〇 米アップルが発表した空間コンピューター「Apple Vision Pro」(以下Vision Pro)は、大きな話題になる一方で懐疑的な意見も多い。
日本円で約49万円と高価なこの製品は、商業的には必ず失敗すると断言する声もある。しかし、多くの意見は誤解に基づいているという印象だ。
この製品を体験したことがあるアップル社外の人間はまだ少なく、筆者が知る限り日本からの報道陣で体験できたのは7人のみ。それぞれが約30分ずつ順番に体験した。
そこで感じた新しいコンピューティングの世界は、アップルが公開しているデモ動画で表現されている以上に斬新で質が高い。こうした仮想空間を表現するデバイスを説明する動画は大げさなものが多く、実際の製品から得られる体験の質を反映していないことが多い。しかし、Vision Proに関しては、むしろデモ動画の方が控えめなほどだった。
「Quest 3」とは異なる目標。
世間一般の懐疑的な意見は「高額過ぎる」「空間コンピューター固有のアプリが少ない」「利用時のストレス」の3つに分けられる。
2023年秋に発売される米メタ・プラットフォームズの「Meta Quest 3」は、描画性能を2倍以上に強化した上で前面にステレオカメラと深度センサーを採用。VR端末の領域から、Vision Proと同様のMixed Reality(複合現実)へと踏み出す。しかも、価格は7万4800円からと、Vision Proに比べて圧倒的に安価だ。ただ、見方を変えれば、「Meta Quest Pro」に内蔵されている視線トラッキングや表情を捉えるカメラセンサーなどを省略したバージョンともいえる。
メタは企業向けと個人向け、それぞれのニーズに機能や性能をフォーカスすることで価格を抑え、投資に対する体験価値を最大化しようとしている。これも新しい市場を生み出していくための、一つの手法だ。
ゲーム体験や映像コンテンツを楽しむだけなら、Quest 3は優れたコストパフォーマンスを発揮してくれるはず。その意味でQuestシリーズはコンテンツドリブンの製品でもある。
一方でアップルが目指しているのは、新しいコンピューターのジャンルを確立することだ。
もちろん、Vision Proも既存のVRコンテンツ、ARコンテンツを再生でき、またMR技術を用いたQuest用アプリも類似するものを再現できるだろう。しかし、既存のアプリケーションを空間の中で再現することが目的なのではなく、空間に配置される情報、空間を操るユーザーインタフェースで、新しい表現力やインタラクションの形を開発者に与えるのが狙いだ。
ただ、利用時のストレスに関しては、最大限の配慮はされているものの、完璧とは言えない。立体視の快適性などは過去に感じたことがないほど素晴らしかったが、この製品を装着して1日中過ごすことは、現時点では想像しにくい。この点は継続的な改善が求められる。
これらの指摘を踏まえた上で、「空間コンピューターとは何なのか?」と改めて問われれば、「これは現代のMacだ」と答えたい。当時はGUIを使うよりも、文字で「一太郎」や「Lotus 1-2-3」を扱った方が効率的だった。ゲームを遊びたいならゲーム機の方が費用対効果も高い。だが、その後長い年月を経て、世の中のコンピューターのほとんどはGUIとマウスを備えたものに姿を変えた。その事実こそが、この問いの答えだ。