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惜しい一書「グリニッジ・タイム」-良書だけに

2024-06-29 09:54:54 | エッセイ

 2007年、東洋書林の発行。著者:デレク・ハウス、訳者:橋爪若子。280ページ、税込み:3080円

 タイトルに惹かれて購入、内容はそれで察しがついたし、実際読んでみてそれだけの価値があったと思った。翻訳ものだから訳が肝腎なのだが、文章はきれいな日本語になっていて、ほとんど翻訳物と意識せずに済んだから、言うことなし、のはずである。長文にもかかわらず、最後まで緊張感が切れることなくしっかりとした訳になっている。言うことなし、のはずである。教えられることも多く、間違いなく一読の価値は十分にある。

 だが、臥竜点睛を欠く、ではないが、訳者は天文学、それも伝統的な天文学にあまり通じていないのか、独特の用語が連発し、これがなんとも残念なのだ。あとがきに「各専門分野の辞典や、多くの専門家の著書を参考に用語と取り組む時間が長引きます」と記しているのに、どうにもその形跡が見当たらない。どんなものを参照したのだろうか。「月蝕」(p.2)はもちろん間違いではない。間違いではないが、一体どの時代の人かと思ってしまう。渡辺敏夫著「数理天文学」(1959)、荒木俊馬著「三訂新版現代天文学事典」(1970)、薮内訳「プトレマイオス著アルマゲスト」(1982)、長谷川一郎著「天文計算入門」(1978)、地人書館「天文学事典」(2007)、谷口義明監修「新天文学事典」(2013)のいずれも「月食」である。重ねて言うが、「月蝕」は間違いではない。「月蝕の「開始」、「中点」、「終了」」(p.3)も間違いではない。間違いではないが、事典には「食始」、「食甚」、「食終」とあるのではなかろうか。p.8にある挿絵の説明文に「角距離測定のための手段として、直角器(クロス・スタッフ)を・・・」とある。「直角器」とは聞いたことがないが、意味はわかるし、クロス・スタッフを訳せと言われて「直角器」としたら、決しておかしくないと思う。「ヤコブ直角器」(p.8)もわかるが、普通、そうは言わないのが業界のしきたりであろう。かくのごとしで、訳者は随分苦労したはずで、その労を多としたいし、気の毒な気もする。だが、近くに教えてくれる人がいたら、こうはならなかった筈である。

 ここではこの本にケチをつけたいのではない。専門外のことに手を出す時は、よほどの注意が必要だと自分を戒めるためなので、誤解をしないでいただきたい。筆者も付け焼刃なのに知ったかぶりを装い、駄文を草することがある。そんなものは専門家から見ればすぐにお里が知れてしまう。それでも、それ以上に本文にはお知らせする価値があると思うから、そうした危険性を承知しながら書いている。だが、ゆめゆめ、忘れることなかれ、である。筆者は長らく天体分光学にいそしんできて、5年前の退職を機に天文学の歴史を知りたいと思うようになって、4件に絞って読み始め、今2件目に挑んでいる。だから、天文学史については経験が浅く、全くの素人である。それが物申すのは憚られるところだが、誰もやろうとしないから、そうしたものに挑んでいる。が、何せ素人、底は割れている。専門の方から見たら笑い者であろうが、これで飯を食おうと言うわけでなし、老人の余生の楽しみだから許して貰おうと思っている。

 最後に一つ、「晷針」(p.257)とはなんだろうか? 読み方は? 恥ずかしながら、読み方も意味もわからなかった。「晷」を目にしたのは初めてだった。新明解国語辞典第5版(1999)には見当たらない。この本文に書き入れようとしたものの、「晷」の字が出なかったから、手書きパッドへ苦労しながら描き入れ、何とか探し当てることができた。読み方は「きしん」、本文にはルビがふってある。何を指すか? ノーモンである。初めて見た!

(2024.6.29. K. K.)



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