岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 50(混沌と雀會編)

2024年10月03日 12時31分08秒 | 闇シリーズ

2024/10/03 thu

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新宿コンチェルト01 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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百合子と知り合ったこの数ヶ月間って、一体何だったんだろうな……。

しばらく部屋の白い天井をジッと見つめていた。

楽しかった日々がこんなにも急激に終焉に向かうなんて。

お互いもうちょっと冷静に話し合うべきだったんじゃないのか?

いや、もう遅い。

別れ際の百合子の目。

あれはあきらかに軽蔑を含んだ冷めた目つきだった。

女は現実的だと誰から聞いた事がある。

彼女の中で、俺との今後はすでに無いものとして決めてしまったからこそ、あんな冷たい態度を取ったんだ。

温かい家庭を作るつもりだったのに、どこで歯車が狂ってしまったのだろう……。

発端はすべて俺のせいだ。

軽はずみに風俗の仕事など引き受けるから、こんな目に遭う。

計画性がまるで無い俺に対し、百合子は愛想を尽かした。

そんなとこじゃないのか。

では何故俺が留置所に入っている時、百合子はずっと待っていた?

本当にあいつは、子供をおろすつもりなのか?

「……」

自分一人でいくら考えても、何が正しいのか分からなかった。

翌日になり、スーツに着替えて家を出ようとしてから、妙な違和感に気付く。

今日は日曜日で店には誰も来ない。

仕事に行く必要なかったんだ。

仕事?

金も何も発生していないものを仕事だなんてな……。

百合子もこの一ヶ月収入のない俺を見て、イライラしていたのだろう。

突っ伏して寝たせいか、いまいち寝た感じがしない。

横になって身体を休めていると、いつの間にか寝てしまう。

目を覚ますと夕方の五時になっていた。

携帯電話を見ても、誰からも着信はない。

昨日の百合子との喧嘩を思い出す。

あいつ、あれから一切連絡をくれていない。

完全に一人になってしまったのだなと自覚した。

寂しさが周りを包みだしてくる。

昨夜のやり取り。

あれで二人の仲は完全に崩壊したのだ。

知り合いに伝えておかないと……。

 

《女とは話し合って完全に終わりにしました。子供もおろさせます。今までいつも相談に乗ってもらったのに、本当に申し訳ありませんでした。ご迷惑をお掛けして申し訳ないです。 岩上智一郎》

 

仲のいい知人たちに、俺の子供ができた事を伝えていた。

これであいつと別れるなら、それなりのけじめを周りにもつけなければいけない。

自分の打ったメールを繰り返し何度も読み返した。

目に涙が滲む。

今さら泣いたところでどうにもならない。

すべて終わってしまった事なのだから。

もう仕方がない事なのだ。

俺は知人たちにそのメールを送信した。

やるせない気持ちになる。

でも自分が犯した過ちなのだ。

すぐに俺の恩師ともいえる高校時代の榊󠄀先生からメールで連絡があった。

《残念だったね。考えた末の決断なら仕方ありません。仕事頑張って下さい。 榊󠄀》

続いて仲のいい先輩や友達から続々メールが届いた。

《とりあえず、ご苦労さまでした。僕は別に迷惑を受けたとは思っていないので気にしないで下さい。また飯でも喰おう。 神田》

《俺は大して相談にのってあげられてないから大丈夫だよ。 岡部》

《そうかぁ…。終わったかぁ…。ウマくやって欲しかったけど、まぁ、しょうがないことだね。 坊主》

《そうですか。了承しました。色々つらいでしょうけど元気出して下さい。 西山》

みんなからのメールを読んで酷く自虐的な気持ちになる。

もっといい方向にいかせられなかったのか?

もっと方法はなかったのか?

さっき打ったメールを見て、何故俺は泣いた?

悲しかったからだけじゃないだろ。

本当にそれでいいのかって後悔したからじゃないのかよ。

俺はメールを打ち出した。

《もう連絡はしないとは言ったけど、俺は百合子の事を真剣に考えていたからこそ、おまえとのけじめは済んでも、まだやらないといけない事があるのに気づいた。俺は百合子のお袋さんには迷惑掛けたと反省している。だから俺なりのけじめをつける。 岩上智一郎》

百合子宛にメールを送信すると、すぐ彼女の家に電話を掛けた。

「何の用で連絡してきたんですか?」

百合子のお袋さんの声は、非常に冷たく聞こえた。

当たり前だ。

「今回の件は百合子さんから聞いていますか?」

「ええ」

「本当に申し訳なかったです」

「しょうがないです。お互いの考えが食い違ってそうなったのですから」

「私は確かにガミガミ口うるさいです。でもそれは先の生活を考えて……」

「すみません…。もう終わったのですから、できればそっとしておいて下さい」

「でも……」

「あの子も自分なりに考えての決断だったんだと思います。だから私は百合子の意志を尊重したいです。あなたがどうだとか責めるつもりは一切ありません」

「すみませんでした…。あのー……」

「あの子なら今さっき病院に行くと言って出掛けています。お願いですから、百合子を放っておいてあげて下さい」

電話を切ると一気に力が抜ける。

何で誰も俺を責めてくれないんだ?

百合子の母親ぐらい、もっと俺を責めたっていいのに……。

あいつはもう病院に行っていると言っていた。

もうすべてが手遅れなのか?

俺は男だからまだいい、百合子は女なんだ。

現実問題として子供をおろすという事に対して逃げられない立場なのだ。

自分の甘えなのは重々承知だ。

彼女にメールを再び打った。

 

《本当にすみませんでした。今、君のお袋さんに電話して謝りました。これでしつこくしてしまったけど、実質上俺からは最後の連絡だと思って下さい。百合子を傷つけてしまった事に反省しています。思いやりが足りず、自分の主義思想を押し通そうとしたのが今回の原因だと今は思いました。もう少しスマートなやり方をできていたら、こんな風にはならなかった。やり直したいとか言う訳ではなく、自分にも半分は最低でも責任あるお腹の子に対し、俺は何もせずにこの世から消されてしまう事になんとも言えない寂しさを感じます。でもその寂しさは実際に体内に宿し、現実から逃げられない君の立場から比べれば、些細なものなのかもしれません。色々な事を思い出し酷い事を言ったけど、そこの部分だけは君に心から悪い事をしてしまったと思っている。本当にごめんなさい。これからは個々の道を歩く訳だけど、俺は百合子を本当に愛していたから子供を作りました。その気持ちだけは嘘じゃありません。それを平気でおろせと言えた自分がいけない。つらい事を押しつけてしまって本当に申し訳ない。百合子を傷つけてしまって本当にごめんな。男、父親として情けない限りです。 岩上智一郎》

 

メールをすぐ送信した。

何とも言えない居心地の悪さ、そして罪悪感に包まれる。

しばらく待っても、百合子からの返事は何もなかった。

 

考え事でいっぱいになった時、どうしても小説を書こうとしても集中できない。

頭の中で思い浮かぶ文章をひたすらキーボードで文字に書き綴るだけなのに、途中で混乱してしまう。

一人でいるのが溜まらなく嫌だった。

行く宛もなく、ただ外へ飛び出す。

とても冷たい風が容赦なく身体に降り掛かり、吐く息は真っ白。

それでもコートのポケットに両手をつっ込むと、フラフラと夜道を歩き出した。

行きつけのJAZZBARスイートキャデラック。

気付けば俺は中に入っていた。

百合子と出会い、付き合うようになってからは、必然的に酒の量は減っている。

彼女と時間を共有した分だけ、酒を飲みに行く時間が減ったからだ。

多分、ずっと寂しかったから自然と俺は酒を飲みに出掛けていたのだろう。

今こうして酒を求めて歩いているのもそうだ。

孤独。

何故か自身は人から忌み嫌われている。

そんな錯覚に何度も捉われた過去。

しかしこの現状を見る限り、それは錯覚ではなく現実的なものなのかもしれない。

グレンリベットのボトル二本を空けてもまるで酔わない俺。

なのに何故飲もうとするのか?

単なる現実逃避に過ぎない。

そう分かっていながら、ジッとしていられないのだ。

店を出て川越の街を彷徨い歩く。

宛もなくフラフラ進み、川越駅西口の飲み屋街へ向かう。

川越祭りで顔を合わす、同じ町内の先輩、知子が働くスナックが見える。

うん、今日は大いに飲もう。

飲んで嫌な事はすべて忘れちまえばいい。

「あら、智君。珍しいね」

ドアを開け、店内へ入ると知子が驚いた顔で出迎える。

「俺が来ちゃ、マズかったですか?」

ちょっとした嫌味を言ってみた。

「何を言ってんの。あ、そこへどうぞ。飲み物はウイスキーのストレートでいいんだっけ?」

「久しぶりなのに、よく覚えていますね」

「水商売長いからね」

そう言いながら知子は、グラスにウイスキーを注ぐ。

グレンリベットでなく、国産の安いウイスキーなのが残念だが、そんな贅沢を言ってられない。

マズいウイスキーを飲み、胃袋へ流し込む。

「相変わらず、智君はお酒強いねえ」

「強くたって何もいい事なんてないですよ」

一気にグラスの酒を飲み干す。

「弱いよりはいいわよ。ほら、隣見てみ」

彼女が指す方向を見ると、同じ町内の先輩であるタンベさんが横に座っていた。

タンベさんは始さんより一つ年上の先輩。

俺より八つ年上になる。

ほとんど酒に酔い潰れているのか、視線は虚ろだ。

「あれ、タンベさんじゃないですか」

「ん…、ああ…、智一郎じゃないか」

「今日は一人ですか?」

「うん…、今日はヤケ酒だぁ~」

「ちょっとタンベさん、飲み過ぎ~」

知子がグラスを取り上げると、タンベさんはグッタリしながらテーブルへ突っ伏すようにして顔を沈める。

「いつも温厚で真面目なイメージしかなかったけど、どうしちゃったんですか、タンベさん」

「ほら、お囃子の雀會の件でさ。彼も色々と頭を悩ませているのよ」

「雀會ですか……」

「そうそう」

俺はタバコに火をつけ、ゆっくり煙を吐いた。

 

地元川越では毎年十月になると大きな川越祭りが開催される。

俺のいる町内は連雀町。

祭り等でお囃子を叩く組織が、雀會。

俺が小学校の頃だが、ジャニーズ事務所のたのきんトリオの一人、まっちこと近藤真彦。

彼の人気が絶頂期の映画ハイティーン・ブギが上映されていた頃、川越祭りへ来て連雀町の山車に乗った事があった。

その時の川越の熱狂ぶりは凄かった。

誰がまっちに太鼓を教える?

満場一致で俺の親父が決まり、まっちに接する。

あの時まっちを目の前に連れてきてくれ、「何かしてほしい事あるか?」と聞かれ、幼い俺は「サ、サイン下さい」としか言えなかった。

笑顔で『まっち』と書いたサインを五枚俺にくれた近藤真彦。

後日学校でも大騒ぎになり、まっちの大ファンの女子たちからサインは全部取られた。

雀會はそんなエピソードもあるお囃子連である。

最初にこの組織を作ったのが、栗原名誉会長。

次の二代目会長が、俺の親父。

数年前に高橋さんが三代目に就任したというのは聞いた。

タンベさんは雀會の現副会長だ。

「雀で何かあったんですか?」

「俺はよー…、俺にとっての雀は栗原会長なんだよ。智一郎には申し訳ねえが、おまえの親父さんじゃないんだよ!」

十二分に気持ちは理解できた。

全日本プロレス時代、俺にとっての社長はジャイアント馬場社長であり、師匠はジャンボ鶴田さん。

もう二人共この世にいない。

でもこれは、いつまで経っても俺の中で変わる事はない。

「俺はよー…、今じゃ副会長なんてやらしてもらってっけどさー…、今の高橋さんになってからの雀會はバラバラじゃねえか」

川越祭りだけは毎年参加しているので、タンベさんの言いたい事はある程度分かる。

まず初代会長の栗原名誉会長と二代目うちの親父の仲が悪くなった。

元々仲の悪い栗原会長と同級生の小林澄夫さん。

澄夫さんは俺が産まれた時から面倒を見てくれ可愛がってもらったが、雀會内の確執で辞めてしまう。

俺の親父と澄夫さんは仲がいい。

現会長の高橋さんは、うまい具合に栗原名誉会長を使い、妙な派閥のようなものができてしまう。

みんな祭りが好きで、お囃子がやりたくての雀會なのに、何故こうなるのだろうか。

今、ガールズコレクションのホームページを一緒に協力してもらっている始さんは、澄夫さんとのトラブルが原因なのか雀會を辞めてしまっている。

相方の松永さんは現在も雀會メンバー。

小さな頃から雀會を見てきた俺にとって、現在は栗原名誉会長派、親父と澄夫さん派、現会長の高橋さん派、そしてはぐれてしまった始さん…、そんな感じに見えていた。

あまり川越にいる時間もいないし、ただ祭りになれば参加して楽しむだけ。

でももっと川越を盛り上げ地域密着で頑張っている人たちからすれば、熱量は大いに違う。

下の世代と親父ら上の世代に板挟みのタンベさん。

和気あいあいとしていたあの頃を懐かしみ、少しでもまたそう近付けたい。

しかしみんなバラバラ。

そのジレンマが深酒に繋がり、知子のスナックで酔い潰れている。

「みんなが仲良かったあの頃に雀會にさー…。俺は戻してえんだよ……」

大御所扱いの歴代会長たち。

全員が俺は関わりが昔からある。

「始の奴だって辞めちまうしよ…。昔は家族間でやり取りするぐらい仲良かったんだせ……」

「そうですよね」

「始の娘の皐月いるだろ?」

「ええ」

「始の奴、娘にまで雀會辞めろってよー…。本人嫌がっているんだぜ?」

俺ならこの縺れを少しはマシにできるんじゃないか?

いや、多分俺じゃなきゃできない。

仕事も駄目。

女とも別れ、子供もおろす。

何もかも駄目な俺。

でもこんなタイミングだからこそ、誰かの為に動いてみてもいいんじゃないか?

重圧に押しつぶされそうだった俺は、何かしらしたかった。

変な責任感が芽生えていた。

まず昔は本当に仲良かった始さんとタンベさんの仲を戻す。

直に会わせてお互い毒を吐き出させれば問題なくなるはずだ。

そして俺を可愛がってくれた澄夫さんなら、俺の話を聞いてくれるはず。

次にいまいちうちの親父と疎遠になった始さんと親父を会わせる。

ここまでまとめたら高橋さん呼び出して、俺が説得して雀會をまとめる。

そこまでできたら、見苦しい真似してしまいすみませんでしたと全員で栗原名誉会長のところへ謝りに行く。

これができたら雀會がまた昔のように、みんな笑顔で一枚岩になれるんじゃないか。

自分の子供をおろしてしまう最低な俺。

せめて誰かの為に役に立ちたい。

「タンベさん……」

「何だよ、智一郎……」

「これは俺の独り言です。俺ね、勝手に一人で跳ねますわ」

「跳ねる?」

「だから明日タンベさん時間作って下さい」

不思議そうな表情で俺を見るタンベさん。

「俺が始さん呼び出しますから、まずは会ってお互い言いたい事を言いあって、毒を出しましょう」

しばらく黙っていたが、やがてタンベさんは握手を求めてきた。

「ありがとう…。智一郎ありがとう……」

「俺が勝手に跳ねてやる事ですから気にしないで下さい」

俺のこれからしようとする事はただの現実逃避だ。

でも鬱蒼と生い茂った深林の中で、一筋の光明が見えた気がする。

 

もう百合子とのやり直しはきかない。

俺がいくら連絡しようと出てもくれないのだ。

少し整理しよう。

今抱えているのが、ガールズコレクション…、風俗店立ち上げ。

未だ給料すら出ない現実。

辞めるにも、俺はすでに始さんと松永さんを巻き込んでしまっている。

これは俺一人じゃ何もできない。

だから當真が早く店をできる準備が整うのを待つだけ。

だから後回し。

西武新宿駅の一件。

俺は言いたい事もすべて伝えたし、あとは向こうの出方を待つだけ。

雀會の修正。

今はこれだけを考えて動いてみよう。

それで絶対祭りに関わる人間たちをまず笑顔にしてやる。

 

 

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