のんびり専業主婦日記 

旦那の転勤で関西に来ました。日々の思いを綴っていきます。

寿命について

2021-05-23 01:06:00 | 日記
母の葬儀からあっという間に月命日が過ぎ、今週末はもう四十九日。

親が認知症になってから自分の健康寿命を考えるようになった。健康寿命とはwikiによると以下の定義になるらしい。

日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のこと。

母の認知症の症状がはっきりと出るようになったのは70代半ばの頃。疑わしい症状はその数年前からあったので70代前半から少しずつ進行していたはず。

それを考えると自分に残された時間は約20年程度だろう。

以前、遺伝子検査を検討した時期があった。病気のかかりやすさや体質や遺伝的傾向がある程度分かるとのこと。費用もまだ高いのでそのうち料金が下がったら試してみるつもりでいる。

ただ、そのような検査をしなくても自分の身体の事は本能的に分かる。祖父母4人とも全員若い時に亡くなっている。祖母は両方、自分が生まれる前に亡くなったので会った事もない。親族もくも膜下出血など脳に関連する病気の者が多い。多分自分は癌や他の病気よりも脳関係が危ないだろう。

あと20年。短いと言う人もいるかもしれないが、子供を持たなかった自分には十分な長さに思える。今後年金も昔の人のようには期待できない世の中で、長生きしてしまう方が恐怖に感じる。そのうち老眼も進み大好きな読書も困難になってきそうだ。

とりあえず色々な事が自力で出来なくなる前に行きたい場所へ旅行して好きな物を食べて映画を沢山観て楽しみたい。

また、健康寿命と人間の寿命は同じではない。母は6人兄弟姉妹で一番上でもないのに最初に寿命がきてしまった。認知症になる前は特に大きな病気もせず健康にもそれなりに気を使っていたはずなのだが。

ジョギング中に亡くなる50代もいるし認知症発症後も10年生きている80代もいる。寿命は神のみぞ知る。こんな便利な世の中になってもこれだけは分からない。



コメダと星乃

2021-05-16 10:31:00 | グルメ
休日のお昼はほぼ外食。GW中、普段はあまり行かない所でランチを食べようという事になった。

コメダ珈琲と星乃珈琲。コーヒーよりも紅茶派なので名前だけで敬遠していた。どちらも電車か車でしか行けない場所にある。

まずはコメダに行った日から。



ピザとオレンジジュース。旦那はチキンサンドとコーヒー。ジュースは蓋付きの入れ物にたっぷり入って出てきた。ピザは具は玉ねぎ位。多分冷凍かな。味は普通。チキンサンドはかなり量が多いようだった。女性は完食するのが大変かも。

次は星乃。


ラザニアとアップルジュース、旦那は醤油バターのスパゲッティとアイスコーヒー。ラザニアはミートソースも美味しくて量もちょうど良かった。女性向け。

値段はコメダの方が少しだけリーズナブル。フードメニューは星乃の方が好み。居心地も星乃の方が良かった。コメダは若いバイトさん同士の私語がよく聞こえてきた。飲み物はどちらもスーパーで販売しているような普通の100%ジュースの味。

旦那は時々コメダに来て仕事をする時もあるらしい。仕事しやすいしスポーツ新聞や雑誌もあるのでコメダの方がお気に入りのようだった。

珈琲派ではないので今後なかなか利用する事もないだろうが、一度は来てみたかったので良かった。

そのうちモーニングのいいお店も見つけて行ってみたい。いつか東海地方のガッツリモーニングを体験するのが夢。


義妹との仲③

2021-05-13 13:53:34 | 日記
義妹と絶縁して5年。全て彼女に非があるとは思っていない。

最近はようやく自分の意に反するものはお断りできるようにはなってきているものの、昔からはっきりと意見を言うのが苦手だった。

自分の気持ちよりも相手がどう感じるかを優先してしまっていた。それが優しさだと思っていた。自分さえ多少我慢すれば角が立たない、そんな気持ちだった。

しかし他人の都合に合わせそれが積み重なると限界を越える。そして突然心を閉じてしまう。相手は「いつも笑って受け入れてくれていたshufuちゃんが何故?!」と戸惑う。

いい大人が相手が限界になるまで気遣いがないのも問題なのだが、思っている事を口にしない自分も悪い。誘われても乗り気じゃないなら興味がないと断ればいいし、食事代も自分ばかりが出しているのなら次は割り勘でと言えばいい。それができていなかった。

旅行のお土産をしょっちゅう渡したりそれなりのお年玉を渡していたら「shufuちゃん夫婦は裕福だから自分たちは何もしなくていい」と考える人がいるのも想定すべきだった。子育てが大変な家庭にとって、海外旅行や外食を頻繁にしている人間は鼻についたのかもしれない。専業主婦をしていたら自由な時間が沢山あると思われる事も予測すべきだった。

今後、万が一義妹が折れる事はあっても完全に元に戻ることはない。表面上挨拶等はきちんとするし大人の対応はするだろうが個人的な付き合いはできない。一度壊れてしまったものは戻らない。

これからは自分の意志を一番にする事、時間もお金もまず自分のために使い余裕がある時だけ他人に分け与える事、個人的な旅行などはたとえ親族であれ無闇に話さない事。

こんな自分を薄情だとか自分勝手だと言う人もいるだろう。でもこれが自分も相手も傷付けずに済む方法だ。一定の距離をとって付き合えば甘えも期待も生まれない。

それにしても今後旦那側の葬儀などがあったらどうすればいいのだろう。行かないわけにもいかない。頭が痛い。

義妹との仲②

2021-05-13 09:34:00 | 日記
2015年12月の夜、スマホが鳴った。義母からだった。義妹が所属する劇団の芝居のお誘いだった。普段ならお付き合いできたが当時はパートを始めたばかりで余裕がなかった。数日前に断っていた。

義母「明日Eちゃん(義妹)の芝居だから!」
shufu「(え!?この前断ったじゃん)ごめんなさい、ちょっと疲れてるので他の方を誘ってください」
義母「でもEちゃんがチケット用意してるから!!」
shufu「また連絡します。(旦那に断ってもらおう)」

旦那には用事があるから行けないと言ってもらうつもりだった。が、その日に限って旦那は義母の味方をした。彼にとっては、送迎もするし座って観劇するのがそれほど負担だとは思わなかったらしい。でも無理だった。当時更年期にも入っていて3時間以上もある芝居を観る気力がなかった。

その夜は行く行かないで大喧嘩になり離婚問題にまで発展した。最終的に旦那が折れてその後何年もこの件を蒸し返しては喧嘩になった。現在は私と義妹は二度と関わらないという事で落ち着いている。

元々、自分は人に何かを頼む事が好きではない。お礼を考えるのも面倒臭い。自分の実家に帰る時でさえホテルを取る。自分の家族が旦那に個人的な事をお願いした事も一度もない。

また芝居は趣味や道楽だと思っている。他人からバンドや習い事の発表会に来て欲しいと言われるのと同じ。時間や体力に余裕があれば行ってあげてもいい、その程度の感覚。行くにしても花束や差し入れが必要になる。甥姪のためならまだしも大人の趣味にまで時間もお金もかけたくない。そもそも個人的な事で他人をアテにすべきではないのだ。

過去数回義妹の芝居は観に行ったが、後日何日経ってもお礼のメールや電話が来たこともない。私は彼女にとって「主婦だからいつでも時間はあるし空席を埋めてくれてお土産を持ってきてくれる」存在なのだろう。お願いしますの一言もない。一方的にチケットを用意してくる。用意するといっても余っているから押し付けているだけだ。

義母や旦那の言い方や態度も許せなかった。お願いする立場なのに威張っている。こちらは行けないとはっきり断っている。ドタキャンをしたわけでもない。なぜ責められるのか。

せめて誰か一人からでも「お疲れのところ申し訳ないけど」と低姿勢で言ってくれたら違っていた。普段からお土産、食事などに対するお返し等があれば、最低限の礼儀があれば少し無理してでも行ってあげたと思う。

友人であれ親族であれ一方だけが負担になる付き合いは続かない。何年もの積もり積もった不満が爆発し一切のお付き合いをやめた。旦那や義母を通して義妹からはこちらに連絡を取らせない事を伝えてもらった。今回の母の葬儀も知らせていない。

あれから5年以上経ったが、不便に感じる事はない。むしろ快適に過ごしている。甥はだいぶ大きくなっただろうが彼の結婚式に出る事もない。

関西に来た当初はこんな状態になるなんて想像もできなかったが。

つづく


義妹との仲①

2021-05-12 12:35:00 | 日記
5歳年上の義理の妹がいる。旦那の妹なので年上でも義妹。

彼女は役者をしている。学生時代から劇団に入り就職はせずアルバイトをしながら続けてきたと聞いている。定期的にお芝居と時々テレビやCMの仕事をしているらしい。詳しく聞いた事はないが収入はほとんど無さそう。結婚しているので生活する分には困らない感じだ。

芸能の仕事をしているだけあって目鼻立ちのはっきりとした美人で実年齢よりもずっと若く見える。とても子持ちには見えない。初めて会った時から気さくでずっと仲良くやってきた。数年前までは。

ここ5年以上は一切交流がない。理由は「合わないから」。数年付き合ってみて生活や性格、常識など何もかもが違う事がわかった。争いを起こさないためには接点を持たないしかない。

自分たち夫婦は子供のいる家庭と比べると余裕はあるほうだと思う。その分甥や姪、いとこの子供にも還元している。お年玉、旅行のお土産、皆で食事をすれば全額ご馳走様している。その事には何の不満もない。

各家庭からはお礼の電話やメール、たまに気持ち程度のお菓子などが送られてきたりする。それで感謝の気持ちは十分伝わっている。

しかし義妹一家からは何もない。ただひたすらこちらがあげる一方、奢る一方。義妹の旦那がついてきても一切財布は出さない。お正月はお年賀や食べ物などを山のように持って行っても向こうは手ぶらでやって来る。

最初は長男夫婦が何もかも負担するのが関西の風習なのかと思っていた。だが関西に知り合いもできてきて聞いてみるとそんな事はないと言う。

モヤモヤした気持ちのまま数年が過ぎていき5年前に決定的な事が起きた。

つづく