岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 127(JAL仲間のホームパーティー編)

2024年11月29日 17時32分27秒 | 闇シリーズ

2024/11/29 fry

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久しぶりに小学時代の同級生であるおぎゃんを誘って、天下鶏へ飲みに行く。

岩上整体を辞めると告知した際、電話を掛けてきたおぎゃん。

彼は試合にも応援に来てくれ、昔一緒に遊んだ当時の感覚が蘇ってくる。

またプロレス好きなので、共感する部分が多かった。

俺はおぎゃんの事をオギノ様という新しい仇名をつけ、ブログ『智一郎の部屋』でもいじってみる。

反応はイマイチで、試合に来てくれた同じ連々会の三枝さんくらいしか楽しんで反応してくれなかった。

おぎゃんは「オギノ様なんて絶対に止めてー」と言うが、内心楽しんでいるようにも見える。

彼や飯野君とは定期的に飲み、近況を語り合う仲だ。

彼の家も化粧品屋で、おぎゃんは家業荻野化粧品店を継いでいる。

周りに女性キャストばかりなので、俺から見たらかなり羨ましい環境だが、経営者目線で見ると色々気を使って大変らしい。

 

大日本印刷の仕事開始。

今日はカールカレー味の彩色から。

まずはイエローの色合わせからか。

溶剤はこんなもんくらいかな……。

うん、ドンピシャの数値が出せた。

次はマゼンダと。

しかしこんな事で、工場の生産性が二割増しで上がるのだから、簡単なように見えて結構重要なポジションではあるんだよな。

朝の朝礼で、我がA班が一番成績良かったとの事で、俺を含む職員全員にQUOカード二千円分が進呈される。

コンビニとかで使えるらしいが、俺は使わず新品のまま取っておき、望と会うとQUOカードをプレゼントした。

 

さて、次の休みは先輩の小沢さんから招かれたホームパーティー。

指先が痛いけど、汚い指で行けないもんな。

あまりにも汚れが酷い時は、溶剤の入った入れ物の中へ指をそのまま入れて、歯ブラシで擦る。

激痛が襲うも、綺麗にする為の我慢だ。

「岩上さん、お疲れ様です」

背後から河村が声を掛けてくる。

「あ、河村さん、今日も無事終わりですね」

「岩上さんが彩色の準備しといてくれるから、ラインも順調ですよ。いつもありがとうございます」

「何を言ってんですか。ちょっとした分からない事をいつ聞いても、親切に教えてもらっているじゃないですか。A班のみなさんあってのおかげですよ」

ヨイショでも何でもなく、事実を述べた。

「それにしてもこの指の汚れって、溶剤でしか方法ないんですかね?」

河村は腕組みをしたまま少し考え「そうなんですよね。ただ、石鹸を予め塗って乾かして、そのあと家庭用のビニール手袋あるじゃないです。あれを軍手する前に二重にはめてしたりすると、ほんの少しですが汚れを軽減できますよ」

なるほど、汚れる前のちょっとした防止策か。

手をこれ以上汚さない為なら、面倒でも下準備しとかないと。

「岩上さん、次の休み予定ありますか? 良かったら、また一緒に飲みたいなあと」

「ごめんなさい。ホームパーティー呼ばれちゃっているんですよ」

「ホームパーティー? 何だか岩上さんの人脈って、本当に凄そうだなあ……」

「いえいえ、たまたま先輩がJALの本部長やっていて、流れで俺も呼ばれただけなんですよ」

「JAL! 本部長! やっぱ凄いっすよ」

相手を常に気遣い、決して不愉快な発言をしない河村に対し、俺はいつも好印象を覚える。

この人ならもっと別の仕事やっても、きっと成功するんだろうな。

 

帰りの送迎バスに揺られながら色々考えてみた。

家族と関わらなければ、俺って結構幸せに生きられるんじゃないだろうか?

まず伯母さんのピーちゃんは、こちらからいくら歩み寄っても、否定から入るので修正は無理だと思う。

群馬の先生も前に言っていたもんな。

俺が傷つくだけだって……。

親父とは生涯分かり合えないと分かった。

まず物の怪加藤皐月なんぞ家に連れ込みやがって、何を考えているんだ。

弟の徹也は調子いいだけだし、信用できない。

貴彦にしてみたら、何もできないくせに美味しいところ取りばかり。

ああいう感謝を感じないガキは、ロクなもんじゃない。

おじいちゃんくらいだ。

俺にとって家族と呼べるのは……。

川越駅に到着する。

たまには岡部さんの『とよき』へ顔を出すか。

明日のホームパーティーも、昼からだから早めに切り上げれば問題ないだろう。

 

ドアを開けると読売新聞の竹花さんが陽気に酒を飲んでいた。

「ご一緒してもいいですか?」

「おう…、これはこれは作家の大先生じゃないですか」

「やめて下さいよ、そんな言い方は」

「小説で俺の扱い酷くね? 肥溜めブラザースって何だよ!」

常連客みんなが一斉に大笑いする。

『新宿クレッシェンド』を出した影響はあるにせよ岡部さんの店の客は、俺の小説を読んでくれる人たちが多い。

『パパンとママン』に友情出演中の竹花さんは、俺の顔を見る度「もう少しマシな役にしてくれよー」と笑いながら言ってくる。

ムッシュー石川同様キャラクターが勝手に走り出してしまったので、今さら軌道修正は無理だと諭す。

「智一郎さん、もう裏ビデオは扱ってないんですか?」

客の一人が話し掛けてくる。

「いつの話だよ! まあ部屋探せば何枚か残っているだろうから、今度あったら持ってきてあげるよ」

「岡部さん! そんな粋な智一郎さんに俺から一杯!」

この店は本当に心地良く飲める。

さて、明日に備えてあと一杯飲んだら帰って寝るか……。

 

小沢家主催JALホームパーティーが始まる。

「見なよ、智一郎君。この備長炭のいい炭を! わざわざこの日の為に買い揃えていたんだ」

小沢さんのテンションは準備段階でかなり高い。

JALの同僚たちが続々と小沢家に集合する。

小沢さんはみんなに俺を紹介した。

誰一人俺の参加を嫌がる人はいない。

みんな気さくな人たちばかりだった。

メンバーの中に円谷さんという方がいたので、冗談で「ウルトラマンの円谷プロですか?」と聞くと、本当にその一族だったのには驚いた。

魚介類が苦手なのを見て知った小沢さんは、バーベキューに肉も用意してくれる。

いいワインを飲み、好きなものを焼いて食べる至高の時間。

中には家族連れで来ている人もいて、必然的にチビッ子の相手は俺がするようになる。

ホームパーティー主催の名目は、普段家事等で忙しい奥様方を今日だけは何もしないで楽させるというもの。

男性陣が炭を起こし、食べ物を焼いて女性陣へ献上した。

和気藹々としたほのぼのとした空間。

この場に俺まで参加できて光栄だった。

驚いたのがパーティーの後片付けの時だ。

それまでのんびり寛いでいた奥様方が、最後の最後でテキパキ動き出し、申し合わせもしていないのに、見事としか言いようのない連携を見せ、あっという間に会場を奇麗にしてしまった事。

小沢さんはいい仲間に囲まれ、とても幸せそうだった。

素直に羨ましかった。

 

俺がいくら望んでも小沢さんのような会社へ勤め、いい仲間に囲まれるなんて絶対に無理だろう。

何故なら自分でそういう選択肢をして、今日まで生きてきたのだ。

俺には俺のやるべき領分がある。

それは小説を書く事。

様々な障害が立ち塞がろうとも、俺は書き続けるという信念を忘れてはいけない。

理想は書いてそれで生活できればいいが、現実問題的に無理。

何故こんな風になってしまったのか?

やはり『新宿クレッシェンド』をグランプリに選んだ出版社サイマリンガルが、俺の連れてきたマスコミへまるで協力体制にならなかったのが、すべてなような気がした。

格闘技を前面に押し出して宣伝すると、限られた読者層になる恐れがある。

担当編集の今井貴子はそんな寝言を言っていたが、結局あの会社が行った宣伝は『ダビンチ』という雑誌に、ページ下見開き四分の一程度の広告を一度載せただけだった。

グランプリ授賞時も、サイマリンガルのホームページで『新宿を描く新星。馳星周、大沢在昌に続く第三の男になる可能性がある』と謳っていた。

賞を取らせたくせに、クレッシェンドの本質を何一つ分かっていない証拠である。

書いた作者本人が言うのだから間違いない。

『新宿クレッシェンド』は歌舞伎町を舞台にしただけのテーマは、反母性愛なのだ。

馳星周や大沢在昌のような新宿を舞台にしたファンタジーを書いているのとは、まるで別物の作品なのだから……。

だから処女作ではあえて歌舞伎町の怖さをかなり抑えて執筆したのだ。

それにジャンルが何になるか、出版社さえ分かっていない。

俺自身もクレッシェンドが、どういったジャンル分けになるのか理解していなかった。

そんな本が、現在世の中の全国書店で出回っているのだ。

まあ過ぎた事をいくら悔やんだところで、何も始まらない。

今の俺はとにかく書くしかないのである。

『パパンとママン』を開く。

一つ一つ魂を込めて……。

今はこの作品へ捧げようじゃないか。

 


第七章《捺印》

僕一人で店を切り盛りするように早一週間経つ。

初日に失態を犯し、その日の日給千二百円しかもらえなかった僕は、その悔しさを忘れず商売の鬼に徹した。

おかげで一日約一万前後のお金が手に入るようになった。

そんな僕のお財布には五万以上のお札が入っている。

まだ十八歳でこんなお金を稼げる男なんて、そうざらにはいないだろう。

言うならば、人生勝ち組ってやつだ。

今ならハッキリ言える。

仕事とはお金を稼ぐという事。

甘ちゃん精神じゃ、経営者など務まらないのだ。

パパンはまだ治るまで時間が掛かるらしい。

皮肉な事に先輩であるムッシュー石川と同じ病室だ。

僕は休みの日、パパンのお見舞いへ行った。

パパンがいなければ、僕は毎日多くの日銭を稼ぐ事ができるのだ。

だからパパンの治り具合が気掛かりだから、お見舞いに来たという表現のほうが正しいかもしれない。

治り掛けていたら、滑ったふりをして毒針エルボーをお見舞いしてやればいい。

ムッシュー石川は、僕の姿を見るとギャーギャー喚いていたが、動けない奴などさほど怖くない。

第一僕はこんな男の飲み代まで立て替え、身を粉にして働いたのだ。

それを感謝もせず、悪態のつき放題。

とんでもない先輩である。

「おいおい、努。おまえ、いつになったらワイのバシタ連れて来るんや?」

五十代のおばさんを捕まえて、何がワイのバシタだ。

恥ずかしさというものが、まるでないのだろうか?

「僕もそんな暇人じゃないんですよ」

「なぬ? おまえ、いつからそんな口の利き方をするようになったんや?」

「あのですね、石川さん……」

「な、なんや? 石川ちゃうて、ムッシューと呼びなはれ」

「いえ、石川さんとここはあえて言わせてもらいます。先日あなたと飲んだ飲み代、あれは僕が石川さんの分まで立て替えました。確かに事故で入院したのは気の毒に思いますよ。でも、それはあなた自身で招いた事故だ」

「なんや、急にけったいな事言いおってからに」

「じゃあいいですよ。今から『兄弟』の女将のところへ行きましょうか?」

「おう、そうしてくれ。頼むわ」

「一つ言っておきますよ? もしあの女将に『何で入院したのか?』って聞かれたら、僕はこう答えます。『ああ、ムッシューさんはですね。実は飲み屋の女に告白しようとして車に跳ねられました』ってね」

「おいおい、ちょい待てーや。何で自分、そんな修羅場をあえて作ろうとしとるんや? そんなんバレたらワテ、半殺しじゃ済まへん」

「じゃあ早く『月の石』での飲み代を僕に払って下さいよ。金は払わない。命令はするじゃ、いくら温厚な僕だって怒りますよ」

「そんな殺生な。身動きとれんワテを苛めて、そんなおもろいんか?」

今日はシビアに行かせてもらおう。

今まで丸め込まれてきたのだ。

「別に面白がっている訳じゃありません。正論を言っているだけです」

「じゃあもしワテがキサンに金を払えば、バシタに連絡取ってここへ連れてくるっちゅうんやな?」

「ええ、それどころか、ムッシューさんの大好きな牛丼を三つぐらい買ってきてあげますよ。いい加減、病院食じゃ飽きているんじゃありません?」

「む、まあそうやけど……」

「じゃあ今すぐ耳を揃えて三万円払って下さい」

僕が強気に手を差し出すと、ムッシューは渋々お金を払ってくれた。

うん、僕一人で店を経営している分、知恵と勇気と度胸がついたのかもしれない。

そう今僕はすくすくと成長を遂げているのだ。

いや、これは進化である。

 

パパンは、ママンがお見舞いにまったく来ないのでイジケている。

大の大人がイジケる姿は、非常にみっともないものだ。

「元気だしなよ、パパン」

「だってママンが一度も来てくれないんだもん……」

何が『だもん』だ……。

「ママンだって色々と忙しいんだよ。売上計算だって毎日やっているし、料理の仕込みだって、ママンがやってくれているんだよ。だからパパンはこうやって毎日をのほほんとベッドの上でのうのうと過ごせるんだから」

「な、何がのほほんと過ごすだ? 馬鹿者が!」

今のパパンからは何の威厳も感じない。

「ふん、じゃあパパン、今すぐ退院してお店をやればいいじゃん。そうすればママンの顔だって毎日見れるしね」

何故か最近の僕は底意地が悪い。

以前、『兄弟』の常連客である小松菜泥棒夫婦から『根性悪』と言われたが、あやつらの言葉は正しかった訳だ。

「努、いつからおまえはそんなになってしまったんだ?」

「別に僕はいつだって僕だよ。パパンこそ、いつからそんな弱音を吐くようになったんだい? 今のパパン、とても小さく見えるよ」

「何だと、貴様!」

怒り狂ったパパンはベッドから飛び出したが、気合いだけじゃ何もできない。

そのまま床へダイブして肩から落っこちた。

「ほらほら、無理しちゃ駄目だよ、パパン」

「痛い痛い痛い痛い…、いた~いっ!」

ふ、この調子で挑発を繰り返せば、パパンの入院は長引き、僕の給料も跳ね上がるというものさ。

横でベッドに寝ているムッシューが「はよ、バシタを呼んできーや」とさっきから怒鳴っているが、しょせんこの男も負け犬の遠吠えに過ぎない。

先ほどむしり取った三万円を足せば、僕のお財布には八万以上のお金が入っているのだ。

十八歳にして八万以上のお金を常に持ち歩く男。

これってかなり凄い事なんじゃないだろうか?

言い方を変えれば無敵?

むふふ……。

今までの僕は言うならば、パッとしない第一次時代だったのだ。

今、黄金の第二次時代が到来を告げる。

ん、何か今のフレーズ、映画のキャッチコピーなんかに使えるんじゃないか。

かなり格好いいと思うが……。

 

帰りの廊下を歩いていると、妙に胸が膨らんだ看護婦が対面から歩いてきた。

自然と僕の視線はおっぱいへ向かう。

「あら、この間の定食屋のお兄さんじゃない?」

「え?」

どこかで聞いた事のある声。

僕は看護婦の顔を見た。

「嫌だ、もう忘れちゃったの? ほら、前にお店へ行ったでしょ?」

「あー!」

そうだ。

僕が一人で店をやった初日に来たカップルの女だ。

連れは白いコートを羽織って妙におっかない男だったっけ……。

「そう、私は新道貴子」

まさかこんな近場の病院で看護婦をやっていたなんて、思いもよらなかった。

「いや、別に名前までフルネームで言わなくても……」

前うちに来た時も、聞きもしないのに自分でフルネームを言ってたな……。

「何がいけないの?」

「いえ、別にいけなくはないですけど。新道さんって看護婦をしてたんですか?」

白衣のボイン戦士……。

つい、淫らな想像をしてしまう。

「今時、看護婦なんて誰も言わないわよ。今は看護士って言うんだから」

「あ、そうなんですか」

「そうよ。一つ勉強になったでしょ?」

「ええ」

「じゃあ、そこの自販機のコーヒー奢ってよ」

「えー、何でですか?」

「会う度、コーヒーを十回奢ってくれたら、この魅惑的なボインにタッチさせてあげようと思ったのにな……」

「え、ほんとっすか?」

「嘘言ってもしょうがないでしょ。あ、そうだ。ちょっと待って」

新道貴子は白衣のパケットをまさぐりだす。

ちょっとした仕草で揺れ動くボイン。

僕のおチンチンはもうピンコ立ちだ。

「ほら、これ渡しとくわ」

「何ですか、これ?」

「『新道貴子ボインタッチポイントカード』よ。十回スタンプ押す場所があるでしょ?」

「え、ええ……」

「コーヒー一本買う時に、私が捺印してあげるから。早速今買ってきてよ。そうすればあと九回になるわよ」

「そ、そうっすね。すぐ行ってきますよ!」

あのボインにタッチできる……。

何て素敵なポイントカードなのだろう。

全力疾走で自販機に向かう僕。

今、タイムを計れば世界陸上大会にも出場できるんじゃないか。

そんな気がした。

缶コーヒーを買い、ダッシュで新道貴子の下へ戻る。

「あなた、なかなかいい足をしているじゃないの」

「はぁはぁはぁ……」

荒い息をしながらコーヒーを彼女へ渡した。

「うん、いいわ。じゃあポイントカードに捺印してあげるね」

捺印すると、新道貴子はスタスタ歩いて先へ行ってしまった。

僕はその後ろ姿を黙って見送る。

あのボインまであと九個……。

 

久しぶりの休みである。

僕は病院をあとにすると、一旦家へ戻る事にした。

ムッシューとの約束『兄弟』の女将のところへ行こうと思ったが、面倒になったのである。

あんなところへ行くと、今のこの幸運が一気に逃げそうな気がしたというのもあった。

あのボインを揉めると思うと、心が弾む。

これって僕だけじゃないはず。

男はみんな、おっぱいが好きなのである。

「ただいま~、ママン」

入口のドアを開け、大きな声で挨拶を言うと、二階でガタガタ大きな音がした。

ん、何だ?

泥棒か……。

僕はゆっくり忍び足で階段を上がる。

売上はママンが二階へ持っていくから、ひょっとしたらそれ狙いの犯行かもしれない。

息を殺し、辺りの音を聞き逃さないよう耳を澄ませる。

ママンは無事だろうか?

ガタッ……。

「……!」

確かに今、何かが動く音がした。

おかしい。

いつものママンなら「おかえり~」と元気に返ってくるはずだ。

まいったな。

一度下へ降りて、厨房から包丁を持ってくるか。

いや、そんな時間を与えてはいけない。

階段を上がり終えた時、ママンの部屋のドアが開く。

僕はとっさに身構えた。

「あ、おかえり。随分早かったんだね」

ママンが隙間から顔をにょきっと出している。

「何だ、ママンいたんだ」

「うん」

「泥棒かなと思ってビックリしたよ」

「そんなもん、来る訳ないでしょうが」

「そうだよね」

ドスンッ……。

その時、ママンの背後からまた何か落ちた音が聞こえた。

僕は慌ててママンの元へ駆け寄った。

「どうしたの、ママン!」

「な、何でもないわ。早く自分の部屋へ行きなさい」

「だって今、結構大きな音がしたよ?」

「気のせいよ、気のせい…、おほほ……」

「気のせいなんかじゃないよ。今、ママンの後ろで大きな音が聞こえたじゃないか」

「気のせいだって。あ、そうそう。努にお店任せた初日あるでしょ?」

「初日? ああ、それがどうしたの?」

「あの時、厳しくしなきゃって千二百円しかあげなかったけど、よくよく考えたら可哀相かなと思ってね。思ったより頑張っているから、今日は特別ボーナスをあげるわ。はい、二万円。これで今すぐどこか遊びに行ってらっしゃい」

ママンはそう言うと財布から二万円を出し、僕に手渡してくる。

「え、本当にいいの? こんなにもらっちゃって」

「いいのいいの。あなた、頑張っているもの。たまには母親らしい事だってしたいわ」

「ありがとう」

「ほら、さっさと外行って好きな事してらっしゃい」

「うん、そうするよ!」

これで僕の持ち金は十万円を超えた……。

ヤバい。

ヤバ過ぎる……。

今の僕、何だってできちゃうんじゃないの……。

この興奮を誰かに伝えたかった。

とりあえず僕がどんな金持ちかというのを世間に知らしめようじゃないの。

再び僕は外へ出掛けた。

 

外を歩いていると、近所の雑貨屋『タマらん』が見える。

以前友達から聞いた話だと、ここのおばちゃんの娘が生まれた時に、店名を改名したそうだ。

その娘の名前は『環』。

そこから『たま』を使い、『タマらん』という店名に決めたらしい。

自分の娘に店を継がせたい一心で、そんな変な名前をつけたおばちゃんはとても変な人だ。

娘さんは僕より三つ年上の二十一歳。

現役バリバリのピチピチの女子短大生だ。

よくグレずに大学まで行ったもんだ。

ここのおばちゃんは小さい頃からお世話になっていた。

ここは雑貨屋のくせにお菓子やアイスも売っているので、幼子にとってちょっとした人気スポットなのだ。

「あら~、努ちゃ~ん。しばらく見ない内に随分と大きくなったわね」

中から笑顔で、熊倉のおばちゃんが出てくる。

「お久しぶりです」

「遠くからニコニコして歩いているから、どうしたのかなと思ったよ」

「いやー、僕、ちょっとした人生の勝ち組の階段をひょんな事から昇り始めましてね」

「ほう、あの努ちゃんが人生の勝ち組ね~」

おばちゃんは感心したように言ってくれる。

「テヘへ」

「ママー、ただいまー」

「あら、おかえり環」

ちょうどおばちゃんの娘さんである環姉ちゃんが帰ってきた。

僕はこの人の事を『タマはん』と呼んでいる。

「あら、『泣き虫努』じゃないの。随分久しぶりね~」

僕はタマはんが、昔から苦手だった。

小学生時代、学校へ登校中何度も苛められた苦手意識があるのだ。

年中苛められ泣いた暗い過去があるので、彼女から『泣き虫努』と呼ばれていた。

「あ、ああ、久しぶり」

「最近聞いたけど、あんたさ。自分の店を継いだんだって?」

「継いだというか、今は僕が店を経営してんだよ」

「あら、泣き虫努のくせに、随分と上等な口を利くようになったじゃないの」

「こら、環! 駄目だよ、そんな事言っちゃ」

おばちゃんがさすがに口を挟んできた。

「だって泣き虫努のくせに、店を経営だなんて嘘をつくからよ」

「う、嘘なんかじゃねえやい。ふん、何だい。自分なんかおばちゃんが必死に駄菓子売った金で、大学へ遊びに行ってて、家業なんて何も手伝ってないくせに」

「ふ~ん、私が大学へ行くのが遊びだって言う訳ね?」

タマはんは、意地悪そうな顔で僕を見ている。

「べ、別に遊びだなんて言うつもりなかったけど、タマはんが僕の事を小馬鹿にするからさ……」

「いい? 私はね。今、大手金物屋のせがれといい感じの仲な訳ね。うまく女房の座を射止めてみ? 私の肩書きは『大手金物屋夫人』になるのよ? 小汚い店で働くあんたなんかじゃ、気軽に声すら掛けられない存在になっちゃうのよ」

「これ、環! あんたは言い過ぎだよ」

「いいのいいの、泣き虫努はこれぐらい言わないと分からないから」

「じょ、冗談じゃねえや。何が『大手金物屋夫人』だよ? 人間の価値なんてな…、心構え一つなんだよ!」

「お、あんたにしては珍しくいい事言うじゃない」

「え……?」

「少しは成長したのねー。ママ、努にあれ出してあげたら?」

「あれって?」

「んもう…。どこだっっけかな? う~んと、あっ、あったあった!」

タマはんは、扇子を引っ張り出してきた。

「おい努。あんた、これ買ってきな」

「な、何で?」

「馬鹿ねえ…。今の時代さ、扇子の一つもうまく使いこなせないようじゃ、女に相手なんかされないわよ? あんた、どうせ彼女なんかいないだろうし、しかも童貞でしょ?」

「く……」

淡々と酷い事を言いやがって……。

当たっているだけに、反論ができないのが悔しい。

「ほら、これを買って使いこなしなさい。そうすればあんたの人生百八十度変わるわよ」

「ほ、本当かよ?」

「あのね、大手金物屋のせがれを垂らしこんだ私が言うんだから間違いないわよ」

「じゃあ買うよ。いくら?」

「一万円」

「えー、高過ぎるよー!」

「だからあんたは駄目なのよ。扇子に一万も掛けられない男なんて、味噌にも劣るわ」

「何で?」

「だって考えてみ。この扇子格好いいし、センスいいでしょ?」

「ま、まあそれは確かに……」

「こんなのを街中でパタパタ扇いでみなさいよ。みんなの注目の的だし、モテモテよ」

「そうかな……」

「騙されたと思って買ってみなさい。その効果はあとになってあんた自身が実感するだろうから。それで私にいつか感謝する日が来るわ」

そこまで言われたので、僕は一万円を払い、扇子を買った。

基本は白ベースの、たまにモアッとした感じの薄いライトブルーの模様が入るナウい扇子だ。

両手で扇子を広げ、その場で扇いでみる。

「ほう……」

なかなか心地良い風が、僕のモチモチした頬を優しく撫でた。

「ほら、どう気分は?」

「悪くないねえ」

「でしょ? 頑張って街の中を堂々と扇ぎながら闊歩してきなさい」

「ありがとう、タマはん。僕、頑張ってみるよ」

財布の中身が九万円になったが、僕の心の中は晴れ晴れとしていた。

誰にこの格好いい扇子を見せようか。とりあえずママンに見せてみよう。

僕は扇子をパタパタ扇ぎながら家へ向かった。

うちの食堂が見えるぐらいまで来ると、誰かが入口から出てくる。

ん、誰だ?

僕は駆け足で家まで向かう。

「た、竹花さん、どうしたんですか?」

家から出てきたのは竹花さんだった。

「おう、努ちゃん。いや、お腹減っちゃってさ。今日やっているかなと思ったら、休みだったんだよね。努ちゃんいるかなと思って中へ入ったんだけど、いないから今外へ出てきたとろこなんだ」

「何だ、じゃあ『目玉焼きセット』でも作りましょうか?」

「んー、また今度でいいや。とりあえず俺は帰るよ。じゃあ」

あれ、お腹が減っていたからうちに来たのに、何で今度でいいんだ?

僕が不思議そうに見ていると、竹花さんは逃げるように去っていった。

あ、この扇子を見せればよかったな……。

僕は家に入ると、「ただいま、ママンー」と叫んだ。

二階から「おかえり~」と返事が帰ってくる。

「ねえ、これ見てよ~」

僕が扇子をヒラヒラさせながら階段を駆け上がると、ママンも部屋から出てきた。

「あら、ヒラヒラじゃない」

「うん、雑貨屋の『タマらん』で買ったんだ」

「なかなかその扇ぎっぷりが似合うわよ。う~ん、でも何かいま一つ足りないわね……」

「え、足りないって?」

「う~ん、そうね~…。まず扇子っていうのは扇ぐものでしょ?」

「うん、それで?」

「扇ぐのをわざわざ人に見せるって事はアピールよね?」

「うん、そうだね」

「そっか、分かった! あなたにはそのアピール度が足りないのよ」

「でも、これ以上何かいい方法でもあるの?」

「ちょっと貸しなさい」

ママンは僕から扇子を取り上げると、油性マジックでいきなり『ビバ、ツトム88』と書き出した。

「あー、何をするんだよー?」

「何を言ってんの。あなたはまだ恥じらいがあるのよ。恥を捨て、思い切り扇子を扇ぎなさい。そうすれば活路は見出せるわ」

「そうかな?」

「当たり前じゃない。今までママンの言う事で、間違っていた事ある?」

「いや、ないね」

「でしょ? じゃあ思う存分外で扇いできなさい」

「でも、何で『ビバ、ツトム88』なの? 『88』の意味は?」

「そんな数字に意味なんてある訳ないじゃない。フィーリングの問題よ。男は細かい事を気にしてちゃ駄目よ。パパン見てると、非常に格好悪い大人だと思うでしょ?」

ママンも酷い事を平気で言うなあ……。

「そ、そうだね……」

「さ、頑張って、世間に努ここにありをアピールよ」

「分かった。頑張るよ、僕。ママン、ありがとう」

僕は『ビバ、ツトム88』を広げたまま、街を闊歩した。

通り過ぎる街の人々がみんな、僕のほうを見ているような気がする。

これってちょっとした有名人扱い?

足のつま先から体の奥底まで、ちょっとした快感がビリビリと通った。

スカートの短い今風のガングロ女子高生二人組が、僕を見て笑っている。

お互いに耳元で何か囁き、クスクスと笑っているのだ。

これは人生初の逆ナンの可能性か?

僕はしばらくその場へ立ち止まり、空を見上げながら『ビバ、ツトム88』の文字が見えるようゆっくり大きく扇いでみる。

お、ガングロ女子高生が僕のほうへ近づいてくるぞ。

でもここは気付かないふりをして、扇いでいよう。

「ねえねえ、お兄さーん」

ほんとに来た……。

「な、何だい?」

「その扇子、いかしてるねえ」

「ふふふ、そうかね?」

「うん、もっと派手に扇いでよ?」

「こうかい? それともこうかい?」

僕は、全身を使って様々なパターンで扇を扇ぎまくった。

「やだ~、この人、おっかしー」

今やお笑いは女の子にモテモテだ。

以前ムッシューもお笑いを目指していたが、彼は無理でも僕ならなれちゃうかな。

「そんな面白いのかね?」

「うん、お兄さん、最高!」

何かとても楽しくなってきたぞ。

「じゃあ、パタパタと君たちにも扇いであげようじゃないの。ほら、パタパタ」

「いやー、この人、かなり変。ギャハハ」

「ねえ、お兄さん。自分の股間を下から扇いで『こっちもパタパタ』ってやってよ」

もう一人の女子高生までノリノリだ。

「いいよ、そんなのお安い御用だ。あ、パタパタ。こっちもパタパタ」

「いやー、この人ほんとにやってるよ。すっごい馬鹿。ギャハハ」

彼女たちはそう言うと、走って逃げていく。

野郎…、からかいに来ただけなのか?

僕はその後ろ姿を睨みつけたが、一陣の風が吹き、ガングロ女子高生のスカートがふわりとめくれる。

派手派手パンティが、ちょっと見えた。

「おほっ!」

それだけで僕はとても幸せな気分になれた。

そう、思い方や考え方一つで人間はいつだって幸せになれるのだ。

今日は帰ったら、早速テッシュタイムだ。

いいおかずにありつけたものである。

 

帰り道『月の石』の前を通ると、れっこが外で電話をしていた。

僕に気がつくと、手を振ってくる。

「あ、どうもれっこさん」

僕はれっこが電話を切るのを待ち、すぐ挨拶した。

「馬鹿、今店なんだから『麗華』って言いなさいよ」

「あ、ああ、ごめんよ、麗華…、うぎゃっ」

「あんた、いきなり偉そうに呼び捨てにしないでよ」

れっこは本当に手が早い。

また平手打ちを喰らってしまった。

「す、すみません……」

「まあいいわ。それより努君って料理うまいのね。またあそこに食べに行きたくなっちゃうもん」

「えへ、そうですか?」

「お世辞抜きにうまいわ。そうだ、この間ビールご馳走してくれたし、今日ちょっとだけうちで飲んで行きなさいよ?」

「え、でも……」

さっきのガングロ女子高生のパンチラを思い出しながら、テッシュタイムに洒落込もうと思っているのに……。

「何よ? 私がサービスしてあげるって言っているのに、断るって言うの?」

サービス……。

れっこは人妻。

人妻の淫らなサービス、ふひひ……。

「え、麗華さんがサービス? えへ、どんなサービスですか?」

「ちょっと、変な勘違いしないでよ。あくまでもお店でサービスってつもりだからね」

「ちぇ、何だ……」

だったら家に帰ってガングロオナニーのほうがマシだ。

「あら、いいの? 今日から可愛い子が入ったんだけどな」

「え、ほんとっすか?」

「嘘ついてもしょうがないでしょ。多分、努君のタイプじゃないかな」

「ぼ、僕のタイプ? ス、ストレートって事ですか?」

「う~ん、よく分からないけど、そういう事かな?」

「じゃあ、行きます。行かせてもらいます」

「でもあんた、お金ちょっとはあるの? この間みたいに二千円しかないじゃ困るよ?」

「ふふふ、これを見て下さいよ」

僕は財布を広げ、威風堂々とれっこへ見せた。

「あら、あんたちょっと素敵じゃない」

「ふふふ……」

「今ならお客さん、そんないないからおいでよ」

「は~い」

僕は桃源郷を求め、再び『月の石』へ入っていった。

 

「口づけの~あ~とは~。ベェッドに~押し倒すぅ~」

店に入ると大音量のカラオケが聞こえてきた。

ステージに立ち唄う女。

どこかで見たような……。

あ、あのボインちゃんだ。

パパンやムッシューの入院する病院で働くボインの看護婦だ。

今日、彼女からポイントカードをもらったっけ。

「いいぞ、たっかちゃん~」

腕を突き出しながら客のチョーさんが声援を飛ばしている。

「マリ~リ~ン、赤いハアト~気取るわ~、マリ~リ~ン……」

「たっかちゃ~ん!」

確かこの曲、「1986年のマリリン」だっけ。

懐かしいなあ。

まだ僕が小学生だった頃流行った曲だもん。

「今、唄っている子が今日入った新人よ」

れっこが前を向きながら話し掛けてきた。

「ぼ、僕のお店に来た事ありますよ、あの子」

「へー、そうなんだ。世間って狭いわね」

僕はボックス席へ腰掛け、れっこからおしぼりを渡される。

「どうする。何を飲むの?」

「う~ん……」

「そうだ。サービスするからヘネシー入れちゃいなさいよ」

「え、ヘネシー? どれどれ……」

僕はメニューを見て、目玉が飛び出そうになった。

「何だよ、ヘネシーって三万円もするじゃないか!」

「だからさっきサービスするって言ったでしょ」

「サ、サービス?」

「そうサービス。だからヘネシーにしときなさいって」

「僕、飲んだ事ないけど……」

「馬鹿ね。優秀な男の飲み物って、ヘネシーしかありえないのよ。これを飲んでいるだけでモテモテオーラが自然と出てくるんだから」

「モテモテオーラ……」

まあ最悪三万円取られたとしても、まだ僕のお財布の中には六万も残る。

ここは一ついっちゃうか……。

後ろでカラオケが終わり、チョーさんの大袈裟な拍手の音が聞こえた。

「ありがとうございました。『1999年のマリリン』でした~」

ボインちゃんが可愛い声でおじぎをする。

「おいおい、『1986年のマリリン』だろ?」

チョーさんがいらぬつっこみを入れた。

「ん、私は新道貴子。私が『1999年のマリリン』って言ったらそれでいいの」

「そっか、そうだよね。たっかちゃ~ん、サイコー!」

まったくこの助平オヤジは、ポリシーってものがないのだろうか。

「ねえ、たかちゃん、ちょっとこっち来てちょうだい」

れっこが貴子を呼ぶ。

貴子はマイクをステージに置き、ボインをゆっさゆさと揺らしながら僕の席まで来た。

「あら、定食屋のお兄さんじゃないの。よく私と合うわね」

「えへへ、どうも」

「今ね、彼にヘネシーとはどれだけ偉大かって説明してたの」

「そうなんですかー」

「でも彼ね、ボトル入れるか入れないか迷っているところなの。たかちゃんからもひと言何か言ってやってよ」

「ねえねえ、お兄さん」

魅惑のボインが近づいてくる。

「は、はい……」

「今日渡したポイントカードあるでしょ?」

「え、ええ」

「ヘネシー入れたら、一気に捺印三つ押しちゃうよ?」

「ほ、ほんとっすか?」

「嘘なんてつかないわよ~」

「れっこ…、いや、麗華さん!ヘネシー一丁」

「は~い、今持ってくるね~」

僕の心臓はドキドキ音を立てて鳴っていた。

 

何ておいしいエレガントなお酒なんだろうか……。

僕はヘネシーを飲みながら、いい感じで酔っ払っていた。

「お、ヘネシーじゃないか? 私にもおくれやす」

隣の席に座る中年サラリーマンのチョーさんが、僕に向かってグラスを差し出してきた。

「ふん、くれてやるよー。ありがたく飲みやがれってんだ」

「うわ、このガキ、酒癖ワリー」

れっこがそう呟いていたが、酔いで言い返すのも面倒だった。

「ありゃ、もう空になっちゃったぞ?」

「じゃあ、もう一本いっちゃう?」

「えー、だってヘネシー高いんだもんー」

貴子が耳元に近づき口を開く。

「もう一本入れたら、もう一個捺印するよ?」

「何、本当か?」

今日一日で『新道貴子ボインタッチポイントカード』が五つも溜まってしまうのか。

これを逃したら馬鹿だ。

阿呆だ。

「よし、もう一丁!」

「キャー男らしい」

このあとの記憶はあまり覚えていない。

ただ妙にはしゃぎ、楽しかったなあという事だけは覚えている。

 

気がつくと、僕はアスファルトの道路の上で寝ていた。

何でこんなところに?

酒を飲み過ぎたせいか、妙にクラクラする。

あんなに飲んだのは今までで初めてだった。

お財布を取り出し、中身を確認してみる。

「ゲッ……」

中は二千円しか入っていなかった。

一体どういう事だ?

慌てて『月の石』のドアをノックしたが、もう店は終わっているので誰も出ない。

僕は仕方なく『ビバ、ツトム88』の扇を扇ぎながら牛をしばきに行き、家に帰っておとなしく寝た。

 


 

章毎に原稿用紙三十数枚程度の長さにまとめる。

このやり方はとても書きやすかった。

だいたいどの章も執筆期間一日で済んでいるもんな。

ようやく七章目にして、熊倉瑞樹を出し事ができた。

あいつ、突然「やっぱ苗字だけにして、フルネームだと恥ずかしい」なんて言うから、本当設定に苦労したよ。

れっことうめちんの扱いに比べ、意地悪キャラだから今度会った時文句言ってきそうだな……。

あ、今回俺の作品のキャラクター出すの忘れていたな。

次はまだパパンが入院しているという体で、努にまだ食堂をやらせるとするか。

しかし『パパンとママン』、果たしてこんな小説でいいのか?

望は面白いと言ってくれるが、他の人の反応が気になった。

俺はこれまでの分を印刷し、本の形にする。

明日辺り、加賀屋のおばさんのところ持っていき、読ませて反応を見てみよう。

 

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