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文庫 麦わら帽子

自作小説文庫

緑の指と魔女の糸 「高尾山事変3」

2017-03-14 | 小説 緑の指と魔女の糸 シ

 朝、庭に出ると、真っ白なお婆ちゃんが立っていた。

「お、おはようございます」

 昨夜は、母さんが遅くに帰って来たから、私も寝不足だったけど、

 その人の眼を見たら、パッと目が覚めてしまった気分だ。

「おはよう、凛ちゃん。はじめまして」

 お婆ちゃんは、きれいな姿勢でお辞儀をする。

「私は、白水。貴女のひいばばよ」

「お婆ちゃん!?」

 わたしが駆け寄ると、お婆ちゃんはふわりとわたしを抱きしめた。

 植物の匂いがする。

「貴女が来てくれて嬉しいわ。ねえ、凛ちゃん。凛ちゃんは、

緑の指が欲しくないのかい?」

 こんな大事な話、二人でしていいんだろうか。

 でも、母さんはよく寝てるし。

「欲しいけど…、でも、友達と遊べないのは嫌だなあ。

学校にも行きたいし、母さんと旅行にもいきたいし、それに…」

「つまらぬことだよ」

 お婆ちゃんは、静かだけど、ピシャリと云った。

「おばばの夢はね、この緑の指で、世界を救うことなんだ」

「えええ、世界を?」

「ここで修行をして、砂漠へ行くのさ。緑のない砂漠に、オアシスを作るの」

「オアシスってなあに?」

「植物と、水が溢れる楽園だよ。世界には、飲み水すらない人が沢山いるんだ」

 聞いたことがある。泥水を飲んでいる女の子も、テレビで見たことがあった。

 あれは衝撃だったな。わたしは、あんな汚い水は、飲みたくないなあ。

 きっと、母さんが淹れてくれる紅茶も、おいしくならないだろうと思った。

「凜ちゃんも、おばばとこのお山で修行して、一緒に砂漠に行かないかい?」

「砂漠に…?」

「そう。沢山のひとの命を、貴女は救えるの」

 それは、確かに凄いことだ。

 でも。

 わたしは、直ぐには答えられなかった。

 そこへ、母さんが走ってきた。

「おばあ様! 直接凛と話すのはやめて下さいと、昨日云ったではありませんか!」

 母さんが本気で怒っているのは、その声で判った。

「昨晩、あれだけ話をしたのに、私たちはまだ、話し合う時間が必要なんです!」

「時間の無駄さね」

 お婆ちゃんは、一時も母さんを見ようとしなかった。

「お前の話を聞く気は毛頭ないよ。私の考えは変わらない。私が、この子を貰い受ける」

「そんなことが赦されるとでも? この子の母親は私。育てる責任があるんです!」

 母さんが、半ば無理やり、お婆ちゃんの手からわたしを奪い取った。

「お前はとんでもない出来そこないだ。お前の母親も愚かだった。

 緑の指の力を受け継ぐことすらできず、山を下って早死にした。犬死と同じことだ」

「母は、私をここまで育ててくれました。それに、私の神通力だって…!」

「穢れている。お前の力には闇が宿っている。神様ごっこはもう終わりにしなさい」

 そこへ、宝山殿がやってきた。

「白様。こんな場で、ましてや、幼子の前でおよしなさい。紫殿もこらえるのです」

 宝山殿は、私の手を取ると、有無を云わさず家の中へ戻った。

 振り返ると、母さんと、お婆ちゃんがまだ云いあっていた。

「今夜も、貴女を尋ねます。話を聞いて下さい」

「無駄だと云ったろう。…場合によっては、怪我だけでは済まないよ」

 ズキン。胸が苦しくなった。怪我では、済まない?

「お前が間抜けで、のこのことあの子をこの山に連れてきたのが運の尽きさ」

「私は、おばあ様なら理解を得られると、信じています」

 わたしは、宝山殿の手をぎゅっと握った。

「怖いです。何故、お婆ちゃんはあんなに怒っているの?」

 宝山殿は、わたしの頭を撫ぜると、温かいお茶を淹れてくれた。

「ひとの価値観はそれぞれだからね。二人の意見が合わなくても、それは不自然なことではないのだよ」

 わたしと、宝山殿は向かい合ってお茶を飲んだ。

 命が、わたしの膝の上に乗ってきた。

「白様の植物に作用する神通力は、神がかっている。

一時、この山の松の樹が、虫にやられて随分枯れ果てたのだが、

白様が、おひとりで死んだ樹々を蘇らせた。この山が豊かなのも、

白様の力のお蔭なのだ。彼女は、その力で、砂漠化した地球を救おうとしているんだよ」

「聞きました。わたしも一緒に行こうと、誘われました」

「あの方は、博愛主義なのだ。自分の人生を賭しても、困っているひとや、

この地球を救いたいのだよ。それは、並大抵の覚悟ではできるものではない」

しかし、と、宝山殿は言葉を続ける。

「きっと、紫殿は、凛殿の生活を、ありきたりな幸せを、望んでいらっしゃるのだろう」

「どっちが正しいの?」

「それは、先刻も云ったように、人それぞれだ。紫殿は、ただ普通の母親として、

凛殿の幸せを望んでいる。それは手前勝手な事では、決してない。普通の事だ。

人として、普通の事なんだよ」



 その後の お婆ちゃんと母さんの話し合いがどうなったのかは知れない。

 母さんは、昼過ぎに再び奥深い山に入っていた。

 二人は、わたしの未来について、話し合っている。

 ううん、戦っているんだ … 。

 そう想うと、わたしは涙を止められなかった。

 わたしは、どうしたい?

 学校にも行かないで、このお山で修行して、お婆ちゃんと、砂漠を目指す?

 それは、正直、とても魅力的な話だった。

 でも … でも … どうして?

 夏ちゃんの笑顔が、邪魔をするの。

「お土産? 木刀がいいな! 」

 そんな事を云って笑った夏ちゃんと、遊びたい。

「ねえ、一緒にオレとテコンドー習おうよ、凛ちゃん!」

「オレも一緒に、凛ちゃんのお母さん、守ってやるよ…もちろん、命の事も!」

「オレ達、最強のコンビになろうぜ」

 … 夏ちゃん。私がこのお山を離れられなくなったら、約束した事、全部ダメになる。

 わたし、夏ちゃんに会いたい。

 あの素敵なお家に帰りたい。

 猫平さんや、商店街の人たちと、今まで通り、会いたい。

 会いたいよ … !

 わたしが泣いていると、宝山殿が、無言で頭を撫ぜてくれた。

 わたしが決断できる事ではなかったのだ。

 だから、母さんが動いた。

 その時、母さんは、命を賭して、わたしの為に行動していた。




 山中が騒然となったのは、日付が変わろうとしていた時刻だった。

 山犬たちがけたたましく鳴き、宝山殿が家を飛び出していった。

 山の何処かで、お婆ちゃんが死んだのだ。




 眠れないわたしは、それでも子供は眠っていなさいという言葉に従って、

用意された布団の中にいた。

 お山の人々が騒ぎ出す直前、ふいに、一緒に布団に入っていた命が飛び起きた。

 命は、障子を開け放って月明かりを入れている窓の方を見て、毛を逆立てていた。

 母さんに何かあったことは明らかだった。

「命、母さんを護って … わたしは、何もできない … 」

 そう云うと、命は、わたしの鼻の頭を舐めてから、外に飛び出していった。

 母さんが、ボロボロの雑巾のようになって戻ったのは、その3時間後だ。

 家を飛び出していった命が、母さんを連れて戻ってきた。

 わたしは、部屋を飛び出して母さんに駆け寄った。

 着ている服はボロボロ。顔にも傷を負って、血が流れていた。

 わたしは、母さんの左腕にある痣に気付いて、鳥肌がたった。

 青黒い、文字のような痣…

「ああ … 凛、心配かけて…ごめんね。もう、心配はないから」

 弱々しく笑う母さんに、嫌な予感がした。

 お婆ちゃんは、死んだ姿で見つかったと、人々の押し殺した声で知った。

 …顔は、完全に潰されて…、あれは、妖の力を使ったのだろうな…。

 妖の、力。

 … 魔道を、開いたのだ、あの女は…
 
 母さんは、魔道を開き、妖魔を呼び寄せた。

 わたしにはすぐ、理解できた。

「どうして…」

 母の胸に顔を埋めて、云った。「どうして、お婆ちゃんを…」

 宝山殿は、それを静かに見ていた。

 母は、直ぐには答えなかった。

「普通に産んであげられなくて…ごめん、凛…」

 わたしは、十分に、普通だよ? 

 母さん、何故、泣くの? 何故、お婆ちゃんを … ?

「でも、もう、心配ない … 、貴女は、普通に、生きられる … 」

 それは、

 どういう意味?

 宝山殿が云った。

「魔道を開いたか、紫殿」

「はい …、 申し訳ありません … 」

「む…、そして、それは、閉じられたか? 」

 母さんが、訴えるように宝山殿の腕を、掴んだ。

「申し訳ない … そこまでの余裕もなく … 」

 わたしの脳裏いっぱいに広がったのは、閻魔大王の笑顔だった。…、何故?

「罪を犯してはならないと、…約束したんでしょう?」

 熱に侵されたような表情で、母さんはわたしを見た。

「閻魔様と!! 人を傷つけてはならないと、ましてや、命を奪うなどという…!」

 母さんの眸に、みるみるうちに泪が溢れた。

「これで、私は、いいの。私は、独りでも、大丈夫」

 こんな時に、笑わないでよ、母さん。

 ずっと、憧れて、想い焦がれてきた、閻魔様。

 いい訳がないでしょう!?

「わたしの為に、あの約束を破ってしまったのなら」

 わたしは、勇気を振り絞った。

「わたしが、閻魔様に赦しを乞う! 母さんは、わたしの為に罪を犯したんだって!

そう云うから!!」

「… 凛 … 」

 母さんが、優しくわたしの頬を撫ぜた。

「私も、修行を積み、凛殿と一緒にあの聖域に参ろう」

 宝山殿も云ってくれた。

 でも、何故か、母さんは笑うだけ。

「私はもう、独りで大丈夫だから … 」

 だからって、わたしは引かない。

「わたしは、決めたの。母さんを独りにはさせない」

 宝山殿も、云った。

「私も、決めたよ。人の世は、複雑なのだと、物申すつもりだ」





 

 この地球は…

 この地球に、住まう人々は、実に複雑な思考に支配されて、生きている…

 そこには、どんな信仰も理屈も、通用しないことがあり得るのです。


「凜殿、一緒に参ろうか」

「わたしは、妖には慣れていません」

「大丈夫。今の貴女にしかできないこともある」


 そう云われて連れて行かれた闇の中で、

 わたしは初めて、闇から呼ばれた妖の姿を見た。

 闇を、どこまでも深くする存在。

 たった独りで、この山のこの聖域を呑みこんでしまうような、

 深い深い、闇。

 宝山殿が手渡した、弓。

 目を見張るほどに輝かしい、光の矢。

 全てを、浄化する矢。

 少し重いので、彼の力添えも借り、山をさ迷い歩く、闇の妖を祓った。

 放った光と共に、わたしの中の何かが、叫んだ。

 それは、命の叫び。命の慟哭。命の執着、執念。

 わたしがあげた叫びが、闇の妖の力を奪ってゆく。

 痛々し気に響く、あの子の声。

 ごめんなさい。

 わたしの所為です、ごめんなさい。

 そう、唱えながら …

 わたしは、叫び続けた。







 わたしは、元の世界に戻ります … 。


 以上が、「高尾山事変」の全貌だ。








  続く



























緑の指と 魔女の糸 「棄つ(ふてつ)もの」

2016-09-30 | 小説 緑の指と魔女の糸 シ
神は、生まれる。

ひととは違った、変わった形態で。

その日が近づいていることを、察することができたとき、

それは激しい衝撃だったけど、自分だけの秘密にした。

そして、神や妖の勉強をして、ある日、

私は、自分の未来に希望を抱いたのだ。



私が探し求めていた神は、沼の神。

神々しい景色、というものがある。

ひとは、容易にそれを感ずることができるだろう。

大抵、そこには小さな神がいる。

そして、神の世代交代も、ひっそりと行われている。

沼を囲む樹木たちが、とにかく猛々しくも美しく、

沼の水は、恐ろしいほどに澄んで、

多くの動物たちが、その恩恵を受け生きている。

その沼を見つけた時、自然に涙が溢れた。

紅葉の季節。

でも、あまりにも 粛然 と存在する小さな沼なので、

紅葉目当ての、人の姿もなかった。

沼を囲う樹木のひとつが、不思議な光を放っていて、

その洞に、シルクのような光沢のある純白の卵があった。

数日通って観察しているうちに、ついに卵が洞から転がり出て、動き出した。

卵が白い光を放って、人型となる。

白い衣を羽織った、白いひと、いや、神が、するりと衣を地に落す。

そして、沼に入り消えていった。

私は、神が残した衣の元に走りよる。

衣が僅かに動いて、鳴き声がした。

「キュン … キュン … 」

神が脱ぎ捨てた衣から生まれる妖が、「棄つもの」だ。

神の、へその緒に宿る儚い存在。

生みおとされれば、そのまま消えてしまう。

消える間際に、神の一部であった証を残すかのように、

この自然のなかに、小さな奇跡を残すのだ。

私が、子供の頃からずっと探していたもの。

ふてつもの。

消えてしまう前に、契約を交わし、寿命を与え、生かす。

「私と、契約を」

私は、衣から現れて震えている、小さな白いきつねを抱き上げた。

「汝の名は、命(みこと)。我は、汝に、10年の生涯と高徳を与えしもの、紫」

我が一族を縛る忌まわしき契約の解体に、協同願えるか。

私は、指を噛んで血を出すと、それを白キツネに舐めさせた。

「私は、貴方に、愛をあげる。一緒に生きて」

それが、もうひとりの家族となる、命との出会いだった。




家で待っていると、いつものように、凛と夏ちゃんが帰ってきた。

命を見るなり、奇声を上げるふたり。

「猫ちゃんがいる!」

と、凛が云えば、

「狸だよ!」と、夏ちゃん。

「キツネです」と、私が云った。

「白いキツネ? 神様なの?」

「私たちにとっては、神様のようなものね」

そこで、私はハッとした。夏ちゃんには見えるはずのない命。

「夏ちゃん、この子が見えるの?」

「うん。狸に見える」

「そうじゃなくって…」

私は、途中で吹き出してしまった。「この子、妖よ。普通は見えないわ」

「ええ!? 俺、妖が見えるの? えええ!? 凛ちゃんも見えてるの?」

「どうやらそのようね」

このアパートに引っ越ししてきて、2年が経っていた。

凜は、七字家の血を受け継ぎ、妖や霊魂が見えるようになった5才。

ほぼ一日一緒に行動している夏ちゃんに、影響が及んでしまったようだ。

「大事な話をするわ。ふたりとも 、よく聞いてね」

二人は、いずまいを正した。

「この子は、みこと。男の子で、やがては人型に変化する妖です」

「ひとに、なるの?」

「そう。今日から私たちの家族。

私は、この子に大切なお願いをしたの。そのために、命を10年間、生かさなければなりません」

「10年くらい、余裕で生きるでしょ」

凜が命をみやりながら云う。

「この子にとって、生きることは死ぬことより難しいの。

身体は弱く、絶望させたら死んでしまう」

「寂しいと死んじゃうウサギさんみたいに?」

と、夏ちゃん。

「ウサギさん以下です。とにかく、生命力が、極端に弱いの。その子を10年間生かすことは、

並大抵のことじゃないのよ。本当は、死んでしまうために生まれてきたような子だから。

私が、生きる意味と目的と、名を与えた。責任を持って、接してあげなきゃならないのね」

「…大切なお願いって? 契約を結んだのですか」

凜が少し元気をなくした。この子は、契約の恐ろしさを理解しつつある。

「なんのための契約ですか? 」

「それは、貴女たちがもう少し大きくなったら、ちゃんと説明します」

その時、命が、小さなくしゃみをした。

「ああ、秋風が寒いのかしらね」

「温めなきゃ!」

凜が、ガバッと立ち上がると、自分のストールを持ってきた。

「夏ちゃん、窓を閉めて。命、大丈夫? 寒くない? 食べたいものはない?」

「食べ物は人間と一緒で大丈夫よ。でも、添加物や刺激物は与えないでね」

「蜂蜜ミルクは?」

「OKよ」

ふたりは、早速ミルクを温め、命に差し出した。

おいしそうにミルクを飲みほした命は、嬉しかったのか、

何故か、凛ではなく、夏ちゃんに飛びかかった。

「こいつ、超モフモフ! かわいい!!」

「なんで夏ちゃんばかり? 私の方にもおいで? 命ったら!」

やきもちを焼く凜がかわいかった。

10年。

それは容易いことではない。

長すぎたかしら。 …ううん。私だって、そんなには持たないかも知れない。

10年たったら、凜は15才。

一人でも、生きていける。きっと、生きていける。

だから、10年。頑張って、命 。お願いね、 命。


それは、森が赤や黄金に染まって、

気持ちのよい風の吹く、美しい季節の、

とある、出会いの物語。







緑の指と 魔女の糸 「棄つ(ふてつ)もの」 完

緑の指と 魔女の糸 「余波」

2016-06-19 | 小説 緑の指と魔女の糸 シ

凜が 保育園に通い始めた。

初めての集団生活に怯えていたけれど、

一日で、とても仲の良い友人を作って帰ってきた。

男の子で、夏川君という。「夏ちゃん」と凜は呼んだ。

保育園に着くと、先に来ていた夏ちゃんが飛んでくる。

「おはよう、凜ちゃん。待ってた!」

子猫みたいな子供だ、と、私は笑った。

「母さん、行ってきます」

凜が彼と手をつないで行ってしまうと、私はもうすることもなく、

ゆらゆらと、街を探検しはじめる。

事情があって、私はまだ、普通のお母さんのようには働けない。

一応、内職という名目で、パソコンでお金を稼いでいた。

丸一日も時間はいらないから、ほぼ、こうして街を歩いている。

凜の元気な声が遠ざかると、また、ピアノの音が聞こえてきて、

私の頭のなかいっぱいに広がった。

煩わしくて、時折、癇癪を起したくなるのだが、理由は判っていた。

今日は、街の小さなピアノ教室の前で、レッスンする音を聴いた。

「弾くなら、トルコ行進曲がいいかな」とひとりごちる。

それから、日陰のベンチに座って、しばらくピアノの曲を聴いていたのだが、

人ならぬものが、ひっそりと寄ってきて。 

…はああ。

人の霊魂なら、それなりの気配がある。

人の名残というか、人らしいもの。

どうやらこれは、妖の類だ。

焦点を合わせないようにした。

妖は、実に様々な形をしていて、未だに慣れることはない。

驚いて悲鳴を上げるほど、奇抜な形をしていたりするから、あまり見たくないのだ。

しかし、悪意は感じられないから、きっと、悪戯はしないタイプの子だろう。

そっと相手の足元を見ると、透き通った、人の足に似たものがあった。

消えかけている。

『そばに いっても いい?』

それは云った。『わたしが みえるのでしょう? わたしは もうすぐ きえるの』

「そう。どうぞ、隣へ」

『せっかくの妖力が あまってしまっているの

だから さいごにわたしにきづいてくれた

あなたに これをあげようとおもう』

消えそうな足が近づいてきて、淡く光る光の玉を渡された。

『あなたが いま いちばん ほしいもの。 あなたに あげる』

「何故、私なんかに?」

『ただ きえてしまうのは おしいでしょう?』

しばらく、黙っていた。その間に、妖は消えた。

音も立てず、声も上げず、誰にも知られず、風さえ揺らさず。

渡されたものは、長い長い半紙だった。白い半紙。巻物のように巻いてある。

「これが、今、私が一番欲しているもの?」

変な子…。

ピアノの音は、いつまでもなり続けた。



凜が帰ってくると、一気に部屋の空気が明るくなる。

今日も、夏ちゃんと沢山遊んだこと、新しい友人ができたことを話してくれた。

私は、今日会った妖の話をして、もらった半紙を見せた。

妖のことは、凜には隠さないでいることにしている。

「これが 母さんの欲しいものだって云ったの?」

「うん、そうなの。でも、意味がよく判らなくて。捨てることもできないし、

どうしたらいいのか、困ってるのよ」

「母さん、今日は一日、何していたの?」

「ん? … まず、少し仕事して、それから、この妖に会ってから、

ずっとピアノを聴いていた、かな」

「ピアノが弾きたいの?」

「うん。そもそも、私の意志ではなくて、

この前浄霊した女の子の思念が、残ってしまっているみたいなの」

「母さんのなかに?」

「母さん、ダメね。まだまだ、修行が足りないわ。

こんなことに振り回されちゃってるの」

その時、凜が厳しい表情になって、力強く云った。

「こんなこと、なんかじゃないよ」

そして、半紙をしばし、眺め、まるで宝物を見つけたような子供の顔になった。

「これ、ピアノだよ! 母さん!」

え…? 半紙が、ピアノ?

「保育園でもやってるよ。ピアノをみんなが弾きたがるの。

でもピアノはひとつしかないから、順番待ってる子は、紙のピアノで練習するの」

鍵盤を描くんだよ。

凜は、首尾よく物差しとペンを持ってきて「やろう!」と笑顔だ。

私たちは、時間も忘れて半紙にピアノの鍵盤を描きこんだ。

凜は、白い鍵盤の上に、小さな花のシールを貼った。

それをローテーブルに張り付けて見ると、本当にピアノを作ったような気分になった。

… 弾きたい。トルコ行進曲を。

「…凜。母さん、一か月だけ、ピアノ習っていいかな。

そうしたら、きっと本当に終われる気がする」

凜が、いつものように元気にうなづいて、私は、一か月の間に、

トルコ行進曲を弾けるように努力することになった。

先生のもとで一時間、帰ってから紙の鍵盤で、何時間も、

私は、目標のトルコ行進曲を練習し続けた。

妖がくれた、不思議な半紙は、指が触れて、声に出す調べを、

本物の音色に代えてくれた。

ありがとう。こんな素敵な贈り物を、私なんかに。

鍵盤を叩きながら、涙ぐむときもあった。

この一か月の間に、

不動産屋の猫平さんが数回、お茶をしにやってきた。

今度、商店街の人たちで飲み会があるから、是非、来てくださいと誘ってくれた。

凜は、夏ちゃんと保育園に通うことになった。

通遠路の途中だからと、夏ちゃんのお母さんが凜を迎えにきてくれた。

私に、初めて友人といえるべきひとができたのだ。

私は、自分でもどうかと思うくらい、必死にトルコ行進曲に没頭した。

私のなかに残った、彼女の残骸。

私は何処かで、彼女を引きとめておきたいと願ったのだろうか。

あの家族が、愛しくて。

もう本当に、終わりにしなくてはならないというのに。

例え、100年かかっても、あの母子を再会させなくてはならないのに。

本当の意味で、二人が抱擁できるように。

私が、紙の鍵盤を叩きながらメロディーを歌うと、凜も歌う。

紙が、甘味なる音を奏でる。

トルコ行進曲は、激しい音楽だ。

華があり、熱があり、全ての情念を焼く気尽くす。

最期の、最期の未練よ、焼き尽きるがいい。

私が、焼いてやる。私が、焼いてやる。私が、焼いてやる。

不安、焦燥、絶望 …、全てを燃やせ。

「燃え尽きろ…!」

私は、渾身の力で弾き続けた。




一か月後。

最後の仕上げは、先生のお宅のピアノをお借りした。

凛と、夏ちゃんと、先生、それと、猫平さんが同席した。

私の指は、もはや、楽譜も鍵盤も見ずに、自然に踊る。

何か熱いものが、傍にあった。

これは、あのお嬢さん?

それとも、半紙をくれた妖?

ノーミスで、全ての音符を叩いた。

西の空はオレンジで、カーテンもが、オレンジ色に染まって揺れていた。

凜が、いつものように、手を合わせているのだろう。

教えたわけではないのに。

全身を振るわせて、私の演奏に同調している。



演奏の途中で、

思いがけない、声を聞いた。

「お前に、子を産める力があるものか」

いつもの、取りつくしまもない冷たい言葉。

「産んだとしても、お前が、その子を護れるのか?」



私は、産んで見せる。

そして、護ってみせる。

そして、この業を、粉砕してやるわ…!



いつ、演奏が終わったか気づかなかった。

目を開けたら、応接室のソファーに寝かされて、凛が傍にいた。

「終わったよ、母さん」

凜が、微笑む。その横に、夏ちゃんの心配顔。

「おばさん、演奏が終わった途端、倒れて…びっくりしたよ。大丈夫?」

いつものことなの。

答えたのは、凛だった。「母さんは大丈夫。強いから」

凜は、いつも冷静だ。それが何より、心強かった。

「大丈夫ですか、紫さん…」

猫平さんも、心配そうにのぞきこんでくる。

私の心は、平穏に満ちていた。

「大丈夫です」

安堵の涙が、溢れてくる。

ひとつの魂を、(いや、正確には二つ)見送るのは、容易じゃない。

でも、私は狂うことはなく、凛がここにいる。

護れた…。

今回も、どうにか、護れた。

いつか、テレビで観た。大好きになった、スーザン・ボイルが、

歳を聞かれて「47歳よ」と答えて、会場が沸いた。

彼女は続けた。「それは、私のほんの一面だわ」

あの時の感動が、思い起こされる。

夢が破れる歌を歌って、彼女は、夢を拓いた。

あの時感じた感動が、私を満たしていた。


愛は、永遠だと、夢見ていた …。


この時は、まだ気づけずにいた。

「 けれども 夢は叶わず また 思いがけない 嵐 …

私の人生は 夢  だからこんなはずじゃなかった … 

人生は終わった 夢 破れて 」


でも それが  私たちにとって 素晴らしい人生となるのだ。




その日。

家に帰ってから、凛の伸びてきた前髪を切った。

右の、生え際にある痣が、色を増していた。

「母さん、魔法の契印の印は、強くなっていますか?」

凜が、無邪気に聞いてくる。

「そうね。次第に、強くなってるわね」

私の本心にはきづかず、凜は喜ぶ。

「いつ、魔法は発動しますか!?」

「そうね。もっと、身長が伸びて、体重が増えて…、

魔力に体力が持つくらい丈夫な体に育ったら。

だから、お肉も、お魚も、野菜も、

沢山食べなきゃダメ」

凜はすぐに、眠りに落ちた。

私は、恐々と、凛の人差し指を、床に押し当てた。

すると、そこから緑が吹き出し、

あっという間に、天井まで達したのだ。

私は、慌ててその力を封じた。

天井から、ピンクの花が落ちてきた。

スイートピー。

雪のように、ひらひら、舞い落ちる。

その花を受け止めながら、私は静かに落涙した。

スイートピーの花言葉は、

「 門出  別離  優しい思い出 」

私は、凛の小さな手を握りながら、しばらく泣いた。

凜は、『緑の指』を、受け継いだのだ。

母様。

私は、この子の人生が、ありきたりに幸せなものであるように、

心から、願う。

力など、必要なく、人間として、ありきたりの人生を望む。

護ってみせる。

燃え尽きるような、人生ではなく、

長く、普通の人生であるように。

長く、長く、

普通の人生で、あるように…。



緑の指と 魔女の糸 「余波」 完




























































緑の指と 魔女の糸 「カノン」

2016-06-18 | 小説 緑の指と魔女の糸 シ


借主の保証人は、長崎の女性、母親だった

紫(ゆかり)さんにせかされて電話すると、疲れたような声で電話に出た。

そこで僕が、新しく部屋を借りる七字 紫さんを紹介し、

紫さんと電話を替わる。

彼女は、単刀直入だった。「無理なのも、辛いのも判ります」

静かに諭すように云う。「でも、来てください。飛行機に乗って、来てください。

必ずバイオリンを持って」

紫さんは、結構押しが強いということは判ったが、

事情は全く判らない。余計なことは云わない。

ただ、やらなければならないことがあり、

それが、亡くなった娘さんの為になるから、と云うだけ。

自殺した娘の住処に、親が来たがらないのは判りすぎている。

でも、そこを押し切って、紫さんは電話を切った。

「あとは、待ちましょう」

…それだけ。

しかしである。母親はやってきた。

はるばる長崎から、指示された通り、バイオリンを持って。

銀髪のロングヘアをひとつにまとめて、黒いスーツを着た、年老いた母親である。

紫さんは、いつも通り、おいしい紅茶でねぎらってから、

娘さんの残した日記を見せた。

母親を泣かせたのは、「最後にお母さん、会いたかった」というくだりだろう。

あの女の子は、最期の最期に、お母さんを想ったのだ。

「お母さんに 会いたかった ごめんなさい お母さん」

「判りました」と お母さんは云った。「この子が、何をしたかったか」

「では、お願いします」

紫さんが、そっと促すと、彼女は田んぼの見える窓に向かって立った。

バイオリンを、構える。

彼女が奏ではじめたのは、パッヘルベルのカノンだ。

僕らは、彼女の後ろに座って、黙って聞いていた。

紫さんは、目を閉じ、少し俯きながら。

凛ちゃんは、小さな手を合わせている。

僕は、目頭が熱くなってきた。

隣りから、鼻をすする音がすると思ったら、

凛ちゃんが、一心に手を合わせながら、大粒の涙をこぼしている。

僕の涙腺は、美しい旋律の中で、崩壊した。

情景が、見えるようだ。

母子家庭だったふたり。

懸命に働きながら、母親は、娘にバイオリンを習わせた。

やがて、生活に余裕ができると、母親もバイオリンを買った。

二人は、よく、この曲を弾いた。

辛いときも、哀しいときも、きっと、いつか幸せな時代がくるときも。

ここと同じような小さな部屋。

西日の入る窓。オレンジ色に染まる、空と空気。

二人の影が、濃く畳に落ちて、音色は近所にも響いた。

立ち止まり、聞き入る人。

そろそろ、人々が家路につく時間。

帰る場所が同じだったふたりが、やがて、別れる。

一人、部屋に残された母親が、嗚咽をもらしている。

旅立った娘も、人目を気にしながら泣いていた。

でも、また、会えるから。

帰ってくるから。結婚したら、長崎に帰る。

お母さんのそばに、帰るから…。

白い光が、バイオリンを奏でる母親の肩先に集まりだし、

次第に人型になっていった。きれいな、女の子だった。

甘えるように、母親の方に、よりかかっているように見える。

風が入ってきて、彼女の髪が揺れ、

髪の先から、今度は壊れはじめた。
 
「身はここに、心は信濃(しなの)の善光寺、

導きたまえ、 弥陀(みだ)の浄土へ 」

紫さんが優しく語り、自分の腕をそっとさすった。

白い光は、全て消えていった。

やがて、演奏が終わり、僕らは本来の目的を忘れて拍手喝采。

涙をぬぐいながら、母親が頭を下げ、

「本当は、娘の結婚式で弾いてあげたかった。一緒に弾きたかった」と云った。

「また、会えます。必ず、会えます」

紫さんが、そっと母親を抱きしめた。

「さあ、もう一度、お茶を飲みましょう」

その後、僕らは4人でアフタヌーンティーを楽しんだ。

三段のお皿に、小さなサンドイッチ、クッキー、

マカロンとスコーンが、色とりどりに並んでいる。

今日の紅茶は、マリアージュ フレールの茶葉で、ミルクティーを淹れてくれた。

僕もお母さんも、スコーンの食べ方は知らなかったが、

凛ちゃんが首尾よく教えてくれた。

スコーンは、クロテッドクリームに、イチゴのジャムをを乗せて頬張る。

もそもそしているけど、口の中では濃厚なクリームと、

ジャムの酸味と、スコーンが革命を起こしていた。

それを、ミルクティーで飲み下す。

うまい。最高にうまい!

「こんなおいしいもの、初めて食べたわ」

お母さんの涙は消えていた。

この部屋は、浄霊の場から、またあの紅茶サロンに変わっていた。

紫さんが、ヴィヴァルティの「春」をリクエストして、

今日は散会となった。

お母さんは、今夜はホテルに泊まり、明日一日都会を観光してから

明後日、長崎に帰るという。

「ありがとう、七字さん。猫平さん。

私は、やっと気持ちの整理がついたような気がします」

お母さんはそう云って、帰っていった。

その日以来、このアパートで怪現象は起こらなくなった。

紫さんは、一体何者だろうという疑問が残ったが、

それは、これから少しずつ判ってくるだろう。

季節は、春。

春、本番。



緑の指と 魔女の糸 ~母と娘と猫平さんの出会い編~ 完


緑の指と 魔女の糸 「オレンジの日記帳」

2016-06-18 | 小説 緑の指と魔女の糸 シ

部屋を案内した手前、 あの母子が気になってしかたのない猫平さんである。



数日前「異変はないか」と電話したら、紫さんが、

「夜になると、うるさくて仕方ない」と眠そうな声で云った。

「やっぱり出るんですね」

「あの女性のものばかりじゃありませんよ。

この部屋に住んでいた人たちの、恐怖心とか、

不安などの残留意識がうるさいんです」

それで、壁紙も折角きれいだけど、替えてもいいかと云うので、

ご自由にどうぞと返答した。

どうせもう誰も借りない部屋だ。

壁紙も張り終えたというので様子見に行く事にした。

事務のサヤカさんが、凛ちゃんに…と、たくさんのお菓子を持たせてくれた。

昔ながらの商店街を通り、田んぼが広がる未開発地に向かう。

この辺りは、最近、おしゃれなアパートが目立つようになってきた。

誰も、心霊スポットに住む訳がない。

例の201号室の入口には、きれいな円錐型の盛り塩が、ひっそりと置かれていた。

インターホンを押す前に、凛ちゃんが飛びだしてきた。

「猫さん、こんにちは!」

「こんにちはー。新しい生活はどうですか?」

「わたし、やっと、お姫様になれました!!」

その意味は、部屋にお邪魔して判った。

一緒に買いに行った、ピンクのローズラグ。天蓋つきの白いベッド。

部屋は、完璧なまでの姫系の部屋に変貌していた。

白いドレーッサー、猫脚のテーブル、これまた、ピンクのバラのカーテン。

あの日、揃えられなかったものは、全て通販で購入したという。

「うわあ…」

男にとっては、ちょっと入りにくい部屋だ。

「いらっしゃい、猫さん」

紫さんも、ニコニコしながら出てくる。

「お茶飲んでって、昨日、娘とたくさんクッキーを焼いたんです」

まるで、メイド喫茶だ、これ。

落ちつかない!

「食器はわたしの趣味ですが、部屋はもう思い切って、凛の好きにさせました」

ウェッジウッドのスウィートプラム のカップに、香りのよい紅茶が注がれる。

「本日の紅茶は、フォートナム&メイソンのアールグレイをご用意しました」

英国王室 御用達ですね!

「少々語ってもよろしいですか?」

紫さんは、紅茶マイスターか何かなんだろうか。

紅茶に対する眼差しが、普通じゃない。

「アールグレイというお茶のレシピは、実は失われていて、

現在のものは一種の復元なわけです。

だから茶のブレンダーによって微妙に違ってくる。

フォートナム&メイソンのブレンドは、品が良く、強からず弱からず。

ほどよい感じです。のんびりしたい休みの日にゆっくり飲むのがお気に入りです。

ミルクと砂糖はいりますか?」

「では、ミルクを。今まで、いろんな紅茶を飲んできましたが、

こんなに香り高い紅茶があったのかと感動しました」

先程の、メイド喫茶というのは撤回する。

ここは、立派な紅茶サロンだ。

「喜んでいただけて嬉しいです」と、紫さんはにっこり。

「こんな高価な紅茶…、紫さん、お金、大丈夫なんですか?」

「その質問は、無粋です」

「はい、すみません」

「ハートのクッキーはオレンジの味。星のクッキーはプレーンタイプだよ」

凛ちゃんも負けてない。

「うわああ、幸せだなあ…」

僕は、クッキーと紅茶を交互に口に運びながら、心からつぶやいた。

「今度は、スコーンをご馳走しますので、またいらしてくださいね」

「もう、喜んで!」

そこで、僕は話を変える。「ところで、どんな感じですか。…出ますか」

「壁紙を変えたら、静かになりました。彼女はいつも、天井を見ています」

僕は、突然ぞっとなって、後ろを振り返った。

「何か、天井にあるんでしょうか」

「…見てみますか」

紅茶のお礼だ。僕は凛ちゃんが指し示す、押し入れの中の天井を見た。

ここは、天井板が外れるようになっている。

嫌な予感はしたが、ここは男だ。

でも、生首が転がっていませんように。

しかし、そこには意外なものがあった。クッキーの缶だ。

「こんなものが」

「中を拝見していいでしょうか」

「見てみましょう」

中には …、オレンジ色のノートが一冊入っていた。それと、数枚の写真。

この女性は、ここで自殺したひとだった。

「これは、日記ですね。拝見しても…」

「いいですよ、多分」

しばらくの間、瞬きもせずに、紫さんはその日記を読んでいた。

それから、ゆっくりと眼差しを上げて云った。

「なるほど。いいものを見つけました」

にっこりと笑う。「これで、浄化します」

それから、凛ちゃんを振り返って付け加えた。

「凜、引き寄せの魔法を使うわよ」

「判った」

凛ちゃんは真剣な表情だ。「この母様を呼ぶのですね」

写真に、女性と一緒に映っている母親らしきひとを指でさした。

「まあ、魔法なんて冗談だけど、このお嬢さんのお母様はご存命でしょうか。

連絡先、判りますよね」

「もちろん、資料が残っているはずです。彼女を呼ぶんですね、ここに。

どうするおつもりですか」

「ですから、浄化ですよ」

紫さんは、カップを両手で包むように持って、紅茶を飲む。

「強からず弱からず。本当に、ほどよし」


続く