オドラデクの心配事

日常にゆるやかに乱入する舞踏家の由無し事

新町の道路劇場

2010年02月24日 | 道路劇場の記録
河北新報青森県内版「日曜随筆」
1999年7月4日 から転載   

六月。青森市の新町通りで踊る。
ダンスは、いつも気まぐれに始まる。
古着で作った提灯ブルマと着物シャツ。
お気に入りの衣装だ。
スポンジに水を含み、顔、首筋に白塗りする。
何百回このように塗っただろうか。
手の甲、二の腕、太もも、水虫の足指。
見えるところは隈なく化粧する。
ぼさぼさのカツラをかぶると怪しげな舞踏家が出来上がる。
気を丹田に沈め、店のドアに体を預ければ正ちゃんダンスの始まりだ。

かつて「暗黒舞踏」「前衛舞踏」と呼ばれた舞踏は、
いまや都会ではファッションとなってしまった。
暗黒とはホラーではない。それは日常の闇を見つめ、恐れ、祈ることだ。
前衛とは、破壊ではない。それは恥じらいと勇気をもった危険な遊戯だ。
暗黒にこだわり、常に前衛であり続けることは正しいが、なかなか難しい。

昨年青森市で開催された日本文化デザイン会議は、
寺山修司の市外劇を一日だけ復活した。
市外劇は大袈裟に行われた。
それは、一瞬新町通りを劇場に変えたが、
残念なことにレトロなファッションショーの域をでなかった。
もっと質素に、もっと軽々と日常を異化できないものだろうか。

松木屋デパートの前は、土曜の夕方にもかかわらず閑散としていた。
やがて、母娘連れがこわばった顔で遠巻きに擦れ違った。
信号が変わる。ぷるぷると震えながら横断歩道を渡り始める舞踏家。
信号待ちのタクシーから運転手と客がじっと見ている。
慎重に横断しているうちに途中で信号が変わってしまった。
間もなくしてパラパラと回る赤いランプが音もなく近づいてきた。
頑丈な体格の男女が車から降りてくる。
だれかが携帯電話で警察に通報したのだ。
知らぬふりをしてじりじりと移動して行く。
知人が警官に説明しているのを横目に見ながら、
舞踏家はいきなり走って車道を横切った。
向いの「紅屋」に飛び込み、今度は店の中で踊るのだ。

清潔に整頓された社会は異物を同化する力がない。
不可解なものへの免疫がないから、直ちに排除の論理が働く。
厄介なものには関わらないほうが楽に決まっている。

「ふりふりのついてない白いやつをください。」
「踊りに使うのです。これから道路で踊るのです。」
二十数年前、舞踏家は、女もののパンティーをこの店で買ったのだった。

顔を赤らめ、中年のおばさんに一所懸命説明している少年舞踏家がそこにいた。
目当てのものはズロースと呼ぶことさえ少年は知らなかったのだ。
    
   

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