コロナの間は、実は、「楽」な面もあったりするのかもしれない。
「生き方」を「指示」してくれるから。
それに従って生きるしかないから。
そして、辛いことも、苦しみも悲しみも、イライラも、いまは、みんな「コロナのせい」に出来る、という側面があるのではないかと思う。
でも、ほんとうは、コロナがなくても、生きていくことには、辛いこと、苦しみ、悲しみ、イライラがついてくるものではないだろうか。
コロナがなくたって、「つまらない、不本意な日常、人生」があったのかもしれない。
コロナが収束したら、ただ、それだけで、あなたの日常が人生が、いきなり、劇的に、薔薇色に変わるのかといったら、それは大間違い。
結局、ひとは、それぞれの、あたえられた運命のなかで、それぞれが、どう生きるか、
それに、つきる、と、思う。
えらそうだけど、たぶん、きっと、そう・・・。
だから、いま、せっかくだから、「コロナが収束したらどう生きる?」そのことを考える、よい時期なのかもしれない。
勿論、それどころじゃない、というひともいるだろうけど。
でも、それどころじゃないひと、それこそが、生きているのかもしれない。
切実な、ぎりぎりの、「生きている実感」があるのかもしれない。
血が通って、血が巡って、どこを切っても、血が、ピーっと噴き出すような、命のせとぎわ、のような・・・
よくわからないけど・・・
それこそが、「生きる」ということなのかもしれない・・・
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