
非モテ短小男の性遍歴を赤裸々に綴った本作は、作家ミシェル・ウェルベックの自伝的小説であるという。両親に育児放棄された作家は祖母宅に預けられ親の愛を知らずに育ったのである。小太りのチビとくれば当然のごとく同級生からは苛められ、いいなと思ったあの娘からはガン無視される。その反動であろうか、性欲だけは人一倍の作家の分身ブリュノ少年はところかまわずマスタベーション&射精を繰り返す。遂には女の子の前でパンツをずりおろし逸物を目前にさらすという痴漢行為にまで及ぶのだ。
国語教師になってからも治るどころか病状は悪化の一途。“変革の場”なるSEX目的の“ニューエイジ”キャンプでフリーセックスに目覚めたブリュノは、そこでクリスチーネという善き伴侶に出会う....実際読んでみるとよくわかるのだが、終始イカ臭いブリュノのパートは、作家の筆がのりにのっていることが伺える。一方で、その異父弟でうつ病気味の天才分子生物学者ミシェルのパートは、どこからか借りてきたような小難しい用語の羅列で、まったく面白味に欠けるのである。
この後登場するスワッピング・クラブなど、ブリュノとクリスチーネが通う性風俗店なども作家は実地経験済みとかで、細部までリアルに表現された描写は実にエロチック、変態ブリュノならずとも思わず局部に疼きを感じてしまった男性読者の方も多かったのではないだろうか。子供のいる奥さんと離婚した後精神科医のお世話になった作家の経歴も、本文の中にそのまんま生かされているらしいのである。いわば日本の谷崎潤一郎などにも通底する私小説にとても近いノリなのだ。
アメリカからの欲望追求型大衆文化の流入により、国家を形成するフランスの家族形態解体を、時折マクロ的視点で分析したりしてみせるものの、要するに母親の愛情を受けられなかった男が、その欠乏を射精したザーメンによって埋めようとするがどうしても埋まらないミドルエイジ・クライシスをテーマに書かれた小説のような気がするのだ。では、もう一人の主人公であるひきこもりの天才科学者ミシェルとはいえば、名門の理系大学生だった作家がもしもドロップアウトしなければそうなっていたかもしれない、幻のオルターエゴともいえるだろう。
ブリュノの異父弟であるミシェル・ジェルジンスキーは、物質の基本単位である素粒子の発見を予言し、その後継科学者たちはついに受精を伴わないクローン人間の生成に成功する。コンドームやピルの使用によって生殖と快楽が切り離されたように、快楽を伴わない生殖が可能になった未来では“愛”さえももはや必要とされなくなる。ついぞ一人の女も愛することができなかった不感症男ミシェルは、その欠乏を人工的に作り出した“愛”によって埋めようとしたのではあるまいか。
素粒子
著者 ミシェル・ウェルベック(ちくま文庫)オススメ度[


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