パピヨン&猫~アリオ&りんご&バジル&くるみのブログ~

愛犬&愛猫と一緒に愛車で日本全国?はまだまだですが、お出掛けした事・趣味のお城の事・鉄道の事など紹介しています。

美ヶ原高原散策&お散歩7/15

2017-07-18 15:36:21 | 真田丸
道の駅 美ヶ原高原の駐車場から
木道を通って牛伏山の山頂を目指しました。


ここで力尽きました( ^ω^ ;)
牛伏山山頂手前で





この時はまだまだ東南方面は雲が少なかったので
八ヶ岳の稜線越しに富士山がちょっとだけだけど見えました。

駐車場に戻って車で
美しの塔へ向かいました。

山本小屋ふるさと館の駐車場で


駐車場から歩いて美しの塔へ向かいます。

久しぶりです。




美しの塔の正面

この塔は、遭難防止対策の一つとして建てられました。
美ヶ原のシンボルです。
建っている場所は小県郡長和町。塔の裏手は上田市。
その裏手に回ると鐘を鳴らすことが出来ます。



美しの塔の背後に見えたのが
テレビ局などの電波塔群です。

この電波塔群は、晴れていれば上田市街地からよく見えます。
建物は王が頭ホテルです。

美ヶ原は上田市・長和町・松本市の3市町にまたがって広がっています。








背後に広がる緑地は美ヶ原牧場です。

すっかりくつろぐバジル(≧▽≦)



自動運転システム搭載エアバギー!?なんてね( ^ω^ )

再び道の駅に戻って昼食。
展望テラスはペットOKです。



晴れていれば上田市街地がすぐそこに見えたのに
お見せできなくて残念(>_<)

昼食後は美ヶ原高原美術館の野外彫刻を見に行きました。
野外彫刻はペットと一緒に鑑賞できます。
美術館入場料は大人1,000円です。
野外彫刻スペースはペット1頭に付き100円(エチケット袋付)です。













ワンニャン達とそれを撮っている自分が映っているステンレスの球体を撮ってみました。

ひと回りぐるっと見て回っていると


ひと昔にフジテレビで流れていた
「美ヶ原高原美術館 アモーレの鐘が11時をお知らせします」というCMを思い出しました。

懐かしい鐘の音でした。

7月1日から9月30日まで開催されている
大型観光キャンペーン
信州デスティネーションキャンペーン(信州DC)
テーマは
「世界級リゾートへ、ようこそ。山の信州」

標高約2,000mに広がる平原に牧場
そして響き渡る鐘の音。

長野県じゃなきゃ味わえませんよ。
是非、お越しください( ^ω^ )


夕焼け・・・早よ帰って来なさい6/26

2017-06-30 17:08:37 | 真田丸
仕事帰りの19時20分頃、西の空を見上げると
雲が真っ赤に染まっていたので
車が止められ、撮影に支障のないところまで移動。

僅か3分ほどの間にだいぶ夕焼けの範囲が狭くなっちゃいましたが
こんな写真が撮れました。


家に帰ると、こんな顔してバジルが待っていました。

「そんなん撮ってなくていいから早よ帰ってきて遊びなさい、待ちくたびれたわ」
とでも言っているかのような表情( ^ω^; )

桜満開の上田城4/15 vol.2

2017-04-27 15:43:01 | 真田丸
東虎口櫓門前で30分程お出迎えした後
櫓門をくぐって

時計回りに本丸堀を一周。

眞田神社がある本丸下の段で



北櫓をバックに






屋台なんかも入れてみて




本丸北東の隅欠しが見れる付近で


一周して戻ってきました。





おもてなし&お花見を終え帰宅

その途中の
市役所の通り(大手町)の歩道は
真田紐の柄を模しています。


真田三匹は、陣羽織を羽織ったまま帰ります。


良い時間帯にお花見できました(^O^)

祝 100万人達成!!1/5

2017-01-06 15:55:56 | 真田丸
既報の通り昨日(1/5)、
大河ドラマ館の累計入場者数が100万人に達しました\(^o^)/


お正月三が日の入場者数が約17,000を数え
これで一気に達成する運びとなりました。

12/31までの入場者数は約98.2万人で日平均約2,900人でした。
12/31~1/3の4日間で約2万人入ったのでしょう。

この4日間、本当にすごい人出でしたので。

何やら次は120万人を目指しているようですが、これはちょっと(◎_◎;)。
今日(1/6)を含め開催期間はあと10日。

なにはともあれ、100万人達成おめでとう!!

第50回最終回その壱12/18

2016-12-29 10:43:15 | 真田丸
やっと?なんとなく?
最終回を振り返ってみようかなぁ~と
思い始めました。

と同時に、
なぜだ?
と思う気持ちも込みあげてきました。

ドラマに対してどうのこうのではなく

真田幸村に対して。

幸村のように
何事にも何時でもどんな状況であろとも
諦めずに
勝つために、
家康の首一つを目指して
向かって行く姿勢は
物凄く私自身の心の支えとなっています。

大坂城へ入ってからの幸村
明らかにそれまでの源次郎・信繁・左衛門佐ではない。

そこまで突き動かした思いとは何か?=なぜだ?

という事です。

多くの皆さんも同様な事を思っているのではないでしょうか?

真田丸や色々な関連書籍書物等にはそれぞれの見解で
その理由を挙げています。それはそれでよいと思いますが、
私自身なりにも考えたくなりました。

タイトルは第50回最終回その壱としましたが
まだまだ、このくらいの事しか書けませんでした。

とりあえず、明日(30日)の総集編をみたいと思います。

最終回目前、怒涛のトークトークトーク&パブリックビューイング

2016-12-19 11:11:25 | 真田丸
真田丸最終回を目前にして
12/12から17まで開催された
真田丸トーク!トーク!トーク!~毎日ライブin信州上田~
と、18日に開催された
最終回パブリックビューイング

緊急スピンオフ企画を含む全10回中、3回に参加&PV参加しました。
尚、各回のトークトークトークの模様は真田丸公式HPでご確認ください。

12/12 大阪の陣・豊臣の将が語る日

上田市文化センター 1日目はハズレました。

12/13 「真田太平記」そして「真田丸」を語る日

上田映劇ホール 2日目は当りました。


劇場エントランスのディスプレイ


前から4列目でした。

そして、出演された穴山梅雪役の榎本さんと長兵衛役の木之元さん


司会進行役の歴ドルの小栗さん、河原綱家役の大野さん、おこう役の長野さんも含めて
雁金踊りの格好をする木之元さん

真田太平記や時代劇について熱く語っていた榎木さん
雁金踊りが創作だったと知って狼狽する木之元さん
楽しいトークショーでした。

12/14 賤ヶ岳の三本槍が語り合う日

上田映劇ホール 3日目はハズレました。

12/15 大阪の陣・豊臣の将が語る日

サントミューゼ 4日目もハズレました。

12/15 緊急スピンオフ企画 おこうの部屋
この日の午後、先ず整理券ゲト


続いて入場券と引き換え参加してきました。

長野さん直筆サイン入りの写真と入場券
寅さんとシンクロ(笑)




進行役は連日登場している大野さん
上田に住み込み状態です

12/16 この日は朝から興奮してました。
緊急スピンオフ企画 信之に訊け!の入場券を手に入れる為に。
事前に抽選であると案内されていました。
それでも早めに並びました。250枚に達した時点で終了ということで。
抽選方式は、くじ引きの箱から赤ボールを引けば当たり!!
先ずは整理券ゲト


抽選の結果

ゲト(*´▽`*)






進行役は矢沢三十郎頼幸役の迫田さん
とにかく面白かった。面白すぎた(^^♪
パレードがしたいと大泉洋さん言ってました。
上田真田まつりで、観衆10万人の中、武者行列をした昌幸役の草刈さんの事を羨んでいました。

12/16 真田家と切っても切れない矢沢親子が語る日

5日目もハズレました。

12/17 一部 室賀暗殺について語るひととき


二部 真田家・次の世代を語る夕べ


三部 戦国の調略について語る夜

最終日三部ともハズレました。

そして
12/18 真田丸最終回パブリックビューイング


開場は赤く染まりました。
ドレスコードは真田RED!!


バイオリン奏者の三浦さんが、テーマ曲ソロバージョンを披露。
続いて、おこうの長野さん、作兵衛の藤本さんがドラマの装束(甲冑姿)で登場。
トークショー中段でなんと二人の息子、大助の浦上くん、信吉の広田さんがこれまた甲冑姿で客席出入口より登場!!!場内興奮状態。
4人によるトークショーが始まりました。

途中、それぞれがドラマに則した一芸を披露。
大助の浦上くんが高砂を披露しようと謡い出し六文銭の旗を振ると旗が壊れてしまい中断、再度試みるがまた壊れてしまい、結局最後まで見ることが出来ませんでした。残念(>_<)

早丸上映時間が迫ると緞帳が上がり、舞台上には堺雅人幸村の甲冑と刀、六文銭の旗に十文字槍がセットされていました。

いよいよ、上映。・・・真田一族・・・幸村・・・(´;ω;`)ウゥゥ

早丸放送終了後に、真田カローズ茂誠の高木さん、三十郎の迫田さん、綱家の大野さんが真田カローズとバックプリントされた真っ赤なTシャツを着て登場。トークショーが始まりました。

その後、前半に登場した長野さん、藤本さん、浦上くん、広田さんもカローズTシャツを着て登場。更にNHKの屋敷プロデューサーが登場。感謝していました。こちらからも感謝です。

最後にカローズによる勝鬨で締めようとすると
NHK長野放送局アナウンサーよりスペシャルゲストの案内があり
場内どよめき、なんと、昌幸の草刈さんが登場。
大歓声で迎えられ舞台上に!!!更に興奮状態。

草刈さんの一言があった後、
大殿の勝鬨でグランドフィナーレ!!!
六文銭の緞帳が降りてきました。


大河ドラマ「真田丸」の思い出よ、永遠に!
と書かれた赤メタ・白メタのテープが舞台両袖より放たれました。


笑いに涙、興奮と感動をありがとう

終了後、客席で時代考証を担当された
黒田基樹さん、平山優さん、丸島和洋さんのお三方と握手させていただきました。ありがとうと。
そして、平山優先生と一緒に



この1週間、登場された出演の皆さんお疲れ様でした。
大野さん、長野さん、迫田さん、高木さん連日の登場、
また、この1年間に開催された多くのイベントに登場していただきありがとうございました。とてもとても楽しかったです。

撮影の裏話をたくさん聞きましたので
また、真田丸を第一回から見たいと思います。

本当に本当に夢のような1週間、
夢のようなパブリックビューイングでした




第49回「前夜」12/11その4

2016-12-17 08:24:31 | 真田丸
もう後半は・・・

又兵衛播磨35万石
幸村信濃40万石
そして
勝永、なんで俺は誘われない!?

急ぐなって言ったのに又兵衛、奮闘するも壮絶な討死(>_<)

全登はなんとか逃れ、幸村の陣に。

そして、伊達政宗登場。

目論見がはずれ、しかも又兵衛の討死を知らずに
大軍勢を迎え討とうとする重成

戦の前に感謝なんてしちゃいけない。香まで焚いて。
そんなことするから・・・重成も善戦するも討死(>_<)

ここで諦めちゃった盛親(◞‸◟)逃げ去る。

ようやく気付いた真の間者の存在。
何度も言いますよ、大の不忠者の大角与左衛門

しかし、わかりやすい様に伝令の者を
如何にもみたいな創作された忍者像にしたのは
ちょっとどうかな?と

こんなところで与八が・・・かわいそうに(>_<)

幸村の戦闘シーン。
十文字槍の使い方には理由付けからこだわったようですね。
なぜ重い十文字なのか。

堪らぬ、大助が飛び出してくる。
大助の戦闘シーン。弓が太ももに(>_<)

さすがですね、刺さった矢は抜くのではなくへし折る。

殿を務めた幸村
大軍勢を相手に殿なんて、とてもとても困難なこと。

政宗と対峙する幸村

両者には何の縁もゆかりもない。
真田丸では、小田原征伐の際、秀吉の陣で初対面しています。

幸村は、過去に経験したこと見た事をよく覚えている。
あの時、政宗がしたように、幸村も同じように太刀を抜いてみせる。

そしてあの名言のような感じで

これで仕舞いかぁ~!
徳川兵に真の武士は一人もおらんのかぁ~~。


幸村の言動に政宗も、あの時、自らが言い放った言葉を思い出したのか。
心の奥底に秘めていた熱き思いを。

もうよ~い!玉は尽きた。
様々な思いが込められているように思いました。
去ってゆく幸村の背を見て何を思う?

誉田において大激突した幸村隊政宗隊
互いにその武勇を認めあった。

秀頼からの退却命令や政宗隊の損害の大きさも相まって
両軍兵を引くこととなった。

大坂城へ戻った幸村。兵を激励するも負傷疲弊、中には・・・
九度山から付いてきた九兵衛が・・・

いよいよ、いよいよその覚悟を決めた幸村
その前に、伊達政宗に託すというより、この時の幸村の考えは一時的に匿ってもらうためだと思います。

その要請に応える政宗
これによって、大八らが片倉家に匿まわれ幸村の血が受け継がれることになりました。

密約。密約っていいね。

大助作兵衛には残るようにと、内記には気を使ってか足手まとい(昌幸にも同じようなこと言われてたなぁ)失敬なと返し残る事を選ぶ。
きりに残ってくれという幸村

きり内記が目を合わせ、親子共々決意した感じが何とも切ない(>_<)

これまた、昌幸のように
永遠の別れではない、暫しの辛抱じゃ(>_<)

なぜ大助を危ない目に合わせるのかと怒っていた
父上をしっかりお守りしなさいと大助に告げる。
そして、慕うきりにお願いする

大坂へきてもしっかりしましたね。
刑部殿の娘だもんね。
なんか良い夫婦って感じでした。
泣きますよからのツンツン攻撃。
可愛らしかった(*´▽`*)

政宗の元にやって来た春と梅、大八

政宗発明のずんだ餅を進められ食べる
片倉もそれを見て安堵。

大八は首を横に振って食べようとしない。
そんな姿にだいは?大八?

この大八の反応に心打たれました(>_<)涙腺崩壊
戦で混乱している中、見ず知らずの人に預けられる不安を
見事に表現していたと思います。

決戦をきりに打ち明ける幸村
そして大仕事を言いつけられるきり

沼田にでも帰るが良かろうと言われるが
戻ってくると言い返すきり

御上様とご一緒しますよ、最後まで。
その覚悟を読み取る幸村

源次郎様がいない世に居てもつまらないから

きりを抱き寄せる源次郎

遅い・・・せめて十年前に・・・からの口吸い、
口吸いしながら、あの頃が私一番きれいだったんですから・・・


漸くだよ漸く、漸く源次郎の腕も中に(>_<)涙腺崩壊。

いよいよ明日最終回。
心してその時を迎えたいと思います。

第49回「前夜」12/11その3

2016-12-14 14:11:48 | 真田丸
大坂城へやって来た信尹と面会する幸村
そこには、兄信之が!

家康の誘いに
有難迷惑と返す幸村

丸裸となった大坂城でどう戦う?と問う信尹
しかし、幸村にとって、
もはや大坂城がどうであれ家康の首さえ取れればよかったのです。

信濃一国(40万石)を与える。
しかし幸村にはわかっていました。

既にそのような世の中ではないことぐらい

徳川が権力の頂点に座した頃から
大名の領分(領地)は細分化されました。
目的は、大名の弱体化と知行箇所を増やす為。
この他に、再検地、新規開墾、耕作地の拡大、耕作技術の向上なども関係していますが。

秀吉政権まではほぼ国(令制国)単位若しくは複数郡単位で宛行安堵していました。
徳川政権になってからは国(令制国)を細分化しほぼ郡単位で知行されました。
その郡をそれまでの国(令制国)のような感じで領地経営しました。
まぁ中には例外もあります。加賀藩・仙台藩・尾張藩・広島藩など。

信濃国においても当時は
上田・松代・小諸・飯山・松本・諏訪・高遠・飯田と8つあり
それぞれに領主がいるわけで、
一国を与えるということは8領主が他へ移らなければならない。
服従するなんてことはありえないのです。戦国時代の国盗りとは違います。

全領主の服従先は徳川将軍家ただ一つなのだから。

改易がたくさんあれば話は別ですが(しかし改易が頻発しているような状況では安定した政権運営が出来ない)、簡単に移れるような地はほとんど無いのです。

幸村が欲しいのは、家康の首、一つ。

死んではならぬという信之
捕まれと申されますかという幸村

捕まってもまた助ける、赦免を勝ち取るという信之
そしてまた14年(十余年)・・・幸村

九度山での蟄居生活14年。やはり精神的に苦しかった。
そして父昌幸の無念さを知っているが為に。

再び、行く先が全く見えない中で生きていく辛さを味わい、表舞台に出られた喜びを味わってしまっては、死なせはしないという信之の言葉はもはや幸村の心には響かない。

解って欲しいこの気持ちを、兄上
というような表情で見つめるだけ、決して言葉にはしない。
なぜなら、兄上が困らない様に。

それでもあの時、犬伏の別れの際に交わした約束を言いだした信之
では、今ここで酒をという幸村

立ち去ろうとする信之に、兄上と酒を酌み交わしとうございますと言い放つ幸村

これは今生の別れではない!

振り返ることなく立ち去る信之
酒を酌み交わすということは、
振り返るということは
今生の別れを意味しそんなことはあってはならないと思ったのでしょう。

叔父上のほっぺちと生きたいように生きれば良いの一言。

真田家の辛い辛い場面でした。

今日はここまで。つづく・・・

第49回「前夜」12/11その2

2016-12-14 09:13:04 | 真田丸
戦国時代を生きてきた者にとっては大義は大事。

景勝家康の会話に於いても
その大義について言葉が交わされた。

家康の心の内にどこか引っ掛かりがある。
太閤殿下への恩義に叛いても
世の安寧を、お家(徳川家)の安泰を願っての戦。

信長・秀吉が志し、成しえなかった安寧を成し得たい。

家康の考え方は、まさしく戦国時代を生き抜いてきたからこそのものなのでしょう。

しかし、戦国の世を知らない次世代の秀忠
すでに政権運営の長としての実績を積んでいるので
世の安寧将軍の職務として見ている。
なのでその安寧を脅かす存在として見える豊臣家を滅ぼさなければならない。
世の中のシステムが変わったのでそこには戦国時代の考え方は無い。

いよいよ完全な手切れとなった豊臣家徳川家

よく、大坂の陣
豊臣軍(家)(徳川)幕府軍対立だとか、
中には、極端な事例として反逆者の豊臣家に対する政府(幕府)による討伐のようにも言われます。

幕府軍と言うなら家康の意向があったにせよ秀忠が主導していなければならない。
しかしそうではない。

まぁこうした見方は、幕末から明治初頭にかけての混乱期のような
何でもかんでも、そういう風な見方をている気がしてなんだか嫌気がさします

この戦の主導者家康であり、
家康(殿)の一声で派兵された大名達(家臣団)
戦国時代の戦い方と何一つ変わらない、
ただ単に、豊臣家徳川家対立としてみるのが普通であると思います。

信之信吉の陣までやって来ます。
源次郎を説き伏せるために。

慶長20年(1615年)4月29日樫井の戦いをきっかけに夏の陣が始まった。
塙団右衛門が討死。運ばれてきた亡骸に近寄ってくる茶々

ホントにこの人はKYな人です。
よく言った、きり
いい加減にして下さい!御上様がウロウロされると士気が下がります!

大の不忠者の大角与左衛門がしっかりと作戦会議を盗み聴きしています。

あのような話をする場所としては不適格でしたね。
まぁ、まさかととは思ったのでしょうが。
昌幸なら、隠し部屋を作ってそこで話すでしょう、たぶん。

筒抜けなので、どんな策を練っても労しても事うまく運ばず。
ただただ、滅んでいくだけ。

ホントに嫌だねぇ~古狐正信。恐ろしい。
まぁ、この人がいなければ家康もとっくに、なんてなっていたかもしれません。

再び幸村の説得の為に登場した信尹。それに随行する信之

平野め・・・。

信尹、信之の前に現れたのが何と、室賀正武の息子の久太夫(アンジャッシュ児嶋)。
室賀と聴いてピンときた信之真田と聴いてピンときた久太夫

信伊・信之の行く手を阻み父の事を口にするや否や
出ました。こことぞばかりの信之
黙れ、小童!
返し。散々言われたからねぇ。

その勢いに、思わずでた、すいません(◎o◎)
こんなところで、黙れ、小童!には黙れ、小童!
聞けるとは思ってもいませんでした。
似てる似てる、西村さんと児嶋さん。表情も。

つづく・・・

第49回「前夜」12/11その1

2016-12-13 15:15:50 | 真田丸
いよいよ、大坂夏の陣開戦。

源次郎を説き伏せに行くという信之
お家の事、信之の身を心配する
おこうはやはり真田の人、兄弟それぞれ悔いのないようにと。
しかし、だってわからないわけではない。
義父昌幸が必死になって真田家を守ってきたという思いをわかっているからこその事。

ホントに真田家は主家甲斐武田家を失ってから時代に翻弄されました。

源次郎に食べさせてやりたいと色々見繕いながら、また3人でお茶でも飲みながら・・・(´;ω;`)ウゥゥ

こんな切ないやり取りの中にサラッとばば様を思わせるのしぐさを入れてくるあたりに、悲しい気持ちを救ってくれます。

大願成就のお守りにと六文銭を最初の妻のおこうから渡される信之

ゴホッゴホッ(・∀・)ニヤニヤ、アドリブ?でしょうか(*^_^*)
なんだかあの頃の様。懐かしいあの頃。真田家が一つとなって苦難を乗り越えようとしていたあの頃を思い出させてくれました。

あっ!そう言えば
源次郎の最初の妻お梅源次郎に渡していましたね、六文銭
あの時は、きりには縁起でもないなんて言われていましたが。

六文銭。一般的には三途の川の渡し賃なんてよく言われがちですが、
その真意は、それほどの覚悟をもって悔いの無い様にという事。

その意味で、真田丸ではしっかりと源次郎の時も信之の時も描かれていました。

ダメだぁ~秀忠が怖い顔してる平匡としか見えない。

軍議では、まず幸村が冬の陣前に提案したような策を論じるがこれまた大蔵卿に阻まれ、秀頼からも次の一言が出てこない。

そこで又兵衛が発し勝永が策を論じる。この策、大蔵卿には大うけ。
しかし盛親や全登の指摘に考え込む勝永や又兵衛。すがさず幸村が堤を切るよう助言。

この時、幸村は自身の策を退けられても何にも言わずに他の策を受け入れる。
何故なら、策はどうでもよかったのでしょう。

目指すは、家康の首、ただひとつ!!
これしか思っていなかった。
家康の首さえ取れば変わるとの思いひとつだけだったのでしょう。

ある説によるとこの時の大坂城内は3派に分かれていたようです。
穏健派の大野修理・後藤基次
積極派の大野主馬・毛利勝永・長宗我部盛親
中立派の真田幸村・明石全登

今日はここまで。つづく・・・