2025/01/15 wed
前回の章
新宿へ向かおうと家を出たところ、すぐ近所の某金物屋の前にパトカーと警官の姿が見えた。
うちから連雀町信号手前。
位置的に吉岡金物店。
先輩の吉岡さんの家でもある。
乱闘騒ぎでもあったのかと、慌てて駆けつけた。
すると乱闘騒ぎではなく、店先の電柱に車が突っ込んでいた。
凄い突っ込み方だな……。
吉岡さんに電話を掛けてみる。
何でも聞いた話によると、運転手が突然病気になって意識を失い、ブレーキを踏まずに衝突したようだ。
幸い俺の知り合いには誰一人怪我人が出なかったのが不幸中の幸い。
何だか節目節目で、変な出来事が身の回りで起きるな……。
インターネットカジノ『餓狼GARO』へ出勤。
谷田川は「今日は何を作るんですか?」と着替える前から聞いてくる。
今日の賄い飯はどうしようか……。
大根あるから、千切りにして大根サラダを作り、何か凝った料理を作ろうとしたが、客足が増えてきたので、ここはシンプルに行こう。
焼きうどんでいいや。
あとは勝手に肉も野菜も材料はあるんだから、個々に勝手に作って食えばいい。
卵の賞味期限が近付いていたので、ゆでたまごを作る。
待てよ……。
俺は水気の取れたゆでたまごに、油性マジックで『キン肉マン』に出てくる超人を書いてみた。
『キン肉マン』の作者、ゆでたまごがこんなゆで卵を販売したら、馬鹿売れになると思うのは俺だけだろうか?
「岩上さん、ホールは自分と渡辺でキッチリやりますから、もう一品お願いしますよ」
おまえは食う事しか考えていないのかと思うぐらい食い意地の張った谷田川。
まあ自身の料理の腕を見込まれて頼まれるのは、悪い気はしない。
おそらくこの店で働くようになって、俺自身の料理スキルはメキメキ上がっているような気がした。
みぞれ和え風焼肉ご飯。
適当なネーミングをつけてみる。
要は大根おろしを使った生姜焼き。
猪狩は一人ポーカーフェイスを気取っているが、今さら格好をつけたところで「まあ、蹴りは全部防いだから」のあの台詞は生涯消えない。
俺がいずれ小説を書き出す時のいいネタになる事は間違いないのだから。
最近出勤しても、細かい客の食事は谷田川が作り、彼らのまかない飯になると俺が作る妙な図式ができあがる。
俺もアイデアを思いつきながら、オリジナル料理を仕事中に作れるので、そう悪くはない。
豚肉と鶏肉はたくさんあるから、それに玉ねぎを挟んでフライにしてみたら面白いだろう。
オニオン豚肉フライと名付ける。
猪狩以外の従業員は舌鼓を打ちながら喜んで食べる。
「炒飯、ホットサンド一つずつ」
猪狩から客席の注文が入る。
コンロは二つあるので、同時進行で料理をこなしていると、谷田川が来て「岩上さん、あいつらのは俺が作りますよ。岩上さんの料理はあいつらに勿体ないです」と言ってきたので「ついでだから問題ないよ。みんなのまかない作ったら、交代しよう」と返す。
油を使ったから、ついでに余ったご飯でチキンライスを作り、大量のチーズを入れる。
俵状に形を作り、衣をつけて揚げた。
イタリアン風ライスコロッケの完成。
スップリとも呼ぶ。
前田はスップリを気に入ったようで、何個も食べている。
うん、やっぱり俺の家の家族がおかしいだけなんだよな。
叔母さんのピーちゃんなんて、冷蔵庫へ入れていて放置してカビが発生してもそのままだもんな。
多分俺が作ったものだから、意地でも口にしたくないだけだろう。
養子縁組して息子になった元弟の貴彦も、右へ習え。
身内ながら本当に気持ちが悪い連中だ。
「岩上さん、パンチセット一丁!」
谷田川が笑いを堪えながらオーダーを通す。
パンチ来店か。
俺は炒飯と焼きそばを急いで作る。
前田はスップリをおかずにご飯を三杯食べていた。
ご飯ものをおかずにご飯って、ある意味コイツ凄いな……。
「ホールに出る前にちゃんと口の周り拭いてから出ろよな。真っ赤っかだぞ」
「ふぁい!」
俺は前田に声を掛けてから、タバコへ火をつけた。
ゲーム屋時代の俺を知っているという客の村上。
スキンヘッドで太った身体。
パッと見、ヤクザ者にしか見えない。
俺以外の従業員には対応がいまいち良くないので、彼が来店すると必然的に自分がホールへ出た。
村上はブルーフラミンゴのポーカーを好み、高額ベッドでゲームをするので五十万円などあっという間に無くなる。
朝方になり、負けが百万円を超えた。
山本が珍しく遅刻せずに出勤してくる。
そろそろ番交代の時間だ。
「なあ、岩上さん……」
「はい、どうしました、村上さん」
呼ばれたので席まで行くと、彼はガックリと肩を落としている。
「これさ…、これ以上金突っ込んで取り戻せると思う? 岩上さんはゲーム屋時代からこの手のポーカー見ているでしょ? 正直に言ってほしい」
俺がいたゲーム屋時代のポーカーと、現在のブルーフラミンゴのポーカー。
見た目は同じでも、中身はまったく違うと感じていた。
ゲーム屋時代なら、設定は基盤につける石でアウト率を調整している。
インカジになって、パソコンを使い中でプログラミングを予め設定されているのだろうが、この手のポーカーで長い時間打って、負けを取り戻すなんて、ほぼ不可能に近いと思った。
何故ならゲーム屋時代なら、台との勝ち負け以外に新規サービスや特サ、そして店内ビンゴや個人カードなどあらゆる面でプラスアルファがあったのだ。
しかし今は台との勝負のみ。
これ以上続けても、負けを取り戻すまでは無理だと判断した。
残りクレジットは千ドル。
「分かった。次来た時に仕切り直すよ。これ、アウトして」
「畏まりました。三卓様ブルーフラミンゴ千ドルOUT。三卓様ブルーフラミンゴ千ドルOUTお願いします」
キャッシャーに座る山本へコールをした。
山本は焦って「え? え? クレジットなんて無いですよ?」とテンパっている。
俺はダッシュで近付き「更新押したんですか? ちゃんとクレジットありますから」と説明しているのに、山本は「いや…、ゼロですよ。クレジット無いです」とモタモタしていた。
「早く更新ボタン押して、OUTしてって!」
「え、え…、いや……」
その時帰ろうとした村上が立ち上がり、山本に向かって「テメー、早くしろよ、おい!」と怒鳴りつけた。
「え、あの……」
「もう、どいて!」
俺がキャッシャーに入り、更新ボタンを押す。
村上の残りクレジットの千ドルをOUT処理をして十万円を財布から出す。
「おい、おまえ、ふざけんなよな?」
村上が山本の元へ詰め寄り出したので、慌ててフォローに入る。
「村上さん、本当に申し訳ございませんでした。あとでキツく注意して改善しますので」
「……」
村上は無言のまま十万円を受け取り、入口へ向かう。
俺は何度も謝りながら、エレベーター前まで見送った。
インターネットカジノはほんの一瞬で百万単位の売上など簡単にできてしまう。
それだけに熱くなり感情的にもなる。
だからこそ接客には最新の注意が必要だ。
「山本さん…、ほんと頼みますよ……」
呆れたように言いながら、俺は店をあとにした。
久しぶりに凝った弁当を作ってみた。
何故なら今日は渡辺の誕生日らしいので。
「当日じゃなくて、もっと早く言ってよ」
「いやいや、そんなつもりじゃなかったんですよ」
「俺もあんまり金に余裕ないからさ、まかない凄いの作っちゃう?」
「え、いいんすか?」
彼に「それなら今日はそんな忙しくないし、食べたいものを作ってあげる」と言うと「岩上さんのハンバーグや特殊な唐揚げでしたっけ? それが食べてみたいです」と言われた。
ハンバーグは俺の十八番料理。
可愛い部下の為だ。
腕によりを掛けよう。
そして関係が終わりはしたが、あの福田真奈美を唸らせた最強唐揚げが俺にはある。
豚小間切れ肉を包丁で叩いてミンチにして、キャベツや玉ねぎを微塵切りにしてボールへ入れた。
小麦粉、パン粉、卵、そして醤油、ナツメグ、パプリカ、パセリ、ブイヨンを入れてハンバーグの素になるものを準備。
トマトホルダーをベースに、トマトソースを作り、味の調整を行う。
渡辺は傍で作る様子を見ている。
「今日は谷田川が休みだからさ、ホール前田一人じゃ心細いよ。できたら言うからホール、見ててくれよ」
「あ、すみません」
軽く練ってから、ベーコンを荒く切って加える。
「岩上さん、カレーライスとコーラお願いします」
「あいよー」
「フランクフルトと焼肉プレートお願いします」
「はいよー」
練っている時に本当細かい客はウザい。
その度手を一度洗わねばならないだろ。
客の食事を作り終わり、ハンバーグ作りを再開した。
親の仇と言わんばかりに練る。
とにかく挽肉を練り続け、粘りが出るまで俺はやった。
フライパンでハンバーグを焼く。
「ナポリタンとバナナジュースお願いします」
「カレーピラフお願いします」
「ピザトーストとカルボナーラお願いします」
「はい!」
まったくウザ過ぎる。
タダだからってどこまで食うんだよ。
両面焦げ目をつけたら、蓋をして蒸し焼き状態にする。
それから客の注文を作り出す。
おっと、弱火にしておかないと……。
次は最強唐揚げの準備に取り掛かった。
手を汚す訳にもいかないから、スプーンで混ぜよう。
鳥のささみを包丁で叩いて細かくし、白菜を微塵切りして小麦粉、卵、醤油を入れて和える。
もう片方の空いたコンロを使い、同時に客の料理も作る。
あとは油で揚げるだけ。
老人でも食べられる唐揚げがコンセプト。
そういえば肉ばかりだよな……。
白菜が余っていたので八宝菜も作る。
「渡辺、できたよ。誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「温かい内にどうぞ。俺、ホール行くから、ゆっくりね」
「あ、パパいたんだ!」
双子のゆかが声を掛けてくる。
「だからパパって呼ぶな!」
今日も『餓狼GARO』は無駄に忙しい。
今日は猪狩が休みで、名義社長の青柳が出てくる。
まだ彼に貸した五万円の内、三万円しか返してもらっていない。
「今日はちゃんと返せるんでしょうね?」
「あ…、はい、五千円返せます」
またいつものやり取りになるのか不安だったが、青柳も観念したようだ。
もう絶対に、コイツには金を貸すつもりはないが。
久しぶりにキャッチの銀次軍団が来た。
相変わらず態度がデカい。
十万が入った程度で、また台を蹴っ飛ばす。
「他のお客様もいらっしゃるので、そのような迷惑行為はお止め下さい」
「うっせーんだよ!」
「声のトーンも弱めて下さい。迷惑なんで」
「おい! こっちは客だぞ」
「お客様なら他にもたくさんいるので、個別に特別な対応はできませんから」
「テメー、覚えてろよな? いつかやってやるからよ!」
銀次は睨みを効かせながら帰ろうとする。
おまえみたいな蚊蜻蛉が、どうやって俺を倒せるのか見せてほしいものだ。
仕事中でなく、できればプライベートで会いたい奴である。
そうすりゃ、色々暴力というものを教えてやれるのに。
エレベーターに乗る際も、銀次は壁を蹴飛ばした。
店へ戻ると青柳が近寄り「いやー、あいつら無理っすわー」と話し掛けてくるが、対応したのは俺だ。
面倒な客が来ると、キャッシャーばかり座ってないで、ちゃんと仕事しろと言いたい。
銀次たちのせいで、迷惑そうに帰る客は多い。
現在店内はなーゆだけ。
たまにはゆっくりするのもいいだろう。
「岩上さん、今日は何を作るんですか?」
「うーん、材料の賞味期限考えながら適当に作るよ」
卵とベーコンがそろそろか。
まずゆでたまごを作る。
それにベーコンを巻いて、衣をつけて揚げた。
ついでに豚肉を叩いてメンチカツも作るか。
ベーコンエッグフライとチーズ入りメンチカツを本日のまかない飯に作ってみた。
そういえば一時間以上、客が来ないな……。
そう思った時、インターホンが鳴る。
加藤明だった。
中へ通すと妙に息切れをしている。
「どうしました、加藤さん。体調優れないんですか?」
「何言ってんだよ。エレベーターが全然来ないから、七階まで階段で来たんだよ。あー、疲れたー」
「え、エレベーターが動いていないんですか?」
「俺は下で十分くらい待ったぞ。全然動く様子ないから、わざわざ階段で来たんだよ」
「すみませんでした。お疲れ様です」
「腹減っちゃったからよー、あんちゃん何か旨いの作ってくれよ」
「畏まりました。何系がいいですか?」
「んー、そうだなー。ご飯ものがいいやな」
「では、お任せで作らせて頂きますね。あ、前田、ちょっとエレベーターどうなっているか見てきてくれるかな」
「いってきます」
加藤明は癖のある客だが、ちょっと特別扱いすると、二十万負けていても機嫌良く帰るので楽な客だ。
チョロッと豪華目な料理を作っていると、前田が帰ってくる。
「岩上さん、エレベーターヤバいですよ」
「どうした?」
「多分さっきのキャッチたちだと思うんですけど、エレベーターが六階と五階の間で動かなくなっているみたいです」
「はあ? 何それ?」
「エレベーターのドアの隙間から怒鳴り声が聞こえましたよ」
「ちょっと様子見てくるわ」
加藤明に料理を出してから外へ出る。
エレベーターの扉近くまで行くと、確かに下の方がら声が聞こえた。
階段を降りて六階へ。
また扉近くで耳を澄ませると、より大きな怒鳴り声が聞こえる。
この下か。
五階へ降りると今度は上から声が聞こえた。
おそらくイライラしながらエレベーターが移動中蹴っ飛ばし、途中で緊急停止したのだろう。
自業自得だが、うちの店に対しての入客がそれで来なかったというデメリット面もある。
エレベーター管理会社へ連絡し、至急来てもらう。
俺は昔ゲームセンターで遊んだタイトーのエレベーターアクションというゲームを思い出した。
あれ、間違えてエレベーターの上に乗って天井に挟まれると、キャラクター死んじゃうんだよな。
二時間ほどエレベーターに閉じ込められた形の銀次らキャッチ軍団。
「テメーよー、ふざけんなよ!」
解放されると俺に八つ当たりで文句を言ってきたが、自分たちでエレベーターを蹴飛ばして止めたのだ。
「原因はあんたらだろ? しかもうちの店の営業妨害にもなっているし。なんならお互いのケツモチ同士呼んで、白黒ハッキリさせようか? あんたらのせいで、エレベーター使えず客が来なかったんだからな。客だからって理屈で、すべて許されるなと思うなよ?」
「……」
図星をつかれ、黙る銀次。
そのまま背を向けて去ろうとしたので、声を掛けた。
「おい、都合悪いと黙ったまま逃げるのか? おまえがキャッチやっている場所は知ってんだぞ? そうやって逃げるなら、とことんやるるぞ?」
銀次は振り返り、下を向いたまま「ご迷惑をお掛けしてすみません」と謝る。
「同じ歌舞伎町を根城にしてんだからさ、もっと気持ちよく遊ぼうよ。もう俺からはこれ以上何も無いから」
銀次は一礼し、去っていく。
これで今後来たとしても、少しはマナー良くなるだろう。
それにしても、今日猪狩が休みで本当に良かった。
あいつがいると、斜め上の事をやり出すからな……。
新日本プロレスの悪役プロレスラーだった上田馬之助が亡くなった。
十二月二十一日午前、死去。
七十一歳だった。
俺が小学生の頃、テレビでよく見た悪役レスラー。
タイガージェットシンと組んでリングに上がっていた記憶が蘇る。
印象的なのがトライデントシュガーレスガムのCMだろう。
不思議な感覚で変わったCMだなとテレビを眺めていたあの頃。
団体も違うし世代も違う。
関わりなんて一度も無い。
それでも何故か悲しかった。
ジャンボ鶴田師匠よりも昔から…、日本プロレス時代からだもんな。
ジャイアント馬場社長やアントニオ猪木たちと同世代。
系譜は違えども大先輩。
昭和を代表するレスラーが、また一人亡くなったのだ。
俺は部屋に戻ってから黙祷を捧げた。