〇 筆者の知り合いで本コラムにもたまに登場する、60歳目前のヒゲさん。もともと技術者として企業で働いていて、2020年に56歳で早期退職しました。
悠々自適の日々を過ごすはずが、新型コロナウイルス感染症流行拡大の影響で計画が頓挫。収入が途切れ、一から仕事探しを始めました。
しばらく試行錯誤していましたが、今は仕事がうまく回り出しています。苦しい状況を逆転させることができたのは、一体なぜでしょうか。
もっと落ち込むはずだが、悩まない。
まず挙げられるのは、ヒゲさんが「えり好みせず、屈託なく働く」ことです。ヒゲさんが仕事探しを始めたころは社会全体が先行き不透明で、誰もが人のことを構っている余裕はありませんでした。学生時代の同級生や前職の友人を頼ろうとしてもなかなかうまくいきません。
そこで壁にぶつかって身動きが取れなくなる人もいますが、ヒゲさんは違いました。2020年4月ごろから、新型コロナ関連のアルバイトに応募して通い始めたのです。当時は新型コロナについて解明されていないことも多く、割に合うかは人によって判断が分かれる仕事でした。しかしヒゲさんは「ただ家にいるよりいいじゃん」と屈託がありません。
筆者から見ると、売れる技術があるのにお蔵入りになっていて、やりたいこともできていない状態なのだから、もう少し落ち込みそうなものなのではと感じます。「もっと暗くなってもらわないとコラムのネタにできない」と冗談で抗議したこともありました。
ヒゲさんの答えは明快です。「ほかのバイトに比べれば時給も少しいいし、若い人と仕事をしていると楽しいんだよね」と言うのです。例えばワクチン接種の道案内の場合、「案内看板を持って外に立っていると、色々なファッションの人が通り過ぎて、見ているのが面白いんだよ。今日はローリング・ストーンズのTシャツを着た人が3人通った、とか」と話します。「悠々自適の生活を送るはずが、なぜこんなことをしているんだろう」といった発想は持っていません。
肉体的にもハードだったはずですが、朝から晩まで働いていました。筆者が気遣うと「働いておかないと、本当の仕事に戻ったときについていけないじゃん」と言っていました。
つらい求職活動と並行して勉強を始める。
その一方で、ヒゲさんは自分の技術をフル活用した仕事に戻ろうと活動していました。ただしそれは決して簡単ではありませんでした。正社員で復職を果たすのは、正直言ってかなり難しいものがあります。
東証1部(当時)上場企業での勤務経験を持つヒゲさんですが、50代後半になってからの求職活動では次のような目に遭っています。
- 転職サイトに登録しても案件が無い。たまに見つかるのは、希望とは異なるフランチャイズ店のオーナー募集。
- 転職エージェントに連絡しても会ってくれない。
- 仲間からの紹介で、求人を出している企業に応募したが、面接で不採用。紹介された案件だから採用が前提だと思い込んでいたため、かなりきつい思いをした。実際は、仲間が「会うだけでも会ってほしい」と企業側に頼み込んでセットされた面接だった。
このように、かなり厳しい状況が続きました。アルバイトが終わった後に面接に挑むこともあり、そんな日はフル装備のスーツ姿でアルバイト先に向かうため、同僚の若者たちからも哀れみを含んだ目で見られていたそうです。
しばらくしてヒゲさんは、動画制作に目を付けて勉強を始めました。一切使えなかった動画編集ソフトをマスターしたうえで、前職で映像系の技術者として働いていたときの知識も生かし、今はフリーランスとして着々と売り上げを伸ばしています。スキルアップ、はやりの言葉で言えばリスキリング(学び直し)によって苦境を脱したのです。
悩む時間を意図的につくらない。
ヒゲさんの様子を見ていて、筆者が重要だと感じたのは以下の3点です。
- 自分の思い、信念は人に何を言われても変えない
- 常に気持ちと体を動かす。「オレは本気を出してないだけ」などと言い訳せず、アルバイトでも本気を出す
- 小銭を稼ぎつつスキルアップをして、次に備える
さらに印象的なのは、ヒゲさんが常に忙しくしていることです。たまにカフェで会って話をしても、「あ、これからバイトの時間だから」とそそくさと帰っていくこともしばしばです。
ヒゲさんは恐らく意識的に、暇な時間を持たないようにしているのだと思います。つまり、悩む暇が無い状態を自らつくっているのです。無駄なことを考える暇があれば、何かをしています。そしてそれが次につながっていくのではないかと感じます。
明確なキャリアビジョンがなくても「何とかなるだろう」の気持ちで自発的に新しいことに取り組む。結果的に、それが新たな道を切り開く。ヒゲさんの姿勢から筆者は多くを学んでいます。