神は、生まれる。
ひととは違った、変わった形態で。
その日が近づいていることを、察することができたとき、
それは激しい衝撃だったけど、自分だけの秘密にした。
そして、神や妖の勉強をして、ある日、
私は、自分の未来に希望を抱いたのだ。
私が探し求めていた神は、沼の神。
神々しい景色、というものがある。
ひとは、容易にそれを感ずることができるだろう。
大抵、そこには小さな神がいる。
そして、神の世代交代も、ひっそりと行われている。
沼を囲む樹木たちが、とにかく猛々しくも美しく、
沼の水は、恐ろしいほどに澄んで、
多くの動物たちが、その恩恵を受け生きている。
その沼を見つけた時、自然に涙が溢れた。
紅葉の季節。
でも、あまりにも 粛然 と存在する小さな沼なので、
紅葉目当ての、人の姿もなかった。
沼を囲う樹木のひとつが、不思議な光を放っていて、
その洞に、シルクのような光沢のある純白の卵があった。
数日通って観察しているうちに、ついに卵が洞から転がり出て、動き出した。
卵が白い光を放って、人型となる。
白い衣を羽織った、白いひと、いや、神が、するりと衣を地に落す。
そして、沼に入り消えていった。
私は、神が残した衣の元に走りよる。
衣が僅かに動いて、鳴き声がした。
「キュン … キュン … 」
神が脱ぎ捨てた衣から生まれる妖が、「棄つもの」だ。
神の、へその緒に宿る儚い存在。
生みおとされれば、そのまま消えてしまう。
消える間際に、神の一部であった証を残すかのように、
この自然のなかに、小さな奇跡を残すのだ。
私が、子供の頃からずっと探していたもの。
ふてつもの。
消えてしまう前に、契約を交わし、寿命を与え、生かす。
「私と、契約を」
私は、衣から現れて震えている、小さな白いきつねを抱き上げた。
「汝の名は、命(みこと)。我は、汝に、10年の生涯と高徳を与えしもの、紫」
我が一族を縛る忌まわしき契約の解体に、協同願えるか。
私は、指を噛んで血を出すと、それを白キツネに舐めさせた。
「私は、貴方に、愛をあげる。一緒に生きて」
それが、もうひとりの家族となる、命との出会いだった。
家で待っていると、いつものように、凛と夏ちゃんが帰ってきた。
命を見るなり、奇声を上げるふたり。
「猫ちゃんがいる!」
と、凛が云えば、
「狸だよ!」と、夏ちゃん。
「キツネです」と、私が云った。
「白いキツネ? 神様なの?」
「私たちにとっては、神様のようなものね」
そこで、私はハッとした。夏ちゃんには見えるはずのない命。
「夏ちゃん、この子が見えるの?」
「うん。狸に見える」
「そうじゃなくって…」
私は、途中で吹き出してしまった。「この子、妖よ。普通は見えないわ」
「ええ!? 俺、妖が見えるの? えええ!? 凛ちゃんも見えてるの?」
「どうやらそのようね」
このアパートに引っ越ししてきて、2年が経っていた。
凜は、七字家の血を受け継ぎ、妖や霊魂が見えるようになった5才。
ほぼ一日一緒に行動している夏ちゃんに、影響が及んでしまったようだ。
「大事な話をするわ。ふたりとも 、よく聞いてね」
二人は、いずまいを正した。
「この子は、みこと。男の子で、やがては人型に変化する妖です」
「ひとに、なるの?」
「そう。今日から私たちの家族。
私は、この子に大切なお願いをしたの。そのために、命を10年間、生かさなければなりません」
「10年くらい、余裕で生きるでしょ」
凜が命をみやりながら云う。
「この子にとって、生きることは死ぬことより難しいの。
身体は弱く、絶望させたら死んでしまう」
「寂しいと死んじゃうウサギさんみたいに?」
と、夏ちゃん。
「ウサギさん以下です。とにかく、生命力が、極端に弱いの。その子を10年間生かすことは、
並大抵のことじゃないのよ。本当は、死んでしまうために生まれてきたような子だから。
私が、生きる意味と目的と、名を与えた。責任を持って、接してあげなきゃならないのね」
「…大切なお願いって? 契約を結んだのですか」
凜が少し元気をなくした。この子は、契約の恐ろしさを理解しつつある。
「なんのための契約ですか? 」
「それは、貴女たちがもう少し大きくなったら、ちゃんと説明します」
その時、命が、小さなくしゃみをした。
「ああ、秋風が寒いのかしらね」
「温めなきゃ!」
凜が、ガバッと立ち上がると、自分のストールを持ってきた。
「夏ちゃん、窓を閉めて。命、大丈夫? 寒くない? 食べたいものはない?」
「食べ物は人間と一緒で大丈夫よ。でも、添加物や刺激物は与えないでね」
「蜂蜜ミルクは?」
「OKよ」
ふたりは、早速ミルクを温め、命に差し出した。
おいしそうにミルクを飲みほした命は、嬉しかったのか、
何故か、凛ではなく、夏ちゃんに飛びかかった。
「こいつ、超モフモフ! かわいい!!」
「なんで夏ちゃんばかり? 私の方にもおいで? 命ったら!」
やきもちを焼く凜がかわいかった。
10年。
それは容易いことではない。
長すぎたかしら。 …ううん。私だって、そんなには持たないかも知れない。
10年たったら、凜は15才。
一人でも、生きていける。きっと、生きていける。
だから、10年。頑張って、命 。お願いね、 命。
それは、森が赤や黄金に染まって、
気持ちのよい風の吹く、美しい季節の、
とある、出会いの物語。
緑の指と 魔女の糸 「棄つ(ふてつ)もの」 完
ひととは違った、変わった形態で。
その日が近づいていることを、察することができたとき、
それは激しい衝撃だったけど、自分だけの秘密にした。
そして、神や妖の勉強をして、ある日、
私は、自分の未来に希望を抱いたのだ。
私が探し求めていた神は、沼の神。
神々しい景色、というものがある。
ひとは、容易にそれを感ずることができるだろう。
大抵、そこには小さな神がいる。
そして、神の世代交代も、ひっそりと行われている。
沼を囲む樹木たちが、とにかく猛々しくも美しく、
沼の水は、恐ろしいほどに澄んで、
多くの動物たちが、その恩恵を受け生きている。
その沼を見つけた時、自然に涙が溢れた。
紅葉の季節。
でも、あまりにも 粛然 と存在する小さな沼なので、
紅葉目当ての、人の姿もなかった。
沼を囲う樹木のひとつが、不思議な光を放っていて、
その洞に、シルクのような光沢のある純白の卵があった。
数日通って観察しているうちに、ついに卵が洞から転がり出て、動き出した。
卵が白い光を放って、人型となる。
白い衣を羽織った、白いひと、いや、神が、するりと衣を地に落す。
そして、沼に入り消えていった。
私は、神が残した衣の元に走りよる。
衣が僅かに動いて、鳴き声がした。
「キュン … キュン … 」
神が脱ぎ捨てた衣から生まれる妖が、「棄つもの」だ。
神の、へその緒に宿る儚い存在。
生みおとされれば、そのまま消えてしまう。
消える間際に、神の一部であった証を残すかのように、
この自然のなかに、小さな奇跡を残すのだ。
私が、子供の頃からずっと探していたもの。
ふてつもの。
消えてしまう前に、契約を交わし、寿命を与え、生かす。
「私と、契約を」
私は、衣から現れて震えている、小さな白いきつねを抱き上げた。
「汝の名は、命(みこと)。我は、汝に、10年の生涯と高徳を与えしもの、紫」
我が一族を縛る忌まわしき契約の解体に、協同願えるか。
私は、指を噛んで血を出すと、それを白キツネに舐めさせた。
「私は、貴方に、愛をあげる。一緒に生きて」
それが、もうひとりの家族となる、命との出会いだった。
家で待っていると、いつものように、凛と夏ちゃんが帰ってきた。
命を見るなり、奇声を上げるふたり。
「猫ちゃんがいる!」
と、凛が云えば、
「狸だよ!」と、夏ちゃん。
「キツネです」と、私が云った。
「白いキツネ? 神様なの?」
「私たちにとっては、神様のようなものね」
そこで、私はハッとした。夏ちゃんには見えるはずのない命。
「夏ちゃん、この子が見えるの?」
「うん。狸に見える」
「そうじゃなくって…」
私は、途中で吹き出してしまった。「この子、妖よ。普通は見えないわ」
「ええ!? 俺、妖が見えるの? えええ!? 凛ちゃんも見えてるの?」
「どうやらそのようね」
このアパートに引っ越ししてきて、2年が経っていた。
凜は、七字家の血を受け継ぎ、妖や霊魂が見えるようになった5才。
ほぼ一日一緒に行動している夏ちゃんに、影響が及んでしまったようだ。
「大事な話をするわ。ふたりとも 、よく聞いてね」
二人は、いずまいを正した。
「この子は、みこと。男の子で、やがては人型に変化する妖です」
「ひとに、なるの?」
「そう。今日から私たちの家族。
私は、この子に大切なお願いをしたの。そのために、命を10年間、生かさなければなりません」
「10年くらい、余裕で生きるでしょ」
凜が命をみやりながら云う。
「この子にとって、生きることは死ぬことより難しいの。
身体は弱く、絶望させたら死んでしまう」
「寂しいと死んじゃうウサギさんみたいに?」
と、夏ちゃん。
「ウサギさん以下です。とにかく、生命力が、極端に弱いの。その子を10年間生かすことは、
並大抵のことじゃないのよ。本当は、死んでしまうために生まれてきたような子だから。
私が、生きる意味と目的と、名を与えた。責任を持って、接してあげなきゃならないのね」
「…大切なお願いって? 契約を結んだのですか」
凜が少し元気をなくした。この子は、契約の恐ろしさを理解しつつある。
「なんのための契約ですか? 」
「それは、貴女たちがもう少し大きくなったら、ちゃんと説明します」
その時、命が、小さなくしゃみをした。
「ああ、秋風が寒いのかしらね」
「温めなきゃ!」
凜が、ガバッと立ち上がると、自分のストールを持ってきた。
「夏ちゃん、窓を閉めて。命、大丈夫? 寒くない? 食べたいものはない?」
「食べ物は人間と一緒で大丈夫よ。でも、添加物や刺激物は与えないでね」
「蜂蜜ミルクは?」
「OKよ」
ふたりは、早速ミルクを温め、命に差し出した。
おいしそうにミルクを飲みほした命は、嬉しかったのか、
何故か、凛ではなく、夏ちゃんに飛びかかった。
「こいつ、超モフモフ! かわいい!!」
「なんで夏ちゃんばかり? 私の方にもおいで? 命ったら!」
やきもちを焼く凜がかわいかった。
10年。
それは容易いことではない。
長すぎたかしら。 …ううん。私だって、そんなには持たないかも知れない。
10年たったら、凜は15才。
一人でも、生きていける。きっと、生きていける。
だから、10年。頑張って、命 。お願いね、 命。
それは、森が赤や黄金に染まって、
気持ちのよい風の吹く、美しい季節の、
とある、出会いの物語。
緑の指と 魔女の糸 「棄つ(ふてつ)もの」 完