北八ヶ岳ロープウェイにほど近い蓼科の宿の朝は
霧がたちこめていた。
ひんやりとした早朝の散歩に出ると
林でキビタキの声が聞こえる。
そして道ばたに朝露のニワナナカマドが目覚めていた。
朝霧に包まれたキバナノヤマノオダマキが
ひとつだけ静かに咲いていました。
花言葉は「遠くで見守っています。」
昨日のリベンジにもう一度車山へと思っていたが
今日も霧ヶ峰・車山高原の天候が優れないので
もう一つの楽しみにしていた
諏訪湖畔の美術館へ行くことにした。
《北澤美術館》
ここは、
19世紀末の「アール・ヌーヴォー」期の
エミール・ガレ(1846〜1904)や
20世紀初頭の「アール・デコ」期の
ルネ・ラリック(1860〜1945)を始めとする
著名な工芸家のガラス工芸品を所蔵展示する美術館。
展示室で最初に目に留まるのが
エミール・ガレ晩年の最高傑作
《ひとよ茸らんぷ》/ 1904年頃制作
ひとよ茸はその名のとおり
生まれてたった一夜で
開いた傘の縁の部分から融けだして
黒い雫が滴るように地に落ちて
翌朝には消えてなくなる...
ガレはこのキノコを
一瞬咲き誇る命の儚さと美しさ
消滅と再生を繰り返す
偉大な自然の摂理の象徴とみなしていた。
「我が根は森の奥深くにあり」
自己の存在が自然の根幹に繋がることを示す
この言葉は彼の座右の銘。
フランスのロレーヌ地方ナンシーの
彼の工場の扉に掲げられていた。
《ひとよ茸文花瓶》/ 1900 - 1904 年制作
植物が芽を出し、花を咲かせ
実を結んでは、やがて枯れて行く。
大地に戻り、また翌年、新しい命が生まれる。
自然にとり、死は決して終わりではなく
新しい生命の誕生の前提であると云う
こうした命の循環に対する世界観が
彼の作品から伝わって来る。
脚付杯《フランスの薔薇》/ 1901年制作
青緑色の金属酸化物を流し入れた透明地の
ピンクを重ねたクリスタル被せガラスに
野ばら「ロサ・ガリカ(フランスの薔薇を意味する)」を
アプリカッションで装飾している。
そして、もう一人の巨匠
ルネ・ラリックは
20世紀初頭のモダンなスタイル
「アール・デコ」のガラス工芸を誕生させた
フランスを代表するガラス工芸家。
テーブル・センターピース《三羽の孔雀》/ 1920年制作
三羽の孔雀の絵柄を
2cm足らずの透明ガラスにプレス成型した作品
光が孔雀を立体的に浮かび上がらせる。
花瓶《バッカスの巫女》/ 1927年制作
反射光と透過光で宝石のオパールのように
色の変わる乳白色のガラスに
バッカスの巫女をデザインした作品。
光の変化で巫女たちは美しく躍動する。
宿に戻り庭に目をやると
木の根元を覆う苔の間から
小さなキノコたちが顔を出していた。
ヒナノヒガサとシロコナカブリでしょうか(?)
《ヒナノヒガサ》/《シロコナカブリ》
今までは可愛いとか不思議とか
そのような目で目の前のものを見ていたが
ひとよ茸らんぷの作品でガレのこだわりを知った後だけに
「我が根は森の奥深くにあり」と
茸たちが語りかけてくるようで戸惑いを覚えた。
【記】ガレ作品の記事については「北澤美術館コレクション選集」を一部参考にさせて頂きました。