」
「今度から俺に抱かれたいという以外は、電話をいちいちしてくんな。仕事は大船に乗ったつもりでいろ」
 乱暴に俺は受話器を叩きつけた。自分のやる事に、口を挟まれるのは嫌で仕方がない。さらに中途半端な睡眠が、精神を落ち着かなくさせている。

 

 

3 コードネーム殺し屋 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

「ただいま~」千夏が完成堂から帰ってきた。さすがに作ったキャラクターを演じるのは、非常に疲れているのか表情は冴えない。「お疲れ」俺の顔に千夏の顔が近づく。柔らか...

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