1
お父様!
私達は堕落した世の中で暮らしながら万物に負債を負う生活をしており、家庭において夫婦同士でも互いに負債を負った者の立場にあることを私達は知りませんでした。
父母と対するにおいても負債を負った者の立場にあることを知りませんでしたし、永遠なる神様の前にも口では言えない大きな負債を負っている私達であることを知りませんでした。
堕落世界の立場から見ても当然死ぬべき、負債を負った私達でしたし、万物の前にも負債を負っており、新郎新婦の理念を立てたイエス・キリストの前にも負債を負っている私達でした。
永遠であられる神の愛を身代わりして負債を返すべき私達ですのに、負った負債を返そうとはせず、私一人を中心として心配し嘆息して、地に対して呪い、万物に対して呪い、天に対して呪った私達です。
どの一部分も、受け入れてもらうことのできない私達です。
このような人間を再び立てるために、イエス様は死の道も意に介さずに闘われ、十字架で殺されました。
それによって、天倫に積もった負債を返すための二千年の闘いがまだ終結されないまま、「審判」という名詞が残るようになったのです。
お父様!
審判の峠を私達が越えることができるよう、今までの誤った歴史過程で負った負債をすべて清算できるよう許諾してください。負債をすべて返しても余りある者となってこそ、永遠であられるお父様の前に立つことができるということを分かるよう許諾してください。
真の父母の負債を返し、真の夫婦の負債を返し、真の万物の負債を返した者としてサタン達の条件を逃れ、お父様の愛に対する負債、お父様の願われる生命に対する負債を返すことのできる生活となり得るよう
早く早く私達をお導きください。
お父様、
懇切にお願い申し上げます。
天での役事が地上で成され、天でのサタンとの闘いが地上の私達を通して勝利できるよう許諾してください。
そうして、永遠であられるお父様の愛を喜びと栄光をもって感じるあなたの永遠なる子女達となるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
そうして、お父様の前に、イエス様と聖霊の前に、数多くの先知先烈の前に、地上の人類の前に、万物の前において、恥ずかしくないお父様の愛する子女として、万物を堂々と主管することのできるお父様の真の息子・娘として立ててくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを主のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1965.6.10)
2
死にあえいでいた私達が、お父様が慕わしくてこの日、再び集まりました。
今、私達の心がお父様の心にとどまることができるよう許諾してください。
そうして、私達の体と心がお父様のものとして動くことができるようにしてください。
お父様は無限の苦労を意に介されず、時代時代と世紀世紀を経てこられるとき、私達の先祖達と共にありたいとどれほど骨を折られ、先祖達の行く道を開拓してあげるためにどれほどご苦労なさったでしょうか。
それにもかかわらず、私達の先祖達は、天の苦労の功績を蹂躙し、気掛かりな心情を抱かせた面目のない者達だったことをお許しください。
先祖達が誤った罪状が、千秋の恨みとして残ったことを知りましたし、恨めしい堕落の行動によって、六千年の間数多くの人類を塗炭の苦しみの中に追い込んだことを私達は知っています。
お父様の心情に背反して悲しませた、歴史的に先祖達が誤った心を私達が再び相続するのではないかと心配です。
堕落による恨みの峠を越えなければならず、先祖達が残した恨みを踏んで立たなければならない終わりの日に処している私達ですので、今、私達の心がお父様の心にとりこになるよう許諾してくださり、私達の体がお父様の体を身代わりすることのできる栄光のひと時を許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
お父様の心情に和して涙を流しながら訴える者は、お父様の事情を身代わりして闘う者は誰でしょうか。
この地に住んでいる人は多くいて、行動している人類の形態はたくさんの姿を備えていますが、お父様の胸に抱いている事情と心情について議論の相手となり得る一人がいなくて、悲しみと嘆息の歴史を重ねてこられたお父様であられることを知っている者が少ないのです。
このような物悲しく口惜しいお父様の内的心情を私達は知っていますので、きょう心を開いてすべてのものを父のものとして接ぎ木することのできる時間となるようにしてください。
すべてを主のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1959.7.5)
3
天の歴史路程は解く歴史路程であることを知るものです。
また、天が解く歴史路程において、見えない数多くのサタン達は反対に縛り付けるための役事をしているということを私達は知りました。
解く歴史だと言いましたが、反対の世界では縛り付ける、再び新しい所に出ていけないようにするために縛り付ける歴史の一面もあるということが分かるようにしてください。
縛るための悲しみの歴史と解くための喜びの歴史が交差する環境に処している私達、体は縛るのを待ち焦がれ、心は解くのを待ち焦がれる嘆息圏内にいる私達、心を掲げ、体を打って、体が心の前に屈服する喜びのひと時を持つべき悲しい歴史の終点を見つめている私達です。
このような自分達であることを忘却しないようにしてくださり、このような天運圏内にいる自分達であることを忘却しないようにしてくださいまして、このような復帰摂理の解怨過程に入っている自分達であることを忘れてしまわないようにしてください。
今日、お父様を知らない人々の中には、理念に縛られるのを願う者達もいますし、主義や思想、あるいは人倫道徳に自分の良心と体が縛られるのを願う者達もいますが、本性を通して推し量ってみるなら、彼らが永遠にお父様の前に立つことのできない物悲しい環境に処しているのを知るものです。
このような路程を前にして、進んでいく人類の中にはわれ知らず染み入る焦りと不安と物悲しい心情を体恤した者達が多いのですが、それを遮る者がいませんので、お父様、歴史と共に、時と共に、主義と共に喜ぶことができず、生の原則を知らず、生の方向を知らず、生の路程を知らず、生の目的を知らずにあえぐ人類に、誰が責任を持ってくれるでしょうか。
私達は、私達同士、互いに解かなければなりません。
しこりがあるとするなら、解くことが歴史路程の原則であるがゆえに、イエス様は怨讐に対して積もった恨みの心情を表すことのできる立場で、怨讐に対して解こうとなさったので、怨讐世界を解く解怨の園を建設することのできる資格者となったということを私達は知っています。
天もこのことを喜ばれ、イエス様を復活の場にお立てになったことを知っています。
民族の前で排斥され、民族が怨讐の立場に立つとしても、その民族を怨讐視する私達とならないようにしてください。
世界が私達に反対するとしても、怨讐視せず、彼らの前に開放された天の心情だけを残しておくために、怨讐の心情を越え立つことのできる天的な心情の所有者となるようにしてくださり、天的な生命の指導者となるようにしてくださいまして、生命の主管者となるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを主のみ名によってお祈りいたします。
アーメン。
(19596.14)
お父様!
私達は堕落した世の中で暮らしながら万物に負債を負う生活をしており、家庭において夫婦同士でも互いに負債を負った者の立場にあることを私達は知りませんでした。
父母と対するにおいても負債を負った者の立場にあることを知りませんでしたし、永遠なる神様の前にも口では言えない大きな負債を負っている私達であることを知りませんでした。
堕落世界の立場から見ても当然死ぬべき、負債を負った私達でしたし、万物の前にも負債を負っており、新郎新婦の理念を立てたイエス・キリストの前にも負債を負っている私達でした。
永遠であられる神の愛を身代わりして負債を返すべき私達ですのに、負った負債を返そうとはせず、私一人を中心として心配し嘆息して、地に対して呪い、万物に対して呪い、天に対して呪った私達です。
どの一部分も、受け入れてもらうことのできない私達です。
このような人間を再び立てるために、イエス様は死の道も意に介さずに闘われ、十字架で殺されました。
それによって、天倫に積もった負債を返すための二千年の闘いがまだ終結されないまま、「審判」という名詞が残るようになったのです。
お父様!
審判の峠を私達が越えることができるよう、今までの誤った歴史過程で負った負債をすべて清算できるよう許諾してください。負債をすべて返しても余りある者となってこそ、永遠であられるお父様の前に立つことができるということを分かるよう許諾してください。
真の父母の負債を返し、真の夫婦の負債を返し、真の万物の負債を返した者としてサタン達の条件を逃れ、お父様の愛に対する負債、お父様の願われる生命に対する負債を返すことのできる生活となり得るよう
早く早く私達をお導きください。
お父様、
懇切にお願い申し上げます。
天での役事が地上で成され、天でのサタンとの闘いが地上の私達を通して勝利できるよう許諾してください。
そうして、永遠であられるお父様の愛を喜びと栄光をもって感じるあなたの永遠なる子女達となるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
そうして、お父様の前に、イエス様と聖霊の前に、数多くの先知先烈の前に、地上の人類の前に、万物の前において、恥ずかしくないお父様の愛する子女として、万物を堂々と主管することのできるお父様の真の息子・娘として立ててくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを主のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1965.6.10)
2
死にあえいでいた私達が、お父様が慕わしくてこの日、再び集まりました。
今、私達の心がお父様の心にとどまることができるよう許諾してください。
そうして、私達の体と心がお父様のものとして動くことができるようにしてください。
お父様は無限の苦労を意に介されず、時代時代と世紀世紀を経てこられるとき、私達の先祖達と共にありたいとどれほど骨を折られ、先祖達の行く道を開拓してあげるためにどれほどご苦労なさったでしょうか。
それにもかかわらず、私達の先祖達は、天の苦労の功績を蹂躙し、気掛かりな心情を抱かせた面目のない者達だったことをお許しください。
先祖達が誤った罪状が、千秋の恨みとして残ったことを知りましたし、恨めしい堕落の行動によって、六千年の間数多くの人類を塗炭の苦しみの中に追い込んだことを私達は知っています。
お父様の心情に背反して悲しませた、歴史的に先祖達が誤った心を私達が再び相続するのではないかと心配です。
堕落による恨みの峠を越えなければならず、先祖達が残した恨みを踏んで立たなければならない終わりの日に処している私達ですので、今、私達の心がお父様の心にとりこになるよう許諾してくださり、私達の体がお父様の体を身代わりすることのできる栄光のひと時を許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
お父様の心情に和して涙を流しながら訴える者は、お父様の事情を身代わりして闘う者は誰でしょうか。
この地に住んでいる人は多くいて、行動している人類の形態はたくさんの姿を備えていますが、お父様の胸に抱いている事情と心情について議論の相手となり得る一人がいなくて、悲しみと嘆息の歴史を重ねてこられたお父様であられることを知っている者が少ないのです。
このような物悲しく口惜しいお父様の内的心情を私達は知っていますので、きょう心を開いてすべてのものを父のものとして接ぎ木することのできる時間となるようにしてください。
すべてを主のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1959.7.5)
3
天の歴史路程は解く歴史路程であることを知るものです。
また、天が解く歴史路程において、見えない数多くのサタン達は反対に縛り付けるための役事をしているということを私達は知りました。
解く歴史だと言いましたが、反対の世界では縛り付ける、再び新しい所に出ていけないようにするために縛り付ける歴史の一面もあるということが分かるようにしてください。
縛るための悲しみの歴史と解くための喜びの歴史が交差する環境に処している私達、体は縛るのを待ち焦がれ、心は解くのを待ち焦がれる嘆息圏内にいる私達、心を掲げ、体を打って、体が心の前に屈服する喜びのひと時を持つべき悲しい歴史の終点を見つめている私達です。
このような自分達であることを忘却しないようにしてくださり、このような天運圏内にいる自分達であることを忘却しないようにしてくださいまして、このような復帰摂理の解怨過程に入っている自分達であることを忘れてしまわないようにしてください。
今日、お父様を知らない人々の中には、理念に縛られるのを願う者達もいますし、主義や思想、あるいは人倫道徳に自分の良心と体が縛られるのを願う者達もいますが、本性を通して推し量ってみるなら、彼らが永遠にお父様の前に立つことのできない物悲しい環境に処しているのを知るものです。
このような路程を前にして、進んでいく人類の中にはわれ知らず染み入る焦りと不安と物悲しい心情を体恤した者達が多いのですが、それを遮る者がいませんので、お父様、歴史と共に、時と共に、主義と共に喜ぶことができず、生の原則を知らず、生の方向を知らず、生の路程を知らず、生の目的を知らずにあえぐ人類に、誰が責任を持ってくれるでしょうか。
私達は、私達同士、互いに解かなければなりません。
しこりがあるとするなら、解くことが歴史路程の原則であるがゆえに、イエス様は怨讐に対して積もった恨みの心情を表すことのできる立場で、怨讐に対して解こうとなさったので、怨讐世界を解く解怨の園を建設することのできる資格者となったということを私達は知っています。
天もこのことを喜ばれ、イエス様を復活の場にお立てになったことを知っています。
民族の前で排斥され、民族が怨讐の立場に立つとしても、その民族を怨讐視する私達とならないようにしてください。
世界が私達に反対するとしても、怨讐視せず、彼らの前に開放された天の心情だけを残しておくために、怨讐の心情を越え立つことのできる天的な心情の所有者となるようにしてくださり、天的な生命の指導者となるようにしてくださいまして、生命の主管者となるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを主のみ名によってお祈りいたします。
アーメン。
(19596.14)
4
この上なく尊い天の主人たるお父様!
あなたがおつくりになった万象は、あなたの理念と共に永遠に共になければならないものであることを私達は知るものです。
お父様の理念の前に集ってお父様に侍り、歓喜にあふれて栄光と共に、そのおつくりになった天宙が喜びの対象として捧げる賛揚と共に、永遠無窮に神様の真の息子・娘となって、その栄光の中に浸って生きる人間となれなかったのが、この上なく大きな恨みであることを私達は随分前に悟りましたし、長い間後悔してきました。
私達はお父様を呼ぶ度ごとに悲しまれるお父様の事情を感じずにはいられず、お父様の聖なる姿を仰ぎ見る度ごとに気遣わずにはいられません。
罪悪ののろしを上げ、天に背反してきた後孫であることを告げずにはいられないのが限りなく口惜しく嘆かわしいのです。
このように罪悪を持った私達をつかむために、あなたは栄光の心情を希望として残しておかれ、長い六千年間を耐えて待ち焦がれてこられました。
一日ではない、恨み多い六千年を私達のために、私達の先祖達のために、今日地上に住んでいる多くの人間達のために、そして天上世界の嘆息圏内にとどまっている数多くの霊人達のために苦労してこられたお父様のその偉大な恩賜を思いますとき、お父様の前におそれ多く不肖なる罪人であることをもう一度告げずにはいられません。
お父様!
私達はとても大きなお父様の愛の前に、苦労なさるお父様のみ手の前に、傷つき訪ねてこられたお父様の足跡の前に、こうべを上げることのできない不肖なる者達です。
あなたはこれほどまでに血涙の道を歩んでこられました。
お父様はこのような道に人間達が同参してくれることを待ち望まれましたが、人間達はその道を避けてきました。
このような悲惨なる事情を共にしたいのがお父様の心情でしたが、子供となるべき人間達は、希望のそのみ旨を知ることができず、その心情にくぎを打つことがしばしばでした。
このように不孝極まりない私達がお父様の前に再び出てきてひざまずき、「お父様」と呼んでいるのです。
お父様のその声には無限の悲しみがにじんでおり、お父様の心情には痛嘆で胸の詰まる口惜しい事情が積もっていることを、私達は知るものです。
かわいそうなお父様であることを私達は知るものです。
しかし、お父様のみ旨が残っており、お父様がそのみ旨を捨てない限り、私達もこの道を行きながらお父様を再びつかまなければなりません。
死亡の波はきょうも休む間もなく私達の生活環境を濁らせていますし、私達の周囲を占領して天の栄光を遮っています。
このような時に私達は自分がどのような立場にいて、その立場がどのような位置なのかを再び肝に銘じなければならないことを知っています。
きょう私達はこのようにとても大きな摂理のみ旨の前に召命を受けたのです。何の功績もなく召命を受けたのです。
何の苦労の業績もなくこの場に来たのです。
お父様の前に捧げる何ものも持つことができず、この場に来たのです。
しかし、私達の足らなさを涙でもって、私達の悪なるを悔い改めをもって告げ、お父様を再びつかもうとする懇切なる心情を持って来たのです。
放蕩息子の事情を哀れにお思いになった、お父様の歴史的な苦労の因縁を知る私達、その因縁を願い哀れみの心情を侍ち焦がれながら訪ねてきましたので、もう一度お父様の深い心情で私達を縛り付けてください。
そうして、この世に出て闘うことのできる私達として立ててくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
今、私達はお父様から新しい世界史的な役割と使命を引き継ぎ、私でなければならないという立場で、責任と使命を背負わなければならないことにもう一度目覚めなければなりません。
苦労の過ぎし日のすべての歴史を、この世の罪とともに蕩減してしまい、新しい希望の園を望みながら、心と体を再び引き締めて審判の旗を掲げ、怨讐世界に向かい整えられた天の精兵として、行列を成して総進軍しなければならない時が
私達の前に近づいています。
このような責任と使命が私達の双肩にかけられていることを肝に銘じ、一日、一時間を惜しんで闘うのに、私達のすべてを尽くすことのできる真なる天の精兵達となるようにしてくださり、天の勇士達となるようにしてくださいまして、天の孝子になろうと誓う真の息子・娘となるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げ、すべてを主のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1963.8.11)
5
お父様が待ち焦がれられた栄光の基台は、悲しみもなく、嘆息もなく、恨みもなく、お父様の愛を中心とした真の父母の因縁が染みわたっている所であったことを私達は知りました。
歴史的な願いであり、創造理念の中心である真の父母を、私達人類の始祖であるアダムとエバが誤ることによって失ってしまったその日から、私達は孤児となり、怨讐の懐に抱かれて呻吟する身の上となりました。
お父様は歴史路程を経てこられながら、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な父母の因縁を立てるために苦労し、六千年史を橋渡しに天宙史的な終末期を準備して、再度、平面的に個人的な勝利の実体父母の価値、家庭的な勝利の実体父母の価値、氏族、民族、国家、世界的な勝利の実体父母の価値まで捜し立てるため、復帰の恨みのこもった路程を越えてきていることを知りました。
私達が知らないうちに来られる真の父母が、開拓者の立場で恨み多い生涯を送ったことを知りました。
個人、家庭、氏族、民族のために闘争することのできる現実の舞台を準備してくださったことを考えるとき、感謝を申し上げます。
お父様!
残った歴史に責任を負ってくださったことに感謝を申し上げます。
お父様、今まで私達の前途を行かれながら開拓者の苦労をなさり、真の父母をこの地の私達の前に立ててくださったことをおそれ多く思うのです。
お父様が苦痛を渡してくださったのは、私達を人間の世の中を代表した基準に連結させてくださるためであり、真の父母の苦痛を私達の前に渡してくださったのは、私達を覆っているサタンを屈服させるためであったという事実を私達が知りましたので、その責任を果たそうという、宣誓をするこの時間となるよう許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
いつ、私達がひざまずいて個人的な父母に侍り、家庭的な父母に侍り、氏族的な父母に侍り、民族的な父母に侍ったでしょうか。
また、父母に侍ることのできる真なる自らとなったでしょうか。
そのような自らとなれなかった過去を後悔しながら、きょうにでもその恨みを復帰する道、涙の道、怨讐世界に向かっていく道に私達が責任を持つようにしてくださり、民族的な十字架の道を開拓し、国家的な十字架の道を開拓して、父母が来られる道を備えようと決意することのできる息子・娘となるよう許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
今、残された道は喜んで行きますので、お父様、心配しないでください。
十字架に私達が責任を持ち、世界をサタンから奪うために忠誠を尽くし、お父様が喜んで私達のあとをついてくることのできる道を準備できるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
すべての霊界と地上で真を願う善なる民達が、み旨のために生きる天の民となって協助することを宣布しますので、天と地が公認するようにしてください。
勝利の栄光と賛美と幸福と愛を中心とした平和の世界が私達を通して、真の父母の名とともに成されることを望んでいますので、お父様、その日が早く早く来て、全天宙的な勝利の日を復帰し、天宙的なお父様の日を復帰するよう許諾してください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1964.4.12 第五回「父母の日」)
この上なく尊い天の主人たるお父様!
あなたがおつくりになった万象は、あなたの理念と共に永遠に共になければならないものであることを私達は知るものです。
お父様の理念の前に集ってお父様に侍り、歓喜にあふれて栄光と共に、そのおつくりになった天宙が喜びの対象として捧げる賛揚と共に、永遠無窮に神様の真の息子・娘となって、その栄光の中に浸って生きる人間となれなかったのが、この上なく大きな恨みであることを私達は随分前に悟りましたし、長い間後悔してきました。
私達はお父様を呼ぶ度ごとに悲しまれるお父様の事情を感じずにはいられず、お父様の聖なる姿を仰ぎ見る度ごとに気遣わずにはいられません。
罪悪ののろしを上げ、天に背反してきた後孫であることを告げずにはいられないのが限りなく口惜しく嘆かわしいのです。
このように罪悪を持った私達をつかむために、あなたは栄光の心情を希望として残しておかれ、長い六千年間を耐えて待ち焦がれてこられました。
一日ではない、恨み多い六千年を私達のために、私達の先祖達のために、今日地上に住んでいる多くの人間達のために、そして天上世界の嘆息圏内にとどまっている数多くの霊人達のために苦労してこられたお父様のその偉大な恩賜を思いますとき、お父様の前におそれ多く不肖なる罪人であることをもう一度告げずにはいられません。
お父様!
私達はとても大きなお父様の愛の前に、苦労なさるお父様のみ手の前に、傷つき訪ねてこられたお父様の足跡の前に、こうべを上げることのできない不肖なる者達です。
あなたはこれほどまでに血涙の道を歩んでこられました。
お父様はこのような道に人間達が同参してくれることを待ち望まれましたが、人間達はその道を避けてきました。
このような悲惨なる事情を共にしたいのがお父様の心情でしたが、子供となるべき人間達は、希望のそのみ旨を知ることができず、その心情にくぎを打つことがしばしばでした。
このように不孝極まりない私達がお父様の前に再び出てきてひざまずき、「お父様」と呼んでいるのです。
お父様のその声には無限の悲しみがにじんでおり、お父様の心情には痛嘆で胸の詰まる口惜しい事情が積もっていることを、私達は知るものです。
かわいそうなお父様であることを私達は知るものです。
しかし、お父様のみ旨が残っており、お父様がそのみ旨を捨てない限り、私達もこの道を行きながらお父様を再びつかまなければなりません。
死亡の波はきょうも休む間もなく私達の生活環境を濁らせていますし、私達の周囲を占領して天の栄光を遮っています。
このような時に私達は自分がどのような立場にいて、その立場がどのような位置なのかを再び肝に銘じなければならないことを知っています。
きょう私達はこのようにとても大きな摂理のみ旨の前に召命を受けたのです。何の功績もなく召命を受けたのです。
何の苦労の業績もなくこの場に来たのです。
お父様の前に捧げる何ものも持つことができず、この場に来たのです。
しかし、私達の足らなさを涙でもって、私達の悪なるを悔い改めをもって告げ、お父様を再びつかもうとする懇切なる心情を持って来たのです。
放蕩息子の事情を哀れにお思いになった、お父様の歴史的な苦労の因縁を知る私達、その因縁を願い哀れみの心情を侍ち焦がれながら訪ねてきましたので、もう一度お父様の深い心情で私達を縛り付けてください。
そうして、この世に出て闘うことのできる私達として立ててくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
今、私達はお父様から新しい世界史的な役割と使命を引き継ぎ、私でなければならないという立場で、責任と使命を背負わなければならないことにもう一度目覚めなければなりません。
苦労の過ぎし日のすべての歴史を、この世の罪とともに蕩減してしまい、新しい希望の園を望みながら、心と体を再び引き締めて審判の旗を掲げ、怨讐世界に向かい整えられた天の精兵として、行列を成して総進軍しなければならない時が
私達の前に近づいています。
このような責任と使命が私達の双肩にかけられていることを肝に銘じ、一日、一時間を惜しんで闘うのに、私達のすべてを尽くすことのできる真なる天の精兵達となるようにしてくださり、天の勇士達となるようにしてくださいまして、天の孝子になろうと誓う真の息子・娘となるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げ、すべてを主のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1963.8.11)
5
お父様が待ち焦がれられた栄光の基台は、悲しみもなく、嘆息もなく、恨みもなく、お父様の愛を中心とした真の父母の因縁が染みわたっている所であったことを私達は知りました。
歴史的な願いであり、創造理念の中心である真の父母を、私達人類の始祖であるアダムとエバが誤ることによって失ってしまったその日から、私達は孤児となり、怨讐の懐に抱かれて呻吟する身の上となりました。
お父様は歴史路程を経てこられながら、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な父母の因縁を立てるために苦労し、六千年史を橋渡しに天宙史的な終末期を準備して、再度、平面的に個人的な勝利の実体父母の価値、家庭的な勝利の実体父母の価値、氏族、民族、国家、世界的な勝利の実体父母の価値まで捜し立てるため、復帰の恨みのこもった路程を越えてきていることを知りました。
私達が知らないうちに来られる真の父母が、開拓者の立場で恨み多い生涯を送ったことを知りました。
個人、家庭、氏族、民族のために闘争することのできる現実の舞台を準備してくださったことを考えるとき、感謝を申し上げます。
お父様!
残った歴史に責任を負ってくださったことに感謝を申し上げます。
お父様、今まで私達の前途を行かれながら開拓者の苦労をなさり、真の父母をこの地の私達の前に立ててくださったことをおそれ多く思うのです。
お父様が苦痛を渡してくださったのは、私達を人間の世の中を代表した基準に連結させてくださるためであり、真の父母の苦痛を私達の前に渡してくださったのは、私達を覆っているサタンを屈服させるためであったという事実を私達が知りましたので、その責任を果たそうという、宣誓をするこの時間となるよう許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
いつ、私達がひざまずいて個人的な父母に侍り、家庭的な父母に侍り、氏族的な父母に侍り、民族的な父母に侍ったでしょうか。
また、父母に侍ることのできる真なる自らとなったでしょうか。
そのような自らとなれなかった過去を後悔しながら、きょうにでもその恨みを復帰する道、涙の道、怨讐世界に向かっていく道に私達が責任を持つようにしてくださり、民族的な十字架の道を開拓し、国家的な十字架の道を開拓して、父母が来られる道を備えようと決意することのできる息子・娘となるよう許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
今、残された道は喜んで行きますので、お父様、心配しないでください。
十字架に私達が責任を持ち、世界をサタンから奪うために忠誠を尽くし、お父様が喜んで私達のあとをついてくることのできる道を準備できるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
すべての霊界と地上で真を願う善なる民達が、み旨のために生きる天の民となって協助することを宣布しますので、天と地が公認するようにしてください。
勝利の栄光と賛美と幸福と愛を中心とした平和の世界が私達を通して、真の父母の名とともに成されることを望んでいますので、お父様、その日が早く早く来て、全天宙的な勝利の日を復帰し、天宙的なお父様の日を復帰するよう許諾してください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1964.4.12 第五回「父母の日」)
6
お父様!
天地万物をおつくりになったあなたの心情を、きょうこの時間おそれ多くも推し量ってみるものでございます。
万物の中心であり、幸福と喜悦の中心である心情を土台とした家庭の因縁が、全宇宙の前に結ばれなければならないのが創造本意の希望であり、目的だということを思うとき、今日この地はあなたの願いとあなたの事情と、またあなたの心情を中心として一体となれないまま堕落の歴史を重ねてきました。
このようなことを思いながら、歴史的なすべての足らなさをもう一度悔い改めることのできる私達となるよう導いてください。死亡の世界からまだ抜け出られないまま、あすの希望のために闘いの道に走っていくべき数多くの人間達を、お父様、哀れにお思いください。
また、現世をはねのけ、お父様が成そうとされた創造理想の地である、本郷の地に向かって走っている今日の数多くの聖徒達を哀れにお思いくださいますようお願い申し上げます。
過去・現在・未来に責任を負って役事してこられ、逆境の中の逆境を経てこられたお父様の心には恨みが多いということを、お父様、私達は知っています。
お父様の心情と理想の前に、数多くの人々がその永遠なる理念と心情を賛揚し、歌わなければならなかったにもかかわらず、あなたの心にくぎを打ってしまった悲しい過去をたどってみるとき、あなたの心情がどれほど悲しかったかを感じながら、あなたの前にこうべを垂れてひざまずき、贖罪の祭壇を積むべき私達であることをもう一度心深く銘記するようにしてください。
お父様!
長い長い歴史路程の中に数多くの日々が流れてきましたが、そのどのひと日に、あなたが喜ぶことができたでしょうか。
このような歴史の流れの中で、この地上に真なる「父母の日」を捜し立てられ、また真なる「万物の日」を捜し立てられました。
お父様、きょうがちょうどあなたが苦労して捜し立てられた「万物の日」でございます。
お父様!
あなたが苦労してこられた摂理をもう一度回想しながら、きょうこの日を迎えてみると、感慨無量の心を禁ずることができないものです。
流れていった路程の中、悲嘆と悲しみの悲惨なる逆境を歩んできましたが、あなたの大きな摂理のみ旨の前にただ必勝のひと日を約束しながら準備してきた日々であったということを改めて感じるものです。
お父様!
過ぎし日の逆境が大きければ大きいほど、それが今日のとても大きな感謝の条件として現れるということを思うとき、千回万回、感謝しなければならない私達であることを悟るようにしてくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
喜びと栄光のひと日であるきょう、十分なる恩恵で満たしてくださいますことをお願い申し上げながら、すべてを真のご父母様のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1966.6.19 第四回「万物の日」)
7
お父様!
カインとアベルの闘いが始まったその日から、死亡の土台が居座ったその時から今日まで、その死亡の世界は消えずにあるのです。
そして、人間達がこのような環境の束縛を抜け出せない中で、お父様の闘争の歴史が編まれてきたということを現在、私達は感じているのです。
今、嘆息の条件が残っているとするなら、その条件を解かなければならず、私達のすべき苦労が残っているとするなら、それは誤ったこの土台を整備し清算すべき苦労であることをもう一度感じなければなりません。
悲しみの歴史は善を基本として峠道を続けながら、今まで起きてはまた悲しみにぶつかって倒れ、倒れてはまた起き、またぶつかる歴史として連なってきましたし、この悲しみの障壁が現世の目前に現れ、世界的な障壁として残っているということを思うのです。
お父様、この障壁を退けるためには、個人だけでは駄目でございます。
志のある数名の同志だけでは駄目です。
そうするために、お父様は個人を呼び集めて家庭を築かせ、家庭を呼び集めて氏族を成させ、氏族を呼び集めて民族を編成させ、民族を呼び集めて国家を編成させたのです。
国家を成しても、さらに一つの統一された世界に向かって行軍していくことを望むのが、お父様の願いでした。
しかし、お父様の志された目的どおりに罪悪を清算し、あなたのことに責任を負うことのできる個人と家庭と氏族と民族がなくてはならないということを私達は考えなければなりません。
人によって外的な悲しみの歴史となったにもかかわらず、この地上にそのすべてのことに責任を持ち、世界のために身もだえするお父様の息子・娘がどれほどいるでしょうか。
各自の心情を通してもう一度問い返し、お父様の前にいま一度新しい姿勢を備えるこの時間となるようにしてください。
「哀れみの条件と哀れみの態度を持った」とお父様が記憶することのできる自分となったかを、もう一度悟ることのできるこの時間となるようにしてください。
お父様!
あなたは苦しくても私達の要求にお答えになって、あるひと時に福を与えることのできる時を待っておられるお父様であることを、私達は知らなければなりません。
このような日々を連結されて、六千年の間悲しい歴史に対されるお父様の心にどれほど傷がひどく、お父様のその心情にどれほど苦痛がひどかったかを思うものでございます。
このようにゆがんで積もっている心情的な恨みを解いてあげる者が、どこにいるでしょうか。
真なる孝子でなければならないのであり、真なる孝女でなければならないのです。
しかし、
家庭を中心とした孝子をもってしても駄目であり、氏族を中心とした孝子をもってしても駄目であり、民族を身代わりした孝子をもってしても駄目だということを知っています。
世界を身代わりし、天と地を身代わりしてサタンの前に表し、誇ることのできる真なる孝子とならなくては、お父様の心の中に深く刻まれている隠されたその心情を現すことができないという事実を、私達が分かるよう役事してください。
このようにとてつもない内的な苦衷を背負った立場におられるお父様を思うことができなかった、過去のことをお許しくださいますことを懇切に願い申し上げながら、すべてを真のご父母様のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1967.6.8)
8
お父様から召されて行く道は平坦な道ではないことを知りました。
今日、私達の目の前には死亡の世界と生命の世界が交差しているという事実を知るようにしてください。
この歴史的な交差が私達の行く方向を混乱させているこの時において、世界的に宗教者達が、みな落ちていくこの時において、天がこのようなものを処理されるときは、善なる基準を立てておいてお打ちになるということを知っている私達は、天の時がある基準に到達したということを知っています。
今、私達が表情と姿勢を引き締めて青天白日のもとにお父様を呼びながら、「私達の時が来た」と大手を振り、踊りを踊りながらお父様の前に走っていくことのできる自由の天地が私達の前に近づくことを思い、悲しかった過去が喜びに変わることができ、悔しく悲痛な事実が燦爛たる天の権威を誇ることのできる時として変わって訪ねくることを思いますなら、このすべてのことが、私達をこのような立場に追い込まれたそのすべてのことが、私達にあなたの心情を相続させようとなさるお父様の愛であることを知ったのです。
生命と死亡が交差されるこの瞬間に、生命の権限を持ち、死亡の主権を屈服させることのできるあなたの息子・娘達となるようにしてください。
お父様が蒔かれた善の結実を刈り取るための、収穫するためのその場を、私達が突破しようとしています。
韓国でもそうであり、日本でもそうであり、世界の数多くの国家でもそうであることを知っています。
そのような統一の役軍達の額には汗が流れなければならず、目には涙が流れなければならず、その手と体から血を流し、お父様の前に捧げるべき使命が残っていることを知っていますので、私達がこの道をすべて行き、お父様が安息することのできるその日を迎える時まで、死んでまた死ぬことを待ち望む息子・娘達となるようにしてください。
闘いで疲れる者達とならないで、闘いに闘おうと決意するあなたの息子・娘達となるようにしてください。
お父様、懇切にお願い申し上げます。
恨み多い歴史の悲しみを忘れ、生命の深い心情を抱き、自由な天地であなたを「お父様!」と、のどが張り裂けるほど呼んでみることのできる喜びの日をこの地で迎え、万民の前に誇ることができ、お父様を高めてさしあげることができ、
勝利の凱歌を歌うことのできるあなたの息子・娘となるようにしてください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1967.6.7)
9
お父様!
きょうは一九六八年十一月二十日、陰暦で十月一日、九年前この地上に新たに「子女の日」を宣布した日です。
その後、数多くの日を送り、たくさんの年を過ごしてきました。
み旨に従っていく路程で、お父様の捜される真なる子女の姿を慕いながらこのような場所に参席する度ごとに、お父様が願われる基準から見ますとき、私達の姿はあまりに差があるということを思えば思うほど、お父様にお目にかかる面目がありません。
お父様、私達を哀れにお思いください。
お父様!
きょうこの日を記念するために南韓各地に散らばっている多くの子女達がこの本部に向かって、精誠を集めてお父様の前に懇切なる心情で敬拝を捧げていることを知っています。
ただ国内だけでなく、海外に散らばっている数多くのあなたの子女達が、寂しい開拓路程で疲れた体を引きずり、このひと日に参席する価値を心深く思いながら、自分達も韓国の地でこの日を迎えることができることを懇切なる心情で待ち焦がれ、この日のために涙を流しながら祈祷していることを知っています。
たとえその立場と環境が各々違うとしましても、親しく共にあってくださいまして、彼らの心を察してくださり、解怨成就してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
悟りの道を行き、精誠を尽くす宗教者達がこの地上に多くいますので、彼らが願う位置を探し出し、子女の栄光を備えるようにしてくださいまして、解放のひと日を標榜して進む彼らの望みが必ずこの地上で結実されなければなりませんので、そこを欽慕し、思う彼らの心を収拾してくださって、彼らが実際にこの地上でお父様と巡り会い、私達と共にこのような日を祝う場に同参できるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
この地だけでなく、霊界に行っている数多くの先知先烈達と私達の先祖達が、この地のために今まで復帰の蕩減路程を歩んできたことを知っています。
お父様は一個体が責任を果たせなければ、次の後孫をお立てになって蕩減復帰の路程を開拓してこられたことを、また知るものです。
霊界に行った数多くの私達の先祖達が、み旨に従い苦労し、公義の土台を立てましたが、この地上で解怨成就のひと日を持つことができませんでした。
今日、私達がこの地上で「子女の日」を迎えることにより、解怨成就することができるという事実を思うとき、きょう私達が「子女の日」を迎えたことが、宇宙史的な意義を持つことを、はっきり悟るようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
このような式典に参席する度ごとに、形式的で、この世の在来のような集い、式典として考えないよう許諾してください。
歴史が生じて以来、初めてこのような記念日が現れたことに心から感謝し、心から記念申し上げます。
お父様の愛の心情をたどって、今までとてつもない苦労をされながら復帰摂理の道を開拓してこられたという事実に対し、感謝しようとするあなたの息子・娘となるよう許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン
(1968.11.20 第九回「子女の日」)
10
お父様!
今、この民族を通して私達が果たすべき責任がどのような段階を越え、世界の情勢と天地がどのような時点を越えていく瞬間に置かれているかを、私達がはっきり分かるようにしてください。
私達には心があり、意志があり、骨があり、肉があるのに、正しい感情を持ち、天倫の道理を考えることができませんでした。
お父様、私達が天の忠の道理を、天の孝の道理を、天の烈の道理を立てることにより、お父様が私達を立てて誇ることのできるその基準をつくることができるよう許諾してください。
そのためには、私達が父母の心情を連結させることのできる基準を越えて、世界を通して実を結ぶことのできる心を持つようにしてください。
今までは、アベルだけを愛することのできる父母時代であったことを知っています。
しかし、私達はカインも愛さなければならない心情を持ちましたので、ここに他の時代になかった、この世界を救うことのできる新しい父母の心情が芽生えるという事実を知るものです。
そうして、お父様が新しい歴史的実体の基盤をここに立ててくださるという事実をはっきり知り、不変の姿を持つようにしてください。
自分自身を愛すると同時に世界をより愛し、アベルを愛すると同時にカインをより愛することのできる立場に立たなくてはならないという事実を、はっきり知るようにしてください。
カインなしにはアベルがあり得ず、カインを屈服することのできる立場に立たなくては祝福の因縁をこの地上に立てることができないという事実をはっきり知って、自分自らが行くべき道を行くようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
これからは、自分一人だけの知識や功績によってお父様に賞をもらい、推戴されるのではなく、家庭を中心としてどれくらい天の前に心情的な生活をし、その家庭でどれくらいお父様の息子・娘として教育の基盤を備えたかということによって、お父様から賞をもらい、推戴されるようになるという事実を分かるようにしてください。
それが、今までこの地上の歴史になかった新しい横的な家庭の因縁が連結され、お父様の望みの天国がこの地上に建設されていく基盤であることを分かるようにしてください。
このすべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1969.5.25)
今、この民族を通して私達が果たすべき責任がどのような段階を越え、世界の情勢と天地がどのような時点を越えていく瞬間に置かれているかを、私達がはっきり分かるようにしてください。
私達には心があり、意志があり、骨があり、肉があるのに、正しい感情を持ち、天倫の道理を考えることができませんでした。
お父様、私達が天の忠の道理を、天の孝の道理を、天の烈の道理を立てることにより、お父様が私達を立てて誇ることのできるその基準をつくることができるよう許諾してください。
そのためには、私達が父母の心情を連結させることのできる基準を越えて、世界を通して実を結ぶことのできる心を持つようにしてください。
今までは、アベルだけを愛することのできる父母時代であったことを知っています。
しかし、私達はカインも愛さなければならない心情を持ちましたので、ここに他の時代になかった、この世界を救うことのできる新しい父母の心情が芽生えるという事実を知るものです。
そうして、お父様が新しい歴史的実体の基盤をここに立ててくださるという事実をはっきり知り、不変の姿を持つようにしてください。
自分自身を愛すると同時に世界をより愛し、アベルを愛すると同時にカインをより愛することのできる立場に立たなくてはならないという事実を、はっきり知るようにしてください。
カインなしにはアベルがあり得ず、カインを屈服することのできる立場に立たなくては祝福の因縁をこの地上に立てることができないという事実をはっきり知って、自分自らが行くべき道を行くようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
これからは、自分一人だけの知識や功績によってお父様に賞をもらい、推戴されるのではなく、家庭を中心としてどれくらい天の前に心情的な生活をし、その家庭でどれくらいお父様の息子・娘として教育の基盤を備えたかということによって、お父様から賞をもらい、推戴されるようになるという事実を分かるようにしてください。
それが、今までこの地上の歴史になかった新しい横的な家庭の因縁が連結され、お父様の望みの天国がこの地上に建設されていく基盤であることを分かるようにしてください。
このすべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1969.5.25)
11
お父様!
私達人類の先祖がお父様の愛の因縁とともに父母の愛を成し、一体とならなければならなかったということを知りました。
お父様と人類の先祖と一致した愛を中心として、そこに万物が四位基台の因縁の中で一致しなければならなかったということを知りました。
ところが、人類の先祖が堕落することにより、万物が嘆息圏内に入り、神様も嘆息しておられるという事実を知っています。
復帰摂理歴史の路程を回顧してみるとき、人類を復帰するためには必ず万物を前に立てました。
その万物と共に一つとなり、そこで神様を中心として一つとなることができるよう連結してきました。
しかし、個人個人を中心としてそのような因縁を連結させてきましたが、今日におきましては個人だけでは駄目です。
人類の始祖が夫婦を成す前に堕落したために、夫婦を中心として神様と連結させることのできる一つの基準を完結させなければならないということを知るのでございます。
その夫婦を中心としたすべての物は必ず神様の名を通過しなければならず、真の父母の名を通過すべき新しい課題が残っていることを、私達がはっきり分かるよう許諾してください。
それを経なくては、今日私達が創造され得なかったという事実を知らなければなりません。
また、善なる物を通して、神様に属した物を通して私達がつくられたのと同様に、万物が神様と共に一致することができ、真の父母と共に一致することのできる立場でだけ、万物の解怨成就が成されるということを知っています。
今日、平面的なこの世では、世界的な基準の源泉が家庭を中心として成されるという事実をはっきり知るよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
そうなり得る物のために私達は今まで精誠を尽くすことができず、物を食べ、使い、残し、管理する一人の人として、その物をお父様の前に完全に捧げ奉るべきひと日のために精誠を尽くす生活ができなかったことを、きょう、もう一度感じるようにしてください。
これらを一つの家庭の因縁から国家の因縁を経て世界の因縁まで連結させ、順次お父様の前に奉献することのできる奉献の日がこの地上に必ず現れなければならないということを知っています。
その時には家庭を通し、氏族を通し、民族、国家、世界を通して、挙国的に人類全体が自分のすべての所有権限と自分の家庭のすべてをお父様の前に捧げ奉る祝いの日が成されなければならないということを知るものです。
言い換えれば、天の家庭として入籍される日が成立しなければならないということを知るものでございます。
お父様!その日を迎えるために、自分が持っている一切をお父様の前に根こそぎ捧げ、自分の体と家庭のすべてをお父様の前に捧げるよう許諾してください。
そうして天の父母、すなわち真の父母と因縁を結び、その愛の懐を通して再び私のものとして分配され、永遠なる財産の相続者として残されなければならないということが分かるようにしてくださり、このようなとてつもない使命が私達にあるということが分かるようにしてください。
このようなことが個人的にも起こらなければならず、家庭、氏族、民族、国家、世界的にも起こらなければならないということを知っております。
このことが全世界的に成されるために、私達が聖別式を挙行して、すべてのものを天のものとして連結させていかなければならないということを、はっきり知る子女達となるよう許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1969.6.15 第七回「万物の日」)
12
お父様!
人間は無限の価値と因縁を持っているという事実を、私達はもう一度感じなければなりません。
お父様がご覧になるには、足らない私達が出てきてお父様を呼んでいます。
私達個人がきょうの時代的な存在となるためには、背後に数多くの先祖達とお父様の涙の因縁があったということを私達は忘却してはなりません。
今日、世界人類の中から因縁を中心として私達が召されたということを思うときに、見た目には何でもないような存在であり、みすぼらしい存在ですが、歴史を代表し、時代を代表するとてつもない自分自身だということを発見することができるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
天があるのも人を愛するためであり、地があるのも人を愛するためであり、またお父様が人間をお造りになったのも、愛するためであることを私達は知りました。
ですから、お父様が最高に目標とすることは、全人類を胸に抱き愛したい気持ちが制裁を受けず、自由の天地、自由の環境で誰にでも行き届くことのできる愛の圏ではないでしょうか。
このようなお父様の摂理的な内容を私達が相続し、直接的な立場で全人類に向かって叫び、号泣することのできる者達とならなければなりません。
そうして、天の役事がここから全世界に広げられ得る動機を私達が備えるという事実を、はっきり知るよう許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
今日、私達の教会は新しい歴史的な因縁を中心として、新しい関係を成して世界的な発展を遂げています。
このすべてが過去を誇るのでなく、現実的な社会組織と形態を誇るのでもありません。
歴史的な人を愛し、時代的な人を愛し、未来的な人を愛するための立場で、私達がこの道を踏み出したということが分かるよう許諾してください。
真なる愛を受けてみることのできなかった歴史上の先知先烈達、あるいは数多くの先祖達の恨みを私達一代で解かなければならず、きょうこの時代の人を愛せなかったことを、身代わりして愛し得る立場で万民が追求する一つの中心とならなければなりません。
そして、未来に新しい出発の因縁をここから連結してあげることのできる一つの決定的な条件として、人を愛する根本的な内容を持ち出発できるよう許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1965.10.5)
13
愛するお父様!
きょうは九年目を迎える「子女の日」です。
全国に散らばり、ここに向かって心を込め祈祷する子女達の上に、あなたの愛が臨むようにしてください。
お父様!
この日を期して、万民の上にあなたの聖なる愛のみ手をお広げになり、祝福してください。地上にいる万人類だけでなく、今までの歴史過程でお父様のみ旨に従った数多くの人々、またみ旨のために死んでいった数多くの霊魂達を祝福してください。
この地上に復活して、蕩減路程を歩んでいくべき必然的な運命の道が残っていることを知っていますので、きょう統一教会の活動を中心として、私達の動きを中心として背後で彼らが因縁を結ぶようにしてください。
そうして、霊界にいる数多くの霊人達が私達と一致し、肉的な基準を中心として彼らの後孫達までも一致させて、あなたの願われる統一の国を成すことができるよう許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
お父様!
あなたのみ旨のために復帰途上において責任を負い、来ては逝った数多くの先祖達の上に、親しくあなたが解放の役事を起こしてくださり、地で成されるように天でも成されるよう許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
そうして、
真の父母の因縁を中心として真なる子女となり、真なる子女の因縁を中心として真なる家庭を成し、真なる家庭によって、真なる氏族と真なる民族と真なる家と真なる世界と真なる天宙へと、あなたを中心として前進していくことができるよう許諾してください。
真の父母のみ名によって懇切にお祈りいたしました。
愛するお父様!
きょうは九年目を迎える「子女の日」です。
全国に散らばり、ここに向かって心を込め祈祷する子女達の上に、あなたの愛が臨むようにしてください。
お父様!
この日を期して、万民の上にあなたの聖なる愛のみ手をお広げになり、祝福してください。地上にいる万人類だけでなく、今までの歴史過程でお父様のみ旨に従った数多くの人々、またみ旨のために死んでいった数多くの霊魂達を祝福してください。
この地上に復活して、蕩減路程を歩んでいくべき必然的な運命の道が残っていることを知っていますので、きょう統一教会の活動を中心として、私達の動きを中心として背後で彼らが因縁を結ぶようにしてください。
そうして、霊界にいる数多くの霊人達が私達と一致し、肉的な基準を中心として彼らの後孫達までも一致させて、あなたの願われる統一の国を成すことができるよう許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
お父様!
あなたのみ旨のために復帰途上において責任を負い、来ては逝った数多くの先祖達の上に、親しくあなたが解放の役事を起こしてくださり、地で成されるように天でも成されるよう許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
そうして、
真の父母の因縁を中心として真なる子女となり、真なる子女の因縁を中心として真なる家庭を成し、真なる家庭によって、真なる氏族と真なる民族と真なる家と真なる世界と真なる天宙へと、あなたを中心として前進していくことができるよう許諾してください。
真の父母のみ名によって懇切にお祈りいたしました。
アーメン。
(1969.11.12 第十回「子女の日」)
14
エデンの園でアダムが堕落した時、無念であられたお父様の心情を私達は知りました。
そして、それを復帰するために歩まれたお父様の四千年の苦労の峠道も私達は知りました。
また、この地上のイスラエル民族の前に犠牲のかがり火、希望のかがり火としてイエス・キリストを送られたお父様の深い心を知りました。
復帰のひと日を侍ち焦がれ、希望の中でイエス様を送られましたが、民族が反対し環境が歓迎できなかったために、彼が十字架で死んでいった姿を眺めなければならなかったお父様の無念の心情も私達は知りました。
その日から続いてきた血の歴史は、今までこの地球星の歴史を染めてきて、人類の心にその痕跡を残していきました。
そうして、歴史過程に来ては逝った数多くの先知先烈と殉教の烈士達は霊界で勝利のひと日と解怨成就のひと日を侍ち焦がれておりますが、彼らが侍ち焦がれている希望の時が正に今この時代、この瞬間だということを悟り、この荘厳でとてつもない歴史的な時代に生まれたことを心から感謝しなければなりません。
そうして、厳粛な使命感に燃えて、お父様に忠孝の道理を尽くそうと誓うあなたの息子・娘達とならなければなりません。
今、統一教団には地球星で消えようのない基盤が立てられています。
このために、今まで苦労した子女達がたくさんいます。
誰とも事情を分かつことのできない歴史的な悔しい心情を抱き、三千万民族とこの国この地を中心として、世界の行くべき道のために今まで多くのことを克服してきました。
そのような中、私達を守ってくださったお父様は、どれほどどれほどご苦労なさいましたでしょうか。
心から感謝を申し上げます。
私達、か弱い手をみな集め、か弱い体をあなたの前にかがめましたので、新たにお命じください。
私達が天の使命を背負い全国各地で血の汗を流した過ぎし日々を記憶しながら、今後もこの民族を身代わりしてわが教団全体がまた動かなければならないということを知りましたので、今こそ私達の働くべき時が来たことが分かるようにしてください。
今こそ私達の闘うべき時が来たことが分かるようにしてください。
そうして、すべてのものをお父様に捧げ、ためらうことなくこの国とこの民族の解放のために駆け出していくことができるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.1.1)
15
お父様!
お父様の願われたそのみ旨が今日の私達によって実を結ばなければならず、イエス様の願ったそのみ旨がきょうの私達によって実を結ばなければならないこの歴史的な使命を、私達が悟るようにしてください。
これが数多くの血の代価を支払って私達に相続されたことを思うとき、ここから新しい光明の天国を開門し、入城すべき責任が私達にあるという事実を分かるようにしてください。
これを願いながらお父様は今まで耐えてこられ、イエス様と聖霊も耐えてこられ、また死の道を行き、数多くの先知先烈達も暴悪なる怨讐達の手に殉教の血を流しながら、この日を待ち焦がれ耐えてきたという事実を私達が分かるようにしてください。
このように歴史的な焦点上に処している私達個体の使命がどれほど重大であるかを悟るようにしてください。ベツレヘムの一つの郡で寂しく生まれたイエス様も、お父様から因縁づけられていたことを知っています。
そのみ旨を今日、韓国の地を中心として世界に横的に発展させるべき責任が私達にあることを思うとき、この位置がどれほど緊張し、深刻な位置であるかを私達が悟るようにしてください。
エデンの園でアダムの失敗によって失ってしまったそのすべてのものをイエス様をして蕩減復帰させ、あなたのみ旨を結実させようとした六千年のお父様の聖なる復帰摂理歴史を私達が回想しながら、きょう私達自身の心と体を新しく備え、完全にお父様のみ旨の前に一致することのできる子女達として残されるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.1.3)
(1969.11.12 第十回「子女の日」)
14
エデンの園でアダムが堕落した時、無念であられたお父様の心情を私達は知りました。
そして、それを復帰するために歩まれたお父様の四千年の苦労の峠道も私達は知りました。
また、この地上のイスラエル民族の前に犠牲のかがり火、希望のかがり火としてイエス・キリストを送られたお父様の深い心を知りました。
復帰のひと日を侍ち焦がれ、希望の中でイエス様を送られましたが、民族が反対し環境が歓迎できなかったために、彼が十字架で死んでいった姿を眺めなければならなかったお父様の無念の心情も私達は知りました。
その日から続いてきた血の歴史は、今までこの地球星の歴史を染めてきて、人類の心にその痕跡を残していきました。
そうして、歴史過程に来ては逝った数多くの先知先烈と殉教の烈士達は霊界で勝利のひと日と解怨成就のひと日を侍ち焦がれておりますが、彼らが侍ち焦がれている希望の時が正に今この時代、この瞬間だということを悟り、この荘厳でとてつもない歴史的な時代に生まれたことを心から感謝しなければなりません。
そうして、厳粛な使命感に燃えて、お父様に忠孝の道理を尽くそうと誓うあなたの息子・娘達とならなければなりません。
今、統一教団には地球星で消えようのない基盤が立てられています。
このために、今まで苦労した子女達がたくさんいます。
誰とも事情を分かつことのできない歴史的な悔しい心情を抱き、三千万民族とこの国この地を中心として、世界の行くべき道のために今まで多くのことを克服してきました。
そのような中、私達を守ってくださったお父様は、どれほどどれほどご苦労なさいましたでしょうか。
心から感謝を申し上げます。
私達、か弱い手をみな集め、か弱い体をあなたの前にかがめましたので、新たにお命じください。
私達が天の使命を背負い全国各地で血の汗を流した過ぎし日々を記憶しながら、今後もこの民族を身代わりしてわが教団全体がまた動かなければならないということを知りましたので、今こそ私達の働くべき時が来たことが分かるようにしてください。
今こそ私達の闘うべき時が来たことが分かるようにしてください。
そうして、すべてのものをお父様に捧げ、ためらうことなくこの国とこの民族の解放のために駆け出していくことができるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.1.1)
15
お父様!
お父様の願われたそのみ旨が今日の私達によって実を結ばなければならず、イエス様の願ったそのみ旨がきょうの私達によって実を結ばなければならないこの歴史的な使命を、私達が悟るようにしてください。
これが数多くの血の代価を支払って私達に相続されたことを思うとき、ここから新しい光明の天国を開門し、入城すべき責任が私達にあるという事実を分かるようにしてください。
これを願いながらお父様は今まで耐えてこられ、イエス様と聖霊も耐えてこられ、また死の道を行き、数多くの先知先烈達も暴悪なる怨讐達の手に殉教の血を流しながら、この日を待ち焦がれ耐えてきたという事実を私達が分かるようにしてください。
このように歴史的な焦点上に処している私達個体の使命がどれほど重大であるかを悟るようにしてください。ベツレヘムの一つの郡で寂しく生まれたイエス様も、お父様から因縁づけられていたことを知っています。
そのみ旨を今日、韓国の地を中心として世界に横的に発展させるべき責任が私達にあることを思うとき、この位置がどれほど緊張し、深刻な位置であるかを私達が悟るようにしてください。
エデンの園でアダムの失敗によって失ってしまったそのすべてのものをイエス様をして蕩減復帰させ、あなたのみ旨を結実させようとした六千年のお父様の聖なる復帰摂理歴史を私達が回想しながら、きょう私達自身の心と体を新しく備え、完全にお父様のみ旨の前に一致することのできる子女達として残されるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.1.3)
16
お父様は今まで、言葉に言い表せない事情を抱いてこられながら、その事情をどれほど吐露されたかったでしょうか。
万国家と共に勝利を賛揚することができ、賛揚とともに栄光を高めることのできるその日が来ることを願いながら耐えてこられたお父様の前に、きょうも私達が謙遜なる姿勢でアベルの姿を訪ねて進み出ましたので、記憶してください。
アベルはその心全体で、ただお父様に侍ることだけが目的であり、お兄さんであるカインを復帰することだけが目的だということを知りました。
ここで必要なものは自分に対する自覚ではなく、お父様に対する新しい自覚であり、世界に対する新しい自覚だということを知りました。
お父様は絶対的な方であり、世界の中心であるのを知るものです。しかし、アベルがカインを屈服させなくては、お父様が世界の中心の立場に立てないことを知りましたし、それを自覚した立場でお父様を世界の中心として侍ることのできる動機を、アベルがつくらなければならないという事実を私達は知りました。
これが復帰の起点でした。
お父様!
統一教団がこの民族の前においてアベル的な立場に立っているでしょうか。
今、私達はわが教団を中心とした意識よりも、お父様のために生きようという意識が強くなければなりません。
教団のために生きる意識よりも国のために生きようという意識が強くなければなりません。
そうして、私達がお父様とその国に心から侍ることができるとき、カインも屈服させることができるのであり、お父様にも侍ることができるという事実、これが復帰の起点だということを私達は知らなければなりません。
カインが主管するこの世界を眺めるときに、お父様、世界は行くべき道を失ってしまいました。
民主世界の先端に立ってこの世界を指導しているアメリカも行くべき道を失ってしまいました。
先進国もそのような立場におかれています。
それゆえ、世界は青少年から壮年、老年に至るまで、中心をつかめず四分五裂の障壁にぶつかっています。
ここで私達がアベル的な新しい信念の主体となって、カインを自然屈服させることができなければなりません。
このような環境が世界にやって来ていることを知るときに、お父様は新しい世界観を持ったアベルの姿を見ればとても喜ばれるということが分かるよう許諾してください。
私達がこのアベルと一つとなるよう許諾してください。
私達個人がお父様と一つとなり、私達の家庭がお父様と一つとなるとき、カイン世界は屈服するということを知りましたので、統一教団は「祝福」という名詞を掲げて個人をお父様の前に結束させ、家庭をお父様の前に結束させ、天の側にならせるために今まで闘ってきました。
この家庭がお父様と一つとなるとき、サタン世界は自動的に屈服できますし、この家庭を中心として一つのイスラエルを創建するために旗を掲げていで立つとき、世界は自動的に屈服することができるのです。
お父様!
カインを自然屈服させ得る環境が私達の目前に至りましたので、ここで私達が失望してはなりません。
私達は自分自身の自覚はもちろん、カイン世界までも自覚させることのできる自らとならなくては、世界を一つにすることができないという事実を、はっきり知る私達とならなければなりません。
これがアベルの立場であるのを知らなければなりません。
このような事実を知る私達に、アベルが備えるべきプライドとアベルが捜し立てるべき権威、お父様と共に同居することのできる立場がどのような立場であるかが分かるようにしてください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.3.15)
17
お父様!
今、私達が行くべき道は漠然とした道ではありません。
より公的な道を探していく生活をする人々が、歴史を支配することのできる勝利者となるということを知るものです。
この地上で主権を支配できなかったとしましても、永遠なる歴史をおいて支配することのできる特権が与えられるということを知るものです。
このような厳粛なる時間、時間が、私達の生活舞台で決定されるという事実を思うなら、きょう私達が立っている立場が恐ろしくおののく立場であり、私達の一生もまた恐ろしくおののく行路であるのを感じるものです。
お父様!
今日、私達は公的な蕩減路程を行かなければなりません。
個体を投げ捨て、公的な蕩減路程を行かなければなりません。
あなたは私達をして最大の勝利をすることのできる道だけを残させるために、公的な道を行けとお教えになりました。
この公的な道を行くためには環境を超越しなければならないがゆえに、相互いに奉仕し、ために生きながら行かなければならないことを知るものです。
目的に向かっていく必然的な過程で迫害と受難の道に遭うとしても、私達がより公的な立場に立つようになるときは、お父様が必ずより強い力を下さって、それを克服することができるようにしてくださることを知るものです。
私達には、そのような永遠なる背景があり、永遠なる一線があるということを私達が忘却しないよう許諾してください。
私達が死ぬとしても、千倍万倍、栄光の価値で葬ってくださり、抱いてくださるお父様であることを知りました。
このように私達の未来には勝利できる道だけがあることを知るとき、感謝を捧げざるを得ません。
今、統一家全体が糾合して、残されたこの民族の運命と世界の運命を身代わりして、最後に公的な使命を果たすことのできる聖なる群れとなるよう許諾してください。
このように進む私達が日がたつほど力が衰えていくのではなく、あすの希望の前に加重された力を持つ群れとなるようにしてください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.5.24)
18
お父様!
この「万物の日」が設定されるときまでの一九六〇年代を中心として、誰も知らない闘いの分岐点で、左に行くのか右に行くのか、蕩減の因縁を決定しなければならなかったその時をもう一度回想するものです。
その時祝福した場、その時因縁を結んだその場はもどかしい場であり、谷間の中の谷間でした。
その場は愛する父母が反対し、兄弟が反対し、愛の因縁を持った親戚達が反対した場でした。
このようにすべてのものを失ってしまった谷間に立ち、お父様に侍り、身代わりして探し出した価値を持ち、お父様を中心とした希望の中で統一教会の家庭の歴史が始められました。
その因縁に従って「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」が定められました。このような日を基盤として立てられた日が「神の日」でございます。
この「神の日」がすなわち「万物の日」となり、「子女の日」となり、また「父母の日」とならなければならなかったにもかかわらず、一日に成されるべき栄光の日が間隔をおいてつぎはぎに繕われ、備えられたという事実を思うものです。
このような日を迎える度ごとに、その背後にある人類の始祖が失敗したことを、心から悔い改めないわけにはいきません。
お父様、お許しください。
あらん限りの絹をただそのまま裁断してつくった服のように、この上なく価値がなければならないにもかかわらず、つぎはぎの見劣りした服のようになったということが恥ずかしい事実だということを、私達は感じなければなりません。
この日を迎える度ごとに、ひざまずき涙を流しながら、かわいそうなあなたに心から同情し、他の人は孝行できないとしても、私だけは孝行を尽くすと、歯を食いしばり、忍耐しながら誓うことのできる私達とならせてください。
この日を迎える度ごとに、多くの人々がこのような誓いをするところにこの日を記念する本意があるという事実を悟る、あなたの息子・娘となるようにしてくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
きょうこの場に集ったあなたの息子・娘達が、「万物の日」を文字どおりにだけ理解することがないようにしてください。
万物が問題ではなく、万物が従うことのできる人が問題であり、その人がお父様に従うことができるかが問題であることを分かるようにしてください。
そうすることのできる真なる人に治められたいし、管理されたいのが万物だということを分かるようにしてください。
世の中を愛し、万物を愛するあなたの息子・娘達となるようにしてください。
誰よりも万物の価値を深く悟り、万物を管理することのできるあなたの息子・娘達となるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1970.6.4 第八回「万物の日」)
19
「神の日」を迎えるこの時点におきまして、栄光の位置におられるお父様、全体を主導なさる主人であられるお父様、全能の実体であり絶対者であられるお父様、生命と愛の理想であられるお父様!
きょう地上にいる足らない群れを既にあなたの血族として選び定められ、あなたの後裔として既にお立てになりましたので、どうか心に抱き、愛してください。
お捨てにならないよう懇切にお願い申し上げます。
お父様がこの者達をお捨てならないので、統一教会がアベル的な教団となるのではないでしょうか。
それによって既成教会を抱くのです。
私達と彼らが一つとなることによって、アベル基準を通して、民族がお父様の懐に抱かれるようにしてください。
そうして、この国の解放の土台を成すことのできる韓民族と三千里半島(=韓半島)とならなければなりません。
そのためには今日、統一教会員達は師を中心として一つとならなければなりません。
自分の欲望のために生まれ、自分の欲望のために生きる群れとなってはなりません。
私達は未来のために生まれ、お父様のために生まれましたので、私達をして未来の世界のために生き、お父様のために生きることのできる聖なる息子・娘達となるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
きょうひと日、私達の足らない心を一か所に結んであなたの前に捧げますので、お受けください。
きょうこの時間、私達はあなたを中心として生命を越えて一体になろうと誓う心を持って集まりましたので、お父様、ここに共にいてください。
授け受けるところでは繁殖が起こると言いますし、授け受けるところにはお父様が臨在なさると言いますので、お父様、今、師の家庭とお父様の祝福を受けた家庭が一つとなって授け受けることによって、目覚めることのできないこの国が新しい運気を受け、解放の門を開けることのできる祝福の土台が、宗教界とこの民族の上に連結されるようにしてくださり、この国とこの領土の上に連結されるようにしてください。
アジアにおきまして日本と中国を祝福してくださり、アメリカとドイツを中心とした世界的な蕩減路程が早く早く成されるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、このすべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.1.1)
20
お父様!
私達、時を知る者とならせてください。
摂理の時を知るということは、本当に骨の折れることであるのを知るものです。
時を知る者となるためには、罪人の中の罪人の姿をしなければなりませんし、寂しい者の姿をしなければならないことを知るものです。
悲しい者の立場で、おなかをすかせた者の立場で、おなかをすかせた子供がお母さんの乳を思慕する、そのような思慕の心情を持たなければ、時を合わせるということがとても難しいことを私自身がよく知っています。
ここに集っているあなたの息子・娘達が、一生において天の時に何度も合わせましたし、お父様をして、訪ねてこられては涙を流し、背を向けさせたことがどれほど多かったかを悟るようにしてください。
不孝者となった過去を清算し、今からは孝子孝女になろうと身もだえすることのできるあなたの子女達となるよう許諾してください。
孝子にはなれないとしても、孝子となることに恋い焦がれながら自分の一身を忘れ、お父様の前に身もだえする者として残されようと、覚悟だけでもしなければならないのがお父様に従い、時の使命を受け継がなければならないお父様の息子・娘であることを、切実に分かるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
あるひと時に私の生死の問題が決定されることが分からない人間ですので、いつも注意し、いつも謙遜に、いつも犠牲になる心で進む道だけが、自分を保障し、保護することのできる立場であるのを私達は知らなければなりません。
一つの時が過ぎれば、また一つの怨讐がカインの立場で私達を責め立て、私達の道を遮りますが、私達が精誠を尽くしていくようになるときは、打たれて奪っていくことができるという証拠的な、発展的途上を眺めるようになるとき、お父様はやはりかわいそうな方であり、天の時を知り、天の使命を背負っていく人々は、お父様が愛さずにはいられないかわいそうな群れであるのを感じるものです。
お父様がそうであられますがゆえに、そのような立場にいる息子なら息子、娘なら娘にいつも同情し、同じ運命の環境圏の中で立ち居振る舞いを共になさろうとすることを知るものです。
そのようなお父様に負債を負った立場で侍るのではなく、慰労する立場で侍るべき責任が、今日の人間達にあるということを知るとき、このような責任を果たすべき使命が私達自身にあるということを知らなければなりません。
時に合わせ、時を知る者となることによって、お父様が賛揚し、霊界の数多くの先祖達が私達に栄光を帰しながら、この地上に誰それの名前を賛揚することができ、記憶することのできる貴い群れが、統一の群れの中にたくさん現れるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
時を知る者となって、必ず時を逃さない、天と地が記憶することのできる群れとして残され得るよう祝福してくださいますことを再三お願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.1.31)
21
愛するお父様!
私達は、お父様の取り戻してこられた基盤が四位基台の復帰だということを、原理を通して学びました。
一つの完全なる正から分立されたものが、再び合一することによって、四位基台が成されるということを悟るようになりました。
四位基台の圏を外れては、お父様の望まれる創造理想の世界を、他のどのようなものでもっても成すことができないことを、原理を通して私達は知っています。
お父様が望まれる創造目的の完成が何かと尋ねるとき、私達は四位基台の完成だと言っています。
お父様!
今、夫と妻が一つとなった立場にいてこそ、その息子と娘が一つとなるということを知っています。
お父様の前にきれいに捧げられ得る責任を成すための使命が統一家に任せられましたので、お父様、この群れを愛してください。
お父様!
統一家の家庭があなたの信頼することのできる家庭とならなければなりません。
お父様が数千年間受難の道を克服してこられたのも、このような家庭を掲げて、家庭が勝利することのできる決定的な相対を見いだすためであったということを思うとき、今日、統一家の家庭が全員動員され得る時代を迎えるようにしてくださったことに心から感謝を申し上げます。
家庭として越えるべき蕩減路程を越えてこそ、初めてお父様が喜ばれ得る自由の天地で支派編成が展開されるようになるということを、私達ははっきり知りました。
私達が寝ても覚めても、どのような立場にいるとしても、自らの生涯に生きがいのある価値の一時代を結実することのできる、最後の時を迎えたということが喜びです。
数多くの先知先烈達がこのひと時のために希望を持ち、現れては死んでいきました。
彼らが国と世界のために、み旨とともに闘うことができずに死んでいったのが天宙の恨みになったことを私達は知るものです。
そうですので、私達は誰よりも恵まれ得る立場に立った家庭となり、勝利の因縁を持った家庭となりましたことを、この上なく感謝しようとする息子・娘となるようにしてください。
一線に出て闘っているあなたの愛する子女達、ただお父様だけを思い、お父様だけのためにすべてのものを捧げ奉ることができなければなりません。
彼らが夫と子供をあとに置き、一線に責任を負い、一日一日開拓していくのは、証拠的な実績を備えるためですので、お父様が必ずここに共にあってくださらなければなりません。
彼が伝道するのよりも、お父様の前に孝行を捧げ奉ることが、価値がより大きいということを知らなければなりません。
お父様!
この者達が全人類を身代わりし、この民族を身代わりして怨讐の世界に行く道におきまして、結び、切ろうとする聖なる娘達となるようにしてください。
六千年の恨みによって女性達が権威を見いだすことのできなかった恥ずかしい歴史を、今、踏み上って、勝利のひと日を迎えることのできる特権を、今度の期間を通してお父様からもらい受けるという事実を分かるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げ、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.2.1)
「神の日」を迎えるこの時点におきまして、栄光の位置におられるお父様、全体を主導なさる主人であられるお父様、全能の実体であり絶対者であられるお父様、生命と愛の理想であられるお父様!
きょう地上にいる足らない群れを既にあなたの血族として選び定められ、あなたの後裔として既にお立てになりましたので、どうか心に抱き、愛してください。
お捨てにならないよう懇切にお願い申し上げます。
お父様がこの者達をお捨てならないので、統一教会がアベル的な教団となるのではないでしょうか。
それによって既成教会を抱くのです。
私達と彼らが一つとなることによって、アベル基準を通して、民族がお父様の懐に抱かれるようにしてください。
そうして、この国の解放の土台を成すことのできる韓民族と三千里半島(=韓半島)とならなければなりません。
そのためには今日、統一教会員達は師を中心として一つとならなければなりません。
自分の欲望のために生まれ、自分の欲望のために生きる群れとなってはなりません。
私達は未来のために生まれ、お父様のために生まれましたので、私達をして未来の世界のために生き、お父様のために生きることのできる聖なる息子・娘達となるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
きょうひと日、私達の足らない心を一か所に結んであなたの前に捧げますので、お受けください。
きょうこの時間、私達はあなたを中心として生命を越えて一体になろうと誓う心を持って集まりましたので、お父様、ここに共にいてください。
授け受けるところでは繁殖が起こると言いますし、授け受けるところにはお父様が臨在なさると言いますので、お父様、今、師の家庭とお父様の祝福を受けた家庭が一つとなって授け受けることによって、目覚めることのできないこの国が新しい運気を受け、解放の門を開けることのできる祝福の土台が、宗教界とこの民族の上に連結されるようにしてくださり、この国とこの領土の上に連結されるようにしてください。
アジアにおきまして日本と中国を祝福してくださり、アメリカとドイツを中心とした世界的な蕩減路程が早く早く成されるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、このすべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.1.1)
20
お父様!
私達、時を知る者とならせてください。
摂理の時を知るということは、本当に骨の折れることであるのを知るものです。
時を知る者となるためには、罪人の中の罪人の姿をしなければなりませんし、寂しい者の姿をしなければならないことを知るものです。
悲しい者の立場で、おなかをすかせた者の立場で、おなかをすかせた子供がお母さんの乳を思慕する、そのような思慕の心情を持たなければ、時を合わせるということがとても難しいことを私自身がよく知っています。
ここに集っているあなたの息子・娘達が、一生において天の時に何度も合わせましたし、お父様をして、訪ねてこられては涙を流し、背を向けさせたことがどれほど多かったかを悟るようにしてください。
不孝者となった過去を清算し、今からは孝子孝女になろうと身もだえすることのできるあなたの子女達となるよう許諾してください。
孝子にはなれないとしても、孝子となることに恋い焦がれながら自分の一身を忘れ、お父様の前に身もだえする者として残されようと、覚悟だけでもしなければならないのがお父様に従い、時の使命を受け継がなければならないお父様の息子・娘であることを、切実に分かるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
あるひと時に私の生死の問題が決定されることが分からない人間ですので、いつも注意し、いつも謙遜に、いつも犠牲になる心で進む道だけが、自分を保障し、保護することのできる立場であるのを私達は知らなければなりません。
一つの時が過ぎれば、また一つの怨讐がカインの立場で私達を責め立て、私達の道を遮りますが、私達が精誠を尽くしていくようになるときは、打たれて奪っていくことができるという証拠的な、発展的途上を眺めるようになるとき、お父様はやはりかわいそうな方であり、天の時を知り、天の使命を背負っていく人々は、お父様が愛さずにはいられないかわいそうな群れであるのを感じるものです。
お父様がそうであられますがゆえに、そのような立場にいる息子なら息子、娘なら娘にいつも同情し、同じ運命の環境圏の中で立ち居振る舞いを共になさろうとすることを知るものです。
そのようなお父様に負債を負った立場で侍るのではなく、慰労する立場で侍るべき責任が、今日の人間達にあるということを知るとき、このような責任を果たすべき使命が私達自身にあるということを知らなければなりません。
時に合わせ、時を知る者となることによって、お父様が賛揚し、霊界の数多くの先祖達が私達に栄光を帰しながら、この地上に誰それの名前を賛揚することができ、記憶することのできる貴い群れが、統一の群れの中にたくさん現れるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げます。
時を知る者となって、必ず時を逃さない、天と地が記憶することのできる群れとして残され得るよう祝福してくださいますことを再三お願い申し上げながら、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.1.31)
21
愛するお父様!
私達は、お父様の取り戻してこられた基盤が四位基台の復帰だということを、原理を通して学びました。
一つの完全なる正から分立されたものが、再び合一することによって、四位基台が成されるということを悟るようになりました。
四位基台の圏を外れては、お父様の望まれる創造理想の世界を、他のどのようなものでもっても成すことができないことを、原理を通して私達は知っています。
お父様が望まれる創造目的の完成が何かと尋ねるとき、私達は四位基台の完成だと言っています。
お父様!
今、夫と妻が一つとなった立場にいてこそ、その息子と娘が一つとなるということを知っています。
お父様の前にきれいに捧げられ得る責任を成すための使命が統一家に任せられましたので、お父様、この群れを愛してください。
お父様!
統一家の家庭があなたの信頼することのできる家庭とならなければなりません。
お父様が数千年間受難の道を克服してこられたのも、このような家庭を掲げて、家庭が勝利することのできる決定的な相対を見いだすためであったということを思うとき、今日、統一家の家庭が全員動員され得る時代を迎えるようにしてくださったことに心から感謝を申し上げます。
家庭として越えるべき蕩減路程を越えてこそ、初めてお父様が喜ばれ得る自由の天地で支派編成が展開されるようになるということを、私達ははっきり知りました。
私達が寝ても覚めても、どのような立場にいるとしても、自らの生涯に生きがいのある価値の一時代を結実することのできる、最後の時を迎えたということが喜びです。
数多くの先知先烈達がこのひと時のために希望を持ち、現れては死んでいきました。
彼らが国と世界のために、み旨とともに闘うことができずに死んでいったのが天宙の恨みになったことを私達は知るものです。
そうですので、私達は誰よりも恵まれ得る立場に立った家庭となり、勝利の因縁を持った家庭となりましたことを、この上なく感謝しようとする息子・娘となるようにしてください。
一線に出て闘っているあなたの愛する子女達、ただお父様だけを思い、お父様だけのためにすべてのものを捧げ奉ることができなければなりません。
彼らが夫と子供をあとに置き、一線に責任を負い、一日一日開拓していくのは、証拠的な実績を備えるためですので、お父様が必ずここに共にあってくださらなければなりません。
彼が伝道するのよりも、お父様の前に孝行を捧げ奉ることが、価値がより大きいということを知らなければなりません。
お父様!
この者達が全人類を身代わりし、この民族を身代わりして怨讐の世界に行く道におきまして、結び、切ろうとする聖なる娘達となるようにしてください。
六千年の恨みによって女性達が権威を見いだすことのできなかった恥ずかしい歴史を、今、踏み上って、勝利のひと日を迎えることのできる特権を、今度の期間を通してお父様からもらい受けるという事実を分かるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げ、すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.2.1)
22
お父様!
統一教会が今まで存続してきましたのは、誰の力ゆえでもないことを知っています。
それはまずお父様の力によるものであり、歴史時代において、血の代価を支払ってきた数多くの先知先烈達の功績の土台によるものであることを知るのです。
イエス・キリストが生涯を捧げていった忠孝の道理の土台が残っていることによって、今日このような因縁が成立したことを思うものです。
また、歴史路程の受難の道において、あなたが私達の前でどれほどご苦労なさったかということをよく知っています。
私が寂しい前にあなたが先に寂しかったし、私が悲しい事情に処する前に、先に悲しみに遭遇されたお父様であることをよく知っています。
今、そのような逆境を経て、今日統一教団を形成し、統一氏族を編成して、数多くの家庭を前におき、きょうあなたのみ旨とともに真なる家庭の因縁を知ることのできる立場に立ったことが、どれほど高貴なことであるかということを知らなければなりません。
真なる家庭、それほどまでにあなたが望んだ真なる家庭、その真なる家庭を築くことによって真なる民族が形成されるのであり、真なる家庭の伝統が広がっていくことによって真なる国家が形成されるのであり、真なる家庭の因縁を通して
国家を越え、世界に流れていくようになるときに、真なる世界が形成されるというとてつもない事実を思うときに、お父様が記憶なさることができ、お父様が安息なさることのできる真なる家庭の基を築かなければならないということを、この時間はっきり分かるようにしてくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
私達の一身が倒れる所はどれほどの価値があるのかを考えてみるとき、私達の体をすべて捧げて天の解怨成就、地の解怨成就、真の父母の解怨成就、この三大解怨成就だけでなく、この民族を解怨成就し、後代の私達の後孫達を解怨成就することのできる、立体的な所願成就の内情が決定されるこのとてつもない立場が、今日祝福を受けた家庭の立場であることを分かるようにしてください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.4.29)
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お父様!
統一教会が今まで存続してきましたのは、誰の力ゆえでもないことを知っています。
それはまずお父様の力によるものであり、歴史時代において、血の代価を支払ってきた数多くの先知先烈達の功績の土台によるものであることを知るのです。
イエス・キリストが生涯を捧げていった忠孝の道理の土台が残っていることによって、今日このような因縁が成立したことを思うものです。
また、歴史路程の受難の道において、あなたが私達の前でどれほどご苦労なさったかということをよく知っています。
私が寂しい前にあなたが先に寂しかったし、私が悲しい事情に処する前に、先に悲しみに遭遇されたお父様であることをよく知っています。
今、そのような逆境を経て、今日統一教団を形成し、統一氏族を編成して、数多くの家庭を前におき、きょうあなたのみ旨とともに真なる家庭の因縁を知ることのできる立場に立ったことが、どれほど高貴なことであるかということを知らなければなりません。
真なる家庭、それほどまでにあなたが望んだ真なる家庭、その真なる家庭を築くことによって真なる民族が形成されるのであり、真なる家庭の伝統が広がっていくことによって真なる国家が形成されるのであり、真なる家庭の因縁を通して
国家を越え、世界に流れていくようになるときに、真なる世界が形成されるというとてつもない事実を思うときに、お父様が記憶なさることができ、お父様が安息なさることのできる真なる家庭の基を築かなければならないということを、この時間はっきり分かるようにしてくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
私達の一身が倒れる所はどれほどの価値があるのかを考えてみるとき、私達の体をすべて捧げて天の解怨成就、地の解怨成就、真の父母の解怨成就、この三大解怨成就だけでなく、この民族を解怨成就し、後代の私達の後孫達を解怨成就することのできる、立体的な所願成就の内情が決定されるこのとてつもない立場が、今日祝福を受けた家庭の立場であることを分かるようにしてください。
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。
アーメン。
(1971.4.29)
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