アテネフランセ文化センターで「ストローブ=ユイレの軌跡1962-2020」と題してほぼ全作品が上映されると聞いて、すでに半分以上のプログラムが消化されている状況にもめげず、せめていくつかの作品を観ることができればと予定を調整しつつ、唯一持っていた『アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記』のDVDを久しぶりに鑑賞した。
J.S.バッハの半生を描いた作品で、モノクロの映像にバッハの調べがひたすら流れていきながら、2番目の妻であるアンナ・マクダレーナ・バッハのナレーションで進む。ストローブ=ユイレの作品で最も知られていると同時に最もわかりやすい傑作である。バッハ役が若きグスタフ・レオンハルト。チェンバロ奏者として、古楽の指揮者として名を馳せ、大御所となったあのレオンハルトである。共演者にこれも歴史的存在である指揮者ニコラウス・アーノンクールもバロック時代の侯爵に扮している。しかもこの二人は当時はまだ無名。さらにこの頃はまだピリオド奏法という言葉もなかったと思うが、一曲一曲が終わるまで、ワンショット長回しで同時録音、すべて古楽器で演奏を貫くという凄まじいこだわりに圧倒される。
私のバッハ歴はいわゆる古楽解釈以前の演奏が最初で、今となっては微妙に反省しているがヘルマン・シェルヘンのロ短調ミサ曲であった。毎晩毎晩繰り返し「グロリア」のパートまでを聴きながら眠りについていた。しかしやがて聴くこともなくなった。カール・リヒターしかり。なぜかというと後に知ったレオンハルト、アーノンクール、トン・コープマンの古楽解釈中心の静寂で厳かなバッハに目覚めてしまった。あらゆる教会カンタータは心に響き、マタイ・パッションの深淵さに溺れ、3年間くらいはバッハしか聴けなくなるような中毒状態に陥ったのである。(ようやく抜け出せたのはマーラーの交響曲第9番の衝撃から)
思わず映画の話から私事の思い出話に逸れてしまった。ストロープ=ユイレの他の作品はあまり馴染みがなく、それでもアテネフランセ文化センターしかできないような希少価値のある「ストローブ=ユイレの軌跡1962-2020」をなんとしてでも堪能したい。